現在・栞編−桜−
やがて 朝が来て、私たちは 眩しいくらいの 春の陽射しの中、向かっていた。
学思さんの元へ・・
20年前に 亡くなった 学思さん・・尊のおじいさんの お墓も また高台にあり そこから 海が見渡せた。
「たしか じいちゃんの遺言で 海が見えるところに墓をたててくれ と言ってたよ」
「ねえ、 前沢くん、桜もおじいさんの 希望?」
それは 偶然なのだろうか?
学思さんのお墓の近くにも 桜の木があり、暖かい春風に その花びらが 舞い、足元に 薄桃色の絨毯を敷き詰めようとしていた。
この木は どこか、見覚えがある・・・
そうだ。 夢に出てくるあの桜の木だ。
桜子伯母さんの 桜の木でなく、 これだったんだ。
私が 追いかけても 遠ざかっていく、そして 尊とも 学思さんともつかないその人は いつも この桜の木の下で 敬礼をする。
それから、またどこかに消える。
私は、 桜の木の幹を 愛おしく 撫でた。
きっと 私の中の 桜子伯母さんが そうさせたのだろう。
「前沢くん、おじいさんってどんな人だったの?」
「そうだね、外見、昔風の頑固親父だったけど オレには いいじいちゃんだったよ。小さい頃、一緒にキャッチボールをしたりとかさ、 車で 兄貴と一緒に釣りに連れてってくれたりとか。・・・今思えば、 じいちゃんは オレたちに 昔の自分を 重ね合わせていたのかもしれない。」
「やっぱり、帰りたかったのかな?」
わたしは お墓に 手を合わせ、言った。
「美月桜子は 幸せな人生でした。 あなたに 逢えたことで 天職にも 巡り会えたし、強さも もらいました。 たとえ、あなたと 結ばれなくても。決して 負い目など 感じないでください。」
すべて 運命なのだから・・・ もう いいですよ。学思さん。
隣で 尊が 手を合わせながら言った。
「もう、いいだろ?じいちゃん。」
私は その言葉が 私との別れを 意味していると思った。
私と ああなったのは 彼の 義務感から だったのか?
わかっていながら 胸が塞ぐ。
彼は 立ち上がり、桜の木の枝に 手を伸ばした。
「前沢くん、何してるの?」
「桜の木の枝をさ、一本もらおうと思ってね」
「だめよ、前沢くん。桜は。そこから 枯れてもう伸びないのよ。」
私が小さいとき、桜子伯母さんの桜の木が あまりきれいな 花を付けているから、 枝を切って 飾ってほしいと言ったら 父がそう 教えてくれた。
「知ってるよ。でも いいだろ。 分骨の代わりだよ。じいちゃんを あの海に連れて帰るんだ。」
尊は そういって、桜の枝を 私にくれた。
「さあ、 帰ろうか」
私は 桜の枝を 大事に持ち、帰路についた。
帰りの車の中では なぜか二人とも 無言なことが多かった。
何を 切り出しても 今日限りの 恋だ。
明日から 彼が どんな人生をたどるのか、再び幸せな家庭に戻るのか 不幸せになるのか? 私は知らないほうが いいのだ。
知らないほうが・・・。
私たちは 凛子伯母さんの入院している 病院へ まず向かった。
「おばちゃん、どう?調子は?」
「ああ、だいぶいいよ。明日にでも 退院できそうなくらいよ」
「よかった。・・・ねえおばちゃん、私たち、お墓参りに行ってきたの。」
「私・・たち? あんたやっぱり・・・」
「前沢くん・・」
私は 彼を病室に呼んだ。
凛子伯母さんは 尊の顔を見た瞬間、 驚いた顔をした。
「ほんとうに、ほんとうに よく似てらっしゃる」
「はじめまして。」
「あの、おじいさんは いつ? 」
「もう 20年になります」
「そう・・ 早くお亡くなりになったのね。」
「若い頃から あまり体は丈夫なほうじゃなかったみたいですから」
「そうね。学思ちゃんは 小さい頃から 色白でね、よく病気をしてたけど 正義感は強かったのよ。曲がったことが 嫌いでね。」
「そうです。言われる通りです」
凛子伯母さんは 涙を流した。
「伯母さん これ 長い間借りてて ごめんなさい。」
私は アルバムを 伯母さんの 手に返した。
凛子伯母さんは 桜子伯母さんと 学思さんの ページを広げ、また 涙を流した。
「あなたたち、 この二人を 守って あげてね」
そうつぶやいた。




