第90話 うわて
聖君は本当にその日、夜私をずっと優しく抱きしめていた。私は蘭が、罪悪感を感じちゃってたってことを、そのまま聖君に隠さず話した。
「蘭ちゃん、俺が大学行って浮気でもするってそんなふうに言ってたの?」
「うん。昨日も言ってた。聖君だって普通の男なんだから、きれいな人に言い寄られたらわからないよって」
「あはは。そうか~~。でも、桃子ちゃん以外、まったく興味持てないからな~、俺」
「きれいで、おとなっぽい女性でも?」
「桃子ちゃんも蘭ちゃんに言われて、不安だったの?」
「うん」
「だから、俺に抱かれちゃったの?」
「え?!違うよ、あれは、桐太のことがあったから」
「だよね。それで、俺に早く抱かれたいって言ったんだもんね」
「違う。早く聖君のものになっちゃいたいって言ったの」
「同じでしょ?だから、それ」
「違うの!」
聖君は、私を抱きしめていた手を緩め、私の顔を覗き込んだ。
「俺のものって、なに?」
「え?」
「桃子ちゃんにとっての、俺のものっていうのはどんなこと?」
「だ、だから…。体ごと愛してもらうことかな」
「じゃ、一緒でしょ?」
「…」
う。そういうことになるのかなあ。
あれれ?聖君が耳や首筋にキスしてきた。
「聖君?」
「全部、俺のものなんだよね?桃子ちゃん」
「え?うん」
「安心して。俺も桃子ちゃんのものだから」
「え?」
「全部」
「…」
か~~~。なんだか、顔が熱い。
「蘭ちゃん、そんな罪悪感や責任感、感じることじゃないのにね」
「うん。そうだよね」
「ま、いいや。2学期の始業式で俺の話を聞けば、そんな気持ちも吹っ飛ぶよ」
「演説?」
「話だよ」
聖君はそう言うと、また私を優しく抱きしめた。ああ。安心する。ずっとこうしていたい。
「聖君も、緊張してるんでしょ?お話しするの…」
「俺?いいや、もう開き直った」
…。さすがだ。
ブルル。携帯が振動した。見てみると、花ちゃんからのメールだった。
「花ちゃんだ!」
開いてみてみると、
>桃ちゃ~~ん。なんだか、デートみたいだったよ~~~!
と書いてあった。
>どこに行ったの?
>カフェでランチして、江ノ島の水族館に行って、夕方海辺を歩いた。
「デートの王道じゃん」
聖君はそのメールを読み、そんなことを言った。
>それ、デートの王道だって聖君が言ってるよ。
それを聞き、そうメールを送ると、
>うひゃ~!そうなの?デートなの~~?
と返ってきた。
「面白いな、花ちゃん、桃子ちゃんにほんと、似てるよ」
聖君がその返信を見て、面白がっている。
「女の子って、デートって言ってもらわないと、わからないものなの」
と私は花ちゃんの肩を持った。
「男はわざわざ、デートだなんて、言わないものなの」
聖君は籐也君の肩を持った。
>よかったね!楽しかった?
>幸せすぎて、これ、夢じゃないよね?
>花ちゃん!それ、すごくよくわかる!
そう書いていると、聖君が隣からそれを読み、
「まじ?桃子ちゃんも俺とのデート、夢かと思ってたの?」
と聞いてきた。
「う。そ、そうだよ。はじめてのデート、そう思ったもん」
「はじめて?江の水?」
「ううん。お茶したでしょ?それから公園によって、ファースト…」
「キス?」
「うん」
私は真っ赤になってうつむいた。
「あれ、夢かと思ったの?」
「家に帰ってから、なんだか夢見てるみたいだったから」
「桃子ちゃんってば、かわいいんだから!」
聖君は抱きしめてきた。
>桃ちゃんも、そう?あ~~。信じられないよ。また、どこか二人で行こうねって、最後に言ってくれたの。
>よかったね。またデートだね。
>デートなの?これ。
>デートだよ。
花ちゃんからしばらくメールが来なくなった。あれ?悩んでるのか、恥ずかしがってるのかな。
「桃子ちゅわん」
「え?」
「俺、眠い。寝ていい?」
「うん」
「桃子ちゃんは?」
「うん、寝る」
私は電気を消して、聖君の隣に寝転がった。
「ねえ、桃子ちゃん」
「ん?」
「正直に答えてくれるかな」
う、ドキ。なんだろう。
「な、何?」
「俺のものになって、どうだった?」
「え?!」
声が裏返ってしまった。どうだったって、どういうこと?
「正直な感想。俺はね」
「え?」
「俺は桃子ちゃんが、俺のものになったとき」
「う、うん」
ドキドキ。
「なんていうか、すげえ感動しちゃって」
「感動?」
「うん。桃子ちゃん、まじで可愛かったし、やべ~~って感じだったよ」
「やべえってどんな?」
「ん~~~~。そうだな。うまく言えないけど、俺、まじでさ、ずっと桃子ちゃんのこと、触れたくても、我慢してたから、桃子ちゃんの肌に触れるのも、キスできるのも、それにぬくもり感じられるのも、すげえ嬉しくって」
うわ。なんだか聞いてて照れる!
「それに、桃子ちゃんの胸とか、肌の白さとか、ほくろとか、そういうのも知れて、嬉しかったし」
「…ペタンコの胸でも?」
「…もう!桃子ちゃんの胸、可愛いってば」
聖君はそう言うと、私の胸に顔をうずめた。
「で?桃子ちゃんは?」
「私?私は…」
「うん」
「…うん、私も感動した」
「俺に触れることができて、じゃないよね?」
「聖君のぬくもりも、キスも優しかったし…」
「うん」
「声も、手も優しかったし、すごく大事に思ってくれてるんだって、それがよくわかって、感動した」
「そっか」
聖君、照れてる。
「ドキドキしてた。だけど、幸せで、安心できた」
「え?」
「聖君のぬくもりとか、においとか、ドキドキするけど、安心できるし」
「うん」
「あ、でも、私の胸見てがっかりしなかったかなとか、そんなことは思っちゃったかも」
「ええ?ああ、そういえば、そんなことメールで聞いてきたよね」
「うん」
ああ、そうだ。
「それからね」
「うん」
聖君が胸から顔をあげ、私の顔を見た。
「聖君て、なんてきれいで色っぽいんだろうって、見惚れてた」
「え?」
「聖君の熱い視線にも、キスにも、溶けそうになっていたし」
「…桃子ちゃんも色っぽかったよ?」
「…」
「俺、いろんな桃子ちゃんの表情見れて、それだけで、もうやばかったし」
「やばいって?」
「だから、うまく説明できない」
「…いろんな表情って?」
「うん。可愛かったり、色っぽかったり」
「そう…なの?」
「うん。すごく恥ずかしがっている桃子ちゃんは、めちゃ可愛い。でも、突然俺のこと、すげえ色っぽい目で見てくるんだ。ドキってしてたよ。うわ。こんな表情もするんだって」
「私が色っぽいって、よくわかんないな」
「…色っぽいよ?まじで。目つきが変わるんだ。あ、唇まで色っぽく見えちゃうんだよね」
「唇?」
「俺に、迫ってくることあるよね?」
「いつ?」
「最近」
「嘘。ないよ」
「あるよ。俺にキスしてくることあるじゃん。まさか、自覚なし?」
「う…」
ある。聖君がめちゃくちゃ、愛しくなって、私からキスしてるかもしれない。
「あのときの唇が、色っぽい。俺、ドキってして、やべえってなってる」
「何それ…」
「桃子ちゃんの唇、気持ちいいんだ。やわらかくて、あったかい」
うわ~~~。そ、そうなの?
「それから、ほっぺも、やわらかい。髪もふわふわしてて、可愛いし」
「…」
聞いてて、顔から火が出そうだ。
「今、顔赤い?って、暗いからよくわかんないけどさ」
「うん、顔熱いから、多分真っ赤」
「あはは、そっか。やっぱりね」
聖君は私の髪を優しくなでながら、おでこにキスをしてきた。
「おでこもめちゃ可愛い」
「い、いいよ~~。なんだか、恥ずかしいよ~~」
「鼻も好きなんだけど」
「もういいってば!」
「それに、桃子ちゃん」
まだあるの?
「キス、上手だし」
「私が?!」
ああ、また声が裏返った。
「うん、最近、特に」
「それは自覚ないから!」
「まじで?」
「うん」
上手なのは聖君のほうでしょ?
「すげえ気持ちいいのに」
「もういい。聞いてて顔から火が出そう」
「…」
聖君はようやく黙り込んだ。でも、私にキスをしてきた。
あ…。思い切り聖君、濃厚なキス。うわ。だから、溶けちゃうよ。絶対聖君のほうが、キス上手…。
聖君は唇を離すと、
「やっぱり、桃子ちゃん、キス上手じゃん」
と言ってきた。
ひえ?!私?私は慌てて、首を横に振った。
「自覚ないの?まじでないの?」
私は今度はコクコクとうなづいた。
「じゃ、もう一回してみる?」
「私、溶けちゃうよ」
「へ?何それ」
「聖君が上手なんだもん。いつも私、溶けそうになってるもん」
「…それ、桃子ちゃんでしょ?俺が溶けそうになってるけど?」
うそ!
「ひ、聖君も?」
「そうだよ。あれ?気づかなかった?たまに意識がふっと、俺、どこかに飛んでる」
うそ!
「まじで、自覚ないの?桃子ちゃん」
「ないよ」
「…」
聖君は黙って私をじっと見た。
「そうなんだ」
ちょっと驚いてるみたいだ。
「俺、いつからこんなに桃子ちゃん、キスうまくなっちゃったんだろうって思ってたんだけど」
グルグル。私はまた首を横に振った。
「うまくなんかないよ」
「自覚ないんだな~~」
「うまくないってば」
「ああ、自分ではわからないんだな~~」
「…」
ないよ。ない。そんなの絶対にわからないよ。私がキスがうまい?まさかでしょ~~?
え?って、なんでまたキスをしてくるの?
「…」
聖君が途中で、目を開けた。そして唇をそっと離して、
「それ」
と言ってきた。
「それ?」
それって?
「今の」
「い、今のって?」
「桃子ちゃんの舌」
「え???」
「俺の舌に絡ませてくるでしょ?」
「私が?!」
「うん」
「違うよ、聖君のほうだよ」
「俺?してないよ」
「聖君からだってば!」
「俺、今はしないようにしてたから」
「…」
え?
「桃子ちゃんからだよ、たいてい」
うそだ。
「俺は、舌入れるだけだもん」
「…」
え?!!!
「それに絡ませてくるのは、桃子ちゃんだもん」
「うそだ」
「うそじゃないよ。なんなら、もう一回してみる?」
グルグル。私は思い切り首を横に振った。そんなの恥ずかしい。でも、わ、私から?ええ?!
「まじで、自分ではわかってなかったんだね。なんだ。じゃ、無意識?」
「ええ?わ、私?」
じ~~~。聖君が私の顔のまん前に顔を持ってきて、私を見つめている。
「な、何?」
どうしたの?今度は何?聖君はそっと私の唇に触れた。それから、しばらくそのままそっと私にキスをしていた。
なんだろう。ドキドキ。聖君は、またそっと唇を離すと、また唇に触れる。それも、私を熱い視線で見つめながら。
うわ。何?心臓がバクバクだ。それから、髪を優しくなでたり、頬を優しくなでたりしている。そしてまた、唇から離れ、私をじっと見る。
何?目が合った。熱い熱い目だ。それから、今度は頬にキスをして、まぶたにキスをして、耳たぶにキスをして、また私を見る。
何何何~~?そしてまた、そっと唇に触れる。これ、もしかしてじらしてる?唇に触れてはまた、離している。
ああ、絶対にじらしてるんだ。そっと触れるだけで、濃厚なキスはしてこようとしない。
う~~~。これ、聖君の罠だ。私からキスするように仕向けてるんだ。わざとしてるんだ。それがわかっているのに、うずうずしてる。
ずるいよ~~~。
「聖君、ずるい」
そう言っても、まったく何も言わず、私を見つめては優しく、頬をなでるだけ。
あ~~~、絶対にじらされてる~~。
なんだか悔しい。悔しいけど、けど…!
えい!罠だってわかってるけど、仕向けられてるのもわかってるけど、でも…!
私は聖君がそっと唇に触れてきたと同時に、聖君の首に両手を回し、聖君が唇を離さないようにして、唇を開いた。
あ、でも聖君、ずるい。まだ、唇すら、閉じている。うえ~~~ん。意地悪だ。
聖君の手が優しくって、聖君の目が熱くって、聖君のぬくもりがあったかくって、聖君のにおいに包まれて、私、もう完全にアウトになりかけてるのに。
聖君がそっと唇を開いた。あ、聖君も、やっとその気になってくれたの?あれ?でも、そのまま何もしてこない。
ああ~~。もう~~~。意地悪~~。手は髪を優しくなでてくれてるのに。
1、2、3…秒も持たない。あ、濃厚なキスになってた。
これ、私だ。私から、舌を入れたし、舌をからめてた。聖君の首に回していた手も、どんどん力が抜けていく。ああ、とろけていく…。それも、長い長いキスだ。聖君が唇をずっと離さない。
ううん、私かもしれない。唇を離せないでいるのは…。
そっと聖君が、私の顔から顔を持ち上げて、熱い視線で私を見てから、
「ね?桃子ちゃんからだったでしょ?」
と言ってきた。う~~。わざとそう仕向けたくせに。でも、何も言い返せないよ。
「桃子ちゃん、キスうますぎるよ。それ、他のやつには絶対に内緒だからね?」
「当たり前だよ。そんなこと言わないし、しないし」
「だよね。俺だけが知ってることだよね?」
「う、うん」
「あ、自覚したんだ。ようやく」
「ずるい!そう仕向けたくせに」
「俺にキスしたくなったんでしょ?」
「う…」
「もう~、エッチ~~」
うわ~~~~。それ、何も言い返せない。もしかして、私ってエッチなの?
何も言い返せず、うつむいたままでいると、聖君が髪にチュってキスをしてきて、
「でも、俺、エッチな桃子ちゃんも好きだから、安心してね」
と言って抱きしめてきた。
もう~~。心のうちを見抜いているんだから。
「桃子ちゃん」
「え?」
「いいよ」
「え?何が?」
「今、思ってたでしょ?」
「何を?」
ドキ。私ってエッチだってこと?
「キス以上もしたいなって、思ってたでしょ?」
「思ってないよ~~」
なに~~?全然、やっぱり見抜いてないじゃない。
「いいってば。桃子ちゃんがエッチでも、俺は全然」
「思ってないってば!もう寝るよ。眠いもん」
「まじで?」
「まじで!」
「ちぇ」
何がちぇ、だよ~~。そう思ってたのは、聖君のほうじゃん。
「俺に、これだけその気にさせておいて、それはないよ、桃子ちゃん」
聖君がぶつくさ言っている。
「聖君が勝手にしたことだもん。私知らないもん。じゃ、おやすみ」
私はそう言って、真上を向いて目を閉じた。
モソ…。え?なんで私の上に乗っかってくるのかな?
「桃子ちゃん、寝ててもいいよ」
「え?」
「うん。寝ちゃっててもいいや」
聖君がパジャマのボタンを外しだした。
「よくないよっ」
何を考えてるんだ~~!寝れるわけないじゃないの。
「聖君!」
「だから、寝てていいよ」
「寝れないよ、そんなことされて」
うわ。胸触ってるし、胸にキスもしてきたし。
「ひ、聖君」
「寝てて、桃子ちゃん」
寝れない。わ。ズボンも脱がされた。
「ひ、聖君」
わ。わき腹も、弱い。そのへんにキスされられると、だめだ、私。
「聖君…」
「その気になっちゃった?」
「…!」
もう~~~~。はじめから、また、こうなるように仕向けてたんだ。
「ずるい。弱いところばかり、攻めてきてた」
「うん。桃子ちゃんが感じるところ、もう知ってるもん、俺」
「ずるい~~~!」
結局、聖君の罠に、かかっちゃうんだ。聖君の目も、手も、キスも、私をその気にさせちゃうんだから。あれこれ言っても、やっぱり聖君のほうが、うわてなんだ。
そして…。聖君の優しさに包まれて、私は聖君の胸に顔をうずめる。
「聖君」
「ん?」
「大好き」
「知ってるよ」
聖君が優しく髪をなでる。
「桃子ちゃん」
「うん」
「愛してるよ。おやすみ」
「…おやすみなさい」
聖君の「愛してる」はまだ、私をドキドキさせるの。でも、それは教えてあげないんだ。