第71話 甲斐甲斐しい
「では、私たちは失礼します」
そう母と祖父が言うと、席を立った。私と聖君も、それにならって立ち上がった。
「椎野さん、2学期の始業式で、榎本聖さんに来ていただくことになりますが、それに関してはまた、お電話でお話させてください。よろしいですか?」
校長が母に聞いた。
「ええ。聖君もうちに住んでいますから、うちに電話してください」
「え?椎野さんのおたくに?」
「はい、赤ちゃんが生まれてからもしばらくは」
「そうですか。じゃあ、高校にもご実家から通うことになるんですね」
「はい」
校長の言うことに、母はうなづいた。
「小百合、これから校長とPTA会長と、いろいろと話し合うことがあるから、あなたは先に家に帰っていますか?一人で大丈夫ですか?」
理事長が小百合さんに聞いた。
「大丈夫です。電車で一本だし」
小百合さんが答えると、それを聞いた聖君が、
「あ、もしこの辺なら、車で送りますけど」
と提案した。
「3つ先の駅なんですけど、お願いできるかしら?」
「あ、そんなに近いんですね。全然大丈夫です」
聖君はにっこりと微笑んだ。
「じゃ、小百合、送ってもらいなさい。道はあなた、教えられるわよね?」
「はい」
「聖君、よろしくお願いしますね」
「はい」
理事長に元気に返事をした聖君は、
「では、失礼します」
と丁寧にお辞儀をして、私の背中に腕を回し、一緒に校長室を出た。
母と祖父も、お辞儀をして校長室をあとにした。
小百合さんは最後に出てきて、ドアを閉めた。
「あの、本当にいいんですか?送ってもらっちゃって」
「ああ、全然。この時間なら、バイトにも間に合うし」
「バイト?」
「あ、バイトといっても、自分の家のカフェの手伝いなんだけどね」
聖君は小百合さんに、にこにこしながら答えていた。
そして、そのにこやかな笑顔のまま、
「小百合さん、よかったね。理事長に許してもらえて」
と優しく言った。
「本当に、よかったわね」
母も小百合さんを優しく見ながら、そう言った。
小百合さんは顔を赤らめながら、
「ありがとうございます。これも、みなさんのおかげです」
と言って、ぺこりとお辞儀をした。
「そんなことないよ。小百合さんがちゃんと、生みたいって言ったからだよ。その気持ちが通じたんだよ」
聖君がそう言うと、小百合さんは聖君を見て、目を潤ませた。
「あの、なんだかおばあさまが、大変なことをお願いしてしまって、申し訳ないなって思ったんですけど」
「え?何が?」
聖君がきょとんとした顔で、聞き返した。
「みんなの前で、お話してくださいって」
「ああ、あれね」
聖君は、まったく大変なことだと思っていないようだ。
「でも、聖君なら、絶対にすばらしいお話をしてくれるんだろうなって、今もそう思いました。あ、勝手に君付けにしちゃってごめんなさい」
小百合さんはまた、顔を赤らめて謝った。
「ああ、いいよ。君付けで。えっと、それより、何?その絶対にすばらしいお話っていうのは?なんでそう思っちゃったの?」
私たちは、廊下を歩きながら話していた。聖君と小百合さんの会話は、母も祖父も聞いている。
「え、それは、その…。今、私がちゃんと生みたいって言った気持ちが、通じたからだって、そう言ってくれて…。私、なんだか嬉しかったんです。きちんとおばあさまにそう言えたこと、自分でもよかったって思えたから」
「ああ…」
聖君は一回うなづいたが、
「え?それがなんで、絶対にすばらしい話をするってことになるの?」
とまた首をかしげて聞いた。
くす…。祖父が笑った。聖君はそれに気がつき、祖父を見た。
「聖君の内面が、ちゃんと小百合さんに伝わったんだろう。それに、さっき理事長に話していたのも、すばらしかったしな」
祖父がそう言うと、小百合さんは、さらに頬を高揚させ、
「そうなんです。さっきのお話も感動しました。なんて言ったらいいのか、とにかく、聖君は人の心を動かしたり、自信を持たせたり、そういう力があるって感じたんです」
と力をこめ、そう言った。
「へえ。小百合さんも短い時間の中で、しっかりとそういうことがわかったのねえ」
母が感心していた。聖君は頭をぼりって掻いて、照れている。
「桃子さんと聖君のお二人の会話も、聞いていて、すごく信頼しあってることとか、お互いが大事に思いあっているのとか、そういうのすごく伝わってきました」
え?なんだか、改まって言われると、恥ずかしいな。
「あの頭の固い、頑固なおばあさまを、変えてしまうんですもの。びっくりです」
「いや、だから、あれは」
「聖君、君と桃子の力なんだよ。愛の力だな」
祖父がいきなりそんなことを言い出した。
私も聖君も、思い切り赤面してしまった。それから、二人でしばらく恥ずかしくて、黙り込みながら校舎を出て、駐車場に向かって歩いていた。
祖父は、私たちの後ろから歩きながら、さらに話を続けた。
「それに、凪ちゃんに対しての、愛情だろう。それもまた、理事長の心を動かした」
「そうですよね。すばらしいって、私も感動しました」
祖父の隣で、小百合さんは祖父に目を輝かせながらそう言った。
車にみんなで乗り込み、聖君はエンジンをかけた。
「小百合さんの家、駅から近い?」
「はい。駅から車で5分くらいのところです」
「じゃ、とりあえず、駅に向かうね。○○駅でいいんだよね?」
聖君は後部座席にいる、小百合さんをバックミラー越しに見ながら、微笑んだ。
小百合さんがいるから、後部座席に私、母、小百合さんが並んだ。ちょっと狭いが、祖父が後ろに来るよりはいいだろう。祖父は助手席に座り、シートベルトを締めていた。
聖君は、いつものごとく、上手に車を走らせた。
「聖君はまだ、初心者マークをつけているよね?」
祖父が聞いた。
「あ、すみません。初心者で。でも、安全運転でいきますから」
聖君はそう祖父に答えた。
「いやいや、そうじゃなくて、あまりにも運転が上手で感心していたんだよ」
「え?ああ、ありがとうございます」
聖君の笑顔が、バックミラーに映って見えた。
「聖君は本当に、なんでもこなしちゃうね。駄目なものはないのかい?」
「えっと、だから、絵が、ちょっと…」
「あはは。そういえば、独創的な絵を描くって言ってたっけね。今度、ぜひうちに来て、絵を描いていきなさい。きっと絵の才能もあるはずだよ」
「俺にですか?」
「才能がなかったら、独創的な絵なんて描けないさ」
祖父はそう言うと、笑った。
「小百合さんの彼は、もう働いてるの?」
母が聞いた。
「はい。○○会社の営業マンなんです」
「営業…。大変ね」
「はい。でも、がんばってます」
「どこで知り合ったの?」
「あの…。冬にスキー場で」
「え?!スキー場で?」
「はい。私、派手な転び方をしてしまって、それを助けてくれたんです」
「わあ。ドラマみたい」
思わず、私はそう言ってしまった。
「彼はスキーが上手で、田舎が北海道なんです」
「じゃ、一人暮らし?」
「はい」
「へえ…。じゃ、結婚したら、彼の部屋で二人で暮らすことになるのかしらね?」
「あ、それはまだ、わからないです」
小百合さんの頬は、ぽっと赤くなった。
「スキー場でか~。もしかして、小百合さん、助けてもらって一目惚れしちゃったとか?」
「わ!なんでわかったんですか?」
聖君の質問に、小百合さんはもっと顔を赤くして、動揺した。
「え?そうなんだ。ごめん、あてずっぽうに言ってみただけで…」
聖君はバックミラーで小百合さんを見ながら、そう言った。
「桃子みたいに、一目惚れしちゃったのかなって思ったんじゃないの?聖君」
母にそうつっこまれ、聖君は、はははって照れ笑いをして、顔を赤くしている。
「桃子さん、聖君に一目惚れしたんですか?」
小百合さんが私に聞いてきた、
「う、うん」
「どこで?」
「江ノ島の海の家で」
「え?」
「聖君、バイトしてたんだ」
「じゃ、聖君のほうも、桃子さんに一目惚れ?」
「え?いや、俺は…」
聖君はちょっと困っている。
「そういえば、なれそめを聞いていなかったっけね」
祖父が聖君ににやにやしながら、聞いた。
「桃子の完全なる片思いだったのよね?聖君があれこれ悩んでて、桃子がその相談にのってあげてるうちに、いつの間にかくっついちゃってたのよ。そりゃもう、びっくりしたわよ」
「はは。なんか、くわしいっすね、お母さん。もしかして、桃子ちゃん、全部ばらしてた?」
「え?う、ううん」
私は思い切り、慌ててしまった。すると母が、
「桃子、付き合ってること言ってなかったもの。いきなり、聖君がうちに桃子のこと送ってきたんじゃない?それで、付き合ってるって知ったのよね。いやもう、あの時は本当に、びっくりしたのよ。だって、こんなイケメン連れてくるなんて思っても見なかったし」
なんて、言い出した。
「あははは。そうか。それもそうだなあ。聖君は本当に色男だからな~」
祖父は思い切り、大きな声で笑った。聖君はどうリアクションを取ったらいいのかって感じで、困っている。
「そうですよね。すごく素敵で私も驚きました」
小百合さんが言った。
「え?でも、小百合さんも彼、かっこいいんでしょ?一目惚れしたってことは」
母が聞いた。
「かっこいいというか、すごく優しいんです。それに誠実で。その優しさに、私、惚れてしまったみたいで」
「へえ~~」
母がすごい興味を示している。
「思い切りすっころんで、スキー板もストックも、外れてどんどん流されていっちゃって。それを拾いに行ってくれたり、そこの斜面が急だったんですけど、一緒に滑ってくれたり、それはそれは優しくて。そのうえ、下まで無事滑り終えたら、怪我をしてないかだけチェックしてくれて、さっさと、リフトに乗りに行っちゃったんです。それって、すごくないですか?」
「え?」
母がきょとんとした顔をした。
「よく、女の子が転んでいると、チャンスだと思って声をかけにくる人、いるんですよね。でも、本当に心配して助けに来てくれたようで、大丈夫だってわかったら、さっさと行ってしまって、あ、なんの下心もない、誠実な人なんだなって、そう思って」
「あ、ああ、そういうこと」
母が納得した。
「さっさと行っちゃったのに、どうしてそのあと、知り合いになれたの?」
聖君が聞いた。
「偶然、3時ごろ休憩してたら、彼とお友達も、そのカフェにやってきたんです。私ウエアーや、ゴーグルで、すぐに彼だってわかって、お礼を言いにいったんです」
「へえ。そこで話をしたわけか」
「いえ。私はお礼だけ。一緒にいた友達と、彼の友達が話し込んじゃって、一緒にお茶でもしようってことになって」
「ああ、なんだか似たようなパターンだね」
聖君が笑いながらそう言った。
「似た?」
小百合さんが聞いた。
「あ、俺も、友達とバイトしてたし、桃子ちゃんも友達と海の家に来ていたからさ」
「じゃ、初めは、友達同士が、仲良くなっちゃったって感じですか?」
「うん、そうそう」
「一緒ですね」
小百合さんはにこにこしながら、話している。そうか。なるほど。似てるかもな~。
「東京帰ってきてからも、4人で会うことになって、それから、私、がんばってバレンタインにチョコをあげたりして、それで、彼のほうからデートに誘ってくれて」
「へえ。二人で会うようになったの?」
母が聞いた。
「はい。私、ものすごく嬉しくって。そのあとも、がんばっちゃって」
「え?」
私と母とで、聞き返した。
「お弁当作ったりとか、お部屋の掃除をしにいったりとか、いろいろと」
「まあ、なんだか、通い妻みたいね」
母がそう言うと、
「え?!そ、そうですか?」
と小百合さんはびっくりしていた。
「彼、喜んだ?」
母の言葉に小百合さんは、赤くなってうなづいた。
「でも、友達に重い女だって思われるかもよって、そう言われちゃったんです。そんなことを思われるなんてことすら、私、考えていなかったから、いきなり怖くなって」
「うん、それで?」
母はますます興味津々になっている。でも、母だけじゃない。聖君も祖父も、どうやら、思い切り耳がダンボになっているようだ。
「でも、正直に彼に聞いたんです。いろいろと私、重い女だって思われるようなことしたかなって。そうしたら、彼、まったくそんなこと思っていないし、本当に嬉しかったって言ってくれて。彼女にそういうことをしてもらったのが、初めてだったらしくって、その頃から、私みたいな奥さんいいなって、思ってくれたようで」
「ひゅ~~~」
聖君が思わず、口笛を吹いてひやかした。
「聖君、からかわないの!」
母がそんな聖君に注意した。
「あ、すみません」
聖君がぺろっと舌を出して、謝ったのが、バックミラーに映った。ああ、その顔も可愛い。ってこんなことを思ってる場合じゃなくて、ほんと、そんなひやかしちゃ駄目だよ、聖君ってば。
「あの…。私、実はちゃんとお付き合いするのって初めてで、わからないんですけど、お弁当を作ったり、部屋にまで行って、掃除をしたりするのは、重いんでしょうか?」
「へ?」
聖君が聞き返した。
「聖君だったら、どう思いますか?そういうこと今までにされて、重いなって感じましたか?それとも嬉しかったですか?」
「う、う~~ん。俺も付き合った経験があまりないから、参考にならないと思うんだけど」
「え?!そうなんですか?なんだか、そう見えないですよね」
「え?そう?」
聖君の顔、苦笑いだ。
「じゃ、もしそういうことをされたら、って想像するとどうですか?」
「自分の彼女が、甲斐甲斐しくいろいろとしてくれるんでしょ?」
「はい」
「嬉しいんじゃないかな。多分。好きな子ならね」
「え?」
「好きじゃない、彼女でもない子だったら、ちょっと困っちゃうだろうけど、あ、でも、彼女じゃなかったら、家にも普通呼ばないよね」
「…」
母と、小百合さんは黙り込んだ。それから、ちらりと私を見た。その目が何かを聞こうとしている。あ、なんとなくわかっちゃった。桃子は、甲斐甲斐しく、いろいろとしてあげてないわけ?ってことを聞きたいんだよね?
「なんだ、桃子は、聖君に甲斐甲斐しくいろいろと、してあげてないのかい?」
祖父が、聞きにくいことをずばっと聞いてきたよ。母と小百合さんは、うんうんと隣でうなづきながら、私のほうをじっと見ている。あ、やっぱりそれ、聞きたかったんだ。
「桃子ちゃん、お弁当作ってくれたね。動物園行ったとき」
「え?う、うん」
一回だけね。
「それに、ケーキとか、チョコとか、クッキーとか、いろんなもん作ってくれたよね。どれも旨いんだよね~」
「う、うん。ありがとう」
「あはは。ありがとうはこっちの台詞でしょ?」
聖君に笑われた…。
「なんだ、桃子も甲斐甲斐しくいろいろと、しているじゃないか」
祖父が笑って、そう言った。
「そう?でも、甲斐甲斐しくいろいろと尽くしてくれてるのは、どう見ても聖君よね?」
母がそう言った。う~~!グサ!当たってるだけにきつい。
「だって、桃子ちゃん、妊婦さんだし」
聖君がフォローをしてくれている。でも、聖君のほうが、尽くしているって、思ってるってことだよね?それ。
「聖君が尽くしてる?」
小百合さんが驚いた。
「え?なんで、驚かれたの?俺」
「だ、だって、そういうふうには見えない」
「え?俺ってどういうふうに思われちゃってるの?」
「すごくモテて…」
「そうなのよ!めちゃくちゃ聖君はモテるんですってよ!」
母が横からそう口をはさんだ。
「そ、それで」
めげずに小百合さんは、話を続けた。
「女の子に尽くしたりなんて、絶対にしなさそうなイメージ」
「え?そう?」
聖君はちらっとバックミラーで、小百合さんを見た。
「桃子さんのほうが、健気に一途に、ひたすら尽くしていそうな、そんなイメージがあったから、驚いちゃって」
「それが、健気で一途なのは、どうやらね、聖君のほうみたいなのよ。桃子の妹や、聖君の妹さんの話を聞いてるとね。あ、でも最近、見ててもわかるわ。ほんと、いい旦那さんなのよ。優しいし、桃子のこと大事にしているし、家事もなんでもできちゃうし。ねえ?」
「家事も?」
小百合さんが目を丸くしている。
「お料理なんて、めちゃ上手!朝ごはん、桃子に作ってあげたりしちゃうのよね?」
「ええ?!」
母の言葉に、さらに小百合さんは、目を丸くした。あ、あれ?そんなに驚くこと?
「イメージと違いすぎる。桃子さんが絶対に早起きして、朝ごはんもお弁当も作っているものだとばかり思った」
「桃子ちゃん、低血圧で、朝、弱いからな~~。俺のほうがたいてい先に起きて、動き出すよね」
「う、うん」
なんだか、私、とんでもない嫁?穴があったら入りたくなってきた。
「あははははは。面白い夫婦だな。まったく聖君は心が広い」
「ほんとよね」
母も、祖父の言葉に思い切りうなづいた。
「そうですか?そうかな~~」
聖君は首をかしげた。
「俺んち、母さんもカフェで忙しくしてるから、朝ごはんは早くに起きた人が作るって感じなんです。夕飯だって、俺か父さんが休みの日には作ってるし。お弁当も、杏樹の分まで、作ってたことあったし。そういうのが普通だったから、あまり、俺、気になっていないって言うか、けっこう料理好きだし、苦にもならないって言うか」
聖君の言葉に、母も小百合さんも感心していた。私は、変に納得していた。そうか。それで、聖君はなんでも、てきぱきとできちゃうし、そういうことをするのに抵抗もないし、慣れているんだ。
そんな話で盛り上がっていると、小百合さんの最寄の駅に着いた。
「ここから、まっすぐに行って、あの交差点を左折してください」
小百合さんの道案内を、聖君は注意深く、耳を傾けながら運転した。
そして、5分すると、ものすごく大きな家にたどり着いた。門構えも立派だし、何より、塀がどこまで続くんだってくらい、長く続いている。その向こうには、なにやら蔵のようなものも見える。
「小百合さんちって、すごい」
私も母も目を丸くして、見ていた。
「どこで、おろしたらいい?門の前?」
聖君が聞いた。
「はい、門の前でお願いします」
聖君は車を停めた。
「ありがとうございました。それから、桃子さんとは、同じ高校に通うことになりますので、よろしくお願いします」
「あ、こちらこそ」
「私、桃子さんがいて、心強いです。これから、大変なことがあるかもしれませんが、お互い、励ましあってがんばりましょうね」
「はい」
「それでは、送っていただき、本当にありがとうございました」
小百合さんはぺこりとお辞儀をすると、車のドアを閉め、車が発進してもまだ、見送ってくれていた。
「もろ、お嬢様って感じねえ。挨拶といい、お辞儀の仕方といい、桃子と全然違うわ」
母がぼそってそう言った。どうせね。でも、そんな私は母が育てたんだよ、と言いたい。
「まじめで、清楚だね。彼も話を聞いていると、誠実そうな人だし、いい家庭を作っていくだろうね」
祖父がそう言った。
「そうですね。そんな感じしますよね」
聖君もうなづいた。
「桃子と聖君の夫婦とは、また違った夫婦ね」
母がいきなりそんなことを言った。
「桃子と聖君は、それはそれでいいのさ。なかなか素敵な夫婦だと思うよ」
祖父はそう言うと、にっこりと笑って私のほうを見た。
「ありがとう、おじいちゃん」
思わず、お礼を言った。
「あら、私だってそう思ってるわよ、お父さん。この夫婦はなかなか面白いし、ほんと、一緒に暮らしてても、楽しいったらないわ」
母が言った。えっと、それ、素直にほめ言葉として受け取っていいのだろうか。
「そうっすか?それはよかった」
聖君は笑いながら、そう答えた。え?いいことなんだ。やっぱり、ほめ言葉だったんだ。
「楽しんでいただけたのなら、本望です!でも、お母さんやひまわりちゃんも、最高ですけどねっ」
聖君は母にそう言い返した。
「でしょう?うち、面白いでしょう?病み付きになった?もう帰りたくない?」
「あはははは!俺、お母さんのそういう考え方がめちゃ、好きですよ」
聖君は、豪快に笑った。なんだ。ほんと、母とどっこいどっこいというか、いや、この母とこれだけ、言い合えるのは、聖君くらいだろうなって、ほんと、感心しちゃう。
「それにしても、楽しみだな。聖君の話。僕も聴きに行くから、そうだ。おばあさんも連れて行こう。きっと感動するに違いないよ」
祖父がそう聖君に言った。
「あ、そうだった。俺、頼まれちゃったんですよね。やべえ!いきなり緊張!女子高生相手に、話するの?げげっ」
聖君が、そう叫んだ。
いや、女子高生相手に緊張って、ちょっと視点がずれているような気もしないでもないが…。
私は別の意味で不安だ。まず、聖君に惚れちゃう子、続出しないかな。それから、私の旦那だって知って、思い切り騒がれることにならないかな。それから、それから…。ああ、とにかく、いったいこれから先、どうなっちゃうの?
頭が混乱してきた。
でも、でも、理事長は私が結婚したことも、赤ちゃんを産むことも認めたうえで、卒業させてくれるようだし、それはそれで、喜ぶべきことだよな~~と、そんなことを思っていた。