13:ティアリアさん
案内された家屋は、それほどひどくはなかった。老師がマメに、手入れの指示を出しているのだろうか。藁のベッドは1つしかなかったけど、干し草の山が布団代わりに積まれている。
「さ。狭くて汚いでえすが、ゆっくりしておくれよなあ」
部落で最初にあったフォクスリングに、そう言われた。わたしたちは礼をする。空き家を貸してもらえるだけでも、充分にありがたかった。3人だけになって、全員吐息を。ふう。とりあえず荷物を下ろしましょ。
「はああ~。山歩きはキツかったわ」
部落の井戸で補充した、革袋いっぱいの水をごくごく。少し生き返る。
「仕方が無いよね。リムノは女の子だもん」
「ありがと、キッポ」
「ベッドはリムノが使え。オレとキッポは干し草の山で構わない」
「いいの? ルカスもキッポも」
うなずいてくれた。じゃあ、おことばに甘えましょう。バックパックを確かめて、魔道の額冠を外してから、思いっ切りカラダを投げ出してベッドに横たわった。あー、疲れたあ。ルカスも長剣を外し、キッポもハルバードを置いてから、ブレストアーマーを脱いでいる。
「ルカス、リムノ。これあげる。覚えてる?」
キッポがわたしたちに濃い緑色の草を渡してくれた。
「もちろん。あの時もへとへとだったのよね。ありがたくもらうわ」
「ああ、もらう」
懐かしい。ドルイド直々の薬草だ。あの時は……。そう。聖堂が焼かれた部落に立ち寄った後だった。最初は苦いけど、清涼感が広がるのよね。わたしは迷うことなく口に運んだ。――うん。疲れがどんどん消えて行く。噛みながら深呼吸した。隅々まで清められて行く感じ。
みんながそれぞれ落ち着いたところで、わたしは思い切ってルカスに訊いてみることにした。
「ねえ、ルカス。何かもっと知っていること、不安材料があったら、話してよ。わたしもキッポも、裏切るなんてことは絶対にしないから」
「ボクも。ルカス、ちょっとヘンだよ」
ルカスは無精髭をぷちっと抜いてから、
「――そうか。逆に心配かけたか?」
「心配って言うか……。話してくれないのが水臭い」
「ボクの旅に、これだけ付き合ってもらってるんだもん。ルカスの旅だよ、今回は」
わたしは起き上がって、ベッドに腰かけた。ルカスはあぐらを組み直すと、
「順に話す。そうだな……。オレが高原で剣の技を受けたのは話したよな? その時。その時、オレだけじゃ無かったんだ。一緒に教授された同門の剣士。ティアリアって女性がいた」
わたしの記憶にピンと来た。
「その名前。――高原で口にしなかった?」
「よく聞いてたな。確かにつぶやいたよ。――ティアリアとは、通じ合えるほどに仲が良くなった。オレは東から。ティアリアは西から流れて来て、数奇な縁から同門になり……。愛し合った。オレの方が年下だったんだけどな。夢中で睦みあったさ。高原の下草が、いい『しとね』だったもんだよ」
一旦、ことばを切った。
「――ティアリアは、魔道の力も持っていた。白・灰・黒。何でもござれだ。師匠は許していなかったけどな。剣に魔道の力を付与することを。だが……。もう想像付くだろうが、ティアリアはやっちまった。師匠は破門にしたよ。ティアリアにとっては、剣の技なんて取るに足りなかったんだろうな。あっさり高原を後にした。オレに、
『いつかまた会えたら。この宝石の力をあたしの前で開放して』
ってことばと一緒に、コイツ」
と、胸元に揺れている青い宝石のペンダントを示し、
「コイツを残して、去って行った。――女々しいかもしれんが。オレは宝石をペンダントに加工して、お守り代わりにした。どんな力が込められているのか、分からないままに。破滅か祝福か。そのどちらでもないか。そして、いつかまた会いたい。でも、もう決して再び元の関係には戻れない。お互い分かっていたことでも」
ルカスは薬草を吐き出し、
「アイツのことだ。門下に残ったオレのことを、良くは思っていないだろう。例え、愛し合った仲でも。そして。オレは、師匠のことももちろん気になっていたが、ティアリアとまた出会えないかと、微かな願いを胸に高原に戻った。その途端の災厄。オレがこの宝石を持っている限り、アイツはオレの行動など手に取るように分かっちまうんだろうな。そう。今回の山火事は、まず間違い無くアイツの仕業さ。師匠とオレへの復讐心が、高原を滅ぼした。――長くてつまらん話だ。巻き込んじまって、悪かった。それでもオレは……、コレを捨てられないんだよ。笑ってくれ」
自嘲的にルカスが笑う。
そんな理由があったんだ。わたしとキッポは何も答えられず、ただ首を縦にするより無かった。あのペンダント。ルカスと出会ってからずっと気になってたけど、何を封じているかすら分からない、そんなお守りなのね。
『破滅か祝福か』
ってルカスは言うけど、わたしにも想像付かない。真魔道で、何が封じられているのか、それを分析出来る魔道があるらしいけど、今のわたしじゃまだまだムリ。秘められている力を、ヘタしたら暴走させちゃうかもしれないもん。




