オキテガミ
紙を開くと、そこにはまるで新聞紙を切り抜いたような、様々な種類や大きさのフォントが文章を形成していた。だが、その全ては血のように赤い文字。
端まで伸びる赤い三日月
今宵は満月 襲撃の時
月覆いし白い雲が消えるとき
その命は奪われる
「何ですかこれ? 何かの暗号?」
俺は紙を涼太先輩に返す。
紙を受け取り、2つ折りにして、涼太先輩は言った。
「机の上に置いてあったんだ」
机の上に? 誰が? 何のために?
「一番最初に部室に来たのは誰ですか?」
訊くと、耀人先輩が手を挙げた。
「俺だよ。でも、俺が来たときには無かった」
「どういうことですか? じゃあ、これはいつ置かれたんです?」
「分からない。気が付いたらそこにあったんだ」
気が付いたら? どういうことだよほんと。でも嘘をついてるようには見えないし、何より嘘をつく理由がない。
「しかも俺はずっとこの部屋にいたから、誰かが入ってきたらわかるはずなんだ……」
そのとき、俺は何かを感じた。何だろう? 何か、不気味な感じ……。
そうだ。あのときと――――テケテケのときと同じ……。もしかして、テケテケのように人智を越えた存在が関係しているんじゃないのか……?
そう、俺の直感が告げていた。
「まあ先輩。ただの悪戯でしょうし、そんなことよりしなきゃいけないことがあるんじゃないですか?」
誰の声だ? と一瞬思った。
なぜなら、声の主は石田誠で、誠がしゃべっているところを誰も見たことがなかったからだ。
「ま、まあ、そうだな」
涼太先輩も驚きを隠せないようだ。
いつもソファで寝ているだけの誠に、正論を言われるとは思っていなかっただろうしな。
とにかく、それからはいつも通りの活動が再開された。
■ ■ ■ ■
その後、普段通り6時に放送が流れ、というか俺達が流した。
今日は俺達、都市伝説研究部が下校指導だからだ。
この学校では、下校を促す放送を入れて窓を閉めてまわるという、2つの仕事のことを下校指導と言う。ほかの学校ではどう言うのか知らないが、それはともかく、この仕事は部活ごとに毎日ローテーションしていて、今日は俺達の番というわけだ。
そして6時半を回った頃に、ようやく全ての窓閉めが終わった。この学校は結構広いため、簡単そうに見えて意外と大変なのである。
すでに外は暗くなっており、月明かりだけが頼りとなっているが(この学校は省エネだとか何とかで6時半を過ぎるとブレーカーが落ちるようになっていて、電気を点けることができないからだ)、その月すらも今日は半分以上が雲に隠れていて、足元が見えにくい。
「きゃっ!」
真名美が転びそうになる。
「おっと、暗くてよく見えないんだから、足元気を付けろって」
「うん、ありがとう優くん」
それを見て涼太先輩が言った。
「もう辺りも暗くなったし、僕達も早く帰ろうか?」
「そうですね」
と俺が相槌を打ったとき、ふと何かが聞こえた。
カツン……カツン……。
それはまるで、ハイヒールが床を鳴らす音のように聞こえる。
「何か聞こえませんか?」
みんなも耳を澄ます。
「本当だ。まだ誰か残っているのかな?」
耀人先輩にも聞こえたようだ。
「でもおかしいよ? 上靴でも来客用のスリッパでもこんな音はしないよ……」
「そうだよな……」
真名美の呟きに同意する。
その足音は段々大きくなっていく。
「こっちに近づいてくるみたいだよ……」
涼太先輩がそう言ったとき、20メートルほど離れた曲がり角に音の主は現れた。
暗くてよく見えないが、髪が長いことから恐らく女性だとわかる。
口元が白い……あれは……マスクだ。大きなマスクをはめている。
そして、色はわからないがロングコートを着ている。あと、手に何かを持っているようだ。
どう見ても生徒ではないことは、火を見るよりも明らかだ。
あんな先生もこの学校にはいない。
しかし、こんな時間に客が来るはずもない。
じゃあ、あれは一体誰なんだ?
雲が動き、隠れていた月が姿を現す。綺麗な満月だった。月明かりで、彼女の持つ物がギラリと光る。そのおかげで、あれが何なのかわかった。
「大きな……鎌……!?」
「みんな逃げろ!」
涼太先輩の声で、一斉に走り出した。