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第75話 友達だから

 覚悟、できてるかと思っていた。でも、全然だった。知らない人にあれこれ言われたって、そんなの気にしなかったらいいんだから、なんて、そんな簡単なことだと思ってた。

 まさか、こんな身近にいる人が、私たちのことを否定するなんて思いもしなかったから。


 みんな祝福してくれるよね…。なんて、私のんきに思ってた。聖君は、私がそう言っても、うんってうなづかなかったっけ。こういうこともあるかもしれないって、思っていたからだよね。

 だけど、そんな聖君も表情が固まってる。

 でも、一番にショックを受けてたのは、私だったのか。それにも気づけないでいた。


「桃子ちゃん、大丈夫?ほんと、真っ青よ」

 聖君のお母さんが、心配そうに私に寄り添った。

「あ…」

 頭、真っ白だ。何も言葉が出てこない。


「桃ちゃん、気にすることないんだからね。メグちゃんだって、きっといきなりで、びっくりしただけだよね?」

 咲ちゃんがそう言ってくれた。でも、まだメグちゃんは、私のことを見ようともしない。

「そんなにショックだった?」

 突然、聖君が低い声で聞いた。


 え?私に言ってるの?ううん、違う。聖君はメグちゃんをじっと見てる。それから私のほうを見ると、

「メグちゃん、俺、さっきも言ったけど、冷たいんだ。桃子ちゃん以外には」

とまた、メグちゃんのほうを向き、言い放った。

 聖君?何を言い出すの?


「俺が守っていくのは、桃子ちゃんとお腹にいる赤ちゃん。悪いけど、桃子ちゃんを傷つけるようなことを言ったり、したりしないでくれないかな」

 聖君、顔、怖い。無表情で、冷たい声で、メグちゃんに向かって話してる。メグちゃんは、おびえるような目で、聖君を見てる。


 だ、だめだよ、聖君。メグちゃんをさらに、追い詰めたりしないで。

「メグちゃんが、男にどんなイメージ持っていようが、別に俺はかまわない。でも、それで桃子ちゃんを傷つけるようなことを言うんなら、もう、桃子ちゃんに近づかないでくれる?」

 メグちゃんは、顔が引きつっている。


「ひ、聖、言いすぎよ。怖がってるじゃないの」

 聖君のお母さんが、聖君を黙らせた。

「何があったかはわからないけど、とにかく、桃子ちゃんはリビングで休むといいわ。ね?あったかいものでも、持っていくから。あと、聖はさっさとキッチンに行って」

 お母さんは、聖君の背中を押した。


 私は、メグちゃんを見た。さっきよりももっと、青ざめている。

 メグちゃんって、聖君のこと、好きだったんだよね。それは憧れかもしれない。もしかしたら、本気かもしれない。それはわからないけど、でも、好きな人にあんなふうに言われて、ショックを受けないわけないよね。


「桃子ちゃん、リビング行こう」

 聖君が私の背中に腕を回して、歩き出した。私は聖君と一緒に、歩き出したが、でも、どうしてもメグちゃんが気になってしまった。

「聖君」

 私は家にあがろうとしている聖君を、引き止めた。

「ん?」

「わ、私のことを思って言ってくれたんだって、わかってる」


「え?」

「だけど、メグちゃんも、傷ついてるんだよ?」

「…」

 聖君は黙って、立ち止まった。それから、何かを考え込んでから、

「桃子ちゃん、でも、俺は…」

と、口ごもりながらそう言った。


「わかってるの。聖君が私のことを守ろうってしてくれてるのは、わかってるの」

 私はそう言って、聖君の腕にしがみついた。

「だ、だけど、メグちゃん、友達なの。傷つけたくないよ」

「…」

 聖君は、はあ~~って長いため息をつき、それから、前髪をかきあげて、しばらく私を見ていた。


 私も聖君を見つめた。もしかして、呆れてる?それとも、怒ってる?

 でも、怒ってる顔じゃない。どっちかっていうと、すごく優しい目で見てる。

「まったくもう、まいったな」

 聖君はそう言うと、顔を近づけてきて、私の耳元で、

「そういう桃子ちゃんに惚れちゃってるんだから、しょうがねえよな」

と、そう独り言のように、ささやいた。


「え?」

「俺、まじで桃子ちゃんにだけ、優しいの。桃子ちゃんだけを、大事にしたいの。そういうわがままなやつなの。だけど、桃子ちゃんが、友達を大事にしたいって言うなら、その気持ちは尊重したい」

「聖君…」

「桃子ちゃんがめちゃ、大事だからさ」

 聖君はそう言うと、にこって笑った。


「ご、ごめんね。聖君、ありがと…」

 うわ。涙出てきた。でも、泣いてる場合じゃない。今、きっとメグちゃんは、もっとショックを受けてる。


 たとえば、私がまだ、聖君に片思いをしてるとき、もし、聖君が女の人と、関係を持ったり、その相手が妊娠したなんて聞いたら、めちゃくちゃショックを受けると思う。

 もしかすると、聖君って、なんてひどい男なんだろうって思うかもしれないし、男嫌いにまでなっちゃうかもしれない。


 そんな聖君や相手の人を、やっぱり私だって、不潔って思ってたかもしれない。

 ううん、聖君と付き合いだしたって、もし聖君が、いきなり男になっちゃったりしてたら、私、逃げ出してたかもしれない。

 友達と、エッチな本読んだり、そういうことを話題にしてるって知ったら、聖君を変な目で見ていたかもしれない。


 そんなことがなかったのは、聖君が、ものすごく私を、大事にしててくれたからなんだ。まるで、ガラス細工に触るかのように、いつも、大切に壊れないようにって、そうやって、私を大事に思っててくれたから。

 メグちゃんは、それを知らない。


 メグちゃんだって、男の人と付き合ったこともないし、私だってそうだった。漫画や映画の中の、綺麗な恋物語だけを思い描き、好きな人のことも、美化しちゃって、素敵なところだけを見て、そして勝手に、こんな人だって、思い込んだりして。

 私だって、聖君のことを、爽やかで、かっこよくて、きらきらしてて、まぶしくって、そんなイメージを持ってたと思う。


 だんだんと、いろんな聖君を見るようになって、いろんな聖君を知っていって、なんでだかわからないけど、どんな聖君も好きになっちゃって、今じゃ、幻滅するようなこともまったくないけど、もし、片思いしてるときだったら、ショックを受けてるかもしれない。


「メグちゃん」

 私は、メグちゃんたちの席に、近づいていって声をかけた。

「桃ちゃん、部屋に行ったんじゃなかったの?」

 花ちゃんが振り向いて、そう聞いてきた。


「メグちゃんが気になって」

 そう言って、空いている席に座った。

「私のことが?」

 メグちゃんは、まだ青い顔をしている。それに目、赤い。泣いてたのかな。

「もう、桃ちゃん、メグちゃんのこと気にしてる場合じゃないんだよ?さっきも言ったでしょ?妊娠してるときにはね、ストレスとかもいけないんだよ」

 花ちゃんがそう言ってくれたけど、私は、その場を動かなかった。


 聖君も黙って、私たちの後ろの席に座った。聖君のお母さんも、心配そうにキッチンからこっちを見ている。

「あのね。メグちゃん」

「え?」

「もし、逆の立場だったとしたらって、考えたんだ」


「私と、桃ちゃんが?」

「うん。そうだとしたら、やっぱり私も同じようにショックを受けてると思うんだ」

「え?」

「それとか、もし、私が聖君に片思いしてるときだったら、やっぱり、聖君のことあんまり知らないで、勝手にイメージ膨らませていただろうし、聖君がエッチな本、読んでたり、そんな話を友達としてるって知っただけでも、めちゃ、ショックを受けてるかもしれない」

「え?まじ?」

 聖君が、こっちを向いた。


「もしかすると、今のメグちゃんよりも、もっともっと聖君のこと美化してて、エッチな聖君に幻滅したり、汚らしいって思ってたかもしれない」

「うそ」

 聖君が、ぼそってそうつぶやいた。あ、やばい。今度は聖君を落ち込ませたかな。ちらっと顔を見ると、あ、やっぱりかなり落ち込んじゃってる。


「じゃ、なんで聖君とそういうことしちゃったの?もしかして、聖君に無理やりとか」

 メグちゃんが、顔を引きつらせ、聞いてきた。

「ないない!無理やりなんてそんなわけない!」

 私は思い切り、顔を横に振った。


「聖君は、めちゃくちゃ、私を大事に思ってくれてたもん。あ、今だって!」

 そう言ってから、聖君をちらっと見た。聖君はもう後ろを向いちゃってて、どんな表情をしてるのかもわからなかった。


「私、今でも男の人って、わかんないんだ。女の子とは、全然違うと思う。それだけはわかるけど」

 私がそう言うと、花ちゃんも、メグちゃんも、咲ちゃんも、え?って顔をした。

「その…、よくわかんないんだけど、ただ、聖君が本当に大事に思ってくれてて、いろんなこと我慢したり、セーブしたりしてたんだってことは、わかったの」


「我慢?」

 花ちゃんが聞いてきた。聖君が、後ろで咳払いをした。

「あ、詳しくは言えないけど、その…」

 私は、なんて言おうか、考え込んだ。どう言ったらいいのかな。わかってくれるかな。


「あのさ!」

 聖君がいきなり、席を立って、こっちを向いた。

「なんだか、黙って聞いてるのも、こっぱずかしいから、言っちゃうけど」

 頭をぼりって掻いて、赤い顔をしながら、聖君は話し出した。

「さっきはその、男に対してきれいなイメージ持ってたりしたら、幻滅することになるような、そんな言い方しちゃったけど、でも、そんな汚いってわけでもないから」


「え?」

 メグちゃんは、聖君を見て、固まっている。

「あ~~~。なんて言ったらいいのかな。とにかくさ、桃子ちゃんが言うように、俺は、めちゃ、桃子ちゃんのことは、大事に思ってたんだ。だから、そうそう簡単に手なんて、出せなかったよ」

 聖君はそう言ってから、自分の言ったことに恥ずかしくなったのか、下を向き、真っ赤になっている。


「えっと、でもこれもまた、イメージダウンになるのかな。もしかすると、俺みたいなやつばかりじゃないかもしれないけど、けっこう男のほうも、いろいろと考えちゃったり、びびったりしてて、そんな簡単に手を出したりなんかできないって言うか」

「…」

 花ちゃんも、目を丸くしたまま、聖君を見ている。咲ちゃんだけは、どうやら、漫画の参考にでもしようと思っているのか、真剣な顔つきで話を聞いている。


「傷つけるのも怖いし、嫌われるのも、避けられるのも、そういうのも、怖いんだよ?特に、桃子ちゃんは、ガラス細工みたいに、壊れやすそうに見えたし、俺、まじで、めっちゃ、大事に大事にしてたんだ」

 うわ。今度は私のほうが、恥ずかしくなってきた。顔、あつ~~い!


「だから、その…」

 聖君は、言葉につまってしまい、頭をぼりって掻くと、私のほうを見た。

「あのね、メグちゃん。今、聖君が言ったの、私もすごく感じたの」

「え?」

「聖君がね、私のことをすっごく大事にしてくれてるっていうのを、すごく感じたの」

 メグちゃんは黙って、私を見ている。


「私、いつも聖君がそばにくるだけで、ドキドキして、めちゃくちゃ緊張して、固まってたの」

「え?」

「心臓が持たないくらいに。怖いとかそういうのはなかったけど、でも、受け入れられなかったの」

「じゃ、どうして、その…」

 メグちゃんが、聞きにくそうにしている。


「大事に思ってくれてたことや、ずっと我慢してるって知ったときに、私、聖君だったらいいって思ったし、聖君じゃなきゃ嫌だって思ったし、それに、聖君のことが、めちゃくちゃ、いとしくなっちゃって」

「めちゃくちゃ、いとしい?」

 花ちゃんと、咲ちゃんが同時に顔を赤くして聞いてきた。


「うわ!私、今、すんごいこと言っちゃったよね?」

 私は顔が思い切り熱くなり、恥ずかしくなって両手で顔を隠した。

「今頃、テレたって遅いって。ものすごいこと言っちゃってるって」

 聖君も顔を真っ赤にさせて、そう言った。


「すごい!これはめちゃ、すごい!」

 咲ちゃんだけは、目を輝かせている。うわ!まさか、漫画のねたにしようだなんて、考えてないよね?!


「も、桃ちゃん」

 メグちゃんが、真っ赤になりながら、口を開いた。

「私、そういうこと全部が、信じられないし、まるで、まったく別の次元の話に聞こえちゃうの」

「う、うん」

「自分の世界では、まだまだ起こりそうもないことで、想像もつかない」

「そ、そうだよね?」

 私は必死にそう、相槌をうった。ほかに何も言葉は浮かばなかった。


「だけど、さっきはショックなだけだったけど、今は、ちょっと羨ましくなってる」

「へ?」

 私と聖君が同時に、そう聞き返した。

「めちゃくちゃ、いとしいだなんて、そんなの思ったことないもん。私も聖君のことは、あこがれてるけど、きっと恋に恋しちゃってるってだけで、やっぱり桃ちゃんとは、次元が違うみたいだ」


 メグちゃんはそう言ってから、恥ずかしそうに私を見て、

「さっきは、ごめんね、桃ちゃん」

と謝った。

「ううん!」

 私は、首を横に振った。


「私もいつか、そんなふうに思える人と、めぐり会えるかな」

 メグちゃんが、そう私をじっと見ながら聞いてきた。

「うん。きっと」

 私がそう言うと、メグちゃんは、恥ずかしそうに微笑んだ。


 そしてちらっとメグちゃんは聖君を見ると、

「聖君、怖かった」

とぼそって言った。

「あ、さっき?ごめん」

 聖君は頭をぼりって掻いて、謝った。


「ううん。聖君が、ほんとに桃子ちゃんにだけ優しいんだってわかったよ」

 メグちゃんがそう言うと、花ちゃんも咲ちゃんも横で、同時にうなづいていた。

「でも、でも、私もそんな彼がほしい~~」

 メグちゃんがそう言うと、花ちゃんも、

「私も~~~」

と叫び、咲ちゃんが、

「やっぱり、聖一も、そういうキャラにしようかな~~」

と、目を輝かせながらそう言った。


 キッチンで心配そうに見ていた、聖君のお母さんは、すごく優しい笑顔で私たちを見ると、キッチンの奥へといってしまった。聖君も、

「そろそろ11時だから、店を開店させるよ」

と言って、ドアにかかっている札を「オープン」に変えた。


 私たちは、ランチを注文した。聖君はにこやかに、了解って言って、キッチンにオーダーしに行った。

 キッチンの奥には、桜さんがいたようで、

「ランチ、4っつね」

と、元気に聖君のオーダーする声に答えていた。


 しばらくすると、お客さんが一組、また一組とやってきた。聖君はお水を持っていったり、注文を聞きにいった。私たちのテーブルに、ランチのセットを運んできてくれたのは、桜さんだった。

「桃子ちゃん、聞いたわよ。おめでとう」

 桜さんは小声でそう言うと、さらに私に近づいて、もっと小声で、

「結婚祝いさせてね。お母さんと選ぶから。何かリクエストがあったら、なんでも言って」

と言い、にっこりと微笑んだ。


「あ、ありがとうございます」

 桜さんは、にこにこしながら、キッチンのほうへと戻っていった。

「そっか。お祝いも考えなくちゃね」

 花ちゃんがぼそって言った。


「結婚と出産祝いか~~。私たちからもあげるから、リクエストあったら、遠慮せず言って」

 咲ちゃんがそう言ってくれた。横でメグちゃんもうなづいた。

「あ、ありがと」

 なんだかいきなり嬉しくなって、私は泣きそうになった。


 さっきまで、暗かったメグちゃんが、明るく花ちゃんたちと話している。よかった。本当によかった。

 もし、万が一、これからも身近な人に否定されたら、ちゃんと話してみよう。

 どんなに私が聖君が好きで、どんなに凪がお腹にいることが嬉しくて、聖君と一緒にいられることが、幸せかを。


 そうしたら、わかってくれるかな。ちゃんと心を開いて話せば。

 そのときには、私はそんなことを明るく思えていた。


 妊娠中は、情緒不安定になるんだって。って、聖君が前に言ってたことも忘れて、すっかりのんきに、私は花ちゃんたちと、笑っていた。





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