第89話 打ち明ける
私は、その日蘭と菜摘にメールをして、3人で会うことにした。
蘭も、基樹君みたいに怒るかな。それとも、落ち込むかな。それとも、祝福してくれるだろうか。
菜摘は大丈夫だよ、きっと祝福して、応援してくれるよってメールで言ってくれた。でも、どうしても基樹君や、メグちゃんのこともあって、蘭の反応が怖かった。
聖君は、私がなんとなく緊張してるのを察して、
「もし、俺みたいに落ち込むようなことがあったら、俺が今日は桃子ちゃんを癒してあげるから。なんなら、夜ずっと俺に抱きついててもいいからさ。早くに帰るようにするし、ね?」
と、バイトに行く前に言ってくれた。
「ありがとう」
聖君に抱きついた。聖君は私に優しくキスをしてくれて、それから荷物を持ち、一階に行くと母やひまわりに、明るく、
「行ってきます」
と声をかけ、玄関を出て行った。
聖君、優しい。その優しさが、身に染みる。
私はお昼を食べ終わり、約束の2時の5分前には駅の改札口にいられるように、家を出た。
5分前だというのに、改札口には菜摘がすでにいた。
「桃子!」
元気に私を呼ぶと、私のほうへと駆けてきた。
「早かったね、菜摘」
「うん、なんだか、早くに着いちゃった。蘭に会うのも久しぶりだし、ちょっとドキドキもしてて」
え?菜摘まで?
「あ~~。蘭、きっと驚くよね」
「う、うん」
驚くだろうな。そして、その後の反応が怖い。
2時を回った。まだ蘭は来ない。そして少したつと、蘭が走ってくるのが見えた。蘭は新百合からバスに乗って10分のところに住んでいる。
「ごめん、バスが遅れてた~~」
息を切らしている。バス停から全速力で走ってきたんだな、きっと。
「ううん、大丈夫だよ、そんなに走ってこなくてもよかったのに」
私がそう言うと、蘭は一回深呼吸をして息を整え、
「だって、久しぶりに3人で会うんだし、早くに会いたかったんだもん。話もいっぱいあるしさ~~」
とにこにこしながら、そう言った。
う、その笑顔にも、その言葉にも、罪悪感めいたものを感じてしまうな…。
「夏休みに入ってから、ずっと会ってなかったもんね。蘭、元気だった?日に焼けたね」
「彼氏と海、行ってばっかりだったし」
「そっか~。彼、元気?」
「うん。バイトで忙しかったりもしたから、そんなには遊んでいないけどさ~~。あ、それよりも、菜摘、二人での旅行の話も聞いてないよ~~」
「あ~~。あれか~~。実はさ、うちの親に二人で旅行に行ったこと、ばれちゃって」
「え~~?私と桃子と3人で行ったことにしなかったの?」
「うん。蘭と二人でってことにしたんだけど」
「あれ?桃子は?」
「あのさ~。どこか、カフェにでも入って、話をしない?」
私がそう提案すると、菜摘も大きくうなづき、3人で近くのカフェに入ることにした。
カフェに入ると、菜摘が注意深く回りを見渡していた。
「誰も知った顔はいないよね」
「え?なんで?あ、そうか。旅行の話とか聞かれたらやばいか」
蘭がそう言ったが、菜摘は私の話を聞かれないようにという、配慮があったんだろう。
「奥の席に行こうよ」
蘭がそう言って、1番奥のテーブル席にみんなで座った。
店員に注文をして、水を飲んで一服してから、
「で、親にばれて、どうなったの?」
と蘭がこそこそと菜摘に聞いた。
「うん。お母さんは怒ってたけど、お父さんは、そんなでもなかった」
「え?そうなの?お父さんのほうがうるさそうなのにね」
「うん。でしょ?私、拍子抜けしちゃったよ。絶対に交際まで反対するんじゃないかって思ってたし。葉君までが、将来のこと考えて、暗くなっちゃってたし、どうなるかと思ってたんだけどさ」
「葉君が暗く?どうして?」
「うん。その…、私との将来、結婚のこととか、そういうことを考えたみたいで」
「ええ?!結婚?だって、まだ葉君、18でしょ?菜摘はまだ、高校生だよ?なんでまたそんな先のことまで、考え出しちゃったのよ」
「…うん」
あ、そうか。私と聖君のこと見てて、葉君、焦っちゃったんだよね。
「菜摘だって、葉君と結婚するかなんてわからないでしょ?私だって、まだまだ考えられないよ。今の彼とだって、いつ別れが来るかもわからないのに」
「別れがいつくるかもわからないって思いながら、付き合ってるの?蘭」
菜摘がちょっと驚いて聞いた。
「うん。別れるかもしれないし、付き合っているかもしれないし、そんな先のことまでわからないよ。私だって、高校卒業したら、専門学校行くし、そうなったら、新しい出会いもあるかもしれないしさ」
「そ、そうなの?ずっと今の彼氏と一緒にいたくないの?」
「菜摘は、葉君とずっといたいの?結婚したいの?」
「け、結婚はわからないけど、でも、今は別れることなんて、考えられないよ」
「ラブラブなんだね」
「蘭は違うの?」
蘭は菜摘にそう聞かれ、ちょっと首をかしげた。
「付き合ってた当初よりは、ラブラブ度も減ったかな」
「そ、そうなの?」
つい、私が聞いてしまった。
「桃子は?まだ、ラブラブ?聖君、どう?今でもすごくもててるんじゃないの?大学のほうには、大人の女の人いないの?」
「う、うん。もててるよ、今も変わらず」
「でも、相変わらず、桃子一筋?桃子も聖君一筋なの?」
「うん」
「すごいよね~。感心しちゃう。付き合ってもう、長いのに。でも、大学のほうは本当に平気なの?」
「今、夏休みだし」
「じゃ、他の女と会うこともないか」
「…お店には、いっぱい来るけど」
「浮気されない?」
蘭がまた、声を潜めて聞いてきた。
「さ、されないよ」
私は思い切り、首を横に振った。
「本当~~?あやしかったことないの?あれだけ、もてたら、いくらでも浮気相手なんて見つかるでしょうに」
「蘭!やめなよ、そういうこと言うの」
菜摘が止めてくれた。でも、蘭はしつこく聞いてきた。
「だって、聖君だって、普通の男だよ?言い寄ってきたらさ~~」
「…」
う。確かに普通の男だって、自分でも言ってたけど…。
「私の彼だってさ、一回浮気したもん」
「え?!」
私も菜摘も驚いて、大声で聞きかえしてしまった。
「それで、どうしたの?」
菜摘が聞いた。
「うん、体の関係は持たなかったみたいだし、一回デートしただけみたいだから、許したけどさ」
「一回デート?」
また菜摘が聞いた。
「ドライブデート。本当に何もなかったかどうか、あやしいよね。だけど、それは否定してたからさ」
「どうして、浮気してるのわかったの?」
また菜摘が、かなり深刻な顔で聞いた。
「車に、ピアス落ちてた」
「え?」
「はじめは、誰のかわからない、蘭のじゃないの?とか、しらばっくれてたけど、私ピアスしてないしさ。じゃあ、姉貴のだって誤魔化してたけど、お姉さんもピアスの穴空けてないんだよね。で、問い詰めたら、白状した」
「ピ、ピアスってそんなに簡単に落ちる?」
「でしょ~?ピアスが落ちるようなことしたんじゃないの?って聞いたら、そんなことするわけないって、言われたけどさ」
「じゃあ、その人わざと、落としていったとかかもよ?」
「でしょう~~~?私もそんな気がしたんだよね」
蘭がちょっと興奮気味にそう言ったが、
「でも、いいの。彼には、またその人と会うようなら、私別れるからって言ってあるし。そうしたら、もう絶対に会わないって言ってたしね」
と、突然冷めた顔つきになった。
「あ、そっか。蘭より彼のほうが、惚れてるんだね。っていうか、蘭、自信あるんだもんね」
菜摘がそう言うと、
「自信?」
と、蘭が聞き返した。
「うん。彼氏に嫌われないっていう自信」
「あはは、そんなのないよ」
「じゃ、どうして、そんなに簡単に別れるとか言えるの?浮気、平気で許せるの?」
「…菜摘や桃子ほど、彼のことを好きじゃないのかもしれないな」
「え?」
「気があって付き合ったけど、すごく好きってわけでもないしさ」
蘭がぽつりとそう言った。
「そうなの?私はてっきり、旅行行っちゃうくらいだし、すごく好きなのかと思ったよ」
菜摘の言葉に、蘭がため息をついた。
「なんだか、そんな関係になって、旅行に行ったりしてたときは、盛り上がってたんだけどね~」
「今は、冷めちゃったの?」
菜摘がまた聞いた。
「落ち着いたっていう感じかもね」
蘭がふっと笑いながらそう言った。
「だから、いつまでも仲のいい二人が、羨ましいよ」
「…」
菜摘が黙った。
「桃子は、旅行とか行かなかったの?聖君と」
「うん」
「あれ?そういえば、夏休みは入った頃、具合悪くなかった?もう大丈夫なの?」
「うん。もう元気」
「ねえ、太った?それ、幸せ太り?この暑かった夏に太るなんて、どうしちゃったの?」
蘭がずばっと、そう切り込んできた。
「これは、その…。太ったわけじゃなくて」
「え?でも、顔もふっくらとしたし、胸も大きくなったんじゃない?っていうか、そのTシャツ、男物?」
「うん。そうなんだ」
「え~~?なんで~~?」
蘭が店員が運んできた、ソーダ水をストローですすりながら、聞いてきた。
「…」
私はオレンジジュースを一口飲んだ。ちらっと菜摘を見ると、菜摘も、ソーダ水を飲み、私をちらっと見た。
「太ったんじゃないの?じゃあ、どうしたの?まるで、それじゃ、妊婦さんみたい」
ドキ~~~!蘭、するどい突っ込み!
「実は、そうなんだ。赤ちゃんいるんだ。具合が悪かったのも、つわりなの」
私は、小声で蘭のほうも見ないで、そう口にした。
蘭は黙っている。ちらっと見ると、蘭は、菜摘の顔を見ていた。菜摘は、ちらっと蘭を見て、下を向いてしまった。
「菜摘、知ってたの?」
「う、うん。実は、れいんどろっぷすに一緒に行ったとき、桃子が倒れて、それで、妊娠してるってわかって」
菜摘もうんと小声で、そう話した。
「それ、いつ?」
「夏休みはいってすぐ」
「…そ、それで?今お腹大きいってことは、産むの?」
蘭が、顔色を青くしながら聞いてきた。
「うん」
私はこくんとうなづいた。
「うそ…。全然知らなかった」
「ごめんね。言わないでいて。でも、変な噂がたつと、私が傷つくだろうって、聖君がいろいろと考えてくれて、それで」
「聖君は、なんて?」
「え?」
「産んでいいって?」
「うん」
蘭、真っ青だ。
「な、なんで妊娠?もしかして、避妊しなかったの?」
「ううん。聖君ちゃんとしてたけど、でも…」
「…それでも、妊娠しちゃったの?」
蘭、本当に真っ青だ。
「そういうことも、あるんだね…って、聖君も言ってたけど」
「…私…」
蘭が、テーブルの一点を見つめ、ぼおっとしながら、話をしようとしている。でも、言葉が続かないようだ。
ああ、鼓動が早く鳴り出した。蘭の反応は何?どうして真っ青なの?
「私の、せい?」
「は?」
蘭の言葉に、私も菜摘も思い切り聞き返した。予想もつかないようなことを、蘭が言ったからなんだけど、なんで、蘭のせいになるっていうんだろうか。
「私が、あんなこと言ったから」
「あんなことって?」
私はもう一回、聞き返した。
「大学には大人の女性がたくさんいて、聖君とられても知らないよとか、もう覚悟しなよとか、いろいろと…」
ああ、そのこと?
「それに、旅行とかも、私がすすめちゃったし」
蘭は顔面蒼白になっている。
「あ、それは私たちが勝手に、行きたいって言ったことだし」
菜摘も慌てて、そう答えた。
「ううん、私のせいだ。私、考えなしだった。まさか、桃子が妊娠するなんて」
蘭が下を向いた。
「それ、両親も知ってるんだよね?」
「うん」
「聖君の両親も?」
「うん」
「…高校は?退学になるよね」
「ううん」
「あ、まだ高校には知らせてないの?」
蘭がやっと、顔をあげた。
「ううん、話してあるし、卒業までいられるよ?」
「え?ど、どうして?」
「理事長や校長にお願いに行ったから」
「それにね、蘭。2学期の始業式で、兄貴が話をするんだって。命についてを語るらしいよ~~。今から楽しみで」
「命?」
「そう、理事長に話をしたら、感動しちゃったみたいで、ぜひ、全校生徒に話をしてくださいって、頼まれたんだって!」
「…聖君が?」
「うん」
「命…」
蘭は、また一点を見つめ、ぼ~~ってしている。
「桃子」
「え?」
「ごめん、本当にごめんね」
「そんな、蘭が謝ることじゃないよ?」
「だけど、桃子と聖君の人生、壊したようなものだもの」
「壊れてないから」
「でも、不安だったでしょ?両親も怒ったでしょ?縁とか、切られなかった?」
「う、うん。切られてないから、ここにこうして私来ているし」
「何か、私にできることない?あったら言って」
「じゃ、応援して、学校で桃子が大変なときは、助けてあげて」
菜摘がそう言った。
「え?」
「私ももちろん、桃子のこと助けるし、守ろうと思ってる。でも、一人でも多くの人が守ってくれたら、安心だもの」
「そ、そうだよね」
蘭がそう言うと、すごくまじめな顔をして、
「うん。ちゃんと守るよ。桃子、がんばって!」
と私の手を握り締め、そう言ってくれた。
「う、うん。ありがとう」
なんだか、あまりにも真剣な表情なので、それ以上は何も言えなくなってしまった。それに、蘭、ちょっと涙ぐんでるし。
「私、まったく知らなかった。知らないで、のんきなこと言ってた。ごめんね」
「ううん」
「まだ、桃子、17歳なのに。これから青春だったのに」
な、なんじゃ、そりゃ?
私は内心、がくっとこけていたが、あまりにも蘭が真剣だったので、なんにも突っ込めないでいた。それは、菜摘も同じだったのか、それとも違う理由でなのか、菜摘もまた、蘭に何も言わないでいた。
それからなんだか、話が弾まなくなり、
「そろそろ出る?」
と菜摘が言い出し、私たちはお店を出た。
「今日、いっぱい遊ぶつもりできたけど、桃子、歩き回ったら大変だもんね」
蘭がお店を出た後そう言ってきた。
「あ、いいよ。二人で遊んできなよ」
私がそう言うと、菜摘と蘭は顔を見合わせ、
「でも、それは今度にするよ。私、そろそろ帰るね」
と、蘭が言い出した。きっと私に遠慮したんだな。
「じゃあ、私も帰るね。桃子、家まで気をつけてね。あと、学校には私が一緒に行くから、駅で待ち合わせしようね」
と菜摘が言ってくれた。
「うん、またね」
私たちは、駅前で別れた。
そう、もう2学期は、すぐに始まる。夏休みもいよいよ終わりだ。
人によって、それぞれの反応が返ってくる。さあ、学校では、どんな反応が返ってくるんだろうか。
考えると怖い。でも、大丈夫。凪のために強くなる。
そう必死で私は考えて、怖さも不安も感じないようにしていた。