第96話 癒しの時間
部屋に聖君と行き、一緒に凪の日記を書いた。それから、聖君は、ゴロンとベッドに横になった。
あれ?もしかして疲れてるのかな?私の枕を抱きかかえ、黙り込んだまま、丸まっている。
「どうしたの?」
「ん?」
「疲れてるの?」
「ああ~~。今日から紗枝ちゃんきたんだ」
ああ、気をつかっちゃったのかな。
「藤井さん、やめなかったんだね」
「うん。ちゃんと来たよ」
「どうだった?仕事、藤井さん覚えてた?」
「うん。でも…」
聖君はこっちを向いて、はあってため息をすると、
「どうも、俺の話、聞いてないみたいで。教えても失敗したり、何回か同じことを注意することがあってさ、なんつうか、…疲れた」
と、本当に疲れた表情をしてそう言った。
「大丈夫?ただでさえ、今日はうちの高校に来て、大変だったのに」
「ああ、それは大丈夫。あんなふうにみんなが、応援するって言ってくれるとは思わなかったし、けっこう感動したよ」
「泣いてたもんね、聖君」
「はは。ついね…」
聖君は、手招きをして私を呼んだ。私は、聖君の横にねそべった。
「教室行ってどうだった?」
「みんなが拍手で出迎えてくれた。おめでとうって」
「そっか」
「先生もみんなで、応援していきましょうって。ホームルーム終わってからは、質問攻めにあってたよ、私も、小百合ちゃんも」
「そりゃ、大変だ」
「あ、そういえば、聖君って王子様みたいって言ってた子がいた」
「へ?王子様~~?」
聖君の声が裏返った。
「も、桃子ちゃんはそんなこと思ってないよね?」
「うん。だって、王子様以上だから」
「は?」
「聖君は私のヒーローなんだもん」
「はあ?」
聖君が目を丸くしてから、くすって笑って私を抱きしめてきた。
「桃子ちゃんはお姫様って感じあるよね?」
「私?ないないないない」
「あるって。シンデレラよりは白雪姫って感じかな」
「うそ!ないよ、そんなの絶対にないよ」
「なんで?そんなに思い切り否定しなくってもいいのにさ」
聖君は私の鼻をむぎゅってつまんで、そう言った。
「…」
私は黙り込んだ。
「あれ?どうしたの?顔、沈んでるけど?」
聖君がすぐに気がついた。
「ちょっと思い出しちゃって」
「ん?何を?」
聖君は私の顔を覗き込んできた。
「みんながみんな、応援してくれるわけじゃないんだよね」
「ああ、幹男のこと?あれは、桃子ちゃんのことを取られたから、すねてるだけだって、ひまわりちゃんも言ってたじゃん」
「ううん、幹男君のことじゃなくて」
「他にも誰かに何か言われた?」
「うちのクラスで、聖君が車で迎えに来てたことをよく思ってなかった子がいて、その子たちの中の一人はね、聖君の話に感動して、応援してくれるって言ってきたんだけど、他の二人はすごく冷めてて、うざいって言ってたよって、その子が教えてくれたんだ」
「うざい?」
「体育館でも、ずっと冷めてたって」
「ふうん。なるほどね」
聖君は私に腕枕をして、天井を見つめた。
「俺、舞台から見えてたよ」
「え?何が?」
「立ち上がってもいない子もいたし、立っても、顔がめちゃくちゃ冷めてる子とか」
「そうか、私、気がつかなかった」
「ま、しょうがないよ。逆にさ、あれだけの人数が盛り上がったことのほうが、俺、すげえって思ってたよ?」
「え?」
「俺さ、文化祭でも、盛り上げてたけど、クラスでも何かあるときは、盛り上げ役してたんだよね」
「高校で?」
「そう。まあ、男子相手にだけどさ。けっこうみんなの心つかむの、得意なんだ。男って単純だから、すぐにわあって、盛り上がるんだよね」
なんとなく想像つくな。聖君がみんなの中心になって盛り上げちゃうところ。
「だけど、女子はだめ。どうも苦手。なんつうか、やたら冷めてる部分あるじゃん?一部が盛り上がろうとしても、ええ~~、かったるい~~とか言い出す女子が必ずいて、盛り上がった子の勢いを消しちゃうんだよね」
それもなんとなくわかる気がする。
「だから、あれだけの人数の子が立ち上がって、応援する~~って言ってくれたのは、感動したな」
「…」
そう言われても、私は気持ちが沈んだままでいた。すると、聖君は私のほうを見て、
「桃子ちゃん、何百人って生徒がいるんだ。中には冷めてる子がいても、しょうがないと思うよ」
と言ってきた。
「うん、そうだよね」
「桃子ちゃんのことを、実は羨ましいんだけど、その気持ちの裏返しで、悪いこと言ったり、わざと冷めてるように見せたりする子もいるかもしれない」
「うん」
「本当に興味ない子も、いるかもしれない」
「うん」
「でも、しょうがないさ」
「そうだよね」
「ただね、桃子ちゃん。もしそういう子に何か言われて、傷つくようなことがあったら、俺に言って」
「え?」
「いや、傷つくも何も、何か言われたらすぐに俺に言ってくれてかまわない」
「…」
「桃子ちゃんの内側に、溜め込むことだけはしないで」
聖君の目、真剣だ。
「わかった?なんでも俺に話していいから。なんでもだよ。こんなこと言って呆れるかなとか、嫌がるかなとか、そんなのまったく考えなくていいから」
「わかった」
聖君は優しく私のほほをなでた。
「言ってきてくれた子、あ、苗代さんっていうんだけど、本当に聖君の話に感動したみたい。応援してくれるって言ってくれて、嬉しかったな」
「うん」
「でも、大丈夫かな。私の応援なんかしたら、平原さんや富樫さんとの仲、悪くならないかな」
「その平原さんってのと、富樫さんっていうのが、桃子ちゃんのことをよく思ってないっていう連中?」
「え?うん。悪口とか言ってたらしいんだ」
「苗代さんも?」
「うん、一緒に」
「ふうん。桃子ちゃんは心配することじゃないんじゃないの、それ」
「え?」
「もし、その二人と、苗代さんが仲悪くなったって、桃子ちゃんが苗代さんと友達になったらいいだけの話だし、そんな人の悪口言う連中と離れて、返ってよかったってことじゃん」
「…」
「気にすることないよ」
「うん」
聖君って、こういうとき、すごくドライって言うか、割り切って考えられるっていうか、はっきりしてるっていうか…。私は、今まで一緒にいた子達と離れるのは、ちょっと嫌かもなって思ってしまうけど。
ああ、でも、そうだよね。私の応援してくれるっていうんだもの、私が苗代さんの友達になったらいいだけのことだよね。
「桃子ちゃん…」
聖君が胸に顔をうずめてきた。
「あ~~、やっぱ、落ち着く」
「そんなに疲れたの?」
「うん」
私は聖君の髪をなでた。
「桃子ちゃんの匂いって、落ち着くよね」
「それ、聖君もだよ」
「俺の匂い?」
「うん」
聖君は顔をあげ、私を見つめると、優しくキスをした。それから頬をなで、またキスをする。優しいキス。それだけで、満たされていく。
「なんでかな~」
聖君は首をかしげて、何かを考え込んだ。
「なあに?」
「う~~ん、どうして桃子ちゃんだとこんなに落ち着くのに、他の子だとこうならないのかなって」
「他の子といて、癒されちゃったら、私の役目なくなっちゃうよ」
「え?あはは。そっか」
聖君はそう言って笑うと、また胸に顔をうずめた。
「は~~あ。でも、もうちょっとこう、なんつうか、心開いてくれてもいいんじゃね?って思うんだけど」
「藤井さんのこと?」
「そう。何を考えているのか、まったくわからない。聞いても、話してくれないし、どうしたらいいのかなあ」
「どうしたらって?」
「一緒に仕事してても、ちぐはぐなんだ。ちょっと、やりにくい」
「他のバイトの子は?」
「う~~ん、たとえば朱実ちゃんなんかだと、けっこういろいろと話してくれるから、やりやすい。ああ、あの子の場合、竹を割ったような男っぽい性格だからっていうのもあるかな」
「そうだよね、朱実さんって気持ちのいい性格してるよね」
「桜さんは、ぽんぽん言いすぎだろってくらいに、あれこれ言ってくるし、あれはあれで苦手だったけど、何を考えてるかわかりやすかったから、楽っていえば楽だよね」
「うん…」
「麦ちゃんは気を使ったけど、今はそんなこともないし。菊ちゃんにいたっては、いい先輩後輩って感じでさ、やっぱり話しやすかったし」
「うん」
「紗枝ちゃんは、麦ちゃんとは違った意味で、気を使う」
「麦さんのときも、気疲れしてたよね?」
「うん。でも、いろいろと自分の考えてることは言ってくれたから」
「そんなに藤井さんは、言ってくれないの?」
「言ってくれないの…」
あ、声が沈んでいってる、聖君。私の胸に顔をうずめたままでいるし。
「は~~~~~~」
あ、重いため息ついた。
「桃子ちゅわん」
「ん?」
「頭なでて」
ありゃ、思い切り甘えモードだ。かなりのお疲れ気味だな。私が髪をなでると、
「く~~ん」
と聖君はないた。
「今日、初日だよね?」
「うん」
「ど、どうするの?明日から」
「どうしよう…」
弱気の聖君だ。いろいろと強気で楽天家の聖君なのに、どうして女の子となると、こんなに弱気になるのか。それだけ苦手なのかな。
「藤井さん、まだ赤くなって固まっちゃうの?」
「うん。仕事の手順教えても、顔赤くして、なんだか聞いてないんだよね」
「緊張してるんだよね?きっと」
「うん。だろうね。で、ヘマして、すごく落ち込んでるから、大丈夫だよって言うんだけど、青くなって今度はどんよりしてる」
「ああ、わかりやすいね。顔に全部出るんだ。あれ?そんなにわかりやすいのに、なんでわからないって言うの?」
「う~~ん。意思疎通ができないからかな」
「私もそうだったでしょ?初めのころ、赤くなったり、落ち込んだり、話もできないでいたし」
「桃子ちゃん?わかったよ?何を考えてるかは言ってくれてたよ?」
「私が?」
「うん。桃子ちゃん、けっこう話し出すと、よく話すし、それに、そんなことまで教えてくれるの?ってくらい正直に話してくれてて、俺、照れくさくて、顔赤くなるのを隠しながら話を聞いてたもん」
ええ?!
「そ、そんなことまで教えてくれるって、私、どんな話しちゃってた?」
覚えてないよ~~。
聖君は顔をあげ、私の顔を見た。
「俺のこといつ好きになったの?って聞いたら、あれこれ話してくれたじゃん」
「あ。あのとき…」
「桃子ちゃん、すげえ素直なんだもん。ああ、桃子ちゃんって裏表ないな。桃子ちゃんの表情も、言ってることも、全部真実だなって、そう思ってさ。だから、一緒にいて安心できるのかな」
「…」
そっか。そんなに私って、自分の思ってることを顔に出したり、口に出したりしてるのか。
「でも、桃子ちゃん、メールだとまったく違うんだよね」
「え?」
「思ってることの十分の一も、話してくれない。だから、桃子ちゃんは絶対に顔を見て話さないとだめなんだって、それは俺、学習しました」
「が、学習?」
「そう。だから、こうやって、顔を見ながら話す。困ってるとか、落ち込んでるとか、そういうのわかるからさ。メールだとそういうの、隠しちゃうんだもん、桃子ちゃん」
「…」
図星かも。本当は、こうやって話してても、困らせたくなくて、誤魔化そうとしちゃうんだけど、どうも、聖君には見抜かれちゃうみたいで。
「紗枝ちゃんは、まったくなんだよね」
「え?」
「落ち込んでるの?どうして?ヘマしたから?だったら気にすることにないよって言うじゃん。そうすると、落ち込んでいません、大丈夫ですって返ってくるんだ」
「そっか」
「話もさ、ちゃんと聞いてた?って聞くと、はいって言うから、それ信じてると、まったく聞いてなかったってこともあってさ」
「うん」
「俺、どうしたらいいんだよ状態…」
「そうか~~~」
「桃子ちゃんだったらどうする?」
「え?」
「そういうふうに言われたら、どう対処する?」
「う~~~ん、そうだな。慣れるまで、待つかな」
「慣れる?」
「藤井さんが慣れてくれるまで」
「辛抱するってこと?」
「う、うん」
聖君は眉を思い切りしかめた。
「は~~~~~。あ、知ってた?俺、短気なんだ」
「知ってた」
「桃子ちゃん、気、長そうだもんね」
「私には聖君、気、長いよ?」
「だって、桃子ちゃんだから」
「?それ、どういう意味?」
「わかんないけど、桃子ちゃんなら、いいの、俺」
「そ、そうなんだ」
ほんと、わけわかんないけど、でも、私も聖君なら全部OKだもんな…。そういうことかな。
聖君はゴロンと今度は、私の横に転がった。そして、天井を見上げ、しばらく黙り込んだ。
「ま、いっか。悩んでもしょうがないか」
「うん、そうだよ」
「こうやって、桃子ちゃんいてくれるし、夜は癒されるし」
「…」
「そうしたら、また俺、元気になれるし」
「うん」
私は聖君に抱きついた。
「私も!」
「え?」
「学校で何かあっても、こうやって聖君にひっついていたら、元気になれる」
「そ?」
「うん!」
「桃子ちゃんってば!かわいいんだから」
「それを言うなら、聖君もかわいいよ」
「俺が?」
「落ち込んでる聖君もかわいい」
「え?」
「なでなですると、めちゃかわいくなる」
「俺?」
「うん。く~んってなくし」
「…。桃子ちゃんってやっぱり、変態。あれ?もしかして、俺、クロみたい?」
「うん」
「桃子ちゃんのペット状態?俺って」
「ううん。そんなことないよ」
「じゃ、なに?」
「旦那さまだよ?」
「うわ。そっか。旦那さまって思ってくれてたか!」
聖君は目を細めて、嬉しそうに笑った。
「じゃ、電気消してもう寝るとするか~~」
そう言うと聖君は電気を消して、私にタオルケットをかけてくれた。
「おやすみ、奥さん」
聖君は優しく私にキスをして、私の横に寝転がり、そして私にひっついた。
「おやすみなさい、聖君」
聖君は、またかわいく、く~~んって一回ないて、その5秒後にはすうって寝息を立てた。
うわ。もう寝ちゃった。
私はそんな聖君もかわいくて、頭をそっとなでた。
ああ、愛しい。
大丈夫。私も聖君がいてくれるし、聖君も私がいると、癒されるって言ってくれるし。きっと何があっても大丈夫。
そんなことを思いながら、私も眠りについた。