第99話 幸せでいよう
授業が終わり、菜摘のことが気になり、すぐに菜摘に私は聞いた。
「どうしたの?」
菜摘は、顔を暗くして、
「小百合ちゃんを保健室に連れて行く途中で、あの二人が、わざと聞こえるように嫌味を言ってきたからさ、保健室連れてった帰りに廊下にまだいたから、つい文句を言っちゃったの」
「菜摘から?」
「だって、我慢ならないんだもん。桃子のことまで、言われた。あ~~、まだイライラする」
「…菜摘がそんなに怒らなくても」
「逆の立場ならどうしてた?」
「…切れてたかも」
「でしょ?桃子ならパンチの一発でもお見舞いしてるでしょ?」
そ、それはどうかな…。
「小百合ちゃん、大丈夫かな」
私は小百合ちゃんのことが気になった。
「うん。保健室で休んでるけど、どうかな」
「10分休憩だし、私見てくるね」
「昼休みにしなよ。桃子は授業始まるからって、走って戻ってこれないんだから」
「そうか。そうだね」
まずは凪のことを、考えなくちゃいけないんだもんね。
「何かあったの?」
苗代さんが聞いてきた。
「うん、ちょっともめちゃった」
菜摘が答えた。
「椿と果歩と?」
「うん」
苗代さんの顔も曇った。
「大丈夫だった?」
「私?うん、平気」
菜摘が、にこって笑った。
「それより、ちょっと小百合ちゃんのほうが心配かな」
「え?」
「桃子もだよ。妊娠中って、情緒不安定になるんでしょ?兄貴も言ってたじゃない」
「…」
私は黙った。
「そうなの?榎本さん、大丈夫?」
苗代さんが心配そうに聞いてきた。
「うん。今はね」
「今はってことは、桃子、たまに落ち込んだりするの?」
私の言葉に、ちょっと菜摘が驚いていた。
「うん」
「本当?そんなときはすぐに言ってね」
菜摘が心配そうにそう言ってくれた。
「ありがとう」
私は嬉しかった。
「私も、何か力になりたいから言ってね」
苗代さんもそう言ってくれた。ああ、嬉しいな。
苗代さんも今の平原さんみたいに、私のこと悪く言ってたんだよね。でも、聖君の話で気持ちが変わったんだよね。
だから、平原さんも富樫さんも変わるかもしれないんだよね…。
昼休み、苗代さんと菜摘と一緒にお昼をさっさと食べ、保健室に行った。
「小百合ちゃん」
小百合ちゃんはまだ、ベッドに横になっていた。
「大丈夫?お昼はどうする?」
菜摘が聞いた。
「やめておく。気持ち悪くなりそうだし」
小百合ちゃんは、青白い顔でそう答えた。
「車、迎えに来てもらったら?学校にいるのもつらいんじゃない?」
私がそう聞くと、小百ちゃんは顔をひきつらせながら笑って、
「ううん。病気じゃないんだし、私ばかり車で送り迎えしてもらってたら、やっぱり特別扱いされてるって、思われちゃうもの」
とそう言った。
声が震えていた。ああ、平原さんたちの言葉、気にしてたんだ。
「大丈夫だよ。私だって、もし具合が悪くなったら、母親か、聖君に車で来てもらうもん。そんなのあっちが勝手なこと言ってるだけで、気にしないでもいいよ」
思わず、声を大にして私は言っていた。
「そうだよ!あんなやつらの言うこと、真に受けちゃだめだって」
菜摘もまた興奮しながら言った。
「菜摘ちゃんも、変なこと言われなかった?大丈夫?」
小百合ちゃんが菜摘に聞いた。
「そんな心配いらないから。小百合ちゃんは赤ちゃんのことを思ってれば、それでいいの。ううん。それが一番大事なんだよ」
菜摘は、真剣な顔で小百合ちゃんにそう言った。小百合ちゃんは、目を真っ赤にした。
「そ、そうだよね」
今にも泣きそうになっていた。
「つらいときは、泣いちゃってもいいんだよ。我慢も無理もいらない」
菜摘がそう言った。
「え?」
小百合ちゃんが菜摘を見て、ちょっと驚いていた。
「兄貴に前に言われたの。私が彼のことで落ち込んでるときに、お前は感情を自分の中にためすぎてるって。もっと出せって。泣きたかったら泣いていいんだぞ、無理してがんばる必要なんてないんだからなって」
聖君がそんなこと。ううん、聖君ならそう言いそうだ。
「そうだよ、小百合ちゃん。私もだけど、自分の意思とは関係なく、ちょっとしたことでも、傷ついたり落ち込んだりしちゃうけど、そういうのも悪いことだって思わないで、口に出したり、泣いてもいいと思うよ」
私がそう言うと、小百合ちゃんはぼろって涙を流した。
「私のわがままだから、がんばらないとって、泣いちゃだめだって思ってた」
小百合ちゃんはそれからも、ぼろぼろと涙を流している。
「それ、彼かご両親に言ってる?」
「え?」
私の言葉にまた、小百合ちゃんは聞き返してきた。
「つらいとか、落ち込んでるとか、そういうこと」
「ううん。だって、彼も今、私との結婚をするので仕事がんばっているし、親には心配かけたくないし」
「心配かけちゃだめだって、私も聖君に言わないようにしてたの。でも、私がつらい思いをしてるのを知らないってことが、一番つらいことだって言われたんだ」
「…」
小百合ちゃんは黙って私を見つめた。
「なんでもいい。話してって言われた。親からも、聖君に言えないようなことは、言ってって言われた。それから、妊娠中で同じ悩みを持ってる人や、小百合ちゃんとも話すといいって言われたんだ」
「私と?」
「うん。もし、誰にも言えそうになかったら、私に言ってね?私ももしかして落ち込んだら、小百合ちゃんに聞いてもらうから」
「…」
小百合ちゃんは、黙ってこくりとうなづいた。それからまた、涙を流した。
「私、産むって決心したのに、やっぱり不安だったの。私に育てられるのかなとか、彼を苦しめたりしないかなとか」
小百合ちゃんが、ぽつりぽつりと話してくれた。
「みんな応援してくれるって言ってくれたけど、ここの学校もあまり知ってる人もいないし。おばあさんにも迷惑かけちゃうし。私の判断はよかったのかなって、本当に産んでいいのかなって、そんなことまで思っちゃって」
「いいに決まってるじゃない」
菜摘が言った。
「わかるよ、それ」
私がそう言うと、菜摘が驚いて私を見た。
「私も、聖君の人生を台無しにしちゃわないかって、怖かったもん」
「桃子まで、そんなこと思っちゃったの?でも、そんなこと思ったら、かえって兄貴がかわいそうだよ。兄貴は桃子との結婚を喜んでいるのに」
「うん。それ、わかってるんだけど、心のどこかで、不安になっちゃってたみたい。なんだかね、一回そう思うと、どんどん暗いこと考えちゃうんだ。自分でもどうにもならなくって」
「そっか。情緒不安定って、そういうことなんだ」
菜摘が目をふせながら、そう言った。
「小百合ちゃん、具合よくならないようなら、ほんと、迎えに来てもらうようにしたほうがいいよ」
「うん、ありがとう」
小百合ちゃんは、ほっとしたように笑ってそう言った。
私と菜摘は、教室に戻った。
「そっか。桃子も、落ち込んだりしてたのか」
菜摘はそう言うと私を見て、
「私にもそんなときは、言ってくれていいからね。私、何もできないけど、聞くことはできるから」
と言ってくれた。
「うん、ありがとう」
私には本当に、周りに励ましてくれる人がいっぱいいるんだな。それを感じて、心があったかくなった。
帰りは菜摘、蘭、花ちゃん、そして苗代さんも一緒に帰った。その日教室ではずっと、平原さんと富樫さんが、私たちを見て、ひそひそと話していた。
「蘭、私やっちゃったよ」
菜摘が帰りの電車の中で、蘭に話しだした。
「何を?」
「平原さんと富樫さんと、言い合っちゃった」
「言い合ったって?」
花ちゃんが聞いた。
「嫌味を、聞こえるようにわざと言ってくるから、カチンときて、いい加減にしてって啖呵切っちゃったんだ」
「やっちゃったか~~。でも、私だとしても、やっちゃったかもな」
蘭がそう言った。
「でも、そういうのは…」
花ちゃんが何かを言おうとしたが、
「私のことで怒ってくれたんだもん。私は嬉しいよ」
と私は菜摘に言った。
「私も逆の立場なら、頭にきてたと思うし」
「あはは。そうかもね」
蘭が笑った。
「そっか。桃ちゃんも人のことになると、強くなっちゃうんだっけね」
花ちゃんがそう言って、微笑んだ。
駅でみんなと別れて、私は家に着いた。母はエステの途中らしい。私はさっさと部屋に行き、着替えをしてベッドにドスンと座った。
ブルル…。携帯が振動した。あ、聖君からの電話だ。
「もしもし、桃子ちゃん?」
「うん。どうしたの?」
「今、休憩中。体大丈夫?」
「うん」
「今家だよね?」
「うん、部屋にいるよ。着替えもしてベッドに座って休んでいたところ」
「疲れてるの?」
「うん、ちょっとね」
「学校は?どうだった?」
「うん。私は特に何もないけど、小百合ちゃんが、つわりで具合が悪くて保健室にいたよ。それから」
「うん」
私はちょっと黙り込んだ。
「何か他にもあった?」
「菜摘がね、平原さんと富樫さんと言い合っちゃったんだ」
「菜摘が?」
「小百合ちゃんや私のこと、色々と言ってたみたい」
「それであいつ、頭にきちゃったの?」
「うん」
「短気なところは、俺に似てるよな…」
「なんだか、菜摘を巻き込んじゃったみたいで、申し訳ないなって思っちゃったんだけど」
「…逆の立場だったらどうする?」
「私も、頭にきて何か言っちゃってたかも」
「でしょ?菜摘、桃子ちゃんが本当に大事なんだし、そんなふうに思わないでもいいよ」
「うん」
「桃子ちゃんは大丈夫なんだよね?」
「うん、大丈夫」
「そっか。よかった」
「心配して電話くれたの?」
「…それもあるけど、声が聞きたかったんだ」
「え?」
「桃子ちゅわん」
あれ?甘えモード?
「今聖君、部屋にいるの?」
「うん」
「聖君のほうが疲れてる?」
「ちょっと」
「藤井さん?」
「うん。それもある」
「他にも?」
「なんか、女のお客さんが3人できて、あれこれ言われて」
「あれこれ?」
「は~~~。女の人、やっぱり苦手」
ど、どうしたんだろう。何を言われちゃったのかな。
「何を言われたの?」
「前にも2~3回来たことあるんだって。俺と同じ年の子達で、結婚したことどっかで聞いたらしくて、本当かどうかを確かめに来たんだけど、そのうちの一人の子が、泣きそうになっちゃってて…」
「そんなこと今までにもあったの?」
「うん。高校の後輩も来たし、昨日は、中学の時のクラスメイトが来た」
「え?」
そうか。結婚したことを知って、確かめにきてるのか。本当に聖君のことが好きなら、ショック受けるよね、やっぱり。
「は~~~~」
「大丈夫?」
「うん。ごめん、俺が落ち込んでたら、桃子ちゃんの気持ちも沈んじゃうね」
「ううん、そんなことないよ」
「…今日、早めに帰るね。早く桃子ちゃんに会いたいし」
「うん。私も」
「俺に会いたい?」
「うん、会いたい」
「桃子ちゅわん。大好きだからね」
「うん。私も」
聖君は電話を切った。
もし、私が片思いをしてたら、聖君が結婚したとか、奥さんが妊娠してるなんて知ったら、そりゃショックを受けるだろう。噂を信じられなくて、真実が知りたいと思うかもしれない。そんな子がお店にやってきてるんだね。
私はいつの間にか、寝ていたようだ。妊娠してるとやたらと眠くなるというが、授業中も眠たかった。エステが終わった母に起こされ、リビングでホットミルクを飲みながら、のんびりとした。
「なんかね」
私は聖君の話をし始めた。
「聖君のお店に、結婚の噂を聞きつけた人が来てるみたい」
「友達とか?」
「ううん、多分聖君を好きだった人」
「そっか。聖君はどうしてるの?」
「今日はその子が泣きそうになってたみたいで、聖君、つらかったみたい」
「聖君って、女の子にクールじゃなかったの?」
「うん。表面ではね」
「え?」
「多分、今までもつらかったのかもしれない」
「…心痛めてたのか」
「私には他の子が傷ついたり、泣いたりしても、気にするなって言ってたけど、本人はやっぱり、気にしてたのかもしれない」
「聖君、自分は冷たいとか言っても、実は優しいんだ」
「うん」
「桃子まで、そういう子のこと気にしてたら、もっと聖君がつらい思いするから、桃子は聖君に大丈夫って声をかけてあげたら?」
「うん」
そうだよね。私の声が聞きたかったって、きっと本心だ。藤井さんのことだけでも、きっと、気疲れしてるだろうし。
聖君のすぐそばにいてあげられたらな。私も、本当はいつも聖君のそばにいたいな。
ひまわりがバイトが休みだから、3人で7時には夕飯を食べだした。ひまわりが元気で、明るく楽しく笑っていて、母も笑って話をしていて、私の気持ちが明るくなった。
8時には父も帰ってきて、ゆっくりと食事をした。その間、ひまわりも私もリビングに座り、テレビを見て過ごした。
お笑いの番組で、ひまわりがゲラゲラ笑っていて、それを聞いてるだけで、気持ちが明るくなる。
「ひまわりはいつも、元気だよね」
「お姉ちゃんは?なんか落ち込んでるの?ちょっと今日、元気ないね」
「なんかね。でも、ひまわりの笑い声を聞いて、元気になったよ」
「いつでも、元気は分けてあげるからね」
ひまわりがにこって笑って、そう言ってくれた。
ピンポン。聖君が帰ってきた。私はすぐに玄関に行った。
「お帰りなさい」
「ただいま、桃子ちゃん!」
聖君がむぎゅって抱きしめてきたが、後ろからひまわりも、
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
とリビングからやってきたので、慌てて私を抱きしめてる腕を離した。
「夕飯は?」
母も顔を出し、聞いてきた。
「食べてきました」
「じゃ、お風呂はいる?」
「はい」
聖君は元気に答え、私の手をひっぱり、2階にあがった。
部屋に入るとまた、聖君は抱きしめてきた。
「あ~~、桃子ちゃんの匂いだ~~。ほっとする」
そんなに気疲れしちゃってたの?
「桃子ちゅわん。お風呂はいろ!」
「うん」
聖君と着替えを持って、バスルームに行った。聖君はなんだか、嬉しそうだ。
「何かいいことあったの?」
「うん。だって、ドア開けてくれたの、桃子ちゃんだし、抱きついてきてくれたし」
「え?」
「俺が帰ってきたときにさ。いつもお母さんだったりするし、桃子ちゃんだとしても、抱きついてきてくれないじゃん」
「あれ?私から抱きついた?」
「うん!」
そうだったかな。聖君から抱きしめてきたんじゃないっけ?
「両手俺のほうに伸ばしてきたよ」
そ、そうか。それで聖君がむぎゅってしてくれたのか。
「俺が帰ってきて嬉しかった?」
聖君が背中を洗ってくれながら、そう聞いてきた。
「うん」
今日はなんだか、いつもよりも何倍も嬉しかったな。なんでかな。本当に早く会いたかったの。
「俺も!桃子ちゃんに会えて、めちゃ嬉しい!」
また聖君が後ろから抱きしめてきた。
ああ、聖君がなんだかかわいいな。
「聖君…」
「ん?」
「今日来た子達、すぐに帰っていったの?」
「お茶して、スコーン食べて、俺に話し聞いて、一人の子が泣きそうになっているのを、他の子がなぐめながら帰っていったよ」
「そっか。見ててつらかったの?」
「俺?つらいって言うか、どうしようもないことだから、しょうがないんだけど。なんていうか…」
聖君は黙り込んだ。
「でもさ、これできっぱりと俺のことはあきらめて、他の人と出会ってくれたらいいなって、そんなことは思ったかな」
「そうだね。今まではなんとなく、聖君のこともあきらめられず、お店に来ていたのかもしれないよね」
「うん」
聖君は私を抱きしめる手に力を入れた。
しばらく抱きしめていたが、抱きしめていた手を離し、また腕や首、それから胸やお腹も洗い出した。
「なんか、聖君に洗ってもらってるの、申し訳ないって思うこともあるんだけど」
「へ?」
「私、何もしてないし」
聖君はくすって笑った。
「なんで笑ったの?」
「だって、俺がしたくてしてるだけなのに、そんなふうに思うなんて面白いなって思って」
「…聖君の背中も洗う」
「いいよ。転んだら危ない」
「大丈夫だよ」
髪の毛も洗ってくれて、そのあと交代して、私は聖君の背中を洗い出した。
「くすぐったいよ、桃子ちゃん。もっと力入れていいよ?」
「…」
うそ。けっこう強めで洗ってたのにな。私はもう少し力を入れた。
「あ、そっか。そのくらいが限界か。ごめんね。男の力と違うもんね」
聖君が言った。
「聖君の背中、大きい」
「そう?」
「腕は長いよね」
私は腕も洗い出した。
「そう?」
それに手のひらや指も。
「あ、くすぐったいよ。桃子ちゃん」
「聖君の指って、綺麗だよね」
「う~ん、あまり嬉しくないかな」
「そう?」
シャワーで石鹸を洗い流してから、ぴとっと背中を抱きしめてみた。
「桃子ちゃん、胸当たってるけど」
「うん」
それでも、ぎゅって腕を回して抱きついていた。
「俺、ここでその気になっちゃうけど」
「…それは駄目」
「なんだよ」
私は聖君から離れ、バスタブに入った。聖君は私のほうを見て、にこって笑ってから、自分の体を豪快に洗い出した。
あれ、痛くないのかな、皮膚…。それとも、あれでちょうどいい感じなのかな…。
髪も豪快に洗い終え、聖君もバスタブに入り、私を後ろから抱きしめた。
「今日さ、紗枝ちゃんに桃子ちゃんと結婚したことと、赤ちゃんがいること言ったんだ」
「え?なんで?」
「なんでって、それは言っておかないとさ。っていっても、話の流れでそうなったんだけどね」
「どんな話してたの?」
「夏休みが終わって、桃子ちゃんとあまり会えなくて、寂しいんじゃないですかって、聞いてきたから。あ、俺が多分、今日静かにしてたから、そう思ったんじゃないかな」
静かだったんだ。聖君。
「だから、桃子ちゃんには会えてるよ、毎日って言ったら、驚いてて、だから俺、桃子ちゃんと一緒に桃子ちゃんの家に住んでるんだって話をして、どうしてって聞かれたからさ、結婚したことも赤ちゃんができたことも、話したんだよね」
「藤井さん、驚いてた?」
「しばらく無言になってた」
そうだよね、そりゃびっくりしちゃうよね。
「赤ちゃんは、聖君の子ですかって、やっと口を開いたと思ったら、そう聞かれて、当たり前じゃんって答えたらさ、真っ赤になってたよ。なんで、真っ赤になったのかな」
「さあ?」
「そんな話をしちゃったからかな。そのあと、紗枝ちゃん、失敗ばっかりしてたけど…」
「また、失敗して落ち込んでいなかった?」
「うん。それよりも、赤ちゃんいるってことが、何よりもショックだったみたい。自分のへまなんて、さほど気にしてなかったよ」
「そ、そう…」
そうか。なんか聖君の回りも、いろいろとあるんだな。
「桃子ちゃん」
「ん?」
「幸せになろうね」
「え?」
「もう幸せだけど、もっともっとめちゃ幸せになろうね」
「うん」
「周りのやつが、結婚して羨ましいとか、結婚して正解だとか、結婚してよかったねって、心からそう言ってくれるように、幸せでいようね」
「…うん」
聖君が私をぎゅって抱きしめた。それからうなじにキスをした。
そうだね。ずっと、ずっと幸せでいようね。聖君。