第83話 甘い夜
花ちゃんを送り届け、それからうちに帰った。
家に帰ると、母が元気に出迎えてくれて、
「もうお風呂に入っちゃう?」
と聞いてきた。
「あ、はい!」
聖君は元気に返事をして、私を引きつれ、お風呂に入った。
聖君は私の背中を、鼻歌交じりで洗ってくれている。
「花ちゃん、よかったよね」
私がそう言うと、
「え?な~に?」
と聞いてきた。鼻歌が大きくて、聞こえなかったようだ。
「桃子ちゃんさ~~」
「え?」
私の腕まで洗いながら、聖君は話しかけてきた。
「俺からのメール、本当にそんなに嬉しかったの?」
「うん」
ああ、さっき、聞かれてたんだもんね。うわ、なんだか恥ずかしい。
「そっか~。俺にメールするときも、毎回悩んでたの?」
「え?うん。送ろうかどうしようか悩んで、やっぱり、送るのやめようとして、送信押しちゃって、慌てたことも何回もあるよ」
「え?なんで送るのやめようとしたの?」
聖君は顔を覗き込んで聞いてきた。
「だって、すごく恥ずかしいこと、書いちゃったなって思って」
「あはは。そうだったんだ。桃子ちゃん、たまに、こっちが恥ずかしくなるくらいの、メールくれてたもんね」
「え?」
「俺、嬉しくて部屋でじたばたして、なかなか返せなかったり」
ああ。そういえば、10分も20分も返信がなかったんだっけ。あきれてるのかなとかいろいろと、心配してたけど、聖君は照れて、ジタバタしてただけだったんだよね。
「桃子ちゃんからのメール、俺、いつも嬉しかったよ」
「ほんと?」
「うん。いっつもにやけながら、読んでた。だから、人のいるところでは、あまり読めなかったんだよね」
「やっぱり?合宿にいったとき、あまりメールくれなかったもんね」
「ああ。だって、部屋にそういうのに目ざとそうな、ルームメイトいたしさ」
「え?目ざとそうなって?」
「俺がにやけてメールなんかしてたら、思い切りひやかしたり、あれこれ聞いてきたりしそうなうるさそうなやつだよ」
「そうだったんだ」
「あまりメール来ないからって、寂しがってた?桃子ちゃん」
聖君は私を後ろから抱きしめながら、聞いてきた。
「うん。寂しかったよ…」
私がそう答えると、
「なんだよっ。寂しいってメールしてくれたらよかったのに」
と、もっとぎゅって力をいれて、抱きしめてきた。
「したよ。ライセンス取りに行ってたとき」
「あ、そういえば、くれたよね。あれも、めちゃ、嬉しかったな~~」
「そうだったの?」
「もちろんだよ。桃子ちゃんってば!今すぐいって、抱きしめたい!って俺思ってたもん」
聖君はそう言うと、勝手に私の胸を洗い出した。
「なんだ、そうだったんだ。じゃあ、もっとそういうメール、すればよかったんだね、私」
「うん。そうだよ。遠慮なんていらなかったのに。だから、これからも、寂しいときにはメールしてね」
「え?うん」
「それから、いつもこうやって、俺に体預けててくれると、洗いやすくてありがたいな」
「え?」
あ。胸?
「ちょ、ちょっと待って、聖君」
「え?何が?」
「洗い終わってるんだから、それ以上触ってこないで」
「…」
「聖君ってば、もうだめだってば」
「大きくなったかどうか、確かめてたのに」
「いいってば、そんなのしてくれなくても」
「ちぇ。桃子ちゃんの胸、やわらかくて、気持ちいいのに」
「○△×■!」
「何?今、なんて言った?」
ああ、言葉にならなかった。あまりにも、恥ずかしいこと言ってくるから。
「ひ、聖君のスケベ親父!」
「うん、そうだよ。でも、桃子ちゃん、言ったじゃん。私にだけ、エッチでいてねって」
「そう言ったけど…」
「言ったよね?他の子には、絶対俺、しないから」
当たり前だ~~。こんなこと…。
「…」
私は胸を隠しながら、ふと思い出した。そうだった。藤井さんの胸、聖君、触っちゃったんだっけ。あれ、わざとじゃないにしろ、私はちょっと複雑だったな。
「聖君」
「ん?なに?」
聖君は、私の背中の石鹸を流しながら、聞いてきた。
「私、今は胸大きいけど、また小さくなっちゃうよ」
「え?」
「そうしたら、もう、そんなにやわらかくなくなっちゃうよ」
「へ?」
「やっぱり、聖君も、大きい胸のほうがいいの?」
「ええ?!」
聖君が慌てている。
「聖君もって何?誰か他にもそんなやついたの?」
「ううん。一般論。男の人って、やっぱりグラマーな女の子がいいんでしょ?」
「そ、それはどうかな?いろいろじゃないの?」
「聖君は?」
「俺?!」
聖君の声が裏返った。
「俺は、その…」
ちらっと聖君の顔を見た。あ、真っ赤だ。
「俺は、大きさとか、あんまりこだわらないっていうか」
「そうなの?」
だって、今さっき、やわらかいから、気持ちいいって言ってたよね。とはさすがに、聞けないけど、そうなの?
「俺は、その…。も、桃子ちゃんの胸なら、大きくても、小さくても、どれもかわいいって言うか」
「え?」
何それ!きゃ~~。あ、私もきっと、真っ赤だ。
「あ~~、何を言わせるんだよっ。もう!」
聖君は真っ赤になったまま、バスタブに入りに行った。
私は黙って、足とか、聖君が洗わなかった箇所を、自分で洗った。聖君は、まだ、何かぶつぶつ言っている。
何かな?ちらっと聖君を見ると、まだ赤くなりながら、私を見て、
「俺、そんなにスケベだと思われてるのかな。俺、桃子ちゃんにしか興味ないのにな」
とそんなことを言っていた。
「私も、聖君にしか興味ないよ」
私は思わず、そう言い返していた。
「え?何?」
聖君は、ちょっとびっくりしながら、聞き返してきた。
「私も、聖君にしか興味ないの。かっこいいって思うのも、ハート射抜かれちゃうのも、聖君にだけなんだよね」
「う、うん」
聖君はまた、赤くなった。
「それに、きっと……のも、それから、…のも」
「え?何?今、なんて言ったの?桃子ちゃん」
「なんでもない」
「え?なんだよ。ずるいよ。内緒ごとは無しだよ!」
「言わない」
「え?桃子ちゃん?!」
聖君は、ものすごく聞きたそうにしている。そしてバシャッって、バスタブから出てきて、私の後ろから抱きしめてきて、
「何?今すぐに白状しなさい」
と言ってきた。
「白状しない。だって、恥ずかしいし」
「何、何、何。ますます俺、気になっちゃうでしょ?」
「聖君、髪の毛洗って」
「え?」
「髪の毛」
「嫌だ。言わないと洗わないよ」
「じゃ、自分で洗う」
「え?」
聖君は、ぱっとシャワーを手に取り、私の髪を濡らしだした。
「髪洗ったら、絶対に教えてね」
そう言うと、私の髪を洗い出した。
私は何も答えなかった。教える気もなかったし。
髪を洗い終え、私はさっさとバスタブに入りにいった。聖君は、自分の髪を豪快に洗うと、さっさとバスタブに入ってきて、私を後ろから抱きしめた。
「さて、白状してもらおうかな」
くるくるっと私が首を横に振ると、
「約束が違うんじゃない?」
と聖君が言ってきた。
「私、約束してないもん」
「え?」
「さっき、何も返事してないもん」
「なんだよ~~。桃子ちゃんのいけず!」
いけず?もう。ちびまるこちゃんか、聖君は…。
「ぎゅ~~~」
聖君は私を抱きしめると、そのまま私の胸を触ってきた。
「だめだってば。聖君」
「…」
「だめ!」
「なんで?うずくから?」
「そうだよ~~」
「やめてあげない」
「もしかして、私が言わないから?」
「そう」
「…聖君のほうが意地悪だよ」
あ、うなじにキスもしてくるし。きゃ~~。耳にまで。
「耳もだめ」
「感じちゃうから?」
「そう」
「じゃ、やめてあげない」
「もう~~。わかったよ~~。そういうことされて、感じるのも絶対に聖君にだけって言おうとしてたの」
「え?」
「でも、恥ずかしいから言うのやめたのに」
「…俺にだけ、感じるってこと?」
「そう」
「他の誰かに、こんなことされたこと…」
「ないっ!だから、きっとそうだろうって思っただけで」
「…ああ、びっくりした」
「それから」
「え?」
「あ、やっぱり、やめた」
「なんだよ!じゃ、また、キスしちゃうよ、俺」
「あ、だからね」
しちゃうよ、じゃないよ。もう耳にキスしてるじゃない。うきゃ~~。
「こんなこと言ったら、きっと聖君、ひいちゃうもん」
「言ってみないとわからないよ、言ってみ?」
聖君が耳元でそう言った。
「でも、きっと、びっくりする」
「いいよ、言ってみ?」
「…」
うわ~~。言う前から恥ずかしくて、顔がほてる。
「あ、あのね」
「うん」
「私、男の人の体見て、セクシーだとか、きれいだって思って、うっとりしちゃうの、聖君にだけ」
「…」
聖君がいきなり、黙り込んだ。
「それに、だ、抱かれたいって思っちゃうのも、聖君だけ」
「…。そんなのほかのやつ見て、そんなふうに思われたら、大変だよ」
聖君はそんなことを言って、それから、ぎゅうって抱きしめてきた。
「桃子ちゃん」
「え?」
「俺に抱かれたいって思ったことあるの?」
「そ、そんな露骨に聞いてこないで!」
「え?だって、今、桃子ちゃんが言ったんだよ?抱かれたいって」
「そ、そ、そうだけど」
「あ、でも、前にも言ったことあったね」
「私、そんなこと言ったことないよ」
「うそ。だって、早くに俺に抱かれたいって前、言ったじゃん」
「そんなこと言ってない」
「言った」
「私は、早くに聖君のものになっちゃいたいって言ったの」
「同じだよ」
「同じじゃない」
「同じでしょ?結局俺に、抱かれたいってことでしょ?」
うきゃ~。もう~~。それ、何度も言わないで~~。
「あ、すげ、真っ赤だ。うなじまで、真っ赤」
「もう、だから、言わないって言ったのに」
「なんで?俺、すげえ嬉しかったけど?」
「…」
「俺も桃子ちゃんしか、抱きたくないから」
きゃ~~~。だから、そういうこと平気で口にしないでっ!
私は、恥ずかしくて両手で顔を隠した。
「いまさら、そんな恥ずかしがらなくても」
聖君は、また私の胸に触ってくる。
「胸、だめだってば」
「ちぇ」
ちぇ、じゃないよ~~。
「今は?」
聖君が耳元で聞いてきた。
「え?」
「今は俺に、抱かれたいって思ってないの?」
「…」
きゃ~~。また露骨に聞いてきた。
「思ってないの?」
「今は思ってない」
「え?そうなの?」
「お風呂ではだめ」
「え?」
「ここではだめ。部屋に行ってからじゃないとだめ」
「…。部屋に行ったら、俺に抱かれたいの?」
「聖君、それ、抵抗ある」
「え?」
「その言葉」
「じゃ、なんて言ったらいい?」
「わ、わかんないけど」
「俺とエッチ…」
「それも、嫌だ~~」
「じゃあ、なんて言ったらいいのさ。俺と結ばれちゃう?とか?」
「それも、なんだか恥ずかしい」
「なんだよ~~。ああ、もういいや。とにかく風呂、さっさと出よう」
聖君は、まず私を注意深くバスタブからだし、自分も出て、さっさと私を連れて、お風呂場を出た。そして、さっさと私の体を拭いている。
「桃子ちゃん、やっぱり、お腹出てきたね」
「うん」
「今度の検診では、どれだけ、大きくなってるんだろ、すげえ楽しみだよね」
「うん」
「ああ、凪の写真、早く見たい」
「…」
聖君、本当に嬉しそうだ。
ぎゅむ!思わず、聖君に抱きついた。
「何?桃子ちゃん」
「聖君、かわいいんだもん」
「へ?」
「聖君、大好き」
「うん、でも、裸で抱きしめられると、俺、ここでその気になっちゃうけど、いいの?」
「よくない!」
思わず、私はぱっと聖君から離れた。そして、
「自分で体も拭くからいい」
とバスタオルを聖君から取り上げ、体を拭いた。
ああ、危なかった。
聖君は、リビングに髪をバスタオルで拭きながら出て行き、母と父に、
「お先に、すみませんでした」
とそう爽やかに言った。私はまだ、顔がほてっていて、さっさと2階にあがっていった。
聖君は少し、父や母に何か話しかけられ、リビングで話をしてから、2階にあがってきた。
「桃子ちゅわ~~ん」
部屋のドアを閉めると、突然、豹変。にやけた顔で、私に抱きついてくる。
これ、なんでできるの?なんで、こうも切り替わりが早いの?
ドライヤーで、私の髪をいつもの倍のスピードで乾かし、自分の髪も、豪快に乾かすと、ドライヤーをそのへんにほっぽり、聖君は私をベッドに押し倒した。
「ま、待って」
「え?」
「凪の日記は?」
「ああ、あとで書く」
「でも…、まだ、聖君の髪、半乾き」
「いいよ、別に」
「でも」
「じゃあ、やめちゃうよ?俺」
「え?」
「そんなに、あれこれ言ってくるなら、もう抱いてあげないよ?」
だから~~。その言い方やめてってば。
「いいの?」
「…」
聖君は私が黙っていると、ぱっと私から離れて、
「じゃ、今夜はよそう。俺、下でお父さんと話でもしてこようかな」
「え?」
「あ、そういえば、ひまわりちゃんが勉強教えてって言ってたんだっけ。今からでも、いいかな」
「え?」
聖君はベッドから、降りようとして、また私をちらっと見た。
「まじで、俺、行っちゃうよ?」
「…」
ああ、聖君の目、意地悪な目だ。そうやって、私が行かないでって言うのを、待ってる。
「いいんだよね?」
ああ、そうやって、じらしてる。
「や、やだ」
「え?」
「聖君のほうが、絶対に意地悪だ」
「そんなこと言っていいの?俺、今夜は下の客間に寝ようかな」
「え?」
「そんで、しっぽと茶太郎を抱きながら寝るとしようかな~~」
もう~~~。私は、今にもベッドから降りようとしている聖君に抱きついて、そのまま、押し倒した。
「あ、あれ?」
聖君がびっくりしている。でも、そんなのおかまいなしに、聖君の上に乗っかり、思い切り抱きついた。
「俺、犯されちゃう?」
もう~~。そんなこと言ってるし!
「でも、激しいのはだめだよ?凪のことも考えなくっちゃ、桃子ちゃん」
「もう!」
「え?」
「聖君のあほ!」
「あほって…」
私は聖君の顔をじっと見た。聖君も黙り込み、私のことをじっと見た。
「桃子ちゃん…」
聖君は私のことを、熱い視線で見ると、
「優しくしてね」
と、わざとはにかんでそう言った。
「もう~~~。聖君のあほ~~」
「あははは」
聖君は思い切り、かわいい笑顔で笑うと、ぐるっと私のことをベッドに寝かせて、私の上に覆いかぶさり、
「抱いていい?」
って聞いてきた。
「…」
なんだか、今までずっと、からかわれて悔しい。こうなったら、嫌だって言ってみる?反撃してみる?でも…。
聖君の顔を見た。聖君の熱い目を見てるだけで、とろけそうになっている、私…。
「聖君…」
「ん?」
「優しくしてね」
私がそう言うと、聖君は、一瞬赤くなった。
「優しくするよ」
聖君はそう、ものすごく優しい声で耳元でささやき、優しいキスをしてきた。
わあ。耳、弱いのに、そんな優しい声で、そんなこと言われたら、とろけるなんてもんじゃないよ。溶けちゃうよ~~。
聖君は、その夜、ずっと、優しく、好きだよ、愛してるよ、桃子ちゃんだけだよって、ささやいていてくれた。
明日起きたら、私溶けてたらどうしようかな。
「聖君」
「ん?」
「私も、愛してるよ。聖君だけだよ」
「知ってるよ」
聖君は、そう言ってまた、ものすごい優しいキスをしてくれた。