現在・栞編−帰郷−
病院を出た 私たちは、
真っすぐ 学思さんの生まれた、 あの浜辺に向かった。
春の浜辺は 人もまばらで、浜風が強く吹きすさび、その風に乗って 波の音と 磯の香りを 私たちのもとに届けてくれる。
夕日が はるか西の水平線に沈もうとしていた。
いつか 学思さんと桜子伯母さんが まだ少年や少女の頃、お互いの気持ちを確かめあった この浜辺に、私たちは 立つ。
66年前、まだ この国は戦争をしていた。
この のどかな 浜辺にも、機銃掃射や焼夷弾が落とされた。
あのときの二人は もうこの世に いない。
二人とも 結ばれることはなかったが 大切な人と巡り会い 新しい命を この世に残した。
そして 私たちが 出会った。
少しでも 狂いがあれば、逢うこともなかったかもしれない。
たとえば 二人が結ばれていたなら・・・
そんな 運命とも 必然ともつかない ギリギリのところで 私たちは 再会した。
これを 私たちの つらいけれども、大切な 後に遺されたものの つとめと思い、 今 ここにいる。
「じいちゃん、帰ってきたよ。懐かしいだろ?」
「お帰りなさい」
学思さんの お墓の 桜を 持って 私たちは 学思さんの代わりに 彼の育った海、今は代がわりして 新しくなった 彼の生家を眺めた。
「15歳から 一度も 帰って来てないのよね。ご両親にも 合いたかったでしょうに。」
「帰りたくないわけないんだ。ただ 桜子さんを裏切ったから 帰れなかったんだ きっと」
「すごい人ね。あなたのおじいさん。」
「ああ、オレとは違うよ」
「前沢くん・・・」
尊は 私の手を握った。
そして、私の手から 桜を取り 海へ投げた。
「これで よかったんだよな、じいちゃん」
学思さんの桜は 穏やかな波に誘われて 遠ざかり 見えなくなった。
私たちは 手をぎゅっと握り合い、それを眺めていた。
私は 時折 尊の横顔を見た。
夕日に照らされ なんて綺麗なんだろう・・・
最後だと思った・・。




