第78話 友達の過去
休憩を終えた聖君と、リビングに行った。
「あ、お兄ちゃん。今、お店に来てるよ」
杏樹ちゃんがテレビを観ながら、チーズケーキを食べていた。
「誰が?」
「えっと~~、あ、藤也だったっけ?」
「あ、来ちゃったの?」
聖君は、がっくりしながらお店に行きかけ、
「桃子ちゃんは、来ないでいいからね。っていうか、絶対に来ないで」
と言い切った。
「でも、お兄ちゃん、今日はひょろっとした人とじゃなくて、お姉ちゃんの友達と一緒にいるよ」
「え?誰?」
「えっと~~、名前わかんないけど、一緒にお店来たことあったと思うけど」
「え?」
聖君は慌てて、お店に行った。そしてすぐに、リビングに飛んできて、
「花ちゃんがまた、来てる。それもなぜだか、藤也と!」
と言ってきた。
「花ちゃんが!?」
ななな、なんで?さっき、帰ったんじゃないの~~?
「私もお店に行く」
聖君と一緒に、私もお店に飛んでいった。
「桃子ちゃん!」
籐也君が、私を見て席を立った。
「今日来てるって、花ちゃんから聞いて」
「花ちゃんと知り合いなの?」
「前に一回、ライブに来てくれたことがある。さっき、駅でばったり会っちゃってさ、桃子ちゃんが今日お店にいるって聞いて、花ちゃんも一緒にお店に行こうってなって」
「ら、ライブ?」
そんなの初めて聞いた。
「今まで江ノ島にいたの?」
聖君が花ちゃんに聞いた。
「うん。海のへんをぶらついてた。あと、お店見たり。あ、桐太のお店ものぞいてきた。桐太の新しい彼女ってのがいたよ」
麦さんが?
「お店終わったら、二人で夕飯食べに来るって言ってた」
「咲ちゃんたちは?」
「帰ったよ。駅で私も帰ろうとしてたら、そこで籐也君にばったり会って」
「知り合いだったなんて知らなかった!」
「モデルんときも、手紙くれたりしてたんだよね。ショーも見に来てくれてたし、俺、覚えてたんだ。で、この前のライブにも来てくれて、ちょっと話とかしたんだよね」
「モデルのとき?」
何年前の話?中学生ってこと?
「びっくりしちゃった。藤沢のライブハウスだったから、このへんに住んでいるのかなって思ってたけど、聖君と知り合いだって聞いて」
花ちゃんは、顔を赤らめていた。
「モデルのときから、籐也君を知ってるの?」
「え?うん」
花ちゃんはもっと顔を赤くした。
「桃子ちゃんもこっちにおいでよ」
籐也君に言われ、私は花ちゃんの隣に座った。
「まさか、花ちゃんと桃子ちゃんが友達とはね。世間は狭いよね」
「花ちゃんの名前も知ってるの?」
「そりゃ、当時、よくショーに来てくれてたからね。ショー終わってからも、話とかしてたよね」
え~~~!知らなかった。ずっと花ちゃんは、○○っていうアイドルが好きなんだとばかり。あ、そういえば、籐也君に似ているっけ。もしかして籐也君が好きだったから、似てるアイドルも好きになったとか?
「ライブハウスのことは、知らなかったな」
私がそう言うと、花ちゃんは下を向きながら、
「中学のときの友達が、籐也君がライブするって知って、私を誘ってくれたんだ」
と答えた。
「そうなんだ」
「俺のこと忘れないでいてくれて、嬉しかったよ」
籐也君がそう言うと、花ちゃんはまっかになってしまった。
「あ、そうだ。聖さん」
3人分のお水を持ってきた聖君に、籐也君が話しかけた。
「ここで、芹香と待ち合わせしてるんだ。もう少ししたら来るからさ」
「お前ら、暇だね」
「え?まさか。これでも俺は、バンドの練習が毎日あるし、あいつもモデルの仕事、けっこうやってるよ」
「へ~~。その割には、よく店に来るじゃん」
「だって、あいつ、聖さんのことまじになってるからさ」
籐也君がにやって笑ってそう言った。
「芹香さんって、小沢芹香?」
花ちゃんが聞いた。
「そう」
「籐也君と付き合ってた…」
「中学のころの話だろ?もうとっくに別れたよ」
「そうだったの?でもまだ、会ってるの?」
「そんなには会わないけど、あいつまじで聖さんに惚れたから、俺に力を貸せってうるさくって」
「元彼なのに?」
「ああ、そういうの関係ないよ。もう普通に友達だし」
籐也君は、さらりとそう答えた。それを聞き、花ちゃんはまた、顔を赤くした。
「じゃ、籐也君、今付き合ってる子は?」
「いない」
「一人身なの?」
「うん」
籐也君はアイスコーヒーを注文すると、水を一口のみ、
「でも今、桃子ちゃんをくどこうとしてる最中」
と私のほうを見ながら言ってきた。
「はあ?」
花ちゃんが、目を点にした。
「でも、桃ちゃんには聖君が」
花ちゃんがそう言いかけると、
「ああ、彼氏がいたほうが、落としがいあるじゃん」
と笑って言った。
「変わってないね、籐也君。そんなことを芹香さんにも言ってて、付き合うようになったんだよね?」
「よく覚えてるね。芹香も落としがいあったよな」
な、なにそれ~~~!
「芹香さんは、聖君ねらいなの?」
花ちゃんが聞いた。
「そう、それも今回はかなり本気モード」
「え?」
「めちゃ落としがいあるって、わくわくしてた」
「は~~。でも、今回はいくら芹香さんでも無理じゃない?」
花ちゃんはちょっと呆れたって顔つきで、そう言った。
「なんで?あ、もしかして、花ちゃんも聖さんのこと好きとか?」
「私は違うよ」
「あ、そうなの?じゃ、関係ないじゃん」
「え?」
「聖さんが誰のものになったとしても」
「関係なくないよ。桃ちゃんは私の大事な友達なんだから」
花ちゃんがちょっと、興奮してそう言った。
「ああ、何。友情劇か何か?俺、そういうの嫌いなんだよね。くだらない」
籐也君の言葉に、花ちゃんは顔をかっと赤くして、
「そういうところも、変わんないよね」
と言った。
「…。俺のこと嫌いなのに、ライブ見に来たんだ。なんで?」
籐也君が冷たい声でそう花ちゃんに聞いた。
あ、あれれ?なんか変だ。この二人、何があったの?
「友達に誘われたから。それだけ。久々に会う友達だったし」
花ちゃんは、顔が赤いのに、無表情でそう言った。わざと冷たい口調にもしている。
「そ。じゃ、今度またライブあるけど、来ないね」
「え?」
「桃子ちゃんには、チケットあげたよね?」
「わ、私もいけないよ」
「なんで?」
「ライブって、音も大きいでしょ?人も多いよね?」
「そういうの、苦手?」
籐也君は私の顔を覗き込み、聞いた。
「ううん、そうじゃなくて、お腹の…」
赤ちゃんに悪いって言おうとしたとき、芹香さんがお店に入ってきた。
「聖君!」
入ってくるなり、私たちのことも無視して、店の奥にいた聖君に向かって歩いていった。
「え?」
聖君もいきなり呼ばれて、びっくりしている。
「来ちゃった!はい、これ!」
何かを聖君に渡した。
「何?」
「みんなで食べて。青山にあるケーキ屋で買ってきたの」
「あ、ああ。サンキュー。え?じゃ、今日は青山から?」
「うん。撮影があったの」
「ふうん」
聖君はかなり、クールに「ふうん」と言って、ケーキをお母さんに渡した。
「ありがとう。えっとお名前」
キッチンから聖君のお母さんが顔を出した。
「小沢芹香っていいます」
「芹香ちゃん。わざわざ、ありがとうね」
「いいえ!」
芹香さんは、お母さんににっこりと微笑むと、ようやくこっちを向き、
「籐也」
と声をかけ、やってきた。
「あ、あら~~~?」
芹香さんは、私たちのテーブルまで来ると、花ちゃんの顔を覗き込んだ。
「あなた、前に会ったことある」
「中学のころ、ショー見に来てた」
「そうそう。見覚えある。籐也の追っかけよね?」
追っかけ?
「追っかけてたわけじゃないけど」
「でも、来るたび手紙とか、プレゼント持ってこなかった?」
「…」
花ちゃんは黙り込んだ。
「ここまで追いかけてきたの?」
芹香さんが呆れたって顔で聞いた。
「違うよ。偶然会ったんだ。花ちゃんは、桃子ちゃんの友達なんだってさ」
「あ!なんだか雰囲気似ているものね。花で言ったら、野の花って感じよね?」
グサッ!なんだか、ひどい。
「桃子ちゃんは、可憐な花だよね?あ、桃の花、似合ってると思うよ」
籐也君が、私ににこりとしながらそう言った。
「あはは。桃の花って、ひな祭りのとき、飾るやつでしょ?お雛様とか、似合いそうだものね」
芹香さんはそう言ってから、
「じゃ、籐也。こっちの子は何の花?」
と花ちゃんのことを指差して聞いた。
「花ちゃん?そうだな。雑草?」
花ちゃんの顔がかっと赤くなり、下を向いた。あ、泣きそうだ。
「雑草って花じゃないじゃん。ひどいな。籐也。嫌われるよ?いくら追っかけしてる子だからって言ってもさ~~」
「追っかけじゃないよ。花ちゃんは俺のこと、もうすでに嫌ってるから」
籐也君はそう言ってから、
「花ちゃんは、あれだよ。踏まれても踏まれても、絶対に枯れたりしない、すげえ強い雑草」
と花ちゃんのことも見ずにそう言った。
「…」
花ちゃんは唇をきりっと噛んだ。
聖君がそのとき、アイスコーヒーを持って、テーブルに黙って置き、
「籐也、いい加減にしろよな」
と冷たく言った。
「何がっすか?」
籐也君はわざとらしくにっこりと微笑み、聖君に聞いた。
「花ちゃんは桃子ちゃんの友達だし、傷つけるようなこと言ってると、お前、桃子ちゃんからも嫌われるよ」
「美しい友情劇?」
籐也君は馬鹿にしたようにそう言った。
「…。花ちゃん」
聖君は、籐也君のほうを見ながら、花ちゃんの名前を呼び、
「こんなやつのために、泣くことないよ」
と優しく言って、花ちゃんを見た。花ちゃんはその言葉を聞き、びくっとしてから、鼻を思い切りすすった。あ、やっぱり泣きそうになってたんだ。聖君、それに気がついてたんだ。
「な、泣いたりしないよ。大丈夫」
花ちゃんはそう言うと、顔をあげた。目も鼻も赤かったけど、必死に泣くのを我慢しているようだった。
「…」
その表情を見て、籐也君の顔色が変わった。
「かわいくないの」
芹香さんがぼそって言った。
「え?」
聖君が聞いた。
「そうやって、泣くのを我慢したりして、強がってるのってみっともない。強いわけでもないくせにさ。全然かわいくないよね」
その言葉に、花ちゃんはまた、唇を噛んだ。
「ま、でも、泣いてもかわいくないかもしれないけどね」
芹香さん、それ以上言うと、やばいよ。ぶち切れそうだ。私…。
「やめろよ、芹香」
芹香さんを止めたのは、意外にも籐也君だった。
「なんで?」
「お前、言いすぎ」
「へえ。やっぱり籐也って八方美人だね。自分のこと嫌いな子にも、優しくしちゃうわけ?」
「…」
籐也君は黙り込んだ。
「私、やっぱり帰るね」
花ちゃんがそう言って、席を立とうとした。
「嫌いなのになんでついてきたの?」
籐也君が聞いた。
「私、別に籐也君を嫌ってないよ」
花ちゃんが答えた。
「それに、これからデビューもするんでしょ?応援するよ」
「だから、なんでそういうこと言えるの?」
籐也君が、眉をひそめて聞いた。
「え?どうして?」
「俺、かなり傷つけてるのにさ、なんで嫌わないんだよ?」
「…」
花ちゃんはまた、黙り込んだ。
「そういうところが、雑草だって言うんだ。踏まれても、全然へこたれない。なんでそんなに強いの?」
籐也君は、眉間にしわまで寄せている。
「私、強くないよ」
花ちゃんはそう言ってから、
「芹香さんに言わせたら、私はかわいくない女なんでしょ?強がってるばかりの…。でも、本当にそうなの。強がってるし、素直じゃないし。傷ついてても、傷ついていないふりをしてるし、弱いとか思われるのがいやなだけ」
「え?」
籐也君は、目を丸くして聞き返した。
「私、嫌ってなんていない。でも、傷つきたくないから、もうライブには行かない。遠くで応援してるよ。前みたいに」
花ちゃんはそう言うと、さっと席を立った。顔は引きつっている。今にも泣きそうだ。
なんなの?何があったっていうの?花ちゃん、身近で誰かを好きになったのって、コーチが最初だったんじゃないの?
「花ちゃん。桃子ちゃんとリビングに行ったら?」
聖君がそう優しく言った。
「え?」
「今日特に用事がないなら、夕飯も食べていったら?俺があとで送っていくよ」
「ひゅ~~、優しい。そんなことして、花ちゃん勘違いしたらどうするのさ」
籐也君が聖君にそう言った。
「桃子ちゃんと一緒に、花ちゃんを送っていくって意味だよ。お前こそ、勘違いするな」
聖君が冷たく言い放った。
「だけど、勘違いしやすい子だから、気をつけたほうがいいわよ」
芹香さんまでがそう言った。
なんなんだ?なんで、そんな花ちゃんを傷つけるようなことばかり、この人言うんだろう。
「花ちゃん、そうだよ。花ちゃんもリビングに行こう。杏樹ちゃんと3人で、話でもしようよ」
「杏樹ちゃんって、聖君の妹?」
「そう」
私は花ちゃんの腕をとり、リビングのほうに向かった。
「桃子ちゃん、またお店出る?」
「今日はもう出ない」
籐也君の言葉に私は首を横に振った。
「じゃ、今度はいつ来る?」
「多分、しばらくは来ない。高校も始まるし」
「そっか。じゃ、俺が新百合ヶ丘まで行こうかな、会いに」
籐也君は私に近づきながらそう言った。
「会わないよ、来ても」
私がそう言うと、籐也君はすぐ近くまで来て、
「いいじゃん。一回くらいデートしようよ」
と誘ってきた。
「籐也!」
聖君が藤也君の腕をつかんだ。
「お前、ほんとしつこい」
聖君が言った。
「じゃ、今度4人で会いませんか?俺と桃子ちゃん、聖さんと芹香で」
「賛成!そうしようよ」
芹香さんも喜びながらこっちに来た。
「会わない。それに、もう籐也も芹香さんだっけ?いい加減にしてくれないかな。客で来る分にはかまわないけど、俺や桃子ちゃんを振り回そうとするのはやめてくれ。そっちの遊びに付き合ってられるほど、俺ら、暇じゃないよ」
聖君はそう言って、私の背中に手を回し、
「もうリビングに行ってていいから」
と私に言った。
「遊び?だったら、本気ならいいの?」
芹香さんが聖君に、近づいた。
「ねえ、本気になったらいいってこと?」
そして聖君の背中に、べたって手をくっつけた。ブチ!私の堪忍袋の緒が切れかけたとき、花ちゃんが、
「いい加減にしたら?そうやって、人の気持ちをおちょくって、かき回して、何が楽しいの?籐也君のときだって、付き合う気ないって言ってたのに、私が籐也君に告白しようとしたとたん、付き合いだした。もう、そうやって人を傷つけて遊ぶのやめたら?」
え?
「ああ、あれをやっぱり根に持ってたんだ。だって、籐也は私をくどいていたし、あなたには興味なんてなかったんだし、どうせ、あなたが籐也に告ったところで、ふられてただけだし。どっちかって言うと、お礼を言ってほしいな。あなた、籐也から直接、ふられずに済んだんだからさ~」
芹香さんが笑いながら、そう言った。
「へえ、裏でそんなことあったんだ」
籐也君は、笑いながら言ったけど、目は笑っていなかった。
「籐也、この子あなたの追っかけしてたけど、なんだか本気で好きになってたみたい。笑っちゃうでしょ?籐也はあのころ、私を落とすんで夢中だったし、こんな子眼中になかったっていうのにね」
ムカ!だめだ。限界に達しそうだ。聖君を見た。あれ?聖君は意外にも、冷静に芹香さんと籐也君を見ている。
「…」
籐也君は黙り込んで、どこか遠くを見ている。
「くすくす」
芹香さんはまだ、笑っている。
「そうだね。あのとき告られても、俺、ふってたかな」
籐也君は、ぼそってそう言うと、
「俺、ファンの子には手は出さないって、決めてたしね。あ、今でもだけどさ」
と下を向きながらそう言った。
「だから安心して、花ちゃん。君には手を出したりもしなけりゃ、くどいたりもしないから」
にこって微笑んで籐也君は花ちゃんにそう言うと、席に戻っていった。
「…」
花ちゃんは黙り込み、それからリビングに向かって歩き出した。私も花ちゃんの隣に並んで歩いた。
「あとで、なんか飲み物持っていくから」
聖君が小声でそう言ってくれた。
「うん」
聖君は、どうやら、花ちゃんのことを心配してる感じだ。それは私もだ。
花ちゃんはずっと、アイドルのことが好きで、身近な人には興味がないと思ってた。コーチがはじめて好きになった人だって、そうも思ってた。ううん、そんなようなこと花ちゃんも、言ってなかったっけ?
がっくりと肩を落としている花ちゃん。ものすごく落ち込んでるみたいだ。
私と花ちゃんはリビングにあがった。
「花ちゃん」
カーペットに座り込み、泣くのを我慢してる花ちゃんに声をかけた。そのとたん、花ちゃんがひっくと泣き出してしまった。
「う、もう限界だ。桃ちゃん、ごめん、泣いてもいいかな」
「うん、いいよ。全然いいよ」
私は花ちゃんの肩を抱いた。花ちゃんは肩を震わせ、泣いていた。