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現実逃避

作者: やぎ

 肉体に悪いものは時折精神には良いとはよく言ったものだ。タバコと酒。1000円以内で出来るお手軽な現実逃避。現実に直面している問題をぼかしてくれる。見ないでいさせてくれる。思考を鈍らせて、精神を癒してくれる。そこで安らぎを得られる。そう思い込んでいたい。

 今日もそうだ。自宅で気心が知れた友人との現実逃避。精神を癒す行為。何かがあったから集まったのだろうが、何があったのか忘れた。確か振られたか、ゼミの人間関係かバイトのことだった気がする。

 タバコに火をつけて肺に入れる。白い煙を蛍光灯に向けて吐き出す。煙はゆらゆらと漂って空気の中に溶けていく。手元にあった缶ビールを飲み干す。相変わらずビールもタバコも苦い。苦くて苦くて仕方ないが、逃避の為の物だと考えると我慢出来る。

 「流石に飲みすぎで吸いすぎだ。辞めろ」

 友人が俺の腕を掴み、たしなめる。確かに彼の言う通り空き缶が部屋の中に散乱している。度数の強いウォッカも空き瓶と化している。タバコも既に何箱かは空箱となっている。

 「うるせぇ」

 彼の手を振り払いお酒へと手を伸ばす。もうぬるくなったビールを胃のなかに流し込む。一気に体の底から熱くなるのが分かる。

 「……酒そんなに強くないだろ。何があったんだ?」

 「……」

 アルコールを接種する手が止まる。そしてゆっくりと余ったのが溢れないように缶を下ろす。自分でも分かっている。こんなことをしても何も解決しないのは。

 だが解決しようにも、何に悩んでいるのか分からない。何が問題かと問われると即座に返事は出来ない。色々と重なって訳が分からなくなっている。こっちの糸を引っ張れば、キツく締まる。あっちの糸を引っ張れば緩くなるが、違う箇所がキツくなる。そんな感じで物事が絡まっている。

 「……なぁ、言えない気持ちもわかるが、言わなかったら俺が来た意味ないだろ?」

 「……分かってる。だけどさ」

 「とっとと言えよ。辛いのはお前だけじゃねぇーんだよ!!」

 辛くて悲しいのは俺だけじゃない。そんな事は分かっている。皆が皆、何かしらあるのは。全世界に対して、自分だけが悲劇のヒーローやヒロインであるかのように演じることなんかしない。だけど。

 「だけどよぉ……せめて、この狭い世界では悲劇のヒーローでいさせてくれよ」



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