第88話 メール
あ…。うそ。聖君からメールがきた。
え?信じられない。なんで私に?あれ?メアド交換したっけ。
あ、そうだった。海の家で、みんなで赤外線通信したじゃない。あれから、ずっとメールも何も来なかったのに、いきなりきた。
>今度いつ、会う?
え?それだけのメール?
ままま、待てよ。まさか、私へのメールとは思えない。これ、誰かと間違ってるとか?
返事を返さないでいると、またメールが来た。
>どこに行こうか。
ままま、まさか、デートのお誘い?だ、誰に?これ、絶対に間違ってるよね。
どうしよう。私、桃子ですって送る?それとも、間違ってますよって送る?それとも、誰宛ですかって聞いてみる?
でも、誰宛?蘭?菜摘?私の知らないうちに、それだけ仲良くなってしまってるんだろうか。
デート?デートなの?
>日曜に、店に来る?それか、江ノ島水族館にでも行く?映画でもいいし、どこでもいいよ。
やっぱり、デートのお誘い?!
だ、だめだ。落ち込んだ。なんて返事をしたらいいのかな。
>それとも一日部屋でいちゃついてる?
え~~~~~!!??
い、い、い、いちゃつく?だだだだだ、誰と?!もう、そんな関係なの?
>どうしたい?
どんどんメールが来る。ああ、何か返事を送らないと。
>聖君。間違えメールをしていませんか?
ああ。これを読んで今頃、慌てているかも。ごめん、間違ったっていうメールが来るかな?
>間違ってないよ。どうしちゃったの?
あれ?あれれ?
>間違って登録していませんか?
>え?!うそ!俺、誰にメールしちゃった?
>私、桃子です。椎野桃子。
>え?椎野桃子?
あ、やっぱり。登録する名前でも、間違えたんだ。
>あれ?榎本桃子でしょ?
>え?!
何それ。榎本は聖君の苗字。
>桃子ちゃん、何言ってるの?で?どうする?今度のお休みの日には、何をしていようか?
…。あ、あれ?まさか、私宛?
ブルル。ブルル。あ、また携帯が振動してる。また、聖君からだ。
私は、ベッドから手を伸ばし、テーブルにあった携帯を取った。今度は、なんて書いてあるの?なんで、私を誘っているの?
携帯を見ると、
>桃ちゃん、起きてる?まだ寝てる~~?起きたら電話して~~~!
と書いてあった。
え?あれ?誰?
このメールは、誰から?
ぼけ~~~~~。え~~っと、今、いったい何が起きてるのかな?
「誰からのメール?もしかして、花ちゃんかな?」
後ろから声がした。振り返ると、聖君が私の携帯を見ている。
「あれ?なんで、ここに聖君がいるの?っていうか、これ、聖君からのメールだよね?っていうか、え?ここどこ?!」
「…すげえ、寝ぼけてるの?もしかして、桃子ちゃん」
「え?!」
寝ぼけてる?あれ?もしかして夢見てた?!
「あ、夢だったんだ」
「どんな夢?俺からのメールがくる夢?」
「う、うん。聖君からメールが来て、どこに行こうかとか、休みの日、何してる?とか聞いてくる…」
「ふうん。まだ、結婚する前の夢?」
「ううん、付き合ってもいない頃の夢」
「また~~?」
「でも、結婚してるの」
「はあ?」
「私の名前、榎本桃子なんだよね」
「ふうん。まあ、夢ってのはさ、筋が通ってないことが多いからね。それより、そのメール、誰から?」
「あ!」
私はようやく頭が働き出し、もう一回携帯を見た。
「花ちゃんだ。あ、昨日の夜中にもメールくれてた」
「ああ、俺ら、寝ちゃったんだね」
「起きたら電話してって。あ、籐也君から返事がいったのかな」
「うん、かもよ。桃子ちゃん、電話してみて、してみて」
あ、聖君、うきうきしちゃってる。
私はベッドに入ったまま、電話をした。花ちゃんは、すぐに電話に出た。
「桃ちゃん!!」
いきなりの大きな声で、びっくりしてしまった。
「は、花ちゃん、おはよう。昨日ごめんね、寝ちゃった」
「そうか。やっぱり。しばらく返事待っちゃったよ」
「ごめんね」
「いいの、それより聞いて!返事が来たの!」
「籐也君?」
ちゃんと返信したんだな。
「なんてきたの?」
なんて返したのかな?ドキドキ。聖君も携帯に耳をつけ、息を殺し、わくわくした顔つきで聞いている。
「ライブまでの間に日にちもあるし、一回会おうか?って!それって、どういうことだと思う?」
「え?えっと。なんて、花ちゃん、返事したの?」
「すご~~く悩んで、時間あるの?大丈夫なの?忙しくないの?って聞いたの。それに、勝手に早合点して、私と二人で会ってくれるのかと思い込んで、違ってたらぬか喜びするだけだから、まだ、喜ばないようにしてるの」
「へ?」
私は目が点になった。聖君も目を丸くして聞いている。
「もしかしたら、また、桃ちゃんや聖君を交えて、とかかもしれないし」
「…ど、どうかな?違うんじゃないかな?あ、籐也君からはなんて?」
「忙しくないから、大丈夫だよって」
「それから?」
「いつ空いてるかって、聞かれた」
「それで?」
「もう学校始まっちゃうし、それまでのほうがいいかなって送ったら、じゃあ、あさっては?って!それって明日だよ、明日!」
「すごいじゃん!それで?」
「時間や場所は、またメールするって」
「それで?」
「それだけ」
「そっか~~~」
ふ~~~~。聖君は、息もしないで聞いてたんだろうか。すごい勢いで息をはいて吸った。
「桃ちゃん。ど、どうしよう」
「え?何が?」
「…ちょっと今、パニくってる」
「なんで?」
「だって、いきなり会おうなんて、どういうことかなって」
「そんなに深く考えないで、ただ、お茶をするだけとかかもしれないし」
「だったら、そうメールくるよね?」
「う、うん」
「なんの用かな。二人で会うのかな。それとも、なんなのかな」
「……」
そうか。一回会おうとしか、書いてこなかったか。お茶だの、ご飯だのまでは、書かなかったんだな~~。あと、二人で会おうとも、書いてこなかったんだね…。
聖君は、頭をずらし、私を後ろから抱きしめた。もう電話を聞くのはやめたらしい。
私の背中に顔をうずめてみたり、うなじにキスをしてきたり、足をからませてきたり…。
「ま、待って、花ちゃん」
私は携帯を、手で押さえ、
「聖君、電話しづらいから、おとなしくしてて」
と聖君に言った。聖君はちぇって小さくつぶやくと、おとなしく背中に顔をうずめてじっとした。
「ごめんね、えっと、どこまで話したっけ?」
「聖君、横にいるの?」
「え?うん」
「起きたばっかりとか?」
「うん」
「ごめんね、早すぎたよね、メール」
「ううん、ちょうど起きたところだったから、平気」
「私、喜んでいいのかな?」
「うん、いいと思うよ。だって、会えるんでしょ?」
「…用件もわからないのに?」
「聞いてみたら?明日はどこへ行くの?とか、用件は何?とか」
「聞けない。なんだか怖いよ。いいよ、時間や場所はメールしてくれるはずだから、待ってるよ」
「花ちゃん」
「え?」
「素直に喜んでもいいと思うよ?」
「そ、そうかな。桃ちゃんならどうする?」
「私も、聖君から会おうって誘われて、理由が思いつかなくて、勝手に悪いほうに考えちゃって、怒られたことあるもん」
「怒られた?」
「聖君はデートのつもりだったんだって。だけど私、別れ話か何かなのかなって、勝手に思い込んでいったから」
「別れ話~~?」
「変でしょ?付き合ってもいないころだっったのにさ~~。そんな馬鹿なことは、いっぱいしてきたかも」
「そ、そうなんだ」
聖君は黙って、まだおとなし~~く背中に顔をうずめている。
途中で何か言ってくるかと思ったのにな。
「だから、あまり深く考えないで、会えることを喜んでもいいんじゃいかな」
私は花ちゃんに、そう話した。まさか、籐也君から、相談を持ちかけられ、どう誘ったらいいかを悩んでいたなんて、言えないしね。
「そっか。ありがとう。ちょっと気持ちが楽になってきた」
「え?」
「本当は嬉しいの。でも、素直に喜べなくって。なんだか怖いっていうのもあって」
「わ、わかるけど、それもすんごくわかるけどっ」
は!また力が入ってしまった。つい、思い出してしまって。
むぎゅ…。
え?
「聖君!だめだってば!気が散るからやめて!」
「ごめんなしゃい」
聖君が後ろから謝ってきた。
「今の聖君の声?」
「え?うん」
「なんか、かわいい声だったけど?本当に?」
「う、うん」
「っていうか、何をしてきたの?」
「え?あ~~~。ちょっかいだしてきただけ。えっと、とにかく花ちゃん、楽しみにメール待ってなよ、ね?」
「うん、ありがとう。じゃあね、桃ちゃん。朝からごめんね」
「ううん、じゃあね」
私は電話を切った。するとまた聖君が、後ろから私の胸を触ってきた。
「聖君!これから電話をしてるときには、胸、触ってこないでね?!」
「感じちゃうから?」
「…スケベ親父!」
「なんだよ~~。昨日お風呂では、俺が癒されるから、抵抗しないようにしたって言ってたじゃん」
「それはそれ。でも、電話してるときはだめ!」
「ちぇ」
「ちぇ、じゃない~~~」
って、言ってるのにまだ、触っているし!
「あったかいし、やわらかいんだもん」
「…もしかして、今もまだ、何かへこんでいることでもあるの?」
「俺?」
「なんか、癒されたいことでもあるの?」
「…」
あれ、黙っちゃった。あるのかな。まだ、基樹君のこと、気にしてるのかな。
「笑わない?」
「え?うん」
なんか聖君の声が、かわいい声で、笑うどころか…。
「呆れない?」
「も、もちろん」
呆れるどころか、めちゃかわいい~~~!
「ちょっとね、近づいてきて、プレッシャーなんつうのを感じてる」
「え?」
「桃子ちゃんの学校」
「あ、演説?」
「え?演説じゃないよ、演説じゃ!」
「あ、ごめん」
ひえ~~。私が言ってしまった。
「ちょっと話をしにいくだけだよ、俺」
「そうだよね」
「でもさ~~。みんな女の子だよね」
「うん」
「俺、女の子苦手なのにな」
「あ、そうか」
「く~~。でも、がんばる、俺」
ああ!そう言う、聖君もかわいすぎるっ!
聖君はそんなかわいいことを言うと、私の背中に顔をうずめ、私の足に足をからませ、私を思い切り抱きしめた。
「桃子ちゃん、見守っていてね」
「うん、凪も見守ってるよ」
「あ!そうか~。凪もいたね、じゃ、100人力かな、ね?凪」
聖君は私のお腹を、優しくさすった。
やっぱり、プレッシャー感じてたんだね。聖君。
「それにしてもさ」
聖君が、まだ私にひっついたまま、話してきた。
「籐也のやつ、ややこしい誘い方して、堂々と、素直に、デートしようって誘えばいいのにね」
あれ?いきなり籐也君の話?
「そ、それは無理かも」
「籐也?」
「花ちゃんも、そんな誘い方されたら、逆にひくかも」
「え?そう?」
「うん。これ、からかわれてるのかなとか、思っちゃうかも」
「ああ、籐也、今まで、女の子落とすゲームとかしてたんだもんな。ちょっと、遊ばれてるかもって思っちゃうかもしれないよな」
「う~~ん、花ちゃんはどう思うか、わからないけど」
「…まあ、あいつがちゃんと花ちゃんに、誠意を持って接していくかどうかだよな」
「…」
「なんて堅苦しいか。ま、大事に思えばいいってことだよね?」
「うん」
「俺が桃子ちゃん、思うみたいにさ!」
「うん…」
「それに桃子ちゃんが俺を、思ってくれるように」
…え?
「そ、それでなんでまた、胸触ってるの?」
「だから、俺のこと桃子ちゃんが大事に思ってくれるから」
「ええ?」
「こうやって、癒されてるの。桃子ちゅわん…」
「…」
い、いいけどさ。それで本当に落ち着くなら。って、あれ?どうして、聖君、私を聖君のほうに向かせたんだ?
「やっぱり、これのほうが落ち着く」
そう言うと、今度は私の胸に顔をうずめてきた。
「桃子ちゅわわん」
と言いながら。ま、いいんだけど、そんな聖君もめちゃくちゃ、かわいくて愛しいから。
う!でも、かわいすぎるぞ。愛しすぎるぞ!
聖君の髪の毛が、あごにかかる。くすぐったい。それに聖君のにおいがする。
聖君の髪をなでた。それから、ぎゅって抱きしめてみた。あ~~、愛しい。
「すげ…」
聖君が何かつぶやいた。
「なあに?」
「すげえ、安心する…」
ああ、安心するって言ったのか。
「ずっと、こうしていたいな、俺」
それは私だって。こうやってずっと、抱きしめていたいよ。私はまた、聖君の髪をなでた。
「それ、気持ちいい」
「え?」
「桃子ちゃんがそうやってくれると、なんだか、俺、子供にかえったみたいな気持ちになる」
「そう?」
「…桃子ちゃん」
「ん?」
「俺さ、ちゃんと話すからね」
「え?」
「桃子ちゃんのために、凪のために」
「うん。ありがとう、聖君」
ぎゅう。聖君を抱きしめた。大好きだ。
聖君、私も、こうやって聖君を抱きしめていると、気持ちがどんどん安らいでいくよ…。