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第81話 こちら側

 夜は、四組の予約のお客様が来て、聖君は忙しかった。でも、予約のお客様はみんな、7時半には食べ終わり、あとはデザートを食べながらのんびりと話をしていたので、花ちゃんと籐也君がお店に来るころには、すっかり聖君も落ち着いていた。

 私はというと、7時前には夕飯もリビングで食べ終わり、そのあとはキッチンで手伝いをしていた。


「あ、桃子ちゃん、花ちゃん帰ってきたよ」 

 聖君がそっと教えてくれた。

「花ちゃん。おかえり~~」

 私は花ちゃんを出迎えた。


「ただいま」

 花ちゃんは籐也君のあとから、恥ずかしそうにお店に入ってきた。

「どうだった?バンドの練習」

「うん、面白かった」

 花ちゃんは顔を赤くして、嬉しそうにそう言った。


「聖さん、ご飯ある?すんげえ腹減っちゃって」

「ああ、今、二人分用意するから、カウンターに座ってて」

「うん」

 籐也君はまず、花ちゃんを座らせ、それからその隣に座った。

 花ちゃんは籐也君に何か話しかけられ、赤くなりながら答えていた。


「なんかいい雰囲気」

 私がキッチンで聖君にそう言うと、聖君も、

「ほんとだ。籐也も嬉しそうじゃん」

と、二人を見てそう言った。


「籐也君のハートを射止めたのは、花ちゃんだったの?」

 聖君のお母さんが、聖君の隣から顔を出して聞いていた。

「うん」

 聖君がうなづくと、

「あらまあ。本当だ。いつもの籐也君と、全然違う表情してるわね」

と、聖君のお母さんは、にっこりと笑いながら二人を見てそう言った。


「はい。これ、二人に持っていって」

 お母さんが、二人分のディナーのセットを聖君に渡した。

「了解」

 聖君は、いつものように流れるように歩いていくと、

「お待たせしました」

とにっこりと微笑みながら、お皿をカウンターにおいていった。


「ごゆっくりどうぞ」

 聖君は、最後に最上の笑顔でそう言うと、また颯爽とキッチンに戻ってきた。それをしばらく花ちゃんが、ぼけ~~っと眺めていた。

 いや、花ちゃん。聖君に見とれてる場合じゃないって、隣には籐也君がいるんだから。でも、籐也君までが、どうやら、今の聖君に見入っていたようで、二人でこっちを見ながら頬を染め、ひそひそと話している。


 それから、二人は同時にいただきますと言って、食べだした。

 聖君は、今度はホールのほうに、お皿をさげにいったり、水を入れにいったりした。お客さんが、

「美味しかったわ」

と言うとまた最上級の笑顔で、ありがとうございますとお客さんに答えている。

 もちろんのこと、お客さんはそんな聖君を見て頬を染める。もう、30代はいってるだろう女性までが頬を染めている。


 あ~~あ。あの笑顔、罪だよね、絶対に、あの笑顔を見たら、ドキッてしちゃうもの。

 聖君はキッチンに戻ってきた。

「聖君」

 私は聖君の腕をつっつきながら、

「今の、ここでもして見せて?」

とおねだりをしてみた。


「今のって?」

「ありがとうございますって言ってた、あの笑顔」

「笑顔?」

「お客さんに向けてたあの、最上級の笑顔」

「ええ?なんだよ、その最上級の笑顔ってのは」

 聖君は頭をぼりって掻くと、

「だいたい、どんな笑顔を自分でしてるのかすら、わかんないよ」

とテレながら言った。


「え?自覚しないでやってるの?これぞ、必殺最高のスマイル攻撃~~くらいに思いながらしてるのかと思った」

「ブハッ!何それ!もう、笑わせないでよ、桃子ちゃん」

 聖君はそう言うと、必死に笑うのをこらえている。


 一組のお客さんが、

「お会計お願いします」

と言って、レジに向かった。

「はい、ありがとうございます」

 聖君はまだ、笑いをこらえていたが、レジのほうに向かうと、きりっとした顔つきになった。さ、さすがだ~。


 そして、会計を済ませるとまた、最上級の笑顔で、お客さんを見送った。

 その後もお客さんが会計を、順番に済ませ、ホールには誰もいなくなった。聖君はさっさと、テーブル席を片付けた。と、そこへ、ものすごい勢いでドアを開け、

「ちわ~~~っす」

と桐太と麦さんが入ってきた。


「よう、聖。晩飯食いに来た!あ、ちょうど客もいないし、グッドタイミングだな」

「もう、オーダーストップの時間だよ」

「あ~~。お前いっつもそれを言う。ほんと意地悪だよな」

 桐太はそんなことを言いながら、聖君の肩に手を回した。


「なんだよ。すげえご機嫌じゃん、お前」

 聖君はにやって笑いながらそう言った。

「桃子ちゃん!!!!」

 麦さんは、キッチンに私がいるのを見つけて、すっとんできた。

「桐太から聞いたよ~~~~。赤ちゃんいるんだって?もう~~、なんで言ってくれなかったの!ずっとつわりだったんだって?そんなときに私、いっぱい困らせたりしてごめんね~~~」


 麦さんはそう言うと、抱きついてきた。

「い、いいえ。そんな…」

 私は抱きつかれて、照れてしまい、困ってしまった。

「桐太と何か、お祝いあげるから、何がいい?赤ちゃんのもの?それとも、何か聖君とペアで着れるものとかにする?」


「え?」

「もう一緒に住んでるんでしょ?パジャマのペアとか、かわいいよね!」

「パジャマの、ペア?」

 ああ~~。かわいいかも。

「あ、でも、私、最近おなか出てきたから着れないかも」


「あ~~、そうか。じゃ、お揃いのマグカップや、お茶碗。あ、それとも、ピンクの枕とブルーの枕なんかどう?ふっわふっわのやつ~~」

「それはやめて、麦ちゃん。そんなの今の部屋に置いたら、さらに新婚ほやほやムードになっちゃうから」

 聖君が赤くなりながらそう言った。


「ええ?じゃ、今の部屋、新婚ほやほやムードなの?」

「う~~ん。っていうかさ、もともと桃子ちゃんの部屋、すげえピンクピンクした部屋でさ。カーテンだけ、ベージュに替えたんだけど、それでもまだ、女の子ちっくな部屋なんだよね」

 あ。やっぱり聖君、私の部屋、落ち着かなかったんだな。


「聖さん」

 籐也君が、どこから出したんだって言うような声で、聖君を呼んだ。

「え?」

 聖君と私が振り返ると、籐也君は目を点にして、こっちを見ていた。


「あ、今の話、ちょっと俺、わけわかんないっつうか。俺の聞き違いかな」

 籐也君は、首をかしげてそんなことを言い出した。

「あれ?あなた、桃子ちゃんにちょっかい出してた子じゃない?」

 麦さんが籐也君を見てそう言った。


「あ、本当だ。またお前来たのかよ。暇人だな」

 桐太も今、籐也君に気がついたようだ。そして今度は籐也君の肩に手を回し、

「そうなんだよ、今まではちょっと事情があって、ばらせなかったんだけど、桃子は聖ともう結婚もしてるし、それにお腹には聖の赤ちゃんもいるんだから、お前もう、絶対に桃子に手、出すなよな」

と、顔を近づけて低い声で言った。


「け、結婚?赤ちゃん?」

 籐也君は、目を真ん丸くさせ、しばらく呆然としている。

「うそだろ。そんなの知ってたら、俺、あんなちょっかい出さなかったし、芹香のことも、連れてきたりしなかったのに」

 籐也君は、そうぼそって言ってから、私に向かって、

「あ~、なんか、ごめん。俺、いろいろと」

と謝ってきた。


「い、いいよ。ちゃんとそのこと言わなかったのも、悪かったし。もういいよ」

 私は、あまりにも素直に籐也君が謝ってきたので、逆にびっくりしてしまった。

「あ、でも」

 籐也君は頭を下げていたのをあげて、ちょっと言いにくそうに、話し出した。

「芹香は、そんなの関係なく、これからもちょっかい出してくるかも」

「え?」


「あいつ、自分がほしいって思ったものは、絶対に手に入れようとするから。どんな手段使ってでも」

「え?!」

 何それ…。

 私は顔面蒼白にでもなったんだろうか。聖君がさっと私のすぐ横に来て、

「大丈夫だよ。桃子ちゃんは心配しないでいいって」

とそう言ってくれた。


「俺が無視してりゃいいことだ。そのうちにあっちもあきるだろ」

「そうだったら、いいんだけど」

 籐也君は、ちょっと心配そうにそう言ってから、

「でも、俺もなるべく桃子ちゃんにちょっかい出せないよう、見張ってるからさ。店に一緒に行こうって誘われても、断るようにするし」

と言ってくれた。


「いざとなったら、俺ががつんと言ってやるよ」

 桐太が握りこぶしを作りながらそう言って、私をちらっと見ると、

「あ、でも、いざとなったら、桃子パンチのほうがきくかもな~~」

と、にやって笑いながら言った。


「き、桐太」

 私が桐太を見ると、

「うわ、にらまれた~。こえ~~。そんだけ桃子、怖かったら、大丈夫だって」

と怖がって見せてから、大笑いをした。


「桃子ちゃん、桐太のことグーで殴ったんでしょ?」

 麦さんが聞いてきた。

「え?なんでそれ」

「俺の歯、折れたんだぜ。桃子、ああ見えて、すげえ怖いんだぜ。怒らせないようにしたほうがいいよって、この前、教えてくれた」


「桐太~~。そんなふうに言ったら、みんな誤解する」

 私が慌ててそう言うと、

「え?桃子ちゃんが桐太さん、殴ったのってあれ、まじな話だったんすか?」

 藤也君が、驚いた顔をして聞いてきた。

「そうだよ。あれは冗談でもなんでもなくて、まじな話。お前もよかったな。なぐられなくって。もし、もっとちょっかいだしてたら、がつんと一発やられてたぜ」

「え?歯もへし折ったって、あれもほんとのこと?」

「ほんともほんと。ほら、この歯だよ。これ、差し歯なんだぜ」


 桐太は、口を大きく開け、籐也君に見せていた。

「桐太~~。もうやめてってば」

 私がそう言うと、桐太はあははって笑った。

「ま、桃子の場合は、人のことを守るとなると強いけど、自分のことには、からきし弱いんだよな。だから、やっぱり、あのひょろっとしたやつから、俺らが守らないとならないわけだ」


 桐太がそう言うと、

「うん。私も守るからね」

と麦さんが言ってくれた。

「あ~~。盛り上がってるところ、悪いんだけど、ほんと、守るも何も、俺、桃子ちゃん一筋なんで、そんな心配してくれなくても大丈夫だから」

 聖君が咳払いをしてそう言ってから、

「他の子に言い寄られても、なびくわけないじゃん、この俺が」

と、ぼそってそうつぶやいた。


「まあ、それもそうね。聖君、本当に桃子ちゃんに、くびったけだもんね」

 麦さんが笑ってそう言った。

「ああ、そうだな。こいつ、馬鹿がつくくらい、桃子に惚れてるし」

「なんだよ、その馬鹿がつくくらいってのは」

 聖君が、桐太をはがいじめにした。

「ぐえ、苦しいって、聖」

 桐太は苦しんでいるけど、ほんのちょっと嬉しそうだ。


「なんか、ちょっとびっくりだ」

 籐也君が、呆けた顔のままいきなりそう言った。

「え?なんで?」

 聖君は桐太をはがいじめにしたまま、聞いた。

「そんなふうに、友達とじゃれてる聖さんも、それに桃子ちゃんに惚れまくってる聖さんも、意外っていうか、俺の思ってた聖さんと違うっていうか」


「何?どんなふうに俺、見えてたわけ?」

 聖君はやっと桐太の体を離し、籐也君を真正面から見て聞いた。

「もっと、クールだと思っていたし、でも、店での聖さんは、お客さんに対して、すごくスマートで、さわやかに接してるから、なんつうか、もっと大人のイメージがあったっていうか」

「大人?聖が~~?」

 桐太が突っ込みを入れた。


「それに、なんでも完璧で、いつも落ち着いてて」

「こいつが?まさか~~。俺が桃子にちょっかいだしたときなんて、どれだけこいつ、熱くなっちゃったと思う?見せてやりたかったよ」

「それはお前が…」

 聖君はまた桐太をはがいじめにしようとした。でも、ぐるっとまた籐也君のほうを向き、

「どっちかっていうと、こっちの俺が、素の俺かな。まあ、これからは素の俺で、お前とも接していくから、お前もかっこつけたり、仮面かぶったりしないで、素のままを見せてこいよな」

と、笑って言った。


「え?あ…はい」

 籐也君はちょっと、戸惑いながらうなづいた。でも、そのあと、下を向いてしまったけれど、恥かしそうにはにかんでいるのが見えた。


「なんだよ、聖、はがいじめにしてこないのか?」

 桐太が残念がっている。あ、やっぱりさっき、喜んでたな。

「しねえよ~~~」

「なんで?」

「お前に抱きついてても、面白くねえもん」


「ええっ?」

「桃子ちゃんのほうが、抱きつくならいいもん、俺」

「ったく~~!だから、俺の前でそうやって、のろけたり、いちゃついたり、にやけたりするなって言ってるだろ?」

「なんで?いいじゃん」

「よくない。なんかむかつくっ!」


「じゃ、お前もいちゃつけば?麦ちゃんと」

「え?!」

 桐太は一気に真っ赤になった。その横で、麦さんも真っ赤になった。

「遠慮なくどうぞ」

 聖君はにやって笑って、二人に言った。


「あ、あ、あほ~~。そんなこと言われて、いちゃるけるかよ。それに俺らはお前らとは違うんだよ」

「何が違うんだよ?」

「お前らみたいなバカップルじゃないんだよっ」

「へ~~~~。ま、いいけどね。二人っきりの時には、じゃ、思い切りいちゃつけば?」

「う、うるさい!そういうこと言うな!」


「あ、真っ赤だ、お前。意外とウブ」

「なんだ、そのウブってのは!」

「じゃ、意外とシャイボーイ」

「俺をからかって、遊ぶなよな」

「あ、わかった?遊んでるの」

「聖、お前な~~~~」

 今度は桐太が聖君をはがいじめにした。


「いてえ~。まじ、いて~~!タンマ、タンマ!」

 聖君はそう言うと、

「ちょ、桃子ちゃん、助けて!こいつ、まじ、手加減ってものを知らない」

と私に助けを求めてきた。


「桐太も、こっちが素なの?」

 ずっと黙って、私たちを見ていた花ちゃんが、いきなり口を開いた。

「え?」

 桐太は聖君を、はがいじめにしていた腕を弱め、花ちゃんを見た。そのすきに、聖君は桐太から、ぱっと離れた。


「お姉ちゃんと付き合ってたときとは、別人」

「え?ああ」

 桐太は何かを思い出したように、そう答えた。

「麦さんだっけ?桐太の彼女。麦さんのことは本気なんだね?」

 花ちゃんは、かなり真剣な目つきで、桐太を見ている。


「…。俺、もうあんなふうに、いい加減に付き合ったりしないよ」

「え?」

「誰かを傷つけたいとも思わないし、本気でなかったら、付き合ったりしない」

「…」

 花ちゃんは真剣な顔で聞いている。桐太の横にいる麦さんは、真っ赤になっている。


「桃子に殴られて、目、覚めたし、聖と桃子見ていたら、いい加減な気持ちで、付き合ったりできなくなった。それに、自分が傷つくのが怖いからって、心を閉ざすのもやめたんだ」

「心を?」

 花ちゃんが、その言葉に反応した。花ちゃんの横にいる籐也君も、桐太の話を真剣に聞いている。


「俺がちゃんと心を開いたら、桃子も聖も、受け止めてくれた。そうやって、人と人って、信頼関係できていくんだなって、気がついた。自分で心閉ざしてたら、何も始まらないんだ」

 うわ。桐太。ものすごく感動的なことを言ってる。


「麦も、真剣に思ってくれてるし、心素直に見せてくれてるし、だから、俺もちゃんと、真剣にそれに答えなくっちゃって思ってる」

「桐太、本当に人が変わっちゃったんだね」

「ああ。そうだな。果林には、まじで悪いことしたなって思ってるよ」


「でも、お姉ちゃんも、心を閉ざしていたんだから、お互い様だったんだよ。それに、今、お姉ちゃん、すごく楽しそうだし。まだ彼氏はいないけど、今は女友達と遊んだり、自分の夢追いかけるので、輝いてるもん」


「そっか…。よかったな。あいつ、いつも冷めてたけど今は違うんだな」

「うん」

 花ちゃんの言葉に、桐太は本当にほっとしているようだ。


「籐也、お前も心を開くって決めたんだったら、それなりに覚悟しとけよな」

「え?」

「聖と桃子。自分が大事だって思ったやつには、容赦しないくらいに、大事にしてくるから」

「は?」

 桐太の言葉に、籐也君は目を点にした。でも、聖君と私も、その言葉に驚いていた。


「それに、お前も、誰か好きな子ができたら、本気で好きになって、真正面から向き合えよ。桃子にちょっかいだしたり、落とすだのなんだのって、そんな生半可な遊びしてないでさ」

 桐太の言葉に、籐也君は、すごく真剣な顔をして黙りこんだ。

「それって、ちゃんと心を開けってことですよね?」

「ああ、そうだよ」


「それって、ほんとの自分を、さらけだすってことですよね?」

「みっともない、情けないところも含めてね」

 聖君が今度は、籐也君にそう言った。

「ま、男のプライドもあるから、ぜ~~んぶは見せられないかもしれないけど、でもさ、本気で思ってくれる子なら、そんなところまで含めて、好きでいてくれると思うよ」


 聖君はそう言ってから、私を見てにこっと笑った。

「お前にもいるんじゃないの?けっこう身近に、そういう子」

 聖君はものすごく、含んだ言い方をした。それは籐也君も気がついているみたいだった。

「そうっすね」

 籐也君はぼそってそう言うと、下を向き、照れているようだった。


「あ、聖、俺らの夕飯」

「だから、ラストオーダー終わってるって」

「大丈夫よ、はい、こっちのテーブル席においておくからね」

 聖君のお母さんが、このタイミングを計っていたように、二人分のディナーのセットを持ってきた。

「あ~~、すみません」

 麦さんがそう言って、テーブル席についた。その横に桐太も嬉しそうに座った。


「いただきます」

 二人はちょっとだけ、見つめあい、そして恥ずかしそうに食べだした。

「なんだよ。二人だけの世界作っちゃって」

 聖君が、わざと聞こえるようにそう私に大きめの声で言った。


「聖、聞こえてる」

 桐太は赤くなりながらそう言うと、

「あ、でも勝手にいちゃつけって言ったのはそっちだっけ。だから、思う存分、勝手にさせてもらうよ」

 桐太はそう言うと、

「な?」

と麦さんに同意を求めた。でも麦さんは、ただ赤くなって、下を向いてしまった。


「なんだか、ここってすげ~場所」

 籐也君は、ちょっとぼけっとした顔をしてそう言った。

「え?」

 聖君が聞き返した。

「俺が今までいた世界と違う」

「お前がいた世界?」


「モデルの世界では、どっちが先に上に行くかとか、仲よさそうに見えても、腹の探り合いしてたり、足の引っ張り合いをしてた」

「…大変だな。それじゃ、落ち着かないじゃん」

「そうだよ。素の自分なんて、とても見せられない。どれだけ、表面装えるか、ポーカーフェイスでいられるか、そんな世界だよ。弱みを見せたら負け、みたいなさ」


「…それで、お前も仮面かぶったり、本音見せないようにしてたわけ?」

「そうやって生きてきたから、それが当たり前みたいになってた」

「はは。それじゃ、心開いて、素の見せ合いしてるここは、確かにまったく違う世界だな」

 聖君が笑いながら言った。


「で、お前はどっちがいいの?」

 聖君は、笑ったと思ったら、すぐに真剣な顔つきになり、籐也君に聞いた。

「こっち…」

「え?」

「全然、こっちの世界のほうがいい。ちょっと怖いけど」


「何が怖い?」

「俺を知られるのが」

「みっともないお前?情けないお前?弱いお前?」

「うん」

「俺も同じだから、大丈夫だよ」


「え?聖さんが?」

「俺も、めちゃくちゃみっともなくって、情けない弱いやつだからさ。桐太もそうだし、みんなそうだよ。でも、そういうところがあるから、憎めないって言うか、好きになっちゃうんじゃねえの?」

「…」

 籐也君は、どうやら、今の言葉に感動したらしい。鼻の頭を赤くして、目を潤ませている。


「弱い分、支え合えばいいんだよ。弱くったって、全然いいと思うよ、俺」

「…」

「でも不思議とさ、誰かのために強くなろうとしてみたり、実際、強くなったりもするんだよね。人間って面白いよね」

「…」


「ようこそ、こっちの世界へ」

 桐太がいきなりそんなことを言い出した。

「え?」

 籐也君はまた、びっくりしている。

「なんだよ、それ」

 聖君が笑った。


「あはは。でも、そんな感じじゃん?お前って、昔から、心許したやつは、ほんと大事にしてたしさ。そういう世界いいなって俺も思っていたし、そっち側にいきたいってずっと思ってたよ」

「そっちってどっちだよ。そっちも何も、お前が心開けばいいってだけじゃん」

「ああ、ま、そうなんだけどね」


 籐也君は目をきらきらさせた。そして、その目で花ちゃんを見つめた。花ちゃんも、それに気がつき、籐也君を見た。

「うん。こっち側、いいね」

 籐也君は、はにかみながら、ぼそってそう言うと、顔を赤くしていた。

 


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