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第94話 クラスメイト

 教室の近くに行くと、やけに静かだった。竹内先生もいないし、わいわいとみんなでさわいでいるかと思ってたんだけどな。

 ガラ…。竹内先生がドアを開けたら、なるほど、教頭先生がいた。それで、静かだったのか。

「榎本さん、西園寺さん、どうぞお入りなさい」

 竹内先生に言われ、私たちは教室に入った。


「おめでとう!椎野さん!」

 いきなり、クラス委員長が拍手をしながら、そう叫んだ。他のみんなも、おめでとうと口々に言い、拍手をしてくれた。

「西園寺さんも、おめでとう、これからよろしく!」

 委員長は席を立ち、小百合ちゃんのほうに歩み寄り、握手をした。小百合ちゃんは、ちょっと困惑している様子だ。


「椎野さんはもう、榎本さんという名に変わりましたよ」

 竹内先生が、微笑みながらそう言った。

「あ、そうですね。すみません」

 委員長が謝った。そして、席に座った。


「今日からこのクラスに転入してきた西園寺小百合さんです。もう、皆さんも知ってのとおり、榎本さんと西園寺さんは、妊娠していますから、皆さんも気遣ってあげてくださいね。西園寺さん、一言挨拶しますか?」

「あ、はい。西園寺小百合です。3月まで、あとわずかですが、よろしくお願いします」

 小百合ちゃんはそう言うと、ぺこりと頭を下げた。


「榎本さんも、皆さんに一言、どうぞ」

 竹内先生が私にまでふってきた。

「え?あの…。今日は、ありがとうございました。いろいろと迷惑もかけてしまうと思いますが、よろしくお願いします」

 私もぺこっとお辞儀をした。


「では、席について。西園寺さんは、榎本さんの隣の席についてくださいね」

 私は小百合ちゃんよりも先に歩き、小百合ちゃんに席を教えてあげた。

「今日はもうあと、ホームルームだけで終わりですが、ちょっと話をさせてくださいね」

 竹内先生が話を始めた。


「さきほど、榎本さんのだんなさんが話したとおり、榎本さんや西園寺さんに対して、あまりよく思わない人も出てくるかもしれません。この学校でも異例のことですし、私も教師をしてはじめての経験ですから」

 竹内先生は、今、35歳。まだ独身で、優しいというよりは、きびきびとした感じの先生だ。頼りになるし、しっかりとしていて、生徒たちからも、親御さんからも、信頼されている。


「ですが、みんなで協力をして、二人のことを守っていきたいって、思っています。あ、二人じゃないですね。赤ちゃんもいれたら、4人ですね」

 教室の中は静かだった。教頭先生はまだ、教室の後ろから私たちを見ていた。

「命を大切にする、私もそれはすごく大事なことだと思いますし、理事長の生徒たちの人生と命を守るというお話は、本当に共感しました。皆さんも、自分やそして、周りの人の命、大事にしていってくださいね」


 先生はそう言うと、少し黙ってから、それから連絡事項を話し出し、2学期の行事や、受験のことなど、話し出した。

「皆さんは3年生で、受験も控えていますね。そんなときに、榎本さんと西園寺さんのことは、自分だけでも精一杯なのにと思う人もいるかもしれません。でも、これから高校を卒業し、それぞれの道を歩んでいく皆さんにとっても、命の重みを考えたり、生きるということを考えたりできる、いいチャンスだと思いますよ」

 竹内先生は、あくまでも、私たちのことをみんなにも、よく思ってもらいたいと思ってるんだろうな。


 ホームルームが終わり、先生と教頭先生が教室を出て行くと、わっと、私と小百合ちゃんの周りに、人が集まってきた。

「椎野さん。あ。違った。榎本さんだった。ねえ、あんなに素敵な人とどこで知り合ったの?」

「あ、それ、聞きたかった!」

 周りには、クラスの子のほとんどが集まったんじゃないかというくらいの、人だかり。


「えっと、海で」

「ナンパ?」

「違う。そうじゃないけど」

「海の家でバイトしてて、私たちはお客だったんだよね。そこで、話をしてて、なんだか意気投合しちゃったの」

 菜摘がすかさず、私の横に来て、そう言ってくれた。


「すっごいイケメンだよね。めちゃくちゃ、もてるんじゃないの?」

「うん」

「菜摘のお兄さんなんでしょう?」

「そうだよ。兄貴だよ。兄貴、ああ見えて、女の人苦手だし、桃子一筋なんだよ」

 わあ。菜摘、そんなことまで、ばらさなくっても。私は真っ赤になってしまった。

「そうだよね。思い切り、大事にしてるって感じだよね」


「うん。話聞いててもそうだった。羨ましかったもの」

「ほんとうだよね。なんだか、王子様みたいに見えたよ」

 ええ?王子様~~?

「あはは。兄貴が王子?それは、ちょっと笑える」

 菜摘が笑った。


「また、来る?榎本さんのだんなさん見てるだけで、目の保養になるよ」

「ええ?目の保養?」

 また、菜摘が驚いた。

「だって、かっこいいじゃん!あんなかっこいい人、そうそう見ることできないもん」

 そ、そうだよね。私もそう思う。


「西園寺さんのだんなさんは、どんな人?」

 お。今度は小百合ちゃん?みんなが、わっと小百合ちゃんのほうを向いた。

「え?」

 小百合ちゃんは驚いていたが、恥ずかしそうに話し出した。私も話を聞いていたが、

「榎本さん、ちょっといいかな」

と、腕をつつかれ、私は席を離れた。


 声をかけてきたのは、今朝、私が太ってしまっていて、聖君と別れたんじゃないのって、そんな話をしていた3人のうちの一人。苗代さん。他の二人から「苗」と呼ばれている。

 私は、教室の外の廊下まで連れて行かれ、また、何か言われちゃうのかなって、身構えてしまった。


「あの、今朝はごめんね」

 苗代さんは、いきなり謝ってきた。

「え?」

「あんなこと言って、笑ったりして」

「う、ううん」

 なんだ。謝ってくれるんだ。嬉しいな。また、変なこと言われちゃうのかなって思っちゃって、悪かったな。


「私、感動したの。榎本さんのだんなさんの話。それで、思わず立ち上がって、拍手してた。興奮して椿や果歩の事も立たせたんだけど、二人とも、すごく冷めた顔してて」

「え?」

「ホームルームのときも、すっごく冷めてた。終わったらとっとと、あほらしいって言って帰っちゃったし」

「そ、そうなんだ」

 そうか。そうだよね。全員が全員、私を応援してくれようとしたわけじゃないんだよね。


「私は、本当に感動したから、榎本さんの応援をしていきたい。それは本当。それ、二人にも言ったの。そうしたら、苗、あんた一人でやったらって言われた。私らは興味ないし、それどころか、すごくうざいって」

 うざい?


「もともと、あの二人、あまり榎本さんたちのこと、よく思ってなくって。特に椿。椿は、榎本さんが捻挫してたとき、彼が車で迎えに来てたでしょう?あのときから、榎本さんの悪口ばかり言ってたんだよね」

 グサグサ~~。そうなんだ。知らなかった。


「私も、いい気になってるとか、そんなようなこと椿と一緒に言ってた。だけど、妊娠して、結婚して、ちゃんと赤ちゃんを産もうってしてるのも、卒業まで、学校に来ようとしてるのも、私はえらいっていうか、すごいなって思ったんだよね」

 苗代さん。そんなふうに思ってくれたんだ。


「だから、応援したい」

「ありがとう」

 うわ。なんだか、嬉しくて、目頭が熱い。

「だけど、椿や果歩はよく思っていないから、これから榎本さん気をつけたほうがいいかも」

「え?」

「一応、言っておいたほうがいいと思って」

「う、うん」

 私は笑ってうなづいたけど、かなり顔がひきつった。


「桃子~~。帰ろう」

 そこへ、蘭と花ちゃんがやってきた。

「うん」

 私は、いったん教室に戻った。あとから蘭と花ちゃんも教室に入ってきた。

「かばん、持とうか?」

 蘭が聞いてくれた。

「大丈夫。重くないもん」

 私はそう答えた。


「小百合ちゃんも一緒に帰る?あ、もしかして、車で帰るの?」

 私が聞くと、

「ううん。一緒に電車で帰る」

と言って、かばんを持ち、席を立った。小百合ちゃんの周りにいるみんなも、わらわらと自分の席に戻っていった。


 5人で駅までゆっくりと歩いた。

「今日の聖君、最高だったね」

「兄貴はさ~、人の心をつかむの得意だよね。文化祭のときのステージもすごかったし」

「うん。すごかったよね」

「そうだったの?見たかったな」

 花ちゃんがぼそって言った。


「かっこよかったよ。男子も女子も心奪われてた」

 蘭がそう言うと、

「なんだか、わかる気がするな。今日の桃子ちゃんのだんなさんも、本当に素敵だったし」

と小百合ちゃんまでが顔を赤くしている。


「小百合ちゃん、つわり大丈夫?」

「うん、緊張もあって、朝、気持ち悪かったけど、今はもう平気」

 小百合ちゃんは、ちょっと微笑んでそう答えた。

「桃子ちゃんのだんなさん、顔色悪いのすぐに見抜いて、会ってすぐに、大丈夫?って聞いてくれたの。さすがだね」


「小百合ちゃん、その桃子ちゃんのだんなさんっていうの、なんだか照れるから、聖君って呼んで」

 私が真っ赤になってそう言うと、

「あ、ごめんね。聖君って言うね」

と小百合ちゃんは謝った。

 それにしても、聖君、すごいな。小百合ちゃんの顔色まで見て、気遣ってあげてたんだ。


 電車に乗り、あいてる席に私と小百合ちゃんをみんなが、座らせてくれた。

「は~~、聖君が舞台から、飛び降りて桃ちゃんを抱きしめたとき、私もドキッとしたな。かっこよかったよ」

 花ちゃんがため息をついた。

「ほんと、聖君、かっこよかった」

 蘭も、思い出しているのか、遠くを見つめながらそう言った。


「兄貴が王子様みたいって言ってた子、いたね」

「王子様?でも、そんな感じするかも」

 花ちゃんが目を輝かせた。

「ええ?そうかな」

 私が顔をかしげると、

「兄貴は王子様って感じじゃないよね」

と菜摘も笑った。


「そうなの?桃ちゃんにとっての王子様じゃないの?」

 花ちゃんが聞いてきた。

「聖君は、そのへんの王子様以上だから」

と私が言うと、蘭が、

「げげ!なんだ、王子様以上ってのは!」

と驚いていた。


「王子様って言うより、ヒーローかな」

 私がそう言うと、

「ああ、もう、ごちそうさまでした」

と蘭が呆れた顔で言ってきた。

「くすくす」

 小百合ちゃんは笑っていた。


「あ、でも花ちゃん。王子様っていうなら籐也君は?」

 私が聞くと、花ちゃんは赤くなり、

「籐也君は、違うもの。王子様じゃなくって、そういうんじゃなくって」

と慌てふためいた。


「あこがれの人じゃないの?」

 私がそう聞くと、ますます花ちゃんは顔を赤くした。

「籐也って、桃子にちょっかいだしてた?」

 菜摘が聞いた。

「え?桃子にちょっかい?」

 蘭も興味深そうに聞いた。


「前はね。今はそんなのないよ」

 私がそう言うと、

「え?あの籐也のことが花ちゃん、好きなの?」

と菜摘は驚きながら、聞いた。


「中学のときからの、知り合いなんだって」

 私がそう花ちゃんのかわりに答えると、菜摘はまた花ちゃんに、

「中学のころから、好きだったの?」

とびっくりしながら聞いていた。花ちゃんは、首を横に振りながら、真っ赤になっていた。


「花にも春が来るのか~~」

 蘭が花ちゃんをからかった。花ちゃんは、

「もう、やめてってば~~」

とさらに赤くなった。


 みんなで笑っていると、小百合ちゃんの降りる駅になり、小百合ちゃんは降りた。そこからも、みんなでわいわいと話をしていた。

 新百合ヶ丘に着き、私たちは別れた。菜摘が家まで送ろうかと言ってくれたが、

「大丈夫。駅から家まではちょくちょく歩いているし」

と断った。


 今日は残暑が厳しい。なるべく木陰を選んで家に帰ったが、一人になったからか、暑いからか、疲れたからか、私はいきなり、足取りが重くなった。

 家に着くと、母が元気に出迎えに来た。

「おかえり!」

「ただいま」

「聖君は、学校から帰ってきて、すぐにお店に出て行ったわよ」

「うん、そう…」


「あら、元気ないじゃない?」

「うん。暑かったから」

「そうよね。今日も暑かったものね。お昼ご飯まで、部屋で休んでいたら?」

「うん、そうする」


 私は2階にあがった。ベッドに横になると、疲れがどっと出て、そのまま深い眠りについた。

 目が覚めたのは、母の「桃子、お昼ご飯よ」の声だ。私は、のそのそと一階に下りていった。

 ぼけ~~っとしながらご飯を食べた。母は、聖君のお話、すごかったわねと、ずっと熱く語っていた。


 夕方まで、私はのんびりとリビングで、編み物をしていた。母もテレビを見たり、お茶を飲んだりして、私とゆっくりと過ごしていた。

 ひまわりは私よりも先に家に帰り、とっととまた出かけていったらしい。どうやら、かんちゃんとデートがあるらしかった。そしてそのまま、一緒にバイトに行くんだと言ってたらしい。ほんと、元気だよな~。


 5時を過ぎたころ、母が涼しくなったからと買い物に出かけた。私はリビングで、テレビを見ていた。すると、ピンポンとチャイムが鳴った。

「はい?」

 インターホンで出ると、

「桃ちゃん?幹男です」

という声が聞こえてきた。

「幹男君!?」

 わあ、久しぶりだ~~。私はすぐに玄関を開けに行った。


「桃ちゃん、久しぶり。あれ?おばさんは?」

「今、買い物に行ってる。あ、あがって、あがって!」

 私は幹男君をリビングに連れて行った。

「ほんと、久しぶり。夏休みは神戸に帰ってたの?」

「うん、一週間だけ帰ってた。で、昨日こっちに戻ってきてさ。これ、お土産」

「わあ、ありがとう」


 幹男君に冷たいお茶を入れてあげていると、キッチンまで幹男君はやってきて、

「桃ちゃん。さっき、ばあちゃんちにもお土産持って行ってきたんだけど、結婚したって本当?」

と聞いてきた。

「え?」

「妊娠してるって、本当に本当?!」

 幹男君の顔は、半分疑ってるっていう顔だ。


「おばあちゃんから聞いたの?」

「じいちゃんから」

「…うん。本当」

「本当に?みんなで俺のことだましてない?」

「だましてどうするの?」

「だ、だよな。や、やっぱ、ほんとなんだ」


 幹男君は、しばらくぽかんと口を開いたままになった。

「他にも何か言ってた?おじいちゃん」

「今日、高校に行ってきたって。桃ちゃん、妊娠してても高校に行き続けるって聞いたけど、それも本当?」

「うん」

「は~~~~~~」


 声のない声を、幹男君は出した。

「驚いた。めちゃくちゃ、驚いた。あいつ、桃ちゃんのこと妊娠させちゃったんだ」

「ちょ、そんな言い方やめてよ。幹男君」

「だって、そういうことだろ?責任とって結婚したみたいだけどさ、俺からしたら、ショックだよ」

「なんで?」


「なんでって、そりゃそうだろ?桃ちゃんは大事な妹、いや妹以上の存在だったんだ。ずっと小さいことから、守ってきたしさ。それなのに、そんな桃ちゃんが妊娠したなんて、そりゃショックに決まってるじゃんか」

「おじいちゃんにもそれ言ったの?」


「言わないよ。そんなことより、絶対にじいちゃんが俺に嘘ついてるんだって思っていたし」

「…」

「じいちゃん、前にも俺のことからかったことあったし。俺が桃ちゃんを大事に思ってるのを知って、そうやってからかってるんだと思ったよ」

「からかったことがあるって?」


「本当はお前は、結花の子で、桃子は本当の妹だって」

「え?!」

「神戸に行くとき、俺、母さんに行きたくないって駄々こねて、桃ちゃんをうちの子にして、神戸に連れて行ってくれなかったら行かないって、そんなわがまま言ってたんだ。そうしたら、じいちゃんがそれを知って、本当は血がつながってるんだよって」


 お、おじいちゃん、なんでそんな嘘。

「俺、すごいショックで、ショックで。そうしたら、次の日じいちゃんうちにやってきて、あれは嘘だってけろっとした顔で言ったんだ。本当の兄妹にはなりたくないだろうって。俺、うんってうなづいて、しぶしぶ神戸に行くことにした。桃ちゃん、妹になったりしたら、結婚できないしさ」


 え?!!!

「いとこ同士は結婚できるんだぞ、幹男ってそのとき、じいちゃんに教えてもらったんだよ。だから、いつか絶対に迎えに来ようと思いながら、神戸に旅立っていったわけさ」

 何、それ?ええ?!け、結婚?


「で、神戸に行ってしばらくして、彼女ができちゃったんだけどね」

「…」

「あのとき、心の中で、桃ちゃんに何度も謝ってた」

「なんで?」

「俺が迎えに行けなくなったから」

「…」


「でも、知らない間に桃ちゃんにも彼氏できてたしね」

「…。幹男君、本気で私と結婚…」

「うん。あれ?桃ちゃんにも俺、言ってたよね?」

「いつ?!」

「桃ちゃんが5歳か、6歳のころ。お嫁さんになってねって。桃ちゃんも、うんって嬉しそうに言ってたよ」


 覚えてない~~!!!

「忘れてた?」

 私は黙ってうなづいた。

「そっか。そうだったんだ。覚えてないんだ、まったく」

「ごめん」


「いや、いいけどさ。じゃ、俺とキスしたこととかも」

「それは、覚えてる。私がいじめられて、泣いてたとき」

「うん。そうか。それは覚えてるか。じゃ、ファーストキスは俺だってことは、覚えてるってわけだ」

「え?」

「それだけは、あいつに俺は勝ったってことか」


「でも、幹男君だって今、彼女いるじゃない。同棲までしてる」

「うん、まあね。そうなんだけどさ。俺の中じゃ、桃ちゃんは永遠の初恋の人だからさ」

「は、初恋?」

「桃ちゃんの初恋は?聖?」

「ううん。違うけど。でも、そのとき好きになった人とは、口もきいたことないし」


「あはは。そんなの恋って言えないんじゃないの?本当に相手のことも知って、好きになったわけでもなんでもないじゃん」

「そ、そうだよね」

 え?じゃ、私の初恋って、聖君?!


「俺じゃないわけだ」

 幹男君が、顔を近づけて聞いてきた。

「う、うん。ごめんね。幹男君は私にとって、ずっとお兄さんみたいな存在で」

「…そっか。ま、なんとなくわかってたけどね」

「…」


「で、聖とは結婚してるとはいえ、別々に暮らしてるんだろ?」

「え?ううん。うちで一緒に暮らしてるよ」

「まじで?え?どこで?まさか、桃ちゃんの部屋でとか?」

「うん」

「え~~~?」

 幹男君はまた、しばらく呆けてしまった。


「なんで?幹男君だって、彼女と暮らしているんでしょ?」

「そうだけど。桃ちゃんが、あの桃ちゃんが」

 あの桃ちゃんって、どんな桃ちゃんなの?


「あら、幹男君じゃない」

 母が帰ってきて、幹男君を見て驚いて声をかけてきた。

「あ、おばさん、ご無沙汰してます」

「本当よ。久しぶりじゃないの!神戸には帰ったの?」

「はい」

「姉さん、元気?」

「あ、はい。よろしくって言ってました」


「そう。あ!そういえば、やだわ。姉さんに報告してないわ。桃子が結婚したこと!」

「あ、じいちゃんから連絡するって言ってましたよ」

「え?」

「さっき、じいちゃんちに寄ってきたんです」

「あら、そうなの?お父さんから連絡してくれるんだ。よかった。そっちのほうが絶対にいいわ」


「どうしてですか?」

 幹男君が聞いた。母は買ってきたものを冷蔵庫に入れながら、

「姉さん、あれこれ言ってきそうだもの。なんていうか、頭固いから。お父さんなら、うまく言ってくれそうだし」

とそんなことを言った。


「あ、あら、ごめんね。幹男君のお母さんのこと、頭固いなんて言って」

「いいですよ。それ、本当のことですから。俺、同棲してるのも隠してるし」

「え?そうなの?」

「あ、もしかしてばらしてないですよね」

「ないわよ。でも、お父さんやお母さんから言っちゃわない?」

 母はかなり驚いている。


「ばあちゃんにも内緒です。じいちゃんにも内緒にしておいてって、頼んであります」

「お父さんには話したの?」

「はい。っていうか、話してるうちにばれたんですけど」

「私には話しちゃってよかったの?同棲したこと」

「ああ、おばさんだって、おじさんと同棲してたって言ってたし、理解あるだろうなって思ってたから」


「まあ。そう言ってくれるのは嬉しいけど、姉さんに内緒にしてるなら、そう言っておいてよ。ああ、よかった。そういう話をしなくって。っていっても、ずっと連絡も取ってないんだけどね」

 母は、お茶を入れ、ダイニングのテーブルについた。幹男君もその隣に座った。

「お母さん、夕飯の準備しちゃうね」

「うん。悪いわね、桃子。あ、そうだ。幹男君も食べてく?でも、彼女がアパートで待ってるか」


「いえ。今、彼女のほうも田舎に帰ってるから、俺、一人なんですよね」

「じゃ、食べていってよ」

「はい。そうさせてもらいます。あ、桃ちゃん、聖君は何時に帰ってくるの?」

「8時半か、9時ごろ」

「それまで、いようかな。ちょっと会いたいな」


 え?それは、聖君が歓迎するかどうか…。でも、母が、

「そうね。ひまわりも幹男君に会いたいだろうし、その時間までゆっくりしてってよ」

とそう言ってしまい、幹男君はすっかり、ダイニングでくつろぎ始めてしまった。

 あ~あ。知らないよ。聖君の機嫌が悪くなったって…。と私は内心、穏やかじゃなかった。



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