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第86話 自然体

 幻滅ってなんだろう。一気に気持ちが下がっちゃうのかな。今まで、聖君に幻滅したことないからわからないな。

 いろんな聖君の表情や、いろんな聖君の顔を見せられて驚くことはあっても、またその聖君を好きになったり、ドキドキしてみたり…。

 もし弱い聖君を見たとしたら、それはそれで愛しくなる。そんな聖君を、ぎゅって抱きしめていたいって思う。だから、幻滅するってことは、本当にないしな~~。


 ひまわりは、クッションを抱きしめながら、眉をひそめてため息をつき、

「素っ裸で平気でいるのって、どうかな~~」

と、つぶやいた。

 あれ、それか。まだ、引きずってるのか。

「裸見て、嫌になったの?」

「う~~ん。なんかちょっと」

 あ、かなり暗くなってる。相当ショックだった?


「お姉ちゃんは、そういうのも大丈夫なんだよね」

「大丈夫じゃないってば。いつも恥ずかしいってば」

「でも、幻滅するわけじゃないんだよね?」

「うん」

「…裸、見慣れてるわけでもないんだよね?」

「…えっと。見惚れることはあるけど、見慣れてるのとは違うかな~~」

「見惚れる?!!」


 うわ。変なこと言っちゃったかな?

「だだだって、かっこいいもん」

「お兄ちゃんの裸が?」

「え?うん」

「…」

 あ、今、思い切りひまわりに、軽蔑の目で、見られた気が…。


 ひまわりはまた、クッションを抱きしめ、私をじっと見ると、

「そうか。そうなんだ。お姉ちゃんにかかると、なんでもかっこよくなるのか。あばたもえくぼってことか」

とそんなことを言った。

「え?あばたじゃないよ。本当にかっこいいじゃん?」


「…私は、男の人の裸見て、かっこいいとは思えないよ」

「かっこ悪い?」

「そうじゃなくって、もう受け付けることも無理だし、見るのも無理」

「…聖君、かわいそう」

「お兄ちゃんがじゃなくって、多分、男の人がもう無理」

「…」

 そうか。多感なときか。刺激強すぎたか…。


「お姉ちゃんが、すんごい大人な女に見えてきちゃったよ」

「へ?」

「あ、でもそうだよね。結婚もして子どもも産むんだもん。子どものままじゃだめだよね」

「へ?」

「私は、まだまだ子どもなんだ。そういうことだね」

 あれ、ひまわりは落ち込んでる。変な感じだな。ずっと私よりも大人っぽくて、しっかりしてそうに見えたひまわりがそんなこと言うなんて。


「…でも、まだ高校1年なんだし」

「お姉ちゃんは、高校1年のときから、付き合ってるっけ、そういえば」

「うん」

「そのときはどうだったの?お兄ちゃんにキスとかされた?」

「う、うん」


「嫌じゃなかった?抵抗なかった?それとも嬉しかった?」

 ひまわりは相当興味があるのか、クッションをそのへんに投げ捨て、私ににじりよって聞いてきた。

「心臓壊れるくらい、いつもドキドキしてた」

「ドキドキのほうか…」

「だって、あの聖君だし」

「あの?」

 ひまわりがきょとんとした顔で聞いてきた。


「あのかっこいい聖君が、すぐそばにいるんだよ?心臓持たないくらい、ドキドキだったよっ」

「…そんな真っ赤になって話さなくても」

 あ。話してるだけで、顔がほてってた。

「は~~。お姉ちゃんは、本当にお兄ちゃんにくびったけなんだね」

「でも、付き合って間もないころは、本当にそばにいるだけでもドキドキで、それだけで精一杯のところもあったし、聖君だって、そんなに接近もしてこなかったし」


「そうなの?」

「うん。すご~~~~く、大事に思っててくれたから、一緒にいても、ドキドキはしたけど、怖いって思ったこともないし、そういうことを感じさせないようにしてくれてたと思うし」

「…うわっ。大事に思っててくれてなんて、自分で言えちゃうんだ」

 ひまわりが赤くなった。


「え?あ…」

 私、すごいこと言っちゃってた?ひょえ。私まで、顔が熱い。

「でも、そうだよね。見ててもわかるよ。お兄ちゃん、本当にお姉ちゃんのこと大事にしてるって」

「う、うん」

 まだ顔が熱い。私は手で顔をあおいだ。


 それを見てひまわりは、くすって笑ってから、

「…私のことも、妹としてすごく大事に思っててくれてるって、それは今日もさらに感じたよ」

と、さっきよりも表情をやわらかくして話し出した。

「え?」


「浜辺で私たちのこと見つけて、息切らして走ってきて、ナンパされてない?なんか変なやつきたら、俺にすぐに電話して。すっとんでくるからって、言ってくれた」

 へ~~。そうだったんだ。なんだか、その光景が目に浮かぶな。

「あれ、杏樹ちゃんにもそうなんだよね?杏樹ちゃん、うるさがってたけど」

「うん。すっごくかわいがってるよ。大事でしょうがないみたい」


 ひまわりはまた、クッションを抱きかかえ、下を向いて、

「…。あとで、みんなに羨ましがられた」

とぼそって言った。

「友達に?」

「義理とはいえ、あんなに素敵でかっこいいお兄さんがいて、そのうえ、あんなに大事にされてるなんて、いいな~~~って全員が目をハートにして言ってた」


「そ、そうなんだ」

 それは複雑。

「お姉ちゃんのことは、もっと羨ましがってたよ」

「え?」

「あんなにかっこいい旦那さんなんて、いいな~~~って」

「そ、そうなんだ」

 ひまわりは「いいな~~~」のところで、クッションをぎゅ~~って抱きしめて、力を込めている。それを見ていると、本当にひまわりの友達が、本気で羨ましがってるのが伝わってくる。


「そうだよね。まだ、ちょっと抵抗あるけど、やっぱりお兄ちゃんは優しいし、素敵なお兄ちゃんだよね」

 あれ?いきなり変わっちゃったよ?顔つきまでさっきと違うし。

「ごめん。幻滅したなんて言って」

「え?私は別に…。ただ、もし聖君にそれ言ってたら、立ち直れなくなるくらい、へこんだとは思うけど」


「そ、そうだよね。お姉ちゃん、絶対に内緒にしておいてね。それにもう、幻滅もしてないから」

 ひまわりは焦った顔をして、そう言ってきた。

「うん。絶対に言わないよ~~」

「よかった」

 ほっとしながらひまわりは、ため息をついた。

 でも、そんなの当たり前じゃない。聖君のこと、わざわざへこませたりしないよ~~。そんなこと私が、言うわけないよ~~。


「お兄ちゃんが帰ってきたら、もう普通に話したりするからさ」

 ひまわりはそう言うと、にこって笑ったけど、ちょっとだけ引きつっていた。

「…かんちゃんのことも、大丈夫だよ」

「え?」

「きっと、だんだんと距離が近づいていったり、自然に受け入れられるようになっていくと思うよ?」


 ひまわりは私のことを、目を丸くしてみると、

「お姉ちゃんが、今、めっちゃお姉ちゃんに見えた」

とわけのわからないことを言った。


 まあ、今まではずっと、お姉ちゃんらしくない、お姉ちゃんだったけどさ。どっちが年上なんだって感じで…。


 ひまわりはシャワーを浴びにいき、私はキッチンで夕飯の準備にとりかかった。母も一緒に夕飯の準備をしながら、

「もうすぐ2学期ね。聖君の演説、楽しみね」

と話し出した。

「演説じゃなくって、単なる話」


「そんなことないわよ、きっと舞台で話をするんでしょ?立派な演説よ~~。それも命の話をするんでしょ?」

「…それ、聖君には言わないほうがいいと思う」

「え?どうして?」

「プレッシャーになるから」


「そうなの?プレッシャーなんてまったく感じそうにないじゃない?聖君って」

「そんなことないよ。受験の時だって、眠れなくなったり、お腹こわしたりしてたみたいだもん」

「あ、そうか~。そういうのを、隠しちゃうところもありそうだものね」

「うん」


「わかった。言わないでおくわ。表面で笑いながら、心の奥でプレッシャー感じてたら、かわいそうだしね」

「うん」

「なんだか、だんだんと聖君のことわかってきたわ」

「え?」


「どんと構えてて、どんなことがあっても大丈夫くらいにも見えるし、楽天的で、いつも前向きに見えるけど、でも、弱い部分もあるのよね。って、当たり前か」

「うん」

「そういうフォローを、聖君のご両親はちゃんとしているのよね」

「うん、お父さんなんてすごくよく、聖君のことをわかってるみたいで、聖君の緊張を解いたり、ほぐしたり、自然な感じでいつもしているよ」


「へえ、そうなの」

「お母さんは、どっちかって言うと、心配性なところもあるみたいだけど、それでも、聖君をあったかく見守ってるし」

「へえ…」

「私も、そうやっていつも、あったかく見守られたり、励ましてもらってるの」

「聖君のご両親に?」

「うん」


「素敵な家族よね」

「うん」

「それに桃子も、聖君のことちゃんとフォローしているみたいだし」

「私?」

 え?ちゃんとそう見えるの?


 母はくすって笑いながら、野菜を切っている手を止めて、

「聖君見てると、桃子の前ではきどらないし、自然体でいるのがわかるから。きっと桃子がいつも、ありのままの聖君を受け止めてるからなんだろうなって、思っていたのよね」

と、そんな嬉しいことを言ってくれた。


「そう見える?聖君、私の前では自然体でいるように」

「もちろん、そんなの見ててすぐにわかっちゃったわよ」

「そっか。あ、でもね、ありのままを受け入れてくれたのは、聖君のほうなんだ」

「え?」

「私のこと、そのままでいいよっていっつも言っててくれたから」


「ふうん」

「だから、私も聖君といると、このままの私でいいんだなって思えて、楽なんだ」

「…でも、桃子の場合、いっつも赤くなったり、聖君をぼ~って見つめてたりしてるわよね?」

「へえっ?」

 いきなり、そんなことを言われて、声がひっくり返ってしまった。


「そ、そういうのもわかってたの?」

「もちろん、一目瞭然だもの。いまだにそうだから、逆にすごいわって感心してたのよね」

「…」

「ほんと、見てるとあきないカップルよね」

「…」


 前に、面白いだのなんだのって言われたけど、あれ、本気で言ってたのか。あ~~。なんだか、聞いてて恥ずかしくなってきた。

 そんなに私は聖君に見惚れているのかな。それに、赤くなったりしてるんだろうか。


 ああ、思い当たることは、たくさんありすぎる。そうだよね。二人きりでいるとき、いっぱい赤くなって、それをなるべく両親には見られないようにしてたけど、そういうの見られてたんだよね。

 聖君はぱっと、表情を変えることができるけど、私、そんなに簡単に変えられないし。


 それに、いまだに聖君ってかっこいいって、見惚れてるときあるし。っていうか、そんなのしょっちゅうあるし。それもしっかりと母に、見られてたんだよね。

 うわ!恥ずかしい。かなり、恥ずかしい。でも、しょうがないよね。だって、かっこいいんだもん!


 夕飯を食べ終わり片づけをしていたら、聖君が帰ってきた。あれ?今日は早くない?

「ただいま~~」

「お帰りなさい」

 玄関に母も、私も出迎えに行った。

 ひまわりは来ないかと思っていたら、リビングから慌てて、走ってきた。

「お帰り、お兄ちゃん。今日はありがとう」

 その台詞を言おうと用意して待っていたんだろうな。


「あら、どうしたの?何かあったの?」

 母が聞いた。

「お店に行ったら、私の友達の分までおごってくれたり、いろいろと話をしてくれて、友達がめちゃくちゃ、喜んでたから」

「あ、あらまあ。おごってくれたの?そんなのしなくてもいいのに、ねえ、ひまわり」


「あ、いいんです。たまにはそのくらい、させてください」

 聖君はにこって笑ってそう言いながら、リビングに入った。

「それに、海でナンパされてないかどうかも、見に来てくれたり」

「え?」

 母が驚いて、聞き返した。


「あ、あの…。変なやつにからまれてたら、大変だなって思って」

 聖君が頭を掻きながらそう言った。

「まあ、ひまわり、聖君に大事に思われてるのね。ありがとうね、聖君」

 母がそう言うと、聖君はますます照れてしまった。


「ひまわりちゃん、あのあと大丈夫だった?みんなでゲーセンに寄ったりしたんでしょ?変なやつにつかまらないで帰れた?」

「うん。全然大丈夫だよ、私たちすごくきゃ~きゃ~うるさいし、そんなうるさいのには、そうそう声かけてこないもん」

「そ、そうなんだ」

 聖君は、顔を引きつらせて笑うと、

「でもよかった。ちょっと心配してたんだ」

と頭をまた掻きながら、そう言った。


「心配性だよね?杏樹ちゃんのことも、こんな感じで心配してるの?」

 ひまわりがソファーに座って、聖君に聞いた。聖君も荷物を置き、ソファーに座ると、

「うん。最近はうるさがられてるよ。うちって、父さんがあまりうるさくないんだ。その分、俺が過保護になっちゃって、で、嫌がられてる」

と、ちょっと寂しそうな表情でそう言った。私はそんな聖君の、すぐ横にびとっとくっついて座った。


「だけど、いつかわかってくれるよ」

 ひまわりは、ちょっとうつむき加減で、つぶやくように言った。

「え?」

 聖君が聞き返すと、ひまわりは顔をあげ、

「お兄ちゃんって存在に、かわいがられたり、大事に思われるのって、すごく贅沢で幸せなことなんだって」

と今度ははっきりとした口調で聖君を見て、そう言った。


「そう思う?ひまわりちゃん」

 聖君は目を細めて、ちょっと感動しているようだ。

「うん。私はお姉ちゃんしかいなかったし、お姉ちゃんも優しかったけど、やっぱりお兄ちゃんって、あこがれてた存在だったし。今、そんなお兄ちゃんができて、大事に思ってくれるの、私は嬉しいって思ってるよ」

「まじで?うざかったりしないの?」

「うん」


「そっか。よかった」

 聖君は心底、ほっとした顔をして、ソファーに深く座りなおし、

「あ、ほら、朝は俺、避けられてたし、ちょっとやばいかなって思ってたんだよね」

と、苦笑いをしてそう言った。あ、やっぱり聖君、気にしてたんだ。

「ごめんなさい。ちょっと、やっぱり裸がショックで。私ってまだまだ、子どもなんだって、改めて思ったよ」

 ひまわりは、素直にそう謝った。


「ひまわりちゃんが謝ることじゃないって。俺がもっと、そのへんは注意しなくちゃいけないことだったんだよね。まじで、ごめんね」

「ううん」

 ひまわりは、聖君に素直に謝られ、ちょっと困っている。


「あ、友達、本当にお兄ちゃんのファンになっちゃったよ。江ノ島はなかなか行けないから、うちにお兄ちゃんに会いに来たいって、さわいでた」

「そうなの?」

「でも、断っておいた」

「え?なんで?」

 聖君が不思議そうな顔をした。


「だって、お姉ちゃんが困るでしょ?」

「…ああ、そうか」

 聖君は私の顔をちらっと見ると、

「まあ、そうだよね。うん。ありがとう、ひまわりちゃん。断ってくれて」

とにっこりと笑って、ひまわりに言った。


「聖君、疲れたでしょ?お風呂は入ってきたら?」

 母に言われ、聖君は、はいと元気に答え、2階に荷物を持ってあがった。

 それから、お風呂に一緒に入ると、思い切り、表情ががらりと変わった。

 あれれ?相当お疲れ?それとも、落ち込んでた?思いっきりの甘えモードだよ。


「桃子ちゅわん…」

 お風呂に入るなり、聖君が後ろから抱きしめてきた。

「どうしたの?」

「ほっとしてる」

「?」


「ひまわりちゃん、なんか俺を見る目が、ちょっと嫌そうだったから」

「朝?」

「ううん。海でも、店でも」

「え?そうだったの?」

 ぎゅ~~。聖君が抱きしめてきた。


「聖君、その…背中洗って?」

「あ、うん」

 聖君はタオルに石鹸をつけると、背中を洗い出した。私といるときの聖君は、ご機嫌なのも、へこんでるのもまるわかりだけど、他では明るく見せちゃうのかな。


 あ、聖君のお父さんは見抜いてるみたいだな。っていうか、家では聖君、自然体でいたのかな。

 今日はいっさい、鼻歌もないね…。

「最近、抵抗しなくなったよね、桃子ちゃん」

「え?」

「胸、洗ってても…」

「…」


 私は黙り込んだ。抵抗がないわけじゃない。今でも恥ずかしいよ。でも、

「もしかして、聖君が癒されてるのかなって思って…」

「え?」

 聖君が洗ってる手を止めた。


「あったかかったり、やわらかいのって、癒されるのかなって思ったんだ。ほら、誰でも赤ちゃんのころは、お母さんの胸に抱かれたり、おっぱい吸ってたんだし。そういう記憶が心の奥底に残ってて、それで求めちゃうのかな、癒されちゃうのかなって思っちゃったの」


「…ってことは、俺が癒されるから、抵抗するのやめたってこと?」

「え?うん」

 聖君は思い切り私を抱きしめてきた。

「なんで、桃子ちゃんはいっつも、そんなに優しいんだよ」

「え?そんな優しくした覚えは…」


「優しいよ。めちゃ優しいよ」

 そう言って聖君は、しばらく私を抱きしめていた。

 聖君に髪も洗ってもらい、私はバスタブに入った。聖君は今日は軽やかに、鼻歌を歌いながら髪を洗っている。あれ、もう機嫌直ったのか。


 バスタブに聖君も入ると、後ろから抱きしめてきて、

「俺、桃子ちゃんがいる限り、どんなことでも、乗り越えられる気がするよ」

とそんなことを言ってきた。

「どんなことでも?」

 聖君には、今何か、大変なことでも降りかかってるのかな。


「うん。どんなことでも」

「今は?何か悩み事とか、トラブルとか、心配事とかあるの?」

「今?ないけど」

 なんだ、よかった。


「ただ…」

「え?」

「夜、基樹が葉一ときて、ショックだってずっと言い続けてたけどさ」

「基樹君が?」

「俺が結婚したことと、桃子ちゃんが妊娠してることを、高校の同級生から聞いたらしい。それを葉一に葉一の会社まで行って確認しようとしたらしいんだけど、葉一がさ、直接聞いたほうがいいよって、店に連れてきてくれたんだ」


「そうだったの」

「母さんが気をきかしてくれて、店の片付けはいいから、話をしたらって言ってくれて、早めに店を出て、浜辺で3人で話してきた」

「基樹君、そんなにショックを受けてたの?」

「うん。俺が黙ってたことも、結婚したことも」


「そんなにショックなことだったんだ」

「あいつ、勝手に俺が悩んだり、大変な思いをしただろうって思い込んで、自分がなんの役にも立てなかったことを残念がってた」

「え?」

「葉一は知ってたってことも、ショックだったらしい」


「そうか…」

「基樹、俺は親友だって思ってたみたいで。あ、俺も思ってたけど。だけど、俺が思っている以上に、思っててくれてたんだよな」

「聖君のことを?」

「うん」


「聖君だって、基樹君のことは大事に思っていたじゃない?」

「うん。いや、どうかな。あいつがふられてへこんでたとき、自業自得だよなんて勝手に思っていたかな」

「…でも、基樹君は聖君を親友だって思ってて、大事に思っててくれたんでしょ?」


「うん」

「よかったじゃない」

「え?」

「嬉しいことじゃない。聖君もこれから、基樹君のこと大事に思っていったらいいんじゃないのかな」

「…そうだね」

「うん」


 聖君は私のことを、ぎゅって抱きしめると、

「そっか。俺ってそんなに大事に思ってくれる人がたくさんいて、幸せものだってことだよね?」

と耳元で言った。

「うん、そうだよ。っていうか、聖君のことを好きな人は、いっぱいいるよ?聖君には、人を惹きつけるすごい力があって、みんなどんどん惹きつけられちゃうんだから」


「俺、そんな力あるのかな」

「あるよ~~~」

「俺、たいした人間じゃないのにな」

「そんなことないよ~~。もう、聖君、自分のこと知らなさ過ぎ」

「あはは。そう?桃子ちゃんにそんなことを言われるとは思わなかったな」


「菜摘だって言ってたよ。聖君の中身を知ったら、好きにならずにはいられないって」

「菜摘が?」

「妹としてすごく大事に思ってくれてて、幸せだって。嬉しいって」

「そっか」

「でも、私はそれだから、いっつもやきもきしてないとならないんだけど」


「え?どういうこと?」

「聖君って、すごくかっこいいでしょ?でも、中身もいいんだよね。見た目で好きになって、中身を知ってもっと惹かれちゃうの。だから、聖君に近寄ってくる女の人みんなに、やきもきしてないとならない」


「あはは。それはどうかな。たとえば、桜さんなんて俺のこと知って、なんてガキなんだって、がっかりしたと思うけど?」

「そんなことないよ。それは、彼氏ができたから、そんなこと言ってるのかもしれないけど。私、桜さんのほうが聖君よりもずっと子どもっぽく見えてたよ?」


「え?まじで?」

「うん」

「でも、ほら、ひまわりちゃんだって、俺のことちょっと呆れてなかった?」

「あれは、男の人に対しての免疫がなくて、びっくりしただけだよ」

「え?」

「まだほら、子どもから大人になる境界線って言うか」

「ああ。そうだよね。そんなころだよね」


 聖君はしばらく黙り込んだ。

「じゃ、俺、かなりひまわりちゃんに申し訳ないことしたんだな~~。悪かったよな~~」

「あれは、私の不注意だもん。ドア開けちゃったから」

「…桃子ちゃんは、俺が裸でいても、抵抗しないよね?」

「え?でもいまだに恥ずかしいよ?」


「そう?そうかな。たまにうっとり見てることあるじゃん」

「う!それは、その…」

 わあ。顔がほてる。

「聖君、かっこいいんだもん」

 聖君がまた、黙り込んだ。


「俺さ」

 聖君の声、照れてる声だ。

「俺、まじで、そうやってかっこいいって言ってくれるのも、俺のこと見惚れるのも、桃子ちゃんだけでいいよ」

「え?」

「それだけで、もう十分。すげえ幸せ」


 聖君はそう言うとまた、ぎゅって抱きしめてきた。

 ああ、私は、そんなことを言ってくれるだけで、もう十分。ううん、めちゃくちゃ幸せ。

 


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