第74話 ショック
新百合ヶ丘の駅で待っていた咲ちゃんと、メグちゃんを車で拾い、私たちは江ノ島に向かった。
「聖君って、運転上手」
後部座席から、咲ちゃんがそう言った。
「聖一も、運転が上手ってことにしちゃおう」
「あ、恋するカフェだっけ?」
聖君が、バックミラー越しに咲ちゃんを見て言った。
「今、聖君にいろいろと聞いてもいいかな」
咲ちゃんはメモを取り出し、そう聞いた。
「え?いいけど。あ、もしかして漫画の取材か何か?」
「そう。参考にいろいろと聞きたくって」
「あまりつっこんだことは俺、答えないよ。それでいいならどうぞ」
つっこんだことって、どんなことかな?
「答えられないことは、ノーコメントでもいいから。じゃ、まず、聖君は桃子ちゃんのどこに惚れたの?」
「え?いきなりそんな質問?う~~ん、困ったな」
聖君は悩みだした。
「どこって言われてもな。どこかな。あ~~、ノーコメント」
「え?いきなり?」
「だって、そんなのどう答えていいかわからないし」
「じゃあ、桃子ちゃんのどこが可愛いって思う?」
「ええ?!」
聖君は顔を赤らめた。相当恥ずかしいらしい。
「それもまた、ノーコメント」
「どうして?そのくらい教えてくれても」
咲ちゃんが身を乗り出してそう言った。
「じゃ、全部。もういい?質問終わった?」
「まだ!」
「まだあるの?」
聖君は眉をひそめた。
「もっと、簡単な質問にして。たとえば、なんの食べ物が好きですか?とか」
聖君はそんなことを言い出した。
「うん、じゃ、どんな食べ物が好きですか?」
え?本当にそんな質問でいいの?咲ちゃん。
「肉!」
「肉?」
「ハンバーグでも、ステーキでも、ビーフシチューでも、あ、鳥のから揚げとかも好き」
「焼肉は?」
「あ!すげえ好き!」
「そうなんだ」
咲ちゃんはそんなことまでメモにとっている。
「じゃ、好きな飲み物」
「コーラ」
「もしかして、ポテチとかも好き?」
「う~~ん、あれば食べるけど」
「じゃ、好きな音楽」
「そうだな~。乗れる曲かな。流行ってる歌も好きだし、そういうの覚えて、思い切りカラオケで歌いまくる」
「え?そうなの?聖君ってカラオケで、歌いまくったりするの」
メグちゃんが驚いていた。
「聖君、文化祭でステージで歌うくらい、上手なんでしょ?」
花ちゃんが聞いた。
「うん。すんごくすんごく、かっこいいんだよ」
私は熱っぽくそう語った。あの時の興奮がよみがえってくる。ほんと、かっこよかったんだよね~。
「そんなこともしちゃうんだ」
咲ちゃんも驚いている。
「じゃ、ゲームとかする?」
「テレビゲーム?」
「そう」
「するよ。俺、結構得意だよ」
「そうなんだ。そういうものするんだ」
「ひまわりや杏樹ちゃんと、対戦してるもんね」
私がそう言うと、咲ちゃんはさらに身を乗り出し、
「じゃ、ゲームセンターも行ったりするの?」
と聞いてきた。
「するよ。俺、うまいよ。ね?桃子ちゃん」
「うん」
この話はあまりしたくないかも。
「桃子ちゃん、めっちゃ面白いんだよね?時々一緒に行ってたよね?」
「え?二人でゲームセンター行ったりしたの?」
メグちゃんが驚いている。
「桃子ちゃん、弱さの天才。どうしてそこまで、弱くいられるのっていうくらい、だめなんだよね?あれはもう、才能だよね?」
聖君、それ、けしてけして、褒めてないよね。
「聖君って、普通に男の子なんだね」
咲ちゃんがそう言った。
「え?そりゃそうだよ、俺、普通に男の子してるけど?え?もっと何か、別なイメージでもあるの?」
聖君がまた、バックミラー越しに咲ちゃんを見て聞いた。
「なんだか、ちょっと普通の男の子とは違うんじゃないかなって、そんな気がしたから」
「ふうん。でも、残念ながら、普通だよ。ゲームもする、カラオケにも行く、ゲーセンにも行く。男同士で集まれば、馬鹿やったりふざけ合ったり。そんなだよ。ね?桃子ちゃん」
「うん。よくはしゃいでるよね。カラオケでも一番、はしゃぐよね」
「なんだか、イメージと違うかもしれない」
咲ちゃんは、そうぼそって言った。
「聖一と?でもいいんじゃないの?漫画の登場人物は、えっと、咲ちゃんだっけ?咲ちゃんの思うとおりの男の子を描けば」
「そうなんだけどね。でも、私、男兄弟もいないし、彼氏もいないから、なんとなくリアリテイにかけちゃうっていうかさ、そういうの、指摘されちゃうんだよね」
「誰から?」
「担当者だったり、あ、たまに読者からも」
「大変なんだね。それで、こういう取材をたまにするわけだ」
「うん、そうなんだ」
咲ちゃんはそう言ってから、
「あ、でも、けっこう好きなんだよね。知らない世界を知れるっていうか、いろいろと聞くの楽しいから」
と、付け加えた。
「知らない世界も何も、俺なんて平々凡々なやつだから、つまらないんじゃないの?」
聖君が聞いた。
「とんでもない。なかなか回りにはいないキャラだよ」
咲ちゃんはそう言うと、メモをまた取っているようだ。鉛筆を走らせる音がする。
「好きなスポーツとかある?」
「スポーツ全般に好きだよ。サッカーもバスケも。あ、でもあまり野球はしてこなかったかな。あと、泳ぐのも好き。海が好きなんだよね」
「あ、ダイビングもするんだよね?」
「うん!潜るの最高だね」
聖君は目を輝かせた。
「聖君って、なんでもこなしちゃうだろうけど、でも、好きなものがはっきりとしてるって感じだよね?」
花ちゃんがそんなことを言った。
「うん、そうかな」
「性格もはっきりとしてるよね。はっきりとっていうか、さっぱりとっていうか、すっきりとしてるっていうか」
花ちゃんがまた、そう言った。
「あ~~、単純なんだよ、つまりさ」
聖君は、苦笑いをしながらそう言った。
「咲ちゃんのイメージしてる聖一はどんなやつ?」
逆に聖君が聞いた。
「優しい人」
「優しいって言っても、いろいろあるじゃん」
「うん、物腰が優しくて、スマート」
「それ、俺にはないかも」
え?そうかな。すごくいつも、れいんどろっぷすで、スマートで綺麗な動きをしてるけどな。自覚ないのかな。
「それから、言い方とかも優しいし、人を傷つけないよう、そういう配慮もするの」
「それもないかな、俺」
「え?聖君も優しいんじゃない?」
花ちゃんがそう聞いた。
「俺?優しくないよ」
「うそ~~。桃子ちゃんにめちゃ、優しいじゃない」
花ちゃんが、そう言った。
「桃子ちゃんにだけね。俺の場合」
「あ~~~、納得」
なぜか、花ちゃんも咲ちゃんも、メグちゃんも納得している。
「ほかの人には、クールなんだっけ」
花ちゃんが聞いた。
「うん、俺、冷たいよ、かなり」
聖君はそう言うと、綺麗なハンドルさばきで、左折した。ああ、運転もスマート。本当に手が綺麗だよな~~。
「聖君って、趣味は何?」
「趣味?う~~ん、何かな。とにかく海のものが好きかな。暇があれば、海のDVD見てたり、ダイビングの本読んだりしてるかも」
「へ~」
咲ちゃんは、メモをまたとっている。
「ねえ、聖君」
メグちゃんがちょっと、質問しにくそうに聞いてきた。
「ん?何?」
「男の子同士って、女の子の話もしたりするの?」
「彼女の話とか?するよ」
「でも聖君は、その…」
「桃子ちゃんの話もするよ」
「そうじゃなくって」
「え?何?」
「え、エッチな話なんてのは、しないよね」
え?!何を聞いてるの!メグちゃん!
「あ、それ聞きたい。聖一はしないイメージなんだけど、聖君は?」
「聖一しないの?少女漫画だから?でも、普通の男の子ならするでしょ。するのが当たり前だよ」
「当たり前なの?じゃ、聖君もするの?」
メグちゃんが、ちょっと驚きながら聞いた。
「え?するよ。俺も健全な男子ですから」
聖君は、まったく動じずにそう言った。
「え?なんだか、聖君のイメージが」
メグちゃんの声が、低くなった。
「もしかして、えっとメグちゃんだっけ?男に変な夢を持ってない?」
「変な夢?」
「うん。あんまり綺麗なイメージ持ってると、健全なる男子を見て、幻滅するかもよ?」
「ひ、聖君も?」
「え?」
「その…、だから、興味あるのかなって思って」
「なんの?」
「たとえば、ちょっとエッチな本とか、読んじゃうのかなって思って」
「そういう雑誌ってこと?見るよ」
え?うそだ。そんな本、部屋にもないし、どこにも。
「あ、でも、そういうのあまりとっておかないで、すぐ捨てちゃう」
「え?そうなの?なんで?」
「だって、桃子ちゃんに見られたら、やばいもん」
え~~!そうだったの?あ、そういえば、前に、ジーンズできたらNOのサインとかなんとか、何かの雑誌に書いてあったとか言ってたけど、そういう雑誌に書いてあったのかな。そういう本を買って、読んでいたってことだよね、やっぱり。
「だめだ~~。イメージが崩れた。っていうか、そんなの彼女の前でばらしていいの?」
メグちゃんが聞いた。
「あ、そうだね。ばらしちゃった。じゃ、これから堂々とそういう本も見ちゃおうかな」
「え?!」
私が思わず、ドン引きすると、
「うそうそ。嘘です。そんな本、もうこれから買ったりしません」
と、聖君は慌てて言った。
「あ、桃ちゃんに嫌われるのはいやなんだ。聖君」
咲ちゃんが、私たちの会話を聞き、そう言ってきた。
「そ、そりゃまあね」
「そうなんだ。けっこう、桃ちゃんの顔色とか、見てるんだ」
「う…」
咲ちゃんのそんな言葉に、聖君は黙り込んでしまった。
「ふうん。じゃ、もしかして桃ちゃんの前では、エッチな話もしないとか?っていうか、手も出せないとか?」
「え?!」
咲ちゃんの質問に、また聖君は固まった。
「だって、聖君、桃ちゃんには、エッチだってこと知られたくなかったんじゃないの?今、ばらしちゃったけど」
「…ノーコメント」
「え?なんでそこで、ノーコメントなの?」
「桃子ちゃんに聞いて」
「え?ど、どういうこと?」
咲ちゃんは、後部座席からかなり身を乗り出し、私の顔を覗こうとした。
「わ、私に聞いてって、何をいったい」
私は思わず、慌ててしまった。
「俺も、健全なる男子ですから、好きな子ができたら、そりゃ、手も出します」
聖君はいきなりそんなことを言い出した。
ひょえ。そんなこといきなりどうして?
「桃子ちゃんとは、付き合って3年目にもなるし、そんなプラトニックラブするつもりもないし」
「プラトニックラブって?」
花ちゃんが聞いた。
「だから、そういう関係もなく、お付き合いをするって言うか」
咲ちゃんが言いにくそうに、花ちゃんに教えた。
「そういう関係って、あ!もしかして体の関係?」
花ちゃんが、ぼそぼそって咲ちゃんに言ってから、
「そ、そうだよね。もうそういう関係があったから、桃ちゃんは妊娠…」
と、口をすべらせた。
「え?」
「え?」
咲ちゃんもメグちゃんも、その部分を聞き逃してはいなかった。
「あ、なんでもないよ」
花ちゃんが慌てた。
「今、妊娠って言ってなかった?」
メグちゃんは、小声で花ちゃんに聞いたが、その声はしっかりと車内全体に聞こえていた。
「ううん、言ってない」
花ちゃんは慌てているようだ。
「もうすぐ江ノ島に着くよ。どうするの?桃子ちゃん、ちゃんと今、話しておく?」
聖君が私に聞いてきた。
「そうだよね。お店だと、話しにくいかな、他のお客さんがいたりしたら」
「そうだね」
聖君は私の言う言葉に、うなづいた。
「あのね、さっき、花ちゃんには話したんだけど」
私はバックミラーで、咲ちゃんとメグちゃんを見た。
「うん、何?」
二人とも神妙な顔つきになった。花ちゃんは黙っている。
「さっきの、花ちゃんの言ってたことだけど、私ね、今、妊娠4ヶ月なんだ」
花ちゃんに話し出すよりも、話しやすかった。メグちゃんと、咲ちゃんは、花ちゃんのときと同じで、しばらく固まっていて、リアクションもなかったが。
「それで、先月籍も入れたの。私、もう榎本桃子なんだ」
「結婚もしたってこと?!」
やっと、メグちゃんが口を開いた。
「な、何?どういうこと?」
まだ、咲ちゃんは目を丸くしたまま、固まっている。
「手を出していないどころか、結婚?妊娠?」
咲ちゃんはそう言ってから、花ちゃんに、
「花ちゃんもこの話、聞いたの?」
と目をむいて、聞いている。
「今日私も聞いたの。早くに桃ちゃんの家に行って。びっくりしたよ。でも、これっておめでたいことだし、喜んであげるべきことなんだよね」
花ちゃんは、冷静にそう答えた。
「え?あ、そっか。そうだよね。結婚と出産だもんね、おめでたいことだよね、普通なら」
メグちゃんがそう言った。
「でも、桃ちゃんはまだ、高校生だよ。高校はどうなるの?」
メグちゃんは、ちょっと顔面蒼白になっている。
「高校は通えるの。校長と理事長と話をして、卒業できることになったから」
私がそう答えると、咲ちゃんは、
「そうなの?おめでとう、なんだか、全部がうまくいってるんだね」
と、そう笑いながら言ってくれた。
でも、メグちゃんはまだ、顔が青い。
「それじゃ、聖君は桃ちゃんに手を出したってこと?」
「え?」
「赤ちゃんができたから、結婚?できちゃった婚?」
「…」
メグちゃん、ショックを受けてるの?
「そ、そんな。そんなイメージ、崩れることばかり、信じられないよ」
声まで震えてる。
「聖君って、そんな人だと思ってなかったし、桃ちゃんとだって、まだ、そんな関係じゃないと思ってたのに」
「だから、メグちゃん、あまり綺麗なイメージ持ってると、崩れたときショックを受けるって言ったじゃん」
聖君はちらっとバックミラーで、メグちゃんを見た。
「そんな、桃ちゃんのこと傷つけておいて、何、その言いぐさ」
ええ?ちょ、ちょっと待って。メグちゃん、どうしちゃったの?
「傷つけたわけじゃないってば。メグちゃん、落ち着こうよ」
花ちゃんが言った。
「だってね、聖君とはもう結婚もしてるんだよ?赤ちゃんができたからって、桃ちゃんを捨てて逃げたわけじゃないし、逆に聖君は、桃ちゃんをすごく大事にしてるんだし。そんなショックを受けてないでさ、祝福してあげようよ」
「で、できないよ、私」
メグちゃんがそう言った。今にも泣きそうになっている。
「だって、聖君と桃ちゃん、そんなこと、そんなこと…」
聖君はまゆをひそめて、バックミラーを見た。それからすぐに、前を向きなおし、
「もう店着くから。降りる準備しておいてね」
とみんなに言った。
私たちはお店の前で、車から降りた。まだ、メグちゃんは、顔を青くしている。それに私とも目をあわせようともしない。
聖君は車を停めに行った。私たちは、先にお店に入っていった。
「いらっしゃい」
聖君のお母さんが元気に出迎えてくれた。
「こんにちは~~。11時前ですけど、いいですか?」
花ちゃんが聞いた。
「どうぞ、どうぞ。あ、そこのテーブル席に座ってね」
聖君のお母さんにそう言われて、窓際の席に私たちは着いた。
「メグちゃん、いい加減、気持ち切り替えない?」
咲ちゃんがそうメグちゃんに言った。
「え?」
メグちゃんは暗い表情のまま、顔を上げた。
「どうしたの?顔色悪いけど、車酔い?」
「いえ、大丈夫です、すみません」
メグちゃんは、聖君のお母さんの言葉に、無表情で首を横にふった。
「そう?本当に大丈夫?」
「はい。気分ではなく、精神的に落ち込んでるだけだから」
メグちゃんは暗い声でそう言った。
「え?何かあったの?ショックなこと?」
聖君のお母さんが心配した。
「…」
メグちゃんは、黙り込んでうつむいた。
「母さん、飲み物何か、もう出してあげた?」
聖君は、玄関から入ってきたようで、お店に来ると、そう聞いてきた。
「あ、まだだけど、メグちゃんだっけ?気分が悪いみたいなのよ」
聖君のお母さんは、聖君にそう返事をした。
「ああ、大丈夫?そんなにショッキングだった?」
聖君はメグちゃんのほうに歩いていき、そう聞いた。メグちゃんは、びくってして、固まって、聖君を警戒している。
「…」
聖君も、固まってしまい、その場を動けなくなってしまった。
メグちゃん、もしかして、突然聖君が、怖くなったとか?男性恐怖症みたいなところがあるのかな。それとも、潔癖症とか、そういうのかな。
聖君まで青ざめていて、咲ちゃんも花ちゃんも困ったって顔をしている。ああ、私、どうしたらいいんだろうか。
花ちゃんみたいに、結婚や妊娠したことを、すぐに祝福してくれるだけじゃないんだ。こんなふうに、私や聖君のことを、まるで不潔な人たちみたいな目で、見られちゃうこともあるんだ。
私は、自分がショックを受けてることに気がつかなかった。次の瞬間の、
「いい加減にしてよ!メグちゃん。ショックを今、受けてるのは、桃ちゃんのほうだよ!」
という、花ちゃんの言葉を聞くまでは。