第63話 挑まれる
私と菜摘がランチを食べ終わり、リビングにでも行こうと席を立ったら、
「聖さん、お勘定お願いします」
と籐也君も席を立った。
レジに芹香さんと籐也君が行くと、聖君は会計を済ませた。
「ありがとうございました」
と聖君が言うと、芹香さんが聖君に話しかけ、その間に籐也君は私のほうに来た。
「桃子ちゃん、ちょっと外出られない?」
「うん。部屋にあがるから。じゃあ」
私はそう言って、菜摘とリビングのほうに行きかけたが、籐也君に腕をつかまれた。
「ちょっとだよ、ちょっと話がしたいだけ」
「外、暑そうだし」
「そこのウッドデッキなら、日陰もある」
「私、特に話ないし」
そんなやりとりをしている間に、他のお客さんもレジに並んだ。聖君はこっちを気にしながらも、レジから離れられないでいる。
「桃子、部屋にあがろうよ」
菜摘がそう言ってくれたが、藤也君は腕を離そうとしない。
「ごめんね。ちょっと桃子ちゃん借りるから」
と逆に菜摘を、言い含めようとしている。
聖君はレジの会計をさっさと済ませると、
「麦ちゃん、ホールの片付け頼むね」
とキッチンのほうに声をかけ、私のところに来ようとした。だが、芹香さんに腕をつかまれ、
「聖君。ねえ、ちょっといいかな?」
と話しかけられていた。そして、外へと連れ出されている。
うわ。気になる!
「籐也君、私たちも外行こう。菜摘、先にリビングに行ってて」
私はそう言うと、ホールを抜け、ドアのほうに行った。
店内には、高校生らしい女の子が二人残っていて、
「なあに?あの子、聖君のこと連れ出したりして」
と、ひそひそと話しているのが聞こえた。
ドアを開けると、ウッドデッキのほうに無理やり芹香さんが聖君を連れて行こうと、腕を引っ張っているのが見えた。
「今、仕事中」
聖君がそう言って、腕を振り払おうとした。
「だって、ほら、ウエイトレスさんいるし、お客も少ないし、ちょっとくらいいいじゃない?」
芹香さんがそう甘えた声を出した。
「キッチンで洗い物とか、たまってるんだよ。それに今のうちに、昼も食べないとならないし」
聖君は声がかなり低い。あ、怒ってる?
「桃子ちゃん、あっちに公園あったから、そこに行かない?」
籐也君に言われた。
「え?」
「二人で行こうよ」
耳元でささやかれたが、聖君が思い切り芹香さんの腕を振りほどき、
「藤也。いいかげんにしろよ、お前!」
と籐也君のすぐ隣に来た。
「芹香、聖さんと話がしたいって。ちょっとくらい時間とってもらえないですか?」
籐也君はさらりと、そう聖君に言った。
「悪いけど、俺仕事中だから。抜けることできない」
聖君は力強い声でそう言って、私の背中に腕を回し、お店に入ろうとした。
「聖君。じゃあ、休憩時間とかない?どこかで時間つぶしてくるけど」
芹香さんが聖君に聞いた。
「はあ~~」
聖君がため息をついた。
「えっと、なんてったっけ?名前」
聖君は、ものすごく無愛想にそう聞くと、芹香さんは少し上目遣いで、
「芹香よ。小沢芹香。覚えてくれた?」
と可愛い声でそう言った。
「小沢さん。休憩時間は家の中で、ゆっくりと過ごしたい。休憩時間まで俺は、サービスするつもりはない。今だって、キッチンでは母さんが忙しくしてるんだ。こんなふうに話をしている暇もないんだよ」
と、ものすごく冷めた顔で、淡々と言った。
「…」
芹香さんの顔が曇った。それから、
「籐也」
と、籐也君に助けを求めた。籐也君は、目で何かを訴えている。
「籐也も、桃子ちゃんに手を出すなって言ったよな?もうこれが最後。これ以上、桃子ちゃんにちょっかい出すようなら、店にも来てもらうのをやめてもらうよ」
聖君はそんな二人を見て何かを察したのか、そうきつく言った。
「あはは、やだな~~。聖さん。俺はただ、友達になれたらいいなって思っただけだよ。それは芹香だって一緒だよ。な?芹香?」
籐也君はそう言ったあとに、
「ほら。桐太さんだって、桃子ちゃんと仲いいじゃん?」
と付け加えた。
「桐太は…」
聖君は何かを言いかけてから、しばらく考え込み、
「桃子ちゃんが、友達だって認めてるやつだから」
と、また無表情に言った。
「じゃ、俺も。桃子ちゃんと話をしない限りは、友達として認めてもらえないだろ?だから話がしたかったんだよ」
籐也君は、にこにこしながら話を続けた。
すると芹香さんも、聖君のすぐそばに行き、
「私だって、お店のバイトの女の子みたいに、聖君と仲良く話がしたかったの。聖君、あのバイトの子にすごく優しくしてたでしょう?彼女でもないのに」
麦さんのことだ。
「麦ちゃんは…」
聖君はまた言いかけて、途中で考え込み、
「は~~。なんか説明するのもめんどうくさくなってきた。麦ちゃんも桐太も、大事な友達なんだよ。俺は大事だって思ったやつは、大事にする。それだけだよ」
「じゃあ、私だって…」
「あのさ。そう思うなら、演技するのはやめたら?」
「え?」
「心のうちでは何を考えてるのか、まったく見えない。俺、そういうの駄目なんだよね」
「私のこと?」
「そうだよ。裏表があるやつ、信用できない。友達にもなれないし、俺も、心を開けない」
聖君はそう言うと、さらに冷たく、
「それから、俺が大事にしてる人を、傷つけようとしていたり、壊そうとしてるやつは、絶対に許せない」
と、言い放った。
それを聞いて、籐也君は、
「芹香。もう行こう」
と芹香さんの背中に手を回し、それから聖君に、
「俺、また店に来ますよ。桃子ちゃんのこともあきらめたわけじゃない。聖さんをとるか、俺をとるかは桃子ちゃんが決めることだし、俺、真正面から聖さんに挑みますから。覚悟しておいてください」
と言ってから、少し含み笑いをした。
芹香さんも笑いながら、
「聖君もお店では、仮面かぶってるんじゃない。優しい振りして、裏では全然違う。でも、そっちのほうが面白いわ。見破られたんだったら、私も猫かぶるのはやめた。素の私で勝負するから」
と言い、籐也君と歩き出した。
聖君は、呆れたって顔をして、私とお店に入った。
「なんなんだ?あれ」
お店に入ると、聖君は思い切り、しかめっ面をしてそう言った。それから、は~~~って重いため息をついた。
「私もよくわかんない」
「桃子ちゃん、藤也に関わるのはやめてね」
「うん。そのつもり」
「俺もあの子とは、関わらないし。あれ?名前なんだっけ?ま、いっか」
聖君、さっきも名前聞いてたのに、もう忘れたんだ。
ホールに残っていた女の子が、聖君を待っていたのか、レジに立ち、
「お会計お願いします」
と言った。聖君は、にこりとまたさわやかな笑顔に戻り、会計を済ませ、
「ありがとうございました」
と、二人にお辞儀をした。
「また来るね」
と二人は嬉しそうに言って、お店を出て行った。
「やれやれ。俺も昼飯にしようっと」
聖君はそう言って、キッチンに向かった。
「桃子ちゃんは、リビングに上がって休んでね。俺も昼飯作ってもらって、リビングで食べるよ」
「うん」
「麦ちゃん~~。俺、休憩はいってもいい?」
聖君が、キッチンで洗い物をしている麦さんに聞いた。
「いいよ~」
「麦ちゃんは、お昼は?」
「食べてきた。だから、3時まで仕事続けられるし、ゆっくりして」
麦さんは、手をふきんで拭きながら、こっちに向かって答えた。
「桃子ちゃん、大丈夫?」
いきなり麦さんに聞かれた。
「え?何が?」
「さっきの子達。女の子は聖君にちょっかいだそうとしているし、男のほうは桃子ちゃんに、やたらとかまってたけど」
ああ、見てたんだ。
「そうなんだよ。すげえしつこい。ああいのうは、ほっときゃいいんだよな?」
聖君が麦さんに答えた。
「まあ、二人なら大丈夫だとは思うけど。でも、あの女のほうは手ごわそう」
「え?」
ドキ。何その、手ごわそうって。
「女の直感だけどね。でも大丈夫。私がお店に出てる時には、聖君に近づけないよう阻止しておくから」
麦さんが私にそう言って、ウインクをした。
「あはは。頼もしいね」
聖君はそう言うと、お母さんに向かって、
「昼飯、頼む。腹ぺこぺこ」
とおねだりをした。
「今作ってるわよ。桃子ちゃんとリビングにあがってたら?できたら持っていくから」
「サンキュー、母さん」
聖君は私の背中に手を回して、一緒にリビングに行った。リビングには杏樹ちゃんと菜摘と、聖君のお父さんがいた。
「お疲れ、聖」
お父さんが元気にそう、声をかけた。
「すげえ、疲れた」
聖君はそう言うと、床にどかって座った。
「本当に疲れてるね、兄貴、大丈夫?」
菜摘が聞いた。私も心配になって、聖君の顔を覗き込んだ。
「は~~。なんかややこしいこと言われて、脳みそが疲れた」
「あ、もしかして、あのひょろひょろした人と、籐也とかいう人?」
杏樹ちゃんが聖君に聞いた。
「そう。そのひょろひょろした人と、籐也。もう、わけわかんない」
聖君は頭を抱えた。
「あはは!お兄ちゃんや、お姉ちゃんにちょっかいだそうとしてるんでしょ?」
「杏樹も見ててわかった?」
「ううん。私は話を聞いちゃったの。ね?お姉ちゃん。あの籐也っていう人、お姉ちゃんを奪う自信があるとか、そんなことを言ってたんだ」
「う、奪う?」
一番驚いたのは、聖君のお父さんだ。
「なんだかな~~、あの二人は挑むだの、勝負だの、いったい何がしたいんだって、感じだよな~~」
聖君は、力ない声でそう言った。
「何なに?お前、挑まれてるの?桃子ちゃんをかけた勝負か何か?」
聖君のお父さんは、ちょっと面白がっている。
「勝手にあっちが盛り上がってるだけ。ね?桃子ちゃん」
「うん」
「兄貴も大変だね」
菜摘がそう言うと、
「まったくだ」
と聖君は、テーブルにうつっぷせた。
「桃子ちゃんも、菜摘ちゃんもゆっくりできるんでしょ?」
聖君のお父さんが聞いてきた。
「はい」
「そっか~~。今日も娘が増えたみたいで、嬉しいな~~」
聖君のお父さんはそう嬉しそうに言った。
「はい~~、聖君、お昼持ってきたよ」
麦さんが元気に、聖君のランチを運んできた。
「サンキュー」
聖君は、それを受け取り、テーブルに置いた。麦さんはまた、元気にお店に戻っていった。
「麦さん、嬉しそう~~」
杏樹ちゃんが言った。
「聖、麦ちゃん、桐太君とくっついちゃったんだって?」
「なんで知ってるの?父さん」
「杏樹と、菜摘ちゃんから聞いた」
「おしゃべりだな~~、お前ら」
「いいじゃないか。喜ばしいことなんだから」
「まあ、そうだけどね」
聖君はいただきますと言って、食べだした。
「さてと。俺はちょっと、仕事してくるよ。またあとで話は聞くよ。菜摘ちゃん」
「はい。ありがとうございます」
菜摘はお礼を言った。
「何?父さんに相談でもしてた?」
聖君はご飯を食べながら、そう菜摘に聞いた。
「うん。葉君のことをちょっとね」
「父さん、何だって?」
「大丈夫だよ。葉一君は、まじめだし、菜摘ちゃんのことも真剣に考えているからって、言ってたよね?菜摘ちゃん」
杏樹ちゃんがかわりに答えた。
「杏樹、お前には聞いてないっつうの」
「いいじゃん!」
「お前、もう2階に上がったら?」
「え~~~~。せっかくお姉ちゃんが二人来てるのに」
「勉強あるんだろ?」
「え~~~」
杏樹ちゃんは口を尖らせたが、すくっと立ち上がり、
「あとで、私の部屋に来てね。いろいろと話があるから」
と言って、2階に上がっていった。
「なんだよ、話って」
「恋の話じゃないの?」
菜摘はにやってして、聖君にそう言った。
「え?恋?」
「そうそう。きっと兄貴がいると、話づらいことだよ。あとで、聞いてあげようね、桃子」
「うん」
「ちぇ~~~、またあれか。ガールズトークってやつか。俺はのけもんかよ」
聖君はすねながら、コロッケをバクッと口に入れた。
「あ~~あ。まじで疲れた」
珍しい。食べているときにはたいてい、機嫌がよくなるのにな。相当今日は、疲れたみたいだな。
「……」
聖君はそのあと、無言になり黙々と食べていた。でも、なんとな~~く、甘えたいモードの聖君のオーラが漂っている。
「やっぱり、杏樹ちゃん、かわいそうだよ。きっと私や菜摘と話ができるのを楽しみにしてたと思うよ」
私はいきなり、そう聖君に言った。
「へ?」
聖君はびっくりしながら、私を見た。
「菜摘、先に杏樹ちゃんの部屋に行ってあげて。私は、えっと、聖君の食べ終わったのを片付けてから行くから」
「いいよ。俺、自分で片付けられる」
う~~、聖君のにぶちん。
「聖君は疲れてるでしょ?ちょっとここで休んでいていいから」
「え?うん」
聖君はきょとんとした顔をして、残りのご飯を口に入れた。
「じゃ、先にいって、ガールズトークしてくるね」
菜摘はそう言うと、2階に上がっていった。
「桃子ちゃん、俺、自分の食器ぐらい片付ける…」
聖君がそう言いかけた時には、私はもう聖君の隣に移動していた。そして、聖君に抱きついた。
「あ、あれ?」
聖君は、ちょっとびっくりしてから、
「もう~。桃子ちゃん、甘えたかったの?それで菜摘のこと追いやった?」
と聞いてきた。え~~い、違うよ。聖君のほうが、甘えたいモードになってたんじゃない。
「桃子ちゃんってば」
聖君はむぎゅって抱きしめてきた。
「は~~~~。俺、癒される」
抱きしめたまま、聖君はそうつぶやいた。
「……」
しばらく黙って、聖君は私のことを抱きしめると、私の顔をくいって手で持ち上げ、キスをしてきた。そして、
「もしかして、俺が疲れてるから、二人きりになるようにしてくれた?」
とやっとこ、気がついた。
「うん」
私がうなづくと、聖君は目じりを下げ、
「桃子ちゅわわん。なんで俺が甘えたいの、わかっちゃったの?」
と言って、また抱きついてきた。
「だって、甘えたいオーラ、出してたもん」
そう言って、私も聖君を抱きしめた。
「まじで?」
「うん、まじで」
「く~~~~!そんなのも伝わっちゃう?もう以心伝心だね」
「そうだね」
聖君、一気に可愛い甘えん坊モード全開だ。
「桃子ちゅわん」
「ん?」
「今日も一緒にお風呂に入ろうね」
「うん」
「体も洗ってあげるからね」
「…」
私が黙っていると、聖君は、
「ね?」
とまた念を押してきた。
「うん」
しょうがない。今日は聖君のいうことを聞いてあげよう。そう思いながらうなづいて、聖君にしばらく抱きついていた。
「うわ!」
後ろから声がした。
「え?」
振り返ってみると、麦さんだった。
「食器片付けにきたんだけど。お邪魔だった?」
麦さんがそう言っても、聖君は私にひっついたままだった。
「うん。お邪魔~~。食器は俺が持っていくからいいよ」
そう聖君は、麦さんの顔も見ずにそう言った。それから、
「このくらい、いちゃついてるのは、見逃してね。これから、麦ちゃんも、桐太と思い切り、いちゃついてていいから」
と、そう私を抱きしめたまま、言った。
「え?ええ?!」
麦さんは、動揺しながらお店に戻っていった。
「い、いいのかな」
私も動揺してるよ。こんな抱きしめあってるところを見られちゃって。
「いいの、いいの。もう、気にしないことにした、俺」
「…」
「桃子ちゅわん。もうちょっと抱きしめててね。そうしたら、俺のパワー全開になるから。ね?」
「うん」
「今、75パーセントくらい。あとちょっとで、100パーセント」
聖君はそんなことを言う。可愛いな~~。
「聖君、可愛い。大好きだよ」
私が聖君の耳元でささやくと、
「おお!一気に85パーセントまであがった~~」
と、抱きしめたままお茶目なことを言ってくる。
私は聖君の顔を覗き込み、頬にチュッてキスをしてみた。
「…今ので、95パーセント」
「残り5パーセント?」
「うん。唇にしてくれたら、あがるかも」
もう~。また可愛いことを言ってくるんだから。
私は恥ずかしかったけど、唇にちょこっと触れてみた。
「あ。それだとね、3パーセントくらいしかあがらないよ」
「ええ?」
「だって、触れたか触れないか、わからないくらいなんだもん」
う~~~。もう~~。しかたないな~~。
私は、思い切って、ちゃんと唇にキスをした。
そして聖君の唇から離れると、聖君は私の顔を見て、にやって笑い、
「今ので120パーセント!もうパワー全開~~」
と言って、立ち上がった。
「さ!仕事がんばっちゃおうっと!」
聖君はそう言うと、自分の食べた食器を持って、お店に行った。
本当に聖君は、単純というか、可愛いというか。でも、そんな聖君が私は、本当に好きなんだな~~。そんなことを思って、私は一人でリビングでにやついていた。