第67話 幸せになるため
聖君の車に、私と菜摘が乗り込み、葉君や、聖君のお母さんに見送られ、私たちは新百合ヶ丘に帰ってきた。
車の中で菜摘に、聖君が聞いた。
「葉一と二人で、ちゃんと話せたの?」
後部座席の菜摘は、ちょっと恥ずかしそうな顔をしてから、
「うん。話したよ」
と、自分の手元を見ながらそう答えた。
「葉一、別れようなんて思ってなかっただろ?」
「うん。未来にまだ不安があって…、だから、菜摘との結婚とか、そういうことを考えられる余裕がなくって…、だけど、菜摘のことは好きで、別れたいなんて思ってないよって言ってた」
「そっか…」
聖君は優しい顔つきで、バックミラーの菜摘を見た。
「お前は?なんて言ったの?」
聖君はちょっとしてから、優しく聞いた。
「私も、葉君とは別れたくない。結婚とかそういう未来のことは、私だって考えられないけど、今は一緒にいたいって思ってるって」
「正直に言えたんだ…」
「うん」
しばらく車内が静かになった。
「兄貴…」
菜摘が後部座席から、話しかけてきた。
「ん?何?」
「さっき、未来をイメージしてたとき、楽しかったんだ。だけど、それがもし叶わなくなったとき、どうしたらいいのかな?」
「え?」
「あ、こういうこと考えてるから駄目なのかな」
「思い描いてたのと、違う現実になったときってこと?」
「そう」
「そうだな。そんときゃ、泣くなり、わめくなり、思い切り落ち込むなりしたらいいんじゃないの?」
「え?思ってることは、だって、叶うんじゃないの?」
「う~~ん」
聖君は、眉をひそめてうなっている。
「そうなんだけどさ、なんていうのかな。自分の思考よりももっと、何かどでかいものも、この世界を創ってるのかなって、思うんだよね」
「どういうこと?」
「あ、やっぱり自分が創ってるのかな~~」
「わからないってば」
「きっとね、幸せになるために、ちゃんと物事は起きてるってことだよ。結局はみんな、一番に望んでることは幸せだろ?」
「うん」
「こうなったらいいな、っていうイメージ以外の出来事が、自分にとってだったり、周りの人にとっての幸せにつながることもあるかもしれないし。そういうのはさ、もっとでっかい視野で見るとわかることで、目先だけを見てても、わかんないんじゃないかな」
「兄貴~~。なんだかね、頭の中が今、考えすぎて、シャットダウンしようとしてる」
「え?」
「理解不能」
「簡単に言うとさ」
「うん」
菜摘は、体を前に乗り出し聞いている。
「つまり、俺らって究極の望みは「幸せになること」だろ?それに向かっていろんなことが、起きてくるんだよ。一見、悪いことのように見えることでも、一見、夢が叶わなかったって思えるようなことでも、実はそれも全部が、幸せになるために起きていたことだったんだって、そういうことだよ」
「すべては必然ってやつ?葉君が言ってた…」
「うん」
「じゃ、もし思い描いていたことが叶わなかったとしても、それもそれで、先にある幸せのために起きたってこと?」
「あ!すごいね、菜摘。そういうことだよ。理解できた?」
「たとえば、私と兄貴が血がつながってたこととか?」
「うん。あのときは、菜摘も俺もかなりの打撃を受けたけどさ」
「うん、めちゃくちゃ、泣いたし、落ち込んだ」
「…」
聖君は黙って、バックミラーを見て、また前を向いた。
私は、二人の会話を静かに聞いていた。
「そうだよな~。俺なんて生まれてから、あんなにショッキングのことが、立て続けに起きたことなんかなかったし」
「立て続け?」
私は聖君に聞いた。
「まず、好きな子にふられて、そのうえ、その好きな子は血がつながってたとか、父親とも、血がつながってなかったとか」
「え?私、兄貴をふってないよ」
後ろから菜摘が口をはさんだ。
「れんどろっぷすに一人で来たとき、菜摘、桃子ちゃんが俺のことを好きだって、そんなようなこと言ったじゃん。ああいうことを言われるってことは、俺には気がないんだな、告る前から俺、ふられたってことだよなって、思ってたよ」
「え~~!」
菜摘は驚いていたが、
「そっか。そういうことか。でもさ、兄貴。もし私に告って、私もそれに答えてたら、そのあと兄妹だって知ったほうが、ショックでかかったんじゃない?」
と、そんなことを言った。
「だよな~~」
聖君はちらっと私を見た。
「それにあのとき、菜摘が桃子ちゃんが俺のこと好きだって、ばらしてくれなかったら、俺、桃子ちゃんを意識して見ていなかったかもしれないし。桃子ちゃんから俺に、告白なんて絶対にしてこなさそうだし」
「うん」
菜摘が後ろで、思い切りうなづいている。
「桃子ちゃんとは、付き合うことになっていたかもどうかも、わかんないよね」
「そっか。私がばらしたおかげで、今、兄貴は桃子とラブラブなのか。じゃ、私に感謝してもらわないとねっ」
「あはは。でもそういうことだよね?」
「え?そういうことって?」
私と菜摘は同時に聞きかえした。
「菜摘に振られて、落ち込んだことが、今となっては、必要で起きてたことだったってことだよ」
「…そっか」
菜摘がぼそってそう言った。
「聖君が、実はお父さんと血がつながってなかったってことも、必然なの?」
私は気になり聞いてみた。
「うん。俺、父さんが大好きで、うちの家族、親戚、みんな好きだった。血のつながりがないなんて、そんなこと思ってもみないことだった」
「うん、そうだよね」
「だけど、俺が知らなかったっていうだけで、その事実はもう、あったんだよね」
「え?」
「血のつながりはない。俺がどう思おうと、その事実は絶対にあったことなんだよ」
「うん」
菜摘が後ろから、うなづいた。
「ただ、俺が知らなかった。でも、知った。だけどさ、今となっては、血のつながりがなかったってことすら、必要だったことかもって思えるんだよね」
「必要なこと?」
私が聞いた。
「うん。父さんは、血のつながりがあろうとなかろうと、俺をめいっぱい愛してくれた。それは父さんだけじゃない。みんなだ。俺は血のつながりがないと知らないで、ぬくぬくと愛されて当然と思って生きてきた。でも、周りのみんなは知っていた。知っていたうえで、それでも息子として、孫として、甥っ子として、すごく大事に思ってくれてたんだ」
「ああ、なんかすごいね、それ」
菜摘が感激しながら言った。
「でしょ?それにさ、俺、もし母さんが海で自殺してたら、俺の命はなかった。もし、父さんが俺や母さんを受け入れてくれなかったら、生まれてなかった。そう思うと、俺の命を守ってくれたり、大事に思ってくれたことが、すごい嬉しいなって、実感できたんだよね」
そうだよね。うん。私も聖君を産んでくれて、本当に感謝しているもん。
「だから、俺は桃子ちゃんの中にある命も、すげえ大事だって思えたし、守っていかないとって、そう思えたんだ」
「うん」
私は涙を浮かべながら、うなづいた。
「そういうことを思えるようになったことも、家族をすごく大事に思えるようになったことも、俺と父さんの血がつながってないとか、そういういろんなことを知って、実感したことだからさ。もし、あのとき、父さんや母さんの俺に対しての思いに、触れられずにいたら、妊娠した桃子ちゃんを受け止められたかどうかもわからないし、それどころか、俺は桃子ちゃんをほっておいて、今頃、どっかに行ってたかもしれないしさ」
「そうなんだ。じゃ…、私のことも大事な妹だって、思ってくれなかったよね」
菜摘が、ちょっと言葉を詰まらせながら言った。私はすでに、涙がこぼれ落ちそうになり、慌てて涙を拭いた。
「かもしれない。だけど、俺はいろんなことを知って、自分で言うのもなんだけど、成長したって言うか、大事なものを知れたって言うか、そういうことを知るために、ことは起きていたんじゃないかって思うんだ」
「じゃ、生まれる前から用意されてたみたいだよね?」
菜摘が言った。
「だろ?そう思えるだろ?」
「うん」
「きっと、幸せになりたくて生まれたんだ。いや、生まれる前から、幸せを望んでいたんだ。そしてどうやったら、幸せになっていくかを、用意して、俺は生まれてきたのかもしれない」
「じゃあ、じゃあさ、兄貴。みんなみんな、幸せになれるってことだよね?」
「うん」
「どんな辛いこと、苦しいことが起きたとしても、それでも幸せになれるってことだよね?」
「菜摘だって、俺と血がつながってたって知って、ものすごく辛い思いをしたのに、今は兄妹でいることも、葉一と付き合ってることも、全部幸せなことなんじゃないの?」
「うん!」
菜摘は間髪いれず、思い切りうなづいた。
「俺もだよ。菜摘が妹なのも嬉しいことだし、桃子ちゃんと結婚したことも、嬉しいことだし。全部が幸せになるための、出来事だったんだなって、やっぱりそう思えるよ」
「そうだね…」
菜摘はそう言うと、シートに深く座りなおし、
「ほんとだ。本当にそうだよね」
と、もう一回つぶやいた。
「聖君」
「ん?何?桃子ちゃん、あ、泣いてるし…」
私の顔をちらっと見た聖君は、くすって笑った。
「私も、すごく幸せだから。妊娠したことも、ものすごくショックで、どうしたらいいんだろうって、めちゃくちゃ暗くなったけど、今は、それも全部幸せになるための出来事で、凪は、幸せを運んできてくれたんだって、本当にそう思えるから」
「うん。わかってるよ」
「もっと幸せになることなんて、あるのかな?」
「え?」
「これ以上の幸せなんて、あるんだろうか?」
私が言うと、聖君はまた、くすって笑って、
「幸せに、これ以上も、これ以下もないと思うよ?ずっと幸せなんだよ」
と優しく言った。
「…何が起きても?」
「そう。何が起きても…」
「そっか…」
私は涙をまたぬぐって、にこって聖君を見て笑った。聖君も、ちょうど信号待ちで、私を見てにっこりと優しく微笑んでくれた。
「兄貴」
菜摘が、また身を乗り出し、
「私はね、兄貴が私の兄貴で、すごく嬉しい。自慢の兄貴だよ」
と力強く言った。
「あはは、サンキュー。もう一人の妹には、どうも最近嫌われてるけど、菜摘にそう言ってもらえると、まじで嬉しいよ、俺」
聖君は本当に感激しながら、そう言った。
「杏樹ちゃんもいつか、兄貴のよさはわかるよ」
「そっかな~」
「兄貴がもてるの、わかる。桃子とも話していたんだ」
「え?」
聖君が私を見た。
「兄貴のそういう考え方が、やっぱりいいんだよね!」
私は、菜摘のほうを向き、思い切りうなづいた。
「聖君が、すごく大事な人を大事にするって、そういう生き方が、きっとみんなに好かれる一番の理由かもしれない」
「俺が?」
「うん」
「でもそれ、桃子ちゃんや、菜摘と出会ったから、感じたことだよ?きっと」
「え?」
「桃子ちゃんは俺のこと、本当に親身に考えてくれたし、すごく俺を力づけてくれたじゃない。それに菜摘のことも、大事に思っていたし、菜摘だって、桃子ちゃんを大事に思っていたし。そういうのを見て、俺、感化されたんだと思うよ?」
「そんなことないよ。もともと聖君は、大事な人を大事にできる、そういう在り方だったんだよ」
「…」
ちょうどその時、菜摘の家に着いた。
「ありがとう、兄貴」
菜摘がドアに手をかけた。
「お母さんやお父さんに会っていくよ。遅くなったし、謝らなくちゃね」
「え?兄貴のせいじゃないのに?」
「だけど、心配してるかもしれないだろ?」
「う、うん」
聖君はエンジンを切り、
「桃子ちゃんも一緒に行くでしょ?」
と聞いてきた。
「うん」
私も車から出た。
3人で玄関に向かって、菜摘がチャイムを鳴らした。すぐに、菜摘のお母さんがドアを開けた。
「遅かったわね」
「すみませんでした」
ぺこって聖君が頭を下げた。
お母さんの後ろから、菜摘のお父さんもやってきた。
「菜摘、早く家に入りなさい。話がある。それから、聖君、送ってくれてありがとう。桃子ちゃんもありがとう」
と、あまり機嫌のよくない表情でそう言った。聖君は、
「あの!」
と菜摘のお父さんを、引き止めた。
「なんだい?」
「菜摘に話って、なんですか?」
「君が心配することじゃない」
「俺は関係ないってことですか?」
「そうだ」
わ。なんだか、菜摘のお父さん、無表情で怖い。菜摘も、顔がこわばってる。
「俺、関係あります。菜摘は大事な妹ですから」
「え?」
「大事な妹が悲しんだり、苦しんだり、悩んでいたら、何かの力になりたいって思います。思って当たり前のことですよね?俺、これが杏樹でも、同じです」
「…」
菜摘のお父さんは、まだ無表情でいた。だけど、ふう~って息を吐き、ちょっと表情を和らげた。
「だろうな。聖君らしいな。その考え方は」
そう言うと、聖君の肩をぽんとたたき、
「悪かったな。他人行儀なことをして。聖、お前も中に入って、話に加わってくれ」
と、いきなり聖君を呼び捨てにして、中に入るよう促した。
「あ、はい」
聖君もいきなり、呼び捨てにされたからか、ちょっと面食らっているようだ。
私も、菜摘のお父さんに促され、玄関の中に入った。菜摘のお母さんは、表情を固くしたまま、聖君を見ていた。
「お邪魔します」
聖君が靴を脱ぐと、
「ああ、いい、そんなかたっくるしい挨拶は。お前は俺の息子で、菜摘の兄なら、自分の家も同然の家なんだからな」
菜摘のお父さんはそう言った。その言葉にも、聖君は面食らっていた。
私は、聖君と菜摘のお父さんの接し方とか、会話をあまり聞いたことがないので、わからないが、でも、こんなふうに親子らしい会話は、しているところを見たことがない。
「ど、どうしちゃったんだろ、お父さん」
菜摘はリビングに入る前に、私に小声で言ってきた。
「いつも、こうじゃないの?」
「うん。もっと他人行儀。さっきみたいに、君付けで呼んでいたし」
と、また小声で菜摘は言った。
そっか。やっぱり、菜摘のお父さんの中で、変化があったのか。聖君が、俺の大事な妹だからって、そう言ったからかもしれないな。
リビングにみんなで腰掛けた。だが、菜摘のお母さんだけ、また立ち上がり、
「お茶入れましょうね」
と言って、そそくさとキッチンに行ってしまった。
「お母さん、逃げた?」
菜摘がそうつぶやいた。菜摘のお父さんが咳払いをしたので、菜摘はキッチンのほうを見ていたのに、すぐにお父さんのほうに向きなおした。
「お母さんから、旅行のことは聞いた」
「そ、そう」
菜摘は、思い切り顔を下げてしまった。
「結婚前に男の人と、二人で旅行なんて、お父さん、がつんと言って、交際も考え直すよう、言ってくださいと、お母さんから言われた」
「え?」
菜摘は思い切り、暗い顔をして、顔をあげた。
「あの…」
聖君は、何かを言いかけた。
「聖、まあ、最後まで話を聞きなさい」
菜摘のお父さんが、そう言って、聖君のことを黙らせた。
「お母さんが来ないうちに、話すよ」
菜摘のお父さんはそう言うと、小声で、
「お父さんが彼女と二人っきりで旅行に行ったのは、大学1年の時だ」
といきなり言いだした。
「え?!」
これを聞いた、私たち3人は唖然とした。
「上高地に行った。夏休みに2泊した。すごく綺麗なところだった」
「…」
いったい突然、何を話し出したんだって顔で、みんな見ていた。
「だから、お母さんが言うようなことは言えないな」
「…」
「なにしろ、お父さんには前科があるからな」
「それ、お母さん知ってるの?」
菜摘が小声で聞いた。
「知らないさ。そんな昔のことを話題にすることもないし」
「…」
「菜摘の話を聞き、思い出した。お父さんすら忘れていたことだ。やっぱり、旅行に行っていたことが彼女のお母さんにばれたんだ」
「え?」
「だけど、そのお母さんは寛大で、お父さんには黙っていてくれた。それに、交際も反対しなかった」
「…」
みんな黙って聞いていた。
その時、キッチンから菜摘のお母さんが、お茶を4つお盆にのせ、やってきて、テーブルの上に置き、
「じゃ、私は片付けものがあるから」
と、またキッチンに行ってしまった。
「お母さんはどうして、この場にいようとしないんですか?お父さんが席を外すように言ったんですか?」
聖君が聞いた。
「いや、多分、自分がつげ口をした後ろめたさがあるんだろう」
菜摘のお父さんが、そう言った。
「お母さんはね、いつでも、大事なときに、ふっといなくなるの。なんか、逃げちゃうんだよね」
菜摘が言った。
「お母さんは、繊細なところがあるからね」
菜摘のお父さんが、お母さんの肩を持った。
「お父さん、ものすごく怒り出すんじゃないかと思って、怖かった。さっき、めちゃくちゃ、怖い顔をしていたし」
菜摘がそう言うと、
「お母さんが見ていたんだ。怖い顔にでもなっておかないと、あとで、色々と言われるだろう」
え?それで演技をしていたってこと?
「聖。梨香はとにかく、心配性でね、それに、お父さんよりもずっと、常識人間なんだよ」
「…はあ」
「どうやら、お父さんのこともそう見てるらしいし、菜摘のことを怒り飛ばしてくれるだろうと、思っているようなんだ」
「…はあ」
聖君は、拍子抜けしたようにそう言った。
「えっと、お父さんは怒ってないんですよね?葉一と菜摘の交際も、反対してないんですよね?」
「葉一君はまじめないい青年だ。まったくもって、反対する意味がないだろう?」
「はあ。じゃ、なんで俺、ここにいるんでしょうかね?」
「だから、心配はいらないと言ったんだ」
「…」
聖君は、がくんとこけていた。
「あれ、そういう意味ですか。俺、違う意味に捉えちゃいましたよ」
「まあ、ああ言っておかないと、お母さんがうるさく言うからね」
「ゴホン!」
いきなり、お父さんは咳払いをした。後ろを見てみると、菜摘のお母さんがキッチンから、こっちを伺っているのが見えた。
「菜摘!」
いきなり菜摘のお父さんは、大声を出した。
「お父さんは隠し事は嫌いだ。それに嘘はいけない」
「は?」
菜摘はいきなりのお父さんの変わりように、驚いていたが、聖君が菜摘をつっつき、目配せをしたので、わかったようだ。
「ごめんなさい」
菜摘は素直にそう謝った。
「それから、一回、葉一君を連れてきなさい。いや、お父さんがどこかで二人きりで会って、話をしよう」
菜摘のお父さんはまた、無表情になった。それに、口調もきつめだ。でも、これも演技なんだな…。
「わかった。葉君にも伝えておく」
「よし。今日はもう遅いから、聖や桃子ちゃんにも悪いしな。これで話は終わりだ」
菜摘のお父さんはそう言うと、ソファーから立ち上がり、
「お母さん、出張で疲れているから、先に風呂に入るよ。聖、桃子ちゃん、菜摘を送ってくれたり、心配してくれて、ありがとう。それじゃ、気をつけて帰るんだよ」
と言って、リビングを出て行った。
「あ、じゃあ、失礼します」
私と聖君は挨拶をして、玄関に行った。菜摘と、菜摘のお母さんが、玄関に来た。
「なんだか、聖君には悪いことをしたわね」
「いいえ」
「じゃ、気をつけてね」
「はい、おやすみなさい」
聖君が丁寧にお辞儀をしたので、私もお辞儀をした。そして二人で、玄関を出た。
聖君は黙ったまま、車に乗り込み、シートベルトを締め、エンジンをかけたところで、
「なんだよ~~~~。菜摘め~~~」
とうなった。
「え?」
「親父ともっと、仲良くしろっていうんだ。あんなにものわかりいい親父じゃないかよ」
「だ、だよね。びっくりしたよね?」
「は~~~あ。まあ、なんとなく俺も察していたけどさ」
「え?何を?」
「お母さんだよ。心配性だし、ちょっと精神的にも弱い」
「え?」
「菜摘に過保護だよなって思うところも、あったからさ」
「そうなんだ」
あ、前に葉君ともそんな話していたっけな。
「なんだ~。何も心配要らなかったじゃないかよ。俺、とんだピエロじゃない?」
「くす。でもこれも、必然だったんだよ」
「え?」
私の言葉に聖君が、目を丸くした。
「だって、きっと菜摘のお父さんは、聖君が菜摘を大事な妹として見てるってわかって、呼び捨てにしたり、本当の親子として、受け入れたのかもしれないし」
「ああ、あれにもびっくりした、今までずっと君付けだったしさ」
「ね?だから必然だよ」
「そうだね」
聖君はにこって笑うと、
「うん、そうだな。お父さんが実は、ものわかりのいい人だってことも、今回のことでわかったしね」
と嬉しそうに言った。
「うん」
聖君は車を発進させた。表情はまた、和らいでいて、鼻歌も歌っている。
「聖君。やっぱり聖君は、大事な人を大事にしてるよね。さっきの菜摘のことで、またそう思ったよ」
「ああ、あれはだって、桃子ちゃんが、俺は大事な人を大事にする在り方だって言ったからさ」
「え?」
「ああ、桃子ちゃん、そのへんわかってくれてたんだって嬉しかったし、これからも、そういう俺でいようって、また改めて思えたから。菜摘のことも、中途半端で投げ出せないなって思ったんだ」
「そっか…」
聖君が私の手を握ってきた。私も握り返した。
「菜摘、あのお父さんだもん。大丈夫だね」
「うん。葉一も、お父さんと二人で話して、絆深まるんじゃない?俺と、桃子ちゃんのお父さんみたいにさ」
「そうだね、きっとね」
私たちは、私たちの家に帰った。家の中からは元気な、母とひまわりの「おかえりなさい」と言う声が聞こえた。
「ただいま!」
聖君は元気にそう言って、家の中に入った。その元気な「ただいま」が嬉しくって、私も思い切り元気に、
「ただいま~~」
と言っていた。