2:しばしのんびり
「さすがBルームね。この前のDルームとは、比べ物にならないわ」
「まあ、長旅だからな。快適に過ごせた方がいいだろ」
スイートのAルームよりかは、確かに格は落ちるけど、充分。あ、ちゃんとシャワールームがあるんだ。良かったー。ベッドもふかふか。窓からは凪いだ海原が、とっても良く見えるし。もうすぐ日没なのね。海面が紅く染まってる。
「キッポ。食べに行こうか?」
「うん!」
嬉しいサイン。三角の耳が縦にぴくぴく。
「リムノ。ランク上の部屋だから、食堂に行くことは無いんだ。全部運んでくれる」
「そっか。ルームサービスなんだ」
「『ルームサービス』ってなあに?」
「えっとね。このお部屋まで、注文した食べ物や飲み物を、係の船員さんが運んでくれるの。だから、ここで何を食べるか決めてね」
「すごいねえ。初めてだよ、そんなの」
キッポが感心している。そして目ざとくメニューを探し出し、テーブルに広げた。わたしもルームサービスなんて、久し振り。今までが倹約した旅だったからなあ。
「初日だし。とりあえず飲むか」
「いつだって飲んでるじゃない」
「いいだろ」
わたしのツッコミは、あっさり却下された。まあ、飲むのはわたしも嫌いじゃないからいいけどね。キッポが食べ物のページと、にらめっこ。
「ボク、『てんこ盛り!海藻サラダ』が食べたい」
「ふう。キッポにしては無難な選択肢ね。わたしもそれ、食べたいわ」
「オレは生だ。リムノとキッポはどうする?」
「じゃあ、一緒で。キッポは?」
「ボクもそれでいい。それより食べたい」
「はいはい。ちょっと待ってて」
わたしは伝声管で、厨房につないでもらった。注文をする。ざわめきが遠く聞こえる中で、ちゃんと伝わったようだ。
『すぐにお運び致します!』
って聞こえたからね。
「来てくれるみたい」
伝声管にフタをして、わたしは言った。なんて贅沢な気分。
「よっしゃ。飲むぜー」
「リムノ。追加でお願い出来る? 『紅ジャケのホイル焼き』、ボク、食べてみたい」
「じゃあ、運んで来てくれたら、直接頼もうか? いい、ルカス?」
腰から長剣を外してるルカスがうなずいた。長剣をベッドに置き、くつろいだ様子で深く座ってる。キッポはブレストアーマーを脱いで、さらにメニューとにらめっこ。
「キッポ。せめてハルバードは下ろしたら?」
「うん? うん、そうだね」
言いつつハルバードを床に置くと、まだにらめっこしてる。さすが、食欲の権化。底なしの胃袋の持ち主だけあるわ。バックパックを置いたベッドに、わたしも腰かける。こんなふかふかのベッド、何だかもったいなく感じちゃう。でも、いいわよね。おっと。早くもノックが。もう届いたのかしら? ルカスが立ち上がると、ドア越しに話した。
「お待たせ致しました。お飲み物とお食事でございます」
ドアを開き、係の船員さんが注文したものを運んで来てくれた。素早い対応ね。少しばかり申し訳無く思うけど、まあ、お金を払っているからね。船員さんも、これがお仕事だし。わたしはキッポの追加注文をした。うなずいた船員さんは一礼すると、部屋を出て行く。
「さて。飲んで食うか」
ルカスがジョッキを手にする。
『かんぱーい』
ごっきゅごっきゅ……。ぱああ~。
「いいのかしら? 港を出たばっかりなのに、いきなり飲んじゃって」
「船旅はヒマだからな。のんびり出来る時はしとこうぜ」
それもそうね。あーあ。キッポがものすごい勢いでがっついてる。
「キッポ。ゆっくり食べていいのよ?」
「うん。美味しいから」
ダメだ。ルカスはお酒が入ると。キッポは食べ始めると。だんだん論点がズレてくる。わたしの分は残るのかしら? もっと頼んだ方が良さそうね。
「『採りたてアサリのパスタ』頼んでもいい? 取り分けられるように、LLサイズで」
「ああ」
「ボクも食べたい」
結局、サラダはほとんどキッポが食べちゃった。いつも通りのことだけど。でもまあしばし、贅沢な気分を満喫するとしますか。