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第61話 いろいろな恋模様

 聖君と車に乗り込み、菜摘の家に行った。聖君は菜摘のお母さんに、さわやかな笑顔で挨拶をした。

「じゃ、帰りも俺の車で、菜摘のこと送ってきますから。もしかするとちょっと遅くなるかもしれないですけど、心配しないでください」

 聖君がそう言うと、菜摘のお母さんは、

「悪いわね。よろしくお願いね」

とそう聖君に言った。


 菜摘も車に乗り、聖君は車を発進させた。

「菜摘のお母さんって、聖君のこと、信頼してるよね」

 私がそう言うと、後部座席から菜摘が、

「お母さん、兄貴のことを信頼してるって言うか、自分の息子くらいに大事にしないといけない存在だって思ってるみたい」


「え?自分の息子?」

「実際、お父さんとは血もつながってるし、それに、兄貴のお母さんが妊娠してるってわかってたら、お母さん、お父さんと結婚していたかどうかもわからないって、前に言ってたよ」

「どういうこと?」

 私が菜摘に聞くと、聖君が、

「俺の母さんのために、身を引くとか、そういうことを考えただろうってことだろ?」

と菜摘のかわりに答えた。


「うん。兄貴がね、すごく幸せに暮らしていてくれてることに感謝してるって。でないと、心苦しく思っちゃうって」

「自分のせいで、不幸になったとでも思うってこと?」

「うん。自分だけ幸せになったら悪いなって思うんじゃない?」

 菜摘が聖君の質問に答えた。


「お母さん、俺にどっか遠慮してるもんね。お父さんはそうでもないけどさ」

 聖君はバックミラーで、菜摘の顔を見ながらそう言った。

「だから、俺には強いこと言えないんだよね?信頼って言うよりも、遠慮だよな。それ、うまく利用しようとしただろ?菜摘」

「え?」

「俺がお父さんに旅行のことばらさないようにしてくださいって言ったら、お母さんは俺の言うことならきくだろうみたいな…」


「う…。わかった?」

「そりゃね。一応、俺、お前の兄貴だし」

 聖君はそう言うと、くすって笑った。

「ま、いっけど。俺もけっこうずるいところあるし、さすが、同じ血が流れてるって思うよ。うん」

「ごめんね。兄貴を利用するみたいなことしようとして」


「だから、いいって言ってるじゃん。ただ、葉一とのことは、ちゃんと向き合ったほうがいいとは思うけどね」

 聖君がそう言うと、菜摘は黙り込んだ。

「ちゃんとお前の気持ち言えよ?葉一だって、きっと心のうちを話してくれるだろうから。な?」

 聖君はすごく優しい口調で、菜摘にそう言った。菜摘は、うんってすごく小さな声でうなづいた。


 お店に着いた。聖君は車に乗り込む前にメールで、私や菜摘とお店に行くと、お母さんに連絡しておいた。

「いらっしゃい~」

 聖君のお母さんが元気に出迎えてくれた。


「また、来ちゃいました」

 私がそう言うと、

「嬉しいわ。たった一日でも桃子ちゃんがいなくて、爽太も私も寂しくなっていたのよ」

 お母さんはそう言って、私と菜摘をカウンター席に座らせた。


 クロが尻尾を振って、足元に来た。キッチンからは、エプロンをつけた杏樹ちゃんが、泡だて器を持ったまま、飛び出してきた。

「お姉ちゃん、いらっしゃい!」

「あ、お手伝いしてたの?」

「うん!あ、菜摘ちゃんもいらっしゃい!」

 杏樹ちゃんは、泡だて器を持ったまま、私たちのところに来て、

「嬉しいな。お姉ちゃんが二人も来てくれて」

とにこって笑って言った。


「ああ、そういえば、そうだな。菜摘も桃子ちゃんも、杏樹のお姉さんになるのか」

 聖君は、エプロンをつけながらそう言った。

「桃子ちゃんと菜摘ちゃんは、何か食べる?」

 お母さんに聞かれた。

「いえ、まだお腹すいてないし、いいです」

 私がそう言うと、

「私も」

と菜摘も言った。


「じゃ、飲み物だけでも持ってくるわ」

 聖君のお母さんはそう言って、キッチンに入っていった。

 菜摘、なんだか元気がない。また、葉君と会うのを、緊張してるのかな。

「菜摘、大丈夫?」

 私が聞くと、菜摘は作り笑いをした。ああ、やっぱり、大丈夫じゃないな。


「おはようございま~~す」

 元気に麦さんが、入ってきた。あ、今日は麦さんがシフトに入ってるんだ。

「あ!桃子ちゃん!!!」

 麦さんは私を見つけて、喜んですぐそばに来た。

「良かった~~。桃子ちゃん、家に帰っちゃったって聞いて、もう話ができないかって思ってたの。今日は夜までいるの?」


「はい。夜までいます」

「じゃ、バイト終わってから、話を聞いてくれる?」

「はい」

「良かった~~。あ、菜摘ちゃんだっけ?おはよう。久しぶりね」

 麦さんがにこにこしながら、菜摘に声をかけ、店の奥へと入っていった。


「聖君、おはよう!」

 麦さん、元気だ。何かいいことあったのかな。あ、まさか、もう桐太とうまくいっちゃったとか?!

「桃子、いつの間に麦さんと仲良くなったの?」

「え?」

「麦さん、兄貴のこと好きなんでしょ?」

 菜摘が小声で、そう言ってきた。


「ううん。今はもう違うし、いろいろと悩み事を聞いたりしてるんだ」

「桃子が?!」

「うん」

 菜摘は目を点にしている。

「桃子って…」


「え?」

「なんだか変わったよね」

「私が?どんなふうに?」

「なんか、大きくなったっていうか、人を包んじゃうくらいの女性になったっていうか」

「え?」


「あ、お母さんになるからなのかな~」

 菜摘はぼそってそう言った。それから、

「桃子といると、私もほっとするもん。兄貴もすごく頼りになるけど、桃子はいてくれるだけで、ほっとする」

と、私の肩にもたれかかりながら、そんなことを言った。


 嬉しいな。いつも誰かによっかかってないといられないような、いつも誰かに助けてもらっていたそんな私だったのにな。こんなふうに言ってもらえるのは、本当に嬉しい。


 聖君のお母さんが、私にはホットミルクを、菜摘にはアイスティーを持ってきた。

「あ、ありがとうございます」

 菜摘がぺこってお辞儀をした。

「菜摘ちゃん、なんだか元気ないけど、大丈夫?」

 聖君のお母さんも、気がついたみたいだ。

「大丈夫です。元気です」

 菜摘はまた、作り笑いをした。


 聖君が、11時になり、お店のドアにかかっている札を、「オープン」に変えた。すると、すぐにお客さんが入ってきた。

「いらっしゃいませ」

 聖君は、最上級の笑顔で出迎えた。

「こんにちは」

 二人組みの若い女性客。

「また来ちゃった」

 そう言って、お店に入ってきた。


「あ、この前、来ていただいた…」

 聖君はにっこりと微笑んだまま、そう言った。ああ、私もなんとなく見え覚えがあるな~。

「ランチを二つ、食後はコーヒーで」

 二人は席に着くと、すぐにそう聖君に頼んだ。

「はい。コーヒーはホットでよろしいですか?」

「うん。ホットで」


 聖君はキッチンにオーダーを通すと、水を持って、テーブル席に行った。

「聖君だったよね?確か、大学1年」

 一人の人が聞いた。

「ああ、はい」

「今、夏休みだからバイトしてるの?それとも、ずっとここでバイトするの?」

「大学始まったら、夜だけ出ます」


「あ、良かった~~。じゃ、今度は夜来るわ」

 そうお客さんが言うと、聖君はにこりと微笑み、

「夜は予約を入れてくるお客様も多いので、予約を入れられたほうがいいかもしれないです」

と、その人に丁寧に答えていた。

「お酒もある?」

「お酒はワインと、コロナビールしか置いてないんです」

「へえ、ワインはあるのね」

「はい」


「聖君は飲むの?」

「僕はまだ、未成年なので」

「あ、そうか。まだ大学1年だもんね。落ち着いているから、もうとっくに20歳過ぎてるのかと、勘違いしちゃうわ」

 その人はそう言いながら、すごく嬉しそうに笑った。


 本当に、聖君はすごくスマートに話しをしていて、大人びて見える。でも、相手が高校生くらいだと、もっと言葉使いがくだけたようになる。相手に合わせて、いくらでも変えることができるようだ。


 カラン。また、お客さんが入ってきた。と思ったら、籐也君だ。その後ろからは、顔がすごく小さくて、背はすらっとしている美人の子が入ってきた。

 もしや、彼女?彼女がこの数日でできたのかな?


「あ!うそ。桃子ちゃんだ」

 籐也君が私を見つけた。

「すげ~偶然。もう会えないかと思っていたよ。今日来て、ラッキーだ」

 籐也君は、にこにこしながら私の隣にやってきた。

 聖君は、じろっとこっちを見た。思い切り、こっちが気になるようだが、まだ、さっきのお客さんに話しかけられ、またにこりと微笑みながら、答えていた。


「あ、芹香。この子が桃子ちゃんだよ。それから、あっちにいるのが聖」

 藤也君が、一緒に入ってきた女の子に、そう紹介した。

「こんにちは。私、小沢芹香です」

 うわ。目の前で見ても、めちゃ、顔が小さい。


「いらっしゃいませ。こちらのテーブル席にどうぞ」

 聖君が、カウンターの席に着こうとしている、藤也君の横にやってきて、そう言った。

「カウンターでいいっすよ」

 藤也君がそう言っても、聖君は、

「今、お水とメニュー持ってきますね。どうぞ、こっちの席に!」

と思い切りにっこりと笑いながら、断固としてカウンターの席に座らせないようにしている。


「籐也のお友達?あ、もしかして、彼女とか?」

 聖君は、芹香さんをテーブル席に案内しながらそう聞いた。

「モデル時代、一緒につるんでたの」

 芹香さんがそう言った。

「モデル?ああ、籐也、中学のときモデルしてたんだっけ」

 聖君がそう言うと、

「私はまだ、モデルしてるけどね」

と芹香さんが言った。


 なるほど。それであんなに顔が小さくて、手足が長く、すらっと細くて背が高いのか。納得。と思いながら芹香さんを見ていると、聖君の隣に並んだら、めちゃ絵になっていてお似合いに見えた。

 すごい。美人のモデルさんの隣に並んでも、聖君は全然ひけを取らないんだ。さっき、籐也君の隣に芹香さんが並んでも、お似合いだったけど、聖君とだと、さらに目を奪われるくらい、すごいツーショットになる。


「なんだか、聖君とお似合いだ。あのまま、ファッション誌に出てきちゃいそうだ」

 私が二人を見ながら、ぼそってつぶやくと、隣で菜摘が、

「何を言ってるのよ。兄貴は桃子の隣にいるのが、一番合ってるって」

と、そう言ってくれた。


「桃子ちゃんもあっちのテーブル席に行かない?あ、その横にいる子も。桃子ちゃんの友達?俺、玉木藤也っていうんだ。君は?」

とまだ、籐也君はカウンターの席から離れないでいた。

「籐也。お前はこっち。桃子ちゃんと菜摘は客じゃないんだ。悪いな」

と聖君は籐也君の腕をつかんで、カウンター席から離れさせようとした。


「いてて。痛いって、聖さん。あ、菜摘ちゃんっていうの?可愛い名前だね」

 う~~ん。もしや藤也君はどんな女の子に対しても、こうなんだろうか。

「菜摘は俺の妹で、俺の親友の彼女なんだ。絶対に手、出すな!」

 聖君が籐也君の耳元で、低い声でそう言った。


「妹?じゃ、君が聖さんが言ってた…。あれ?今年、中3の?」

「お兄ちゃん!ちょっと手伝って」

 キッチンから、杏樹ちゃんが聖君に声をかけた。

「ああ、わかった」

 聖君がそう答えて、キッチンに行こうとすると、

「あ、あれ?あの子も妹?あの子がもしかすると中3の?可愛いっすね」

と籐也君が聞いた。


「杏樹にも手出すなよ!」

 聖君はぎろっと籐也君をにらんだ。それから、キッチンに行ってしまった。籐也君は、

「聖さんの周りって、可愛い子ばっかりだな」

とつぶやいて、私のほうを見ると、

「でも、桃子ちゃんが一番タイプだ」

と、そう小声で言った。


 私がひきつると、くすって笑って、籐也君はテーブル席に行った。

「何?あれ。もしや相当女の子と、遊んでるの?桃子、狙われちゃってるの?」

 菜摘が私にひそひそ声で聞いてきた。

「よくわかんない」

 私も、籐也君のことがよくわからなくなって、もうかかわるのはやめようって思った。


「モデルもしてたっていうくらい、確かにかっこいいかもしれないけど、中身が悪そう。そのへんが兄貴とは違うよね」

 菜摘がそう言った。

「聖君のほうが、全然、かっこいいもん」

 私がそう言うと、菜摘が横で笑いながら、

「桃子にかかったら、どんな人も、兄貴の足元にも及ばなくなっちゃうんじゃないの?」

と聞いてきた。


「当たり前だよ。聖君よりかっこいい人なんて、この世にいないんだから」

「あはは。それ、兄貴に聞かせたい~~」

「もう、何度も言ってる」

「え?ほんと?兄貴なんて言ってた?それ聞いて」

「照れてるよ、いつも」

「あはは。兄貴の照れてる顔が目に浮かぶ」


「丸聞こえだよ、菜摘。元気になったじゃん。そろそろ店混んでくるし、リビングに移動する?」

 いつの間にかカウンターに来ていた聖君が、頭をぼりって掻きながら、そう聞いてきた。

「あ、うん」

 私は席を立とうとすると、菜摘は聖君の顔を覗き込み、

「兄貴よりかっこいい人は、この世にいないんだって。良かったね、兄貴」

と、からかうように言った。


「うっせえよ、いいから、リビングに行け!」

 聖君は菜摘の頭をこつきながら、そう言った。

「あ、照れてる~~」

 菜摘は聖君の反応を面白がった。と、その時、お店のドアが開き、桐太が入ってきた。


「おお~~。桃子!なんだよ、家に帰ったんじゃないの?」

 私を見つけて、カウンターまでずかずかと歩いてくると、私の横に腰掛けた。

「聖、俺ランチとアイスコーヒーな!」

 桐太はそう言うと、菜摘にようって挨拶をして、

「今日もあっち~~」

と、額から流れる汗を手でぬぐった。


「聖、まず水くれ、水」

 桐太はそう言うと、テーブル席の藤也君を見つけ、

「あれ?お前も来てたんだ。最近朝、会わないけど、ユキの散歩行ってないの?」

と聞いた。

「行ってますよ~~。時間帯が違ってるだけじゃないっすか?」

 籐也君は、テーブル席から、そう桐太に答えた。


「それより、桐太さんも、桃子ちゃん狙い?」

 ひえ!そんな大きな声で、そんなこと言わないでよ。お店中に響いてるよ。あ、そうだ!キッチンには麦さんもいるんだよ!

「俺?まさか!」

 桐太はそう言ってから、

「あ、まさか、お前、桃子のこと狙ってるの?あはは、やめとき、やめとき。そんなことしたら、グーでなぐられて、歯をへし折られるよ」

と笑って言った。


「え?もしかして、聖さんに?」

 籐也君が聞いた。

「違う違う。桃子になぐられるから。桃子、すげえ強いからさ」

 桐太は藤也君に、そう答えた。ちょうどその時、聖君が水を持ってきた。

「お前、声でかいよ」

 そう言って、水を桐太に渡すと、

「でも、お前からも籐也に桃子ちゃんのことはあきらめるよう、言っておいて」

と、小声で、そう桐太に言った。


「え?なんだよ。あいつまじで、桃子を狙ってるの?」

「そうみたい」

「でも、女連れじゃん。彼女じゃないの?なんか顔がやけに小さい、ひょろひょろした女だけど」

「ああ、友達みたいだよ」

「そうなんだ。うん、わかった。手出さないよう、見張ってやるけど、でも、そんなことしなくても、桃子だったら、大丈夫じゃねえの?」


「なんで?」

「だって、グーでなぐって、歯を折るくらい、平気でするから」

「桐太~~。それはもう、蒸し返さないでよ~~」

 私が桐太にそう言うと、

「あはは!悪い悪い」

と、桐太は元気に笑った。


「あ~~あ、なんで桃子ちゃんがいる時に、あいつ来ちゃったんだろう」

 聖君はそうぼそってつぶやいて、キッチンに戻っていった。

「なんだろうな~~。桃子が心変わりするわけないんだし、もっとどんと構えてたらいいのにな。聖のやつ。そう思わね?」

 桐太は、私ににやって笑いながらそう言った。


「桐太、今日元気だね」

「え?」

「この前、あんなに悩んでいたのに。どうしたの?いいことでもあった?」

「うん」

 桐太は嬉しそうにうなづいた。


「何?何があったの?」

 まさか、やっぱり進展?なんだか、麦さんも元気だったし。

「俺、自分の気持ちにしっかりと気づいた」

「え?」

 それって、麦さんが好きってこと?


「俺、やっぱり好きみたい」

 やっぱり~~~?!!!うわ。桐太、真っ赤だ。なんだかこっちまで心臓がドキドキしちゃう。

「なんでそう思ったの?」

「うん。一緒にいるとさ、なんかドキドキしちゃうし、嬉しいし、やっぱさ、可愛いって思えちゃうし。あ、俺もしかして、今、顔赤い?すげえ顔が熱いんだけど…」

と桐太がそう私に聞いてきた時、私と桐太の後ろで、ガチャンと何かが落ちる音がした。


「え?」

 私と桐太は同時に後ろを向いた。そこには顔を青くしている、麦さんがいた。麦さんはランチのセットのスプーンや、フォークを床に落としていた。

「あ、ごめん、手がすべって」

 麦さんは顔をひきつらせながら、しゃがみこみ、スプーンやフォークを拾った。


「今の聞いてた?」

 桐太が麦さんに聞いた。

「桐太、好きな子、できたんだ…」

 麦さんは下を向きながら、そう言った。

「え?あ…」

 桐太は、何かを言おうとして、口をぱくぱくさせた。でも、言葉が見つからないようだ。


 麦さんは、そのまま桐太の顔も見ず、キッチンに戻っていった。

 桐太は、しばらく呆然とどこかを見つめ、

「やばい?これってやばい?俺の気持ち、ばれちゃったってこと?」

と、私に震える声で聞いてきた。


「ばれてないと思う。どっちかって言うと、麦さん、桐太が他に誰か好きな子ができたって、勘違いしてると思うけど」

 私がそう言うと、桐太は、

「それって、もっとやばい?今、すげえ、やばい状況?」

と、ますます声を震わせた。


「ど、どうかな?」

「うそだろ。なんで今日あいついるの。今日、サーフィンしないって来なかったから、江ノ島にも来ないのかと思ってた」

 桐太はそう言うと、思い切り頭を抱えた。

「お待たせ」

 聖君が桐太に、ランチを持ってきた。


「あ…」

 桐太は聖君を見ると、小声で、

「麦、どうしてる?さっき変なこと聞かれちゃったんだけどさ」

と、聖君に聞いた。

「何をお前言ったの?なんかきついことでもまた、言ったんじゃないの?」

「え?」


 桐太が顔をひきつらせた。

「麦ちゃん、顔を真っ青にして、桐太のランチは聖君が持っていって、私、行けないって言ってきた」

「ええっ?」

 桐太は、それを聞いて私のほうを見ると、

「その反応って、どういうことだと思う?俺に好きな子がいるって知って、ショックを受けてるってこと?」

と聞いてきた。


「何?お前、そんなこと麦ちゃんに言ったの?」

「違うよ。桃子に、自分の気持ちに気がついたって話をしていたのを、偶然聞かれちゃったんだよ」

「麦ちゃんのことをだろ?」

「うん。でも、麦の名前は出してないから、ただ好きな子ができたって、思ってると思うけど」

「え?」


「…。それって、それってさ」

 桐太は顔を赤くして、ちらちらとキッチンを見ている。

「桐太に好きな子がいるって知って、ショックを受けたんだろうなあ」

 聖君がすごく淡々とそう言った。


「俺のことが好きってことだよね?」

 桐太は、聖君にそう確認した。私の横で、耳をすませながら、菜摘が桐太や聖君を交互に見ていた。

「さあ?自分で聞いてきたら?」

 聖君はまた、淡々と桐太に答えた。

「え?」

「本人に聞いてきたらいいじゃん」


「い、今?」

「もし、麦ちゃんもお前のことを好きだとしたら、今、めっちゃ落ち込んでるんじゃないの?」

「え?」

「泣いてるかもな~~」

「まじで?泣いてた?」

「さあ」


 聖君は、すごく冷めた表情でそう言った。

「なんだよ。聖見て来いよ。麦が泣いてないかどうか」

「あ、テーブル席のお客さんにコーヒー持っていかなくちゃ。じゃあな。自分で確認して来いよな」

 聖君は、冷たくそう言い放ち、さっさとテーブル席のお客さんのお皿をさげに行ってしまった。


「なんだよ、あいつ」

 桐太はそう言うと、ランチのコロッケを一口、口に入れ、

「ああ、駄目だ。気になって食べられない」

とフォークを置いた。

「ちょっと見てくる」

 桐太は席を立ち、キッチンに向かっていった。


 わあ、ドキドキだ。

「桐太って、麦さんが好きだったの?」

 菜摘が私に、こそこそっと聞いてきた。

「うん」

 私がうなづくと、

「そうなんだ。で、麦さんもなの?」

と、またひそひそ声で聞いてきた。


「うん」

 私がうなづくと、菜摘は、

「ひゃ~~。どうなるんだろ。ドキドキ~~」

と言って、キッチンのほうを見た。

 

 聖君もお皿をトレイに乗せ、キッチンのほうに向かいながら、キッチンの奥を気にしている。

 うわわ~~。今、キッチンの奥では、麦さんと桐太はどんな会話をしているの?

 私と菜摘は、息をひそめて、キッチンのほうをただただ、見ていた。




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