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第69話 理事長とご対面

 下におりると、父が新聞をバサバサとたたんだり、また広げたり、テレビをつけたり、なんとなく落ち着かない様子だった。

「桃子、大丈夫か?」

 父が聞いてきた。

「何が?」

「緊張はしていないか?」

「え?うん」


 緊張してるのは、父のほうだ。

「桃子、心配はいらないからな。どんな結果が出ようが、お父さんは桃子と、聖君の味方だ。桃子はお腹の子を、無事産むことだけを考えてたら、それでいいから」

「うん」

 父にそう言われ、思わずじ~~んとしてしまった。


「お父さん、そんなことより、今日は早くに行かないとならなかったんじゃないですか?」

 母がそう言うと、父は腕時計を見て、

「い、いかん!」

と慌てて、背広を着て、かばんを持ち、玄関に走っていった。


 聖君が洗面所から出てきて、私と一緒に玄関に父を送りにいった。

「聖君、桃子を頼んだよ」

「はい。任せておいてください」

 聖君は父の言葉に、最高の笑顔でそう返事をした。

「じゃ、行ってくる」

「いってらっしゃい」


 父を送り出し、私と聖君は朝ごはんを食べに戻った。母は、父とは打って変わって、まったく動じてない様子。というか、すごく張り切っているようだ。

「今日は、引き下がらないわよ~~。おじいちゃんも、がんばるって言ってくれてるし、聖君もいるしねっ。桃子、大丈夫だから、大舟に乗ったつもりでいてちょうだい」

 母は鼻息もかなり荒い。だ、大丈夫だろうか。逆に心配になってきた。


 だけど、聖君があのかわいい笑顔で、

「頼もしいっすね!」

と言っているので、私の肩に入っていた力も一気に抜けた。ああ、大丈夫だ。だって、聖君がいてくれるもん。


 8時半になり、車に乗り込み、まずは祖父の家に行った。そこで祖父を車に乗せ、私たちは高校へと向かった。

 祖父もまた、まったく緊張をしている様子はなく、聖君とわいわい楽しくおしゃべりをしている。そういえば、前向きで、楽天的なところが、似ているかもしれない。


 私はおばあちゃんっ子だ。祖母はすごく優しい。祖父は、優しいというよりも、昔から一風変わったところがあり、常識人の祖母とは、たまに意見の食い違いもあったようだ。

 母はというと、祖父のちょっと変わっているところや、楽天的なところを受け継いだらしい。母の双子のお姉さん、幹男君のお母さんのほうが、祖母に似て、常識人だ。悪く言えば、頭が固い。


 今朝も、祖父が車に乗り込むとき、祖母はあれこれ、祖父に言っていた。校長先生の前で、無礼なことは言わないでとか、ちゃんとまずは挨拶をしてとか、お菓子も持たせようとしていたが、それは逆に受け取ってくれないだろうと、祖父は持っていくのを断った。


「お母さんは心配性なのよね」

 車の中で、母が言った。

「いざとなったら、どうにかなるもんよ。ね?そう思わない?お父さん」

「そうだな。まあ、どうにかならなくても、桃子、大丈夫だ。高校なんていうのは、途中でやめても、大学に行く事だってできるし、なんてことはないさ。はっはっは」


 祖父のその言葉に、聖君は一瞬目を丸くしたが、すぐに、

「あはは!いいな、その考え方!」

と笑っていた。

「聖君も、こっち側の人間だな」

 祖父が言うと、聖君は、

「こっち側って?」

と聞いた。


「くそまじめな常識人ではなくて、もっと人生を楽しんでいる、自由人の仲間だ」

「え?おじいさんはそうなんですか?」

「もちろんだ。だから、高校の教師もさっさと辞めてしまった」

「へえ。でも、常識人の人と結婚したんですよね?」


「ははは。常識人のふりをして、結婚したんだ。いざ、ふたを開けてみたら、まったくの変人で、あれもさぞかし、困っただろうな」

「…、えっと。でも、おじいさん、そんなおばあさんのことが好きになって、結婚したんですよね?」

 聖君はためらいながら、そう聞いた。

「ふん。見合いだよ、見合い」


「え?そうだったの?おじいちゃん」

「なんだ、桃子は知らなかったか。おじいさんは、今の聖君くらいイケメンで、モテてしょうがなかったんだ。それにこの性格だ。落ち着かないし、いつまでたっても家庭に収まりそうもないっていうんで、母が勝手に見合いの話を持ってきて、勝手に進めてしまったんだよ」

「そうそう。おばあちゃんって、かなり強引だったものね~」

 母が遠い目をしながら、そう言った。


「いつかは結婚もしないとならないな、と考えていたし、見合いはしたよ。一応ね。そうしたら、向こうがひと目でおじいさんを気に入ったらしくて、すぐにOKの返事が来たんだよ」

「それで?」

「まあ、断る理由もなかったし、こちらも引き受けたんだ」

「それですぐに結婚ですか?」

 聖君はちょっと驚いて、そう聞いた。


「おばあさんは、可愛かったんだよ。今の桃子にそっくりだな。目がくりっとしてて、ちっちゃくて、一緒にいると、癒されて。こんな子と結婚もいいかなって思ってね」

「そうなんですか!おばあさん、若いころ桃子ちゃんに似てたんですか!」

 聖君は目を輝かせながら、バックミラーでおじいさんを見た。


「性格も、ちょっと似ているかな。ただ、おばあさんのほうが、もっと常識人で、頭が固かったがな」

 おじいさんはそう言うと、

「これは、おばあさんに内緒だぞ」

と、笑いながら言った。


「あの時代は、お父さんみたいなのがめずらしかったんじゃない?もっとみんな、頭の固い人ばかりだったでしょう?」

 お母さんがそう言うと、

「そうだな~。校長や理事長も、そんな頭の固いやつじゃないといいんだけどな~~」

と、苦笑いをした。

「そうね。校長はちょっと固いわね」

 母も苦笑いをしながらそう言った。


 そんな話をしている間に、学校に着いた。わ、いきなり緊張してきた。

「さ、いざ出陣ね」

 母が言った。それを聞いた祖父は、笑っていた。聖君も、眉をひそめて笑っている。


「校長室に行けばいいのかな?」

 祖父がそう言いながら、先頭を切って歩き出した。

「もうみなさん、来てるのかしらね」

「理事長とPTA会長が来るんでしたっけ?」

 聖君が聞いた。

「そうよ、あと、理事長のお孫さんも」


「やっぱり来てるの?」

「多分ね。校長はまだ、理事長のお孫さんに会っていないし、この機会にお会いしたいって言って、呼んだみたいよ」

「そ、そうなんだ」

 私と同じような境遇の子。あ、でも、結婚は理事長から反対されてるんだっけ?

「理事長も頭、堅そうね」

 母がそうポツリと、言った。


 校長室の前に来た。4人で、呼吸を整え、母がドアをノックした。

「椎野です、校長」

 そう言うと、ドアがガチャっと開いた。ドアを開けた人は、40代後半くらいの女性。ショートヘアーで、元気そうな女の人だ。


「椎野桃子ちゃんのお母さんですか?今日はご本人は?」

「あ、はい」

 私は慌てて、母の横に顔を出した。

「あなたが、椎野桃子ちゃん」

 その人がにこりと微笑んだ。


「あ、今は榎本桃子です。それで、えっと」

 私は聖君のほうを見た。

「あら!こちらの人が、旦那さんなのね?」

 その人が、目を丸くして喜んでいる。

「それと、こちらの人は、桃子ちゃんのおじいさんかな?」


「昔、この学校で美術の先生をしていたことがあるのよ。そんなところで話してないで、中に入って」

 そう部屋の奥から声がした。校長だ。

 私たち4人は、中に入った。校長室は、とても立派で、すばらしい応接セットが置いてある。そのソファーに、すごく上品なおばあさんと、顔を伏せたまま、かちこちになっている、髪のさらさらロングの女の子が座っている。


 どこかで見たな~。

 この子が、理事長のお孫さんだよね?どこでだっけ?

 その子が、ちらっと私を見た。あ!思い出した!産婦人科だ。前の席に座っていた若い子。そうか。理事長のお孫さんだったのか。


「どうぞ、椎野さんもここに座って」

 校長に言われて、私と母が座った。聖君とおじいさんは、私の後ろで立っていた。

「橘先生も、座ってください」

 校長が言った。先生?ああ、おじいちゃんのこと?


「それじゃ、座らせてもらおうかな」

 祖父は座ると、理事長に向かって、

「久しぶりですね、理事長」

とそう言った。

「知り合い?」

 母が思わず聞いていた。


「私が先生をしていたころ、理事長は、時々遊びに来てたね」

「そうでしたね。祖父にくっついて、絵を習いに来ていましたよ」

 どわ!もしかして、祖父に習っていたの?

「じゃ、理事長のおじいさんが、当時の理事長?」

「そうですよ。私は祖父のあとを引き継ぎました。男の子が誰も、生まれなかったから」

 そっか~~。


「そうでしたか。今の理事長は、あなたがしていたんですねえ」

 祖父は感慨深そうにそう言った。

「そして、そちらがお孫さんですか?」

 祖父が聞いた。

「ええ。ほら、小百合、挨拶しなさい」

「あ、あの…。西園寺小百合といいます」

 理事長のお孫さんは、下を向いたまま小声で言って、ぺこりとお辞儀をした。


 西園寺小百合。なんだか、すっごい名前だ。それも、下を向いていたとしてもわかる。線は細く色白。もろ、お嬢様って感じだ。

 この子が、妊娠してるの?し、信じられない。いや、でも、産婦人科で会ったときには、もっと普通の感じで、ただ、暗そうにしていたけど。ああ、今日の制服かな。やけにおしとやかに見える、制服なんだ。前の学校のだ。っていっても、もう確か退学になったんじゃ?


「椎野桃子さん」

 いきなり、理事長が私を呼んだ。

「はい。あ、いえ」

 思わず、私は否定してしまった。

「い、今は榎本桃子です」


 そう言うと、理事長ははあっとため息をつき、

「夏休みの間に、勝手に籍を入れてしまったようですね」

と、ちょっときつい口調で言った。

「え?」

「それって、学校の許可もなくって意味ですか?」

 聖君が聞いた。理事長は聖君をちらりと見た。


「…。そりゃ、椎野さんは、まだ、この高校の在校生ですからねえ」

 理事長は無表情だ。聖君も無表情だ。それを横で見ていた祖父は、口元に笑みを浮かべた。

「それにしても」

 理事長はまた、私を見た。

「こんな可愛らしい子が、妊娠だなんて。それも、結婚までして、子供を生むだなんて、どうなってるんでしょうねえ」


 ムカ。今、ムカってきちゃったんですけど。

「たとえばね。いかにも遊んでいるような子なら、わかるんですよ。夏になって、大胆になって、そういうこともありえるかもしれない。なのにねえ、こんな純粋そうで、かわいらしい子が。なんだか、かわいそうだわ」

 かわいそうって?!


「彼の方は大学生でしたっけ?椎野さんは、高校でもおとなしいしまじめな子ですよ。そんな子を、手にかけるとは、自分で情けなくないですか?」

「は?」

 聖君もだけど、私の隣で、母が一番驚いていた。


「まあ、結婚という責任を取ったようですけど、椎野さんに傷がついたことには変わらないし、将来への希望も、なくなってしまったわけですからね。そういったことも含めての、適切な処置だったかどうかは、判断しかねますね」

「…」

 プチプチプチ。聖君のこと悪く言わないでよ。

 ああ、やばい。私の堪忍袋の緒が今…。今、切れる寸前…。


「もうやめて!おばあさま」

 え?私よりも先に声を張り上げたのは、西園寺小百合さんだった。

「何かしら?小百合さん。今はあなたの話はしていないですよ」

「遠まわしに、私に言ってるのはわかっています」

 声を震わせ、小百合さんは言ってから、いきなり顔を上げ、理事長をにらみつけた。


「私、産みます。彼も産んでいいって言ってるし、結婚だってします。知ってるでしょ?お母様もお父様も、許してくれてます。私は子供を生んだからといって、大学に行くのをやめたわけじゃない。そういうことも、お父様は許してくれてる」

「だから、甘いというの。非常識な婿ですよ、ほんとに。世間って言うものを知らなさ過ぎます」


「世間なんてものよりも、娘のことを大事にしてくれてるの。お父様の悪口は言わないで」

 小百合さんはそう言うと、泣き出してしまった。

 私も母も、聖君ですらあっけにとられてしまい、言葉を失っていた。ただ祖父だけが、すうって息を吸いこみ、

「理事長。あなたは昔のほうがもっと、柔軟でしたね」

と、やんわりと話し出した。


「その世間というのは、あなたが怖いのではありませんか?理事長という立場で、ものを考えて、まったくお孫さんの幸せを考えようとはしない。でも、もう一回よく考えてごらんなさい。一番、何が大事かを」

「何を言ってるの?小百合のことを一番に考えてるからこそ、産むべきではない、結婚なんて早すぎると言ってるんです。あなたこそ、お孫さんの本当の幸せを考えたんですか?まだ、高校生の子に赤ちゃんを産ませようとしたり、結婚までさせてしまうなんて!」


「…」

 祖父は少し、顔つきが変わった。

「桃子さんのことを考えたら、なんとしてでも、反対するべきです。桃子さんの将来を棒に振ってしまったんですよ?」

「桃子のこと、なにも知らないですよね?桃子の夢、桃子の大事にしているもの」

 母が、声を震わせ、そう言った。


「え?」

 理事長は、母を見た。

「娘が幸せになることが、私の幸せですよ。今、娘は幸せだし私も、父も、それに夫も、みんなも桃子の味方です。桃子の幸せを守るために、こうやって頼みにきています。桃子の大事な子供の命も、みんなで守っているんです」


「大事な、命?」

 理事長が聞いてきた。

「そうです!さっきから聞いていたら、お腹の子をなんだと思ってるんですか!命ですよ!生きてるんです!それも、小百合さんのお腹の子は、あなたと血もつながってるんですよ?」

 母が大声を出した。

「まあ、まあ」

 祖父が、母の背中に手をあてて、落ち着かせた。


「理事長、私も、簡単に赤ちゃんの命を絶つことを、賛成できません」

 さっきの女の人だ。きっとPTA会長だ。

「綿貫会長。前にもそう言っていましたけど、あなた、自分の娘が妊娠しても、そう言い切れますか?」

「はい。簡単におろすなんてこと、させませんよ」


「誰ともわからない相手でもですか?」

「…。理事長。お孫さんはちゃんとお付き合してる人との子を、妊娠したんですよね?」

 PTA会長が言った。

「あんなの、どこの馬の骨ともわからないような、そんな人ですよ」

「輝樹さんの悪口、言わないで!」

 小百合さんが声をあげた。

「あなたは黙ってなさい」

 理事長が叫んだ。


 ムカッ。ピキッ。ああ、いろんな神経がさっきから、切れそうだ、私。

 やばい。ここでいきなり、怒り出したら、よくないよね。聖君を見た。あ、おでこに数本、血管の筋が見える。どうやら、私と同じで、頭にきてるようだ。

 母を見た。あ。ものすごすぎる、眉間のしわ。こっちも、今にも爆発しそうだ。


「理事長。どうして私が、命を大事にしてほしいか、わかりますか?」

 綿貫会長が、いきなり冷静な声でそう聞いた。

「え?」

 理事長も、今まで仁王か阿修羅のような顔をしていたのに、一瞬表情が変わった。


「私の母親は、18で私を生んでくれました。父は、25歳でした。やはり、祖父も祖母も、反対しましたし、世間もものすごく両親を非難しましたよ。なにしろ、母は父の高校の教え子でしたし」

「な、なんですって?」

 理事長の顔色がまた変わった。


「でも、もしそこで、両親が世間の常識とか、いろんな人の反対をうのみにしていたら、私はこの世に誕生していません」

「…」

「それに、私がいないってことは、私の娘も、息子もです」

「…」


「両親は、どんなに回りに反対されても、私を守ってくれました。ものすごい愛情をかけて」

「…」

「そのうちに、父の親も、母の親も、認めてくれました。私の弟が生まれてからは、みんなで弟を奪い合うくらいにかわいがりましたし」

「…」


「世間なんて、いっときです。そりゃ、父は教え子を妊娠させたということで、当時働いていた高校を辞めさせられました。でも、塾の講師をして、今では、塾を経営もしています」

「…」

「立派な両親だと、私は尊敬しています」


 みんな、し~~んと今の話を聞いていた。小百合さんは涙を流していた。母もその涙を見たからか、それとも私のことと重なったからか、目を潤ませていた。

「理事長」

 校長が話し出した。


「ここは、橘先生の言うように、もう一回小百合さんにとって、なにが一番幸せなのかを考えるべきだと思います」

「…」

 理事長は黙っていた。そしてしばらくすると、私と聖君を交互に見て、

「あなたたちに、話をうかがいたいわ。いいかしら?」

と聞いてきた。


「はい」

 聖君はまっすぐに理事長を見て、うなづいた。私はそんな聖君を見てから、

「はい」

と、理事長に返事をした。 



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