第65話 大事な人
リビングに行くと、聖君は、はあってため息をついて、座り込んだ。
「もてるのも大変だよね」
菜摘がそう言った。
「え?」
「今きてた人も兄貴目当てでしょ?」
「う~~ん。美容院に行っているときには、俺に興味なんかないって感じだったんだけどね」
と聖君は、テーブルに顔をうつぶせ、そう話した。
「そうだったの?」
「もしかしたら、そういうの店長に注意されてたか」
「え?」
「俺に気がある子は、俺の担当から外されてたから」
「じゃ、今の担当の子も?」
「ああ、今のアシスタントは、男だし」
「あ、なるほど」
「店長も男なんだけどさ」
「え?もしかして、そっちの気があるとか?」
菜摘が聞くと、聖君は、小さくこくりとうなづいた。
「ありゃりゃ~~。兄貴、気に入られてるんでしょ?平気なの?」
「うん。腕はいいからさ。まあ、害はないし、ずっと店長に切ってもらっているけど」
そうなんだ。う~~ん、男の人だから安心かなって思ったけど、やっぱりちょっと複雑。
「でもよかったね、桃子。今の髪を洗う担当の人は、男の人でさ」
菜摘が私に言ってきた。
「え?なんで?」
聖君が、不思議そうに聞いた。
「兄貴の髪を洗うってだけで、桃子、美容師にやきもちやいてたんだよ~~」
きゃ~~~。ばらしちゃった。恥ずかしい。
「え?そうなの?桃子ちゃん」
聖君は、嬉しそうににやけている。
「うそ。兄貴、やきもちやいてもらって、嬉しいんだ」
菜摘がそのにやけた顔を見て、そう言った。
「う。そ、そりゃ、まあ」
聖君は慌てて、にやけた顔を元に戻そうとしていた。
「ああ、聖~~。ちょっとアイデア貸して」
聖君のお父さんが、疲れた顔をして2階から下りてきた。
「何?仕事で煮詰まった?」
「うん。なんにも浮かばない。頭真っ白」
「しょうがないな~~」
聖君はそう言うと、2階にあがっていった。
「ごめんね、聖、ちょっと借りるね」
聖君のお父さんは、力なくそう言うと、聖君のあとを追って2階にあがっていった。
「兄貴って、お父さんの仕事の手伝いもするんだね」
「うん。パソコンもできるもん、聖君」
「は~~、なんでもできちゃうよね」
「うん」
「スーパーマンだよね。兄貴のお父さんだって、お母さんだって、兄貴を頼りにしてるし」
「だよね」
「うちのお父さんも、兄貴のこと本当によく褒めてるの。そりゃもうべた褒め」
「あ、うちのお父さんもだよ。聖君いると、すごく嬉しそう」
「兄貴って、ほんと誰からでも好かれちゃわない?」
「うん、そう思う」
「兄貴の中身を知ると、みんな、もっと好きになっちゃうよね」
「うん、ほんとにそうだよねっ」
私は菜摘の言うことに、思い切りうなずいた。
「そういえばさ」
菜摘は、リビングのテーブルの上においてあった飴を口に入れ、なめながら話を続けた。
「うん?」
これはどうやら、ガールズトークが始まったな。
「昨年一緒のクラスだった子で、夏休み中に彼と別れた子がいるんだけどね」
「うん」
「一週間前くらいに、うちに遊びに来たの。それで、いろいろと話していったんだけど」
「うん」
「私も一回だけ会ったことがあるんだ、その彼氏。けっこうイケメンなんだけど、なんていうか、ナルシストっていうか」
「ナルシスト?」
「町歩いていて、ウインドーに映ると、髪を気にしたり、服もまるでファッション雑誌から出てきたみたいな、そんな格好をしてみたり」
「へ~。でも、似合うんでしょ?」
「私から見ると、そこまでする?って感じだよ。友達はおしゃれでかっこいいってはじめ言ってたんだけど、だんだんとそういうのもうざくなったらしくって」
「おしゃれなんだから、いいんじゃないの?」
「だって、ちょっとでも友達と服がかぶってると、いちいち文句を言ったり、髪型が決まらないと、平気で遅刻するんだってよ?」
「へえ~」
「それに、いつもバイト先の人の愚痴を言ってたり、家族の文句ばかりを言ってたり」
「ふうん」
「半年付き合って、もういい加減嫌になって、別れたって」
「ふっちゃったの?」
「みたい。別れるって言ったら、またグチグチ言ってきて、一ヶ月くらいは、メールが来たりしてたんだってさ」
「むこうは別れたくなかったの?」
「うん。みたいだね。でもさ、言ってくることがまたうざいんだって。俺はもてるから、またすぐに彼女はできるだろうけど、お前、別れて後悔しない?とかってさ」
「ひゃ~~。そうなんだ」
「顔はいい線いってるんだけどね、ちょっと見、モデル並みの」
「ふうん」
「でも、中身がともなわないと、やっぱりもてないよね。私の友達なんか、一番長く続いたらしい。たいていが、3ヶ月とか。で、別れてから、その男と同じ高校の子に聞いたらね、学校ではナルシストだし、なよなよしてるし、まったくもてないんだって、そう言われたらしいよ」
「どこで知り合ったの?」
「どっかのショップで、バイトをしていたらしいんだ。そこで友達が声かけられて、おしゃれだし、かっこいいから、即付き合うことにしたらしいんだよね」
「その男の子の高校に、知り合いがいたの?」
「ああ、夏休み、友達が夏期講習に行ったら、ちょうど隣に座った子が、同じ高校だったらしくてさ」
「へ~~。偶然なんだ」
「友達、大学受ける気でいるし、受験勉強もあるから、当分彼氏はいらないって言ってたけど、男は見た目じゃないよねって、そうも言ってた」
「…」
そっか~~。
「女子高だとさ、なかなか出会いないじゃない?そういうところで、見た目で判断して付き合うってのも多いし。菜摘は、長く付き合ってるのは、それだけ、中身がいい男だってことだよねって言われた」
「そうだよね。葉君、優しいし、頼りになるし」
「うん。あ!それでね。桃子が捻挫してるとき、兄貴が迎えに来てたじゃない?すごくかっこいいって、友達も思ってたんだけど、自分の彼のこともあるし、中身は大丈夫なわけ?って心配してたよ」
「え?」
「でも、私の兄貴で、性格もばっちりいいって言っておいた。そうしたら、そんな完璧な人もいるの?って驚かれた」
「だよね。聖君、完璧だもんね」
「兄貴がもてるのってさ、確かに見た目もあるけど、中身だと思うんだよね」
「え?」
「なんていうか、中身からかもしだされたものを、察知して、好きになる、みたいな」
「わかる!」
私は思い切り、うなづいた。
「桃子もそう?」
「うん!だって、かっこいいだけの人なんているし。でも、聖君はね、笑顔が違ってた。海の家でバイトしてる姿、一生懸命だったし」
「チャラ男には見えないもんね」
「チャラ男?」
「桐太や、今話した友達の彼氏みたいなやつよ」
「桐太は今、純粋だよ?っていうか、きっともともと、いいやつだったと思うけど」
「え~~!あんなにとんでもないことされたくせに!」
「だ、だけど。いろいろとトラウマがあって、それで、傷つくのが怖くなってただけで」
「ほんと、桃子って優しいね」
「でも、本当に桐太って、口も悪いし、ぶっきらぼうに見えるけど、優しいよ?私、いっぱい助けてもらったし、励ましてもらったし。私にとっては、菜摘や蘭みたいに、桐太は、相談できるたよりになる友達なの」
「そのへんがまた、面白いところだよ」
菜摘はくすって笑いながら、そう言った。
「でも、本当だよ?だから、麦さんともうまくいってほしい。桐太のよさをもっともっと、麦さんにはわかってもらいたいって思うもん」
「そこまで、桐太のことよく言うと、兄貴が怒らない?」
「大丈夫。だって、聖君にとっても大事な友達だから」
「そっか。そこだ!」
「え?」
どこ?
「兄貴はね、自分が心を許した相手は、めちゃ大事にする」
「うん」
そうか。それ、桐太も前に言ってたけど、菜摘もそう思ってたんだ。
「そこが兄貴の魅力かも」
「魅力?」
「それから、兄貴と話してると、前向きになれる」
「あ、それは私も思うよ。いっつも元気になれたり、前を向かせてくれる」
「そういうところも、兄貴の魅力だね」
「うん」
「それと、自分がもてることや、いろんなことが簡単にできちゃうことを、鼻にかけない」
「うんうん」
「あとは…、ナルシストじゃないよね?でも、兄貴もいつも、似合ってる服を着てるよね。おしゃれだと思うんだ」
「あ、聖君、前に言ってた。着たい服を着てるだけなんだって。人がどう思うかとか、どう見られるかとか、あまり気にしてないみたい」
「え?そうなの?でも、いつもかっこいいし、似合ってるよ」
「うん。シンプルなかっこうで、似合ってるよね」
「うん」
「派手なのとか、ごちゃごちゃしてるの嫌いなんだって」
「あはは!兄貴らしい。兄貴って、性格もさっぱりしてるもんね」
「うん」
「女に媚売らないところもいいよね」
「え?そんな男の人いるの?」
「いるよ~~。あと、やたらとかっこつけるやつとか」
「ふ、ふうん」
「それとね、何よりも魅力的なのはきっと」
「うん」
「簡単に落とせないところかも」
「へ?」
「兄貴って、蘭が言ってたけど、仲良くなっても、どこかで壁を作ってるって」
「壁?」
「私もそれは、最初感じてた。明るいし、楽しいけど、どこか一線を越えさせない、ここから先は侵入させないよう、壁作ってるなって」
「菜摘もそう感じてたの?」
「最初だけ。妹だってわかって、妹として扱ってくれるようになったら、ぐんと距離は縮んだし、ふところに入れてくれるようになったもん」
「ふところ?」
「そう。一回心を開いたり、大事だって思う人のことは、もう一生守っていくんじゃないかってくらい、大事にすると思う」
「…」
「これも、蘭が言ってたんだけどね。私や桃子よりも、はたから見てるほうがわかるんだね、そういうの」
「え?蘭が言ってたの?」
「そう。私のことは、妹だって意識をしっかりと持ち始めてから、兄貴の態度は明らかに変わったって。それに、桃子のことも、この前、桃子が捻挫してたとき、兄貴迎えに来てたでしょ?」
「うん」
「あの時も、見てて、桃子のことめちゃくちゃ、大事にしてるし、一生かけて私と桃子は、兄貴に守られていくだろうって、そんなふうに思ったってさ」
「ひゃあ~~~。そうなんだ」
そう見えるのか~~。
「蘭、羨ましがってたもん。自分の彼氏はそこまで、思ってくれてないって」
「そうなんだ」
「蘭はね、勘がやたらと働いて、兄貴には惚れないようにしたらしいよ」
「え?どういうこと?」
「やっぱり初めて会ったとき、めちゃかっこいいって思ったんだって。でも、蘭の好みは、体育会系だし、基樹君のほうが、好みだったってのもあるんだけど、でも、それだけじゃなかったみたい」
「え?え?」
どういうこと?!
「直感で、兄貴のことはそうそう落とせない。難しいって感じたらしい」
「難しい?」
「仲良くなって、一緒にふざけていても、どこかで、線を引かれてる。ある程度は仲良くなれても、ここからは入ってくるなっていう、そんな線が引かれてるって、それを感じてたって言ってた」
「え~~。びっくり。だって、本当に仲良く笑いあってたし、私、めちゃくちゃ羨ましかった」
「だよね。でも、蘭にはわかってたんだね。そういうの」
「そうなんだ」
私は最初から、こっちを見てもらえてないなって、そんなことを感じてたけど、だけど、聖君いわく、私のことは、距離置いてなかったって言ってたな。
「それで、蘭は簡単に落とせそうな、基樹君を選らんだ」
「へ?」
「でも、間単に落とせそうもないから、兄貴に逆に惹かれるっていう人もいるんだよね」
「それ、私のこと?」
「あはは、桃子は、落とす、落とさない関係ないでしょ」
「え?」
「ただただ、惚れちゃったんでしょ?」
「うん」
「それに、最初は告白もしないし、付き合わなくてもいいって、そんなことも言ってなかった?」
「だって、絶対に好きになってもらえるわけないって、そう思ってたし」
「でもそんな桃子が、兄貴を落としちゃった」
「してないよ。落とすだなんて」
「でも現に兄貴、桃子に惚れちゃったわけだから」
「そ、それは」
「結果的に、兄貴を落としちゃったのは、桃子でしょ?」
お、落とす~~~?私、なんにもしていないのに?
「それで、兄貴は桃子に惚れて、心を開いて、すごく大事な存在になって、思い切り、大事にしている」
「…」
なんだか、顔がほてってきた。
「聖君、沖縄行くので悩んだとき、自分の在り方を見てみたみたい」
「在り方?」
「聖君のお父さんが教えてくれたの。聖君はね、将来何をしていきたいかってことよりも、自分は大事な人を大事にしていく自分で在りたいってそう思ったんだって」
「大事な人を大事にしていく?それで、沖縄行くのをやめて、桃子のそばにいるようにしたの?」
「私だけじゃなくて、家族のことも」
「…そっか~」
菜摘は一回、黙り込むと、
「うん、でも、それ兄貴らしい」
と、目を輝かせてそう言った。
「聖君らしい?」
「うん、だって、兄貴、ほんとにこの人は大事って思うと、めちゃ大事にするでしょ?もうすでに、そういう在り方で生きてるよね」
「ああ、本当にそうだよね」
「それ、みんななんとなく知ってるのかも」
「え?」
「兄貴に大事にされられたくて、近づきたくて、好きになるのかもね」
ああ、それ、桐太も言ってたな。一回心を開くと、本当に大事にする。だから、自分も大事にされたかった…みたいなこと。
「か~~~~。やっぱり、違うよね。私の友達と付き合ってたやつとは、大違い」
「うん」
「兄貴はやっぱり、すごいよ。うん」
「そんな聖君に、大事に思われてるなんて、私は幸せ者だよね」
「だね~~」
「私もね、菜摘」
「うん」
「聖君のそばにいて、聖君のことを癒したり、力をあげられる存在で在りたいなって思ってるんだ」
「もうなってるよ、それ!」
菜摘がそう言ってくれた。
「ありがとう。だけど、これからもずっと。それが私のしていきたいことだし、生き方なのかもしれない」
「兄貴の力になること?」
「うん」
ミシ…。床がきしむ音がして、私は振り返った。すると、2階から下りてきた聖君が、顔を真っ赤にして立っていた。
「あ…」
と言ったまま、頭をぼりって掻くと、聖君はしばらく下を向いてから、
「ごめん、立ち聞きするつもりは、なかったんだけど」
と、ぼそって謝った。
「兄貴、顔、真っ赤」
菜摘が、茶化したけど、聖君はそれには何も答えず、
「ちょ、桃子ちゃん、いい?」
と私のほうにきて、私の腕をつかんだ。
私は立ち上がり、聖君に腕をひっぱられ、バスルームに入った。聖君はバスルームのドアを閉めると、
「桃子ちゅわん!」
と、抱きついてきた。
「やべ~~、めちゃ嬉しい~~!!」
ああ、めちゃくちゃ、喜んでいる。
「俺も、俺も桃子ちゃんのことを一生、大事にするからね?」
「う、うん」
「俺も、桃子ちゃんのいっつも力になれるよう、がんばるからね?」
「聖君はただ、いてくれるだけで、もう私の力になってるよ?」
「うん。それは桃子ちゃんも同じだから!」
聖君は、しばらく私を抱きしめていた。それから、
「ああ、もう休憩終わりだ。店行かないと」
と言って、バスルームのドアを開けた。
お店にそのまま、行こうとすると、菜摘がにやにやしながら、聖君のもとにきて、
「兄貴って、桃子のこと、桃子ちゅわんって呼ぶの?」
と聞いてきた。
「げ!なんでそれ!」
聖君が真っ青になった。
「だって、そうバスルームで叫んでるのが、聞こえたんだもん」
あ~~~。さっきの聖君の声、でかかったから、菜摘に聞こえたんだ。
「うひゃ~。びっくり!兄貴って、もしかして、すんごい桃子に甘えてるの?いつも」
「い、いいだろ!甘えちゃいけないかよっ。お前だって、葉一に甘えてもらえばいいだろっ」
聖君はもう、開き直ってる感じだった。それから、真っ赤になったまま、聖君はお店に出て行った。
「何をさわいでたの?」
お店から、朱実さんの声が聞こえた。
「な、なんでもないから」
聖君は慌てて、そう言っていた。
「聖君、真っ赤だよ。何かあった?」
「何もないって」
聖君は思い切り、慌てふためいている。
「面白い。しばらく兄貴のこと、からかって遊べそう」
そう菜摘が言った。
「聖君が言うように、菜摘も葉君が甘えるようにしてみたらいいのに」
なんだか、聖君がかわいそうになって、つい聖君のかたを持ち、菜摘をいじめてみたくなった。
「そ、それができたら苦労しない。どうやって甘えてもらえるようになるか、それが悩みなんじゃん」
案の定、菜摘はうろたえた。
「桃子、どうやったら、兄貴が甘えてくるようになったの?教えて」
「え?」
「どうしたら、甘えてくるの?」
ひょえ~~。そんなのわかんないよ。ああ、墓穴掘った?
「私に聞かれても」
私は困ってしまい、慌てふためいていた。