現在・栞編−夕暮れ−
再び 平成23年 春−−−
私 栞は 何の因果か 再会した元カレの
前沢 尊
の部屋で 彼の夕食を作りながら 伯母から聞いた、美月家の 人々の話をしていた。
桜子は 私の伯母で 学思は 尊の祖父。
不思議な運命が 私たちを再会させたのか・・・
夕暮れ時の 西日が差し込む部屋に 私たちは二人でいた。
「雫子さんは ・・・どうして亡くなったの?」
尊が 聞く。
「ここからの話は 幼い頃から 祖母や伯母に よく聞かされたのよ。つらい、せつなくなる話・・・・・。」
伯母の雫子は 昭和21年 11月 初めての子供、少尉との間の 待ち望んだ赤ちゃんを 産もうとしていた。
しかし 難産で 帝王切開になった。
今とは違い、戦後すぐだから物資も不足していた。
雫子は 手術の際に 大量出血して 輸血をすれば 助かるところ、その血液さえも 不足し 甲斐なく亡くなった。
お腹にいた 胎児も 間に合わず 死産となった。
男の子だった。
少尉は 大切な人をいっぺんに二人も亡くしてしまい、戦争で生き残ってしまったことに 後悔をした。
自分だけが 幸せに なろうとした。 きっと仲間が自分を責めているのだろうと。
少尉は 亡くなった、自分の息子に 自分の名前の『広海』の『広』と『平和』の『平』で 『広平』と名付け、 雫子と共に 葬った。
その頃、祖母は 自分のお腹に 新しい命が宿っていることに 気がついていた。
だが 少尉の手前、言い出せずにいた。
祖母も娘と 生まれてくるはずだった 初孫の死に余りのショックで 流産しかけた。
少尉は 祖母のお腹に宿った 命を知り、祖母に こう言った。
「きっと 広平の 生まれ変わりです。 体を大切に元気な 赤ちゃんを 産んでください。」
祖母や祖父は 少し 気が楽に なったが、少尉を美月家の養子として縛っておくことに 申し訳なさを感じた。
けれど、少尉は 生まれてくる 新しい命を 見るまでは、と 美月家に留まった。
少尉は 雫子の死後、一度は死を選ぼうとしたが、祖母のお腹に宿る命に 希望を見いだすことができたのだった。
「その時生まれたのが?」
「そう、私の父 広和 なの。」
私(栞)の父、広和は 伯母の雫子の死の翌年、昭和22年 夏に 生まれた。
祖父が 42歳、祖母が40歳のときだった。
六人目にして やっと男の子。
でも 少尉のことを 考えると 手放しでは 喜ぶことが できなかった。
少尉は 生まれてきた 男の子を 自分の子供を見るように 涙をながしながら抱いていた。
そして、
「自分の この家での役目は 終わりました。しかし、 美月の名前は継がせていただけませんか? 私は この 苗字がとても好きです。 今後も 美月広海 として 生きて行きたい。」
そう言って そっと 広島の実家へと 戻って行った。
「少尉さんは その後も一人で?」
尊が聞いた。
「ううん。 まだ若かったからね。多分、ご両親の勧めで 再婚されたのよ。でもね、 美月姓のままで奥さんを貰われたの。・・・・その後、うちの祖父母が 亡くなってからも、雫子伯母さんと息子さんの 命日には 必ず広島から うちに来てくださった。うちで 昔、きっとそうされていたのでしょうね、 縁側に座って 庭の絵を描いていたのを思いだすなぁ。 私も 絵本をお土産にもらったりした。 広島の伯父さん・・・・そう、少尉にとっては、父は 自分の子供のようなもので、私は孫のような気持ちで おられたのかもね。」
その後の生涯を 山本広海ではなく 美月広海として送った 少尉は たしか 五年ほど前に 亡くなった。
結局、雫子伯母さんと 入るお墓は 別々になってしまったけれども、雫子伯母さんは 少尉の愛情をたくさん感じていたにちがいない。亡くなってからも・・・。
雫子伯母さんのことを 話し終わって、その後、学思さんや 桜子伯母さんがどうなったのか 気になった。
「学思さんは・・前沢君のおじいさんは 家族や桜子伯母さんのもとに 戻ってきたのかなあ」
「俺も じいちゃんが ここの出身だって、今日聞いたばかり だから・・。じいちゃんには 話したくない 何かがあったのかもしれない。」




