19:ティアリアさん!
そして、沈黙を打ち消すかのように、
「――そこかッ!」
突如、師匠は『アルプラチノ』の繁る葉っぱに向かって、何かを投げ付けた! あまりの速さで、何を投げたか見えなかったけど。まさか、ティアリアさん!?
「――見えないわりに、相変わらず鋭いのね。いいわ。ここで茶番劇を見ているのも、充分に飽きたところだったから。想像通り人質を連れて来てくれたからね。もう、隠れ蓑にする用は無いし」
女性のハスキーボイス。とたん、わたしとキッポのカラダに、地面から生えて来たツタが絡まり、身動きが取れなくなった!
「――な! 何なの、これ!?」
「ドルイド魔法が……。使えない……!」
もがけばもがくほど、――絡まって!
「こっちへいらっしゃい。娘さんとキツネの坊や」
『アルプラチノ』から、さっと誰かが飛び降りて来た。身軽そうな皮鎧をまとい、長剣を手にして。金髪をアップにしている、ちょっとキツい顔立ちの女性。これがティアリアさん。わたしとキッポは、有無を言わされないままツタに動かされ、ティアリアさんの背後に運ばれた。何て……、何て圧倒的な力!
「人質、と言うたな?」
師匠がゆっくり訊いた。
「その通り。普通に事を運んでたら、あたしでも2対1は分が悪い。ルカスとじぃさんを同時に敵には出来ないからね。――ルカス。会いたかった」
とても……、苦しそうな顔にルカスはなった。
「ティアリア。人質を離せ。用があるのはオレと師匠なんだろ? リムノとキッポを巻き込むな」
「せっかくの逢瀬にご挨拶ね。変わって無いわ。でもね? そのことばは受け入れられない。取り引きの材料なんだから。じぃさん。余計なマネをすると……」
わたしに絡まっているツタが、突然鋭くなって頬を撫でた。痛い! 薄く切られたようだった。でも、声は出さなかった。その代わり、懸命に逆魔道を探る。魔道の額冠がリミッターカットされているのが分かった。やっぱり頼ることになっちゃうのね。使われている魔道は、灰魔道の『絡縛綱』だと分かるけど、打ち消すことが出来るかどうか……。使えたとしても。今はまだ、様子見ね。ティアリアさんが戦おうとしていないもの。
「ルカスもじぃさんも。自身のカラダが傷付くのは平気でも、仲間の痛い目は見ていられないでしょ? そのために『アルプラチノ』を操って、キツネの坊やだけに、炎の光景を見せたんだから。思い通りになってくれて、感謝してるわ」
『アルプラチノ』すら操れるんだ! どこまで強大な力を持っていると言うの? それに、キッポが見せてくれたあの光景。最初から仕組んでいたんだ。魔道だけじゃなくて、ドルイド魔法にも長けているのね。そして、ルカスと同等、もしかしたらそれ以上の剣技の持ち主。とてもじゃないけど、真正面から戦ったら敵わないわ。――こんなになっていて、ヘタをしたら全員の生命が危うくなるかもしれないもの。
「どうしてボクが選ばれたか、分かった。狙ってたんだね」
「その通り、キツネの坊や。宝珠の持ち主だけあって、話が早いわ」
ルカスが長剣の柄を握った。
「いいの? もっともっと、痛い目を見させるわよ?」
反対側の頬が切られた。痛かったけど、弱音は吐かなかった。一番苦しんでるのは、ルカス本人なんだから。わたしが足手まといになっちゃいけない。




