23:宝石の解放
「今、とどめを刺さなかったこと、後悔するわよ?」
「ティアリア。考えを捨てろ」
「出来ない相談」
「戦いたくない。もういいだろ?」
「まだよ」
「そこまでして力を手に入れて。どうするつもりだ?」
「どうにも。高みに登りたいだけ」
「だったら充分だろう」
「ルカスと同じよ。強くなりたい」
「オレの求める強さとは違う。間違っている」
「剣に魔道を付与すること?」
「それも含めてだ。誤った方法で力を手にしても、それは本当の強さにはならない。早く諦めるんだ」
「弱音を吐くなんて、ルカスらしくないわね」
「弱音じゃない。これ以上戦っても、ムダなことを知れ」
「――じぃさん? あたし、間違って無いわよね?」
ふと気付いたように、ティアリアさんは師匠に訊いた。
「お主。間違っておる。そんな力を授けた覚えは無い。今、お主らが出来ること。戦いを止め、それぞれの道を歩むことじゃ。ティアリア。剣を捨て、高原から去ねい」
「やれやれ。歳を取ると、アタマが固くなるって、本当ね。あたしはあたしの道を歩いてるわ。これからも。誰にもジャマされることなくね!」
またもや剣が交わる。今までで一番激しく。ルカスとティアリアさんのあらゆるところから、血が筋になって流れ出した。
何も出来ないわたし自身が、とてつもなく無力に思えた。これ以上、戦ってなんて欲しく無いのに……! 瞬間、ルカスの剣が、ティアリアさんの剣を弾き飛ばした。次に見えた光景は、倒れているティアリアさんの首元に、ルカスが剣を当てているところだった! わたしたちは駆け寄る。
「やっぱり……。やっぱり強かったわね、ルカス。あたしも魔道とか使わないで戦って。満足出来たわ。早く、とどめを刺して」
「出来るわけ、無いだろ。ティアリア。オレの愛した人」
無垢な笑みを、ティアリアさんは浮かべた。
「そんなところ。あたしも愛してる。――そっか。ルカスはもう、『愛した』、なのね。ふふっ。ムリも無いか。――ねえ。お願いしてもいい?」
そう言ったティアリアさんは、大粒の涙を流した。
「何だ?」
「約束通り。その宝石の力、解放して」
「――いいのか?」
「今がその時よ」
「しかし。オレは……」
「なあに?」
まるで赤子を諭すように、やわらかくティアリアさんが訊いた。
「どんな力が封じらているのか。分かっていない」
「それでいいのよ。――あたしの。あたしの最期のワガママなんだから」
「お前を、消すことになるのか? そんな封印は解き放ちたくない」
「あたしは消えない。約束する。だから。――安心して」
「共にいられえるのか?」
「広義で言えば。その通り。いつまでも一緒にいられる」
「――そうか」
「ありがとう。ルカス」
言われたルカスは、片手でペンダントを握った。
「『オレと共にあれ、ティアリア』」
それが魔道解放の構造式、と言うか、込められた魔法の呪文だったのだろう。宝石から青い光が強く発せられた。――眩しく。光が広がる。安寧と安心。暖かな光に、高原は包まれた。ただ青く。青く。――青く。
光の中、宝石が砕け散った音がした。それと共に、チチチ、と言う小鳥の鳴き声も。光が薄らいで行く……。
ティアリアさんの姿は無かった。その代わり、1羽のシジュウカラが大空へ向かって羽ばたいている。邪気の無い声で唄いながら。とても軽やかに。とても楽しそうに。ルカスの手元に、抜けた小さな羽が1つ、ふわりと舞い降りて来た。
「リムノ。――魔道だよね?」
キッポの問いかけに、わたしはうなずいた。秘魔道の『再生生命』に間違いない。わたしなんかには、とてもじゃないけど使えない、めちゃくちゃハイレベルの魔道。
焼け滅んでいた高原の木々が、あっと言う間に芽吹いた。下草たちが見る見るうちに、生え茂って行く。――再生の力だわ。ルカスは羽を、愛おしそうに両手で包んだ。
ティアリアさんは。
いつかこうなることを、ココロから望んでいたのだろう。自由に羽ばたく小鳥になることを。そのきっかけを、ルカスに作ってもらうことを。どこにいても、共にあることを。わたしは知れず、また涙を流した。こんな終わり方って、ううん。そうね。これで本当に良かったのかもしれない。
「ティアリア。――元気でな」
大空を仰いで、ルカスが言った。1粒、涙をこぼして。
わたしも。キッポも。師匠も。それぞれが、ダンスをするかのように舞う小鳥を見送った。
「これで。良かったのね、ルカス?」
「――ああ。ティアリアの望んだ道だ。これで。いい」
キッポが、
「部落にも伝えなきゃ。もう、脅威は無くなったって」
と言った。そうね。その通りだわ。魔道を使う主がいなくなれば、狗畜生も豚化物も現れなくなるんだから。
在り方は許せないかもしれないけど。ティアリアさんが生きた道は、認められるものだろう。――宝石に秘められた力。
『破滅』でも、
『祝福』でも、
無かったけど。一本筋の通った、そんな魔道だった。あえて言うなら、やはりこれは、
『祝福』、
なのかもしれないな。そんなことを、わたしは考えた。
(さようなら。自由に舞って、いつまでも共にね。ルカスの愛した人)
わたしたちはずっとずっと、大空を見上げていた。シジュウカラは、空の真ん中で仲間たちと合流すると、1回だけ『アルプラチノ』をぐるっとして……。チチチ、と鳴いて去って行った。




