第60話 夢の中では
その日も、聖君の腕の中で眠りについた。聖君の寝息、鼓動、それにぬくもりやにおい、とっても安心する。
そして、また私は夢を見ていた。
私は菜摘と、れいんどろっぷすの前に立っている。
「こんな素敵な店が、江ノ島にあったんだね」
とても暑い夏の午後。多分、海の帰りだ。
お店に入ると、エアコンが効いていて、とっても涼しかった。
「いらっしゃいませ」
店の奥から現れたのは、日焼けをしたものすごく素敵な笑顔の聖君。
うわ。なんて素敵な笑顔の人だろう。私は一瞬にして、その笑顔に恋をした。
「私、カルピスソーダ」
菜摘が注文した。
「すみません。カルピスソーダはおいてないんです。普通のソーダ水でもいいですか?」
聖君が、にっこりと微笑みながら、菜摘に聞いた。
「うん。いいです。桃子は何にする?」
「え?私、アイスティーで」
私は小声でそう言うと、聖君が、
「え?」
と顔を近づけ聞いてきた。
「アイスティーで」
「はい。わかりました」
聖君はまた、にっこりと微笑むと、店の奥へと行ってしまった。
「めちゃ、かっこいいね」
菜摘は、目を輝かせていた。
私は聖君のことを目で追った。他のテーブルに、ケーキを持っていったり、お客さんと笑顔で話している。
笑顔がめちゃくちゃ、さわやかだ。声もさわやかだ。背格好も、後姿も、肩のラインも、髪型も、全部が素敵だ。
すごい。あの人。どっからどう見ても素敵だ。
胸がばくばくした。聖君が私たちのテーブルに来たときには、顔をあげることもできないくらい、ドキドキしていた。
きっと私の顔は真っ赤だ。
アイスティーをテーブルに置く手を見ると、指もきれいだし、爪まできれいだ。
どうしよう。こんなにもときめいている。
またお店の奥に行く、聖君を見た。あ、キッチンのほうに、若い女の子がいる。きっとバイトの子だ。聖君と仲よさそうに話している。
いいな。あんなふうに話せて。
またお客さんが入ってきた。聖君が水を持って、お客さんをテーブル席に案内した。そして、仲よさそうに、笑って話をしている。どうやら、常連客のようだ。
ああ、いいな。あの笑顔、思い切り向けてもらって。
すると、聖君は私たちのテーブルの前に来て、菜摘に声をかけた。それもものすごく優しい声で。
「もう、大丈夫?」
え?菜摘と知り合い?
「菜摘、もう元気になった?」
聖君の目は優しくて、菜摘はこくんと嬉しそうにうなづいている。
なんで?どうして知り合いなの?初めて来たお店じゃないの?ここ。
私は思い切り動揺した。それも、そんなに優しい目で見てるなんて!羨ましい。羨ましくてしょうがない。
聖君は、キッチンに行き、コーヒーをトレイに乗せ、お客さんに運んだ。
「お待たせしました」
ものすごく素敵な笑顔で、コーヒーを置くと、そのまま、またそのお客さんと笑いながら話をした。
お客さんはやたらと、聖君の腕とかに触っている。
うわ!やめて~~!って私は思い切り、嫌がった。嫌がりながらも、羨ましく思っている。
聖君のもとに、女の子が駆け寄った。そして、聖君の後ろから抱きつき、甘えている。
「杏樹。お店ではそんなにひっつくなよ。家に入ってな」
なんて聖君は笑いながら言っている。
妹なんだ。私はなぜかぴんときた。
ああ、羨ましい。聖君に笑顔を向けられている人も。優しい目で見つめられた菜摘も。それに背中にべったりとひっついていた杏樹ちゃんも。
笑顔を向けてほしい。優しい目で見てほしい。あんなふうに甘えてみたい。でも、話をすることもできないでいる。
ぽつん。みんなが明るく聖君と笑いあっているのに、私一人だけ、孤独になっていた。テーブル席からなぜか、私は一人カウンター席に移動していて、店の中央に聖君がいて、周りには女の子がいて…。
いいな。そばにいきたいな。聖君のすぐそばに。でも、そんなの無理かな。
悲しい。寂しい。めちゃくちゃ、切ない。今にも泣きそうなくらい、私は落ち込んでいる。
すると突然、聖君が私の前に立っていて、
「なんで甘えてこないんだよ」
と言ってきた。
「え?」
何?何?突然。
「どうして、そっけなくするんだよ」
聖君は口を尖らせ、声は甘えた声を出している。
「寂しかったら、寂しいって言って。甘えてきて。じゃないと俺、嫌われてると思っちゃうよ?」
「え?私に?」
「そうだよ。桃子ちゅわん」
桃子ちゅわん?
聖君は私を椅子から立ち上がらせ、思い切り抱きついてきた。
ひょえ~~~!なんで?なんで私抱きしめられてるの?
「ひゃ~~~」
心臓持たないよ。どうして、いきなりこんな展開になってるの?
聖君が私のほっぺを触ってる。髪もなでてる。
きゃ~~~。どうして?こんなに接近してるの?さっきまで遠くで他の女の子と、仲良くしてたのに。
「うわ~~~」
駄目だ。心臓がばくばくで…。
「心臓が持たないよ。駄目だよ。ドキドキしてて駄目だよ」
「どんな夢?」
「え?」
「だから、桃子ちゃん。今日はどんな夢?心臓が持たないくらい、ドキドキって、もしかしてまた、エッチな夢?」
「…」
聖君の度アップだ。あ…。
「夢?!」
「目、覚めた?」
「私、また夢見てた?もしかして寝言言ってた?」
「うん。で、どんなエッチな夢?」
「え?!そんな夢見てないよ!」
「じゃ、何?ドキドキしてる夢って」
「…。聖君に抱きしめられる夢」
「やっぱりエッチな夢じゃん」
「違うよ~~。聖君が桃子ちゅわんって言って、抱きしめてくるだけだよ~」
「それで心臓持たないくらい、ドキドキしてたの?」
「だって、会ったばかりなのに、いきなり抱きしめられたから」
「おもしれ~~。いつもながら面白いよね。桃子ちゃんの夢って、ほとんどが、片思い中の夢だよね?」
「う、そうかも」
とうとう、面白がられてしまった。
「は~~。あ、もう7時になるね。起きるとするか~~」
「うん」
聖君はいつものごとく、ぱっと起き上がるかと思ったら、しばらく私のことを抱きしめていた。
「起きないの?」
「ん~~~~。もっと桃子ちゃんと抱き合っていたかった」
「え?」
「昨日、俺、いつ寝た?」
「覚えてないの?」
「うん」
「私のこと抱きしめてるうちに、く~~って寝てたけど?」
「やっぱり?あ~~。もっと桃子ちゃんのこと、感じていたかったのにな」
「え?何?それ」
私は聞いてて、真っ赤になってしまった。
「桃子ちゃんのぬくもりとか、柔らかさとか。だって、すげえ癒されるから」
「…。癒されたから、寝ちゃったんじゃないの?」
「あ、そっか」
聖君はそう言うと、私の胸に顔をうずめ、
「桃子ちゅわん」
と甘えてきた。
「籐也には絶対に会わせない」
また言ってる。
「どうしたの?何かあったの?籐也君と」
「あいつ、店に来て、やたらと桃子ちゃんのこと聞いてきたから」
「え?」
「俺の彼女だから、手出すなよって言ってるのに、可愛いですよねって、しつこいのなんのって」
「もしかして、心配してるの?」
「そうだよ。桃子ちゃん、あいつに惚れたりしない?」
「するわけないじゃん」
聖君は私の顔を覗き込み、
「まじで?」
と聞いてきた。
「当たり前じゃない。聖君にしか、惚れないもん」
「…」
聖君はじっと私を見た。
「じゃあさ、あいつがもし、めちゃくちゃさわやか~~な笑顔を向けてきたら?」
「別に、なんとも思わないよ?」
「めちゃくちゃ可愛い笑顔だったら?」
「別になんとも」
「じゃ、めっちゃくちゃ優しかったら?」
「まったくなんとも…」
「じゃ、かっこいい笑顔」
どんな笑顔だ。
「なんとも思わないってば」
「…じゃ、俺の情けな~~い顔」
「え?」
「それとか、ぶすったれた顔」
ええ?聖君の?
「くす」
「あれ?なんで笑うんだよ?」
「聖君の情けな~~い顔も、ぶすったれた顔も、すねた顔も、甘えてくる顔も、全部好きだよ。可愛いし、愛しいって思っちゃうもの」
私がそう言うと、聖君は顔を赤くして、
「そう?そっか。だったら、いいんだ」
と言って、私にキスをして、
「さ、起きようっと」
とさっさとベッドから降りた。
それから、すばやく着替えると、さっさと部屋も出て行ってしまった。
それにしても、本当に私は片思いをしている夢ばかりを見ている。今日の夢でも、聖君は思い切り素敵で、それを遠くで見てるだけだったし。
あ、途中まではね。
それに、みんなのことを思い切り羨ましがっていたし。笑顔向けてほしいなとか、優しくしてもらいたいなとか、甘えたいなとか。
今は、それどころか、聖君のほうが甘えてくるし、抱きつかれちゃうし、笑顔だって、ぬくもりだって、すぐ近くにあるんだよな~~。
私、思い切り幸せ者だよな~~~~~。
しばらくベッドで、聖君のにおいやぬくもりを感じて、ごろごろとしていた。すると、携帯が鳴った。
開けてみると、菜摘からのメールだった。
>おはよう、起きてる?いきなりだけど、今日会える?家にいってもいい?
私はすぐに菜摘に電話をした。
「もしもし、今日会えるよ」
そう言うと、菜摘は、
「良かった。実は夜中、私が寝たあとにメールを葉君、くれてて。また、ちゃんと話をしようって書いてあって…」
「そうだったんだ」
「怖いよ~。葉君と会うのも、話すのも」
「どうして?」
「悪いほうばっかり考えちゃう。とうとう別れ話をするのかなとか」
「聖君も言ってたじゃない。そんなに悪いほうに考えないでって」
「そうだけど、でも」
菜摘の声が沈んだ。
「桃子ちゃん、起きてる?お母さんが朝ごはん、すぐ食べるのか聞いてる…。あ、誰かと電話?」
聖君が部屋に入ってきながら、話しかけてきた。
「うん、菜摘と」
「あ、そうなんだ。悪い。かわって」
「うん」
聖君と電話をかわった。聖君はまた優しく、菜摘と話し出した。
「葉一と早くに会って、話したほうがいいよ」
聖君は菜摘にそう言うと、
「あ、そうだ。今日俺の家に来たら?葉一に帰りに店に来てもらおうよ。店で話をしたらいいじゃん」
と、提案していた。
「うん。俺が店に行くとき、一緒に車に乗っていったら?あ、桃子ちゃんも一緒にさ。葉一が来るまでは、うちでのんびりとしてたら?」
菜摘、葉君に会うの怖がってたのに、大丈夫なのかな。
「うん。じゃあさ、10時に迎えに行くよ。俺が行ったほうが、お母さんも安心するでしょ?俺んちに来るんだってわかったほうがさ。それから、帰りはまた、俺が車で送っていくからさ」
あ、菜摘、行くって決めたみたいだ。
「じゃ、あとでね」
聖君はそう言うと、電話を切って、
「あ、ごめん、桃子ちゃんの都合聞いてなかった。今日なんか、予定は入ってた?」
と私に聞いてきた。
「ううん、ないよ。大丈夫」
「良かった」
聖君はほっとしてから、また、
「まずい!桃子ちゃんの高校のこと、忘れてた。いつ行くんだっけ?今日じゃないよね」
と聞いてきた。
「いつかな?お母さんに聞いてみる」
私は着替えをして、聖君と一階に降りた。
母は、父の朝ごはんの用意をしていた。
「ねえ、高校のことだけど。いつ校長や、PTA会長に会いに行くの?」
私がそう聞くと母は、
「昨日校長に電話をしたら、今日でも明日でもいいし、あさってでもいいって言ってたわよ」
と、ベーコンエッグを作りながらそう言った。
「今日は菜摘と、れいんどろっぷすに行ってこようかと思ってるんだけど」
「お手伝い?」
「うん。もしかすると、手伝いもするかも」
「そう。じゃ、明日かあさってに行くことにするわよ。明日にする?校長に電話しておくけど」
「うん。わかった」
聖君は食卓で、父と話しをしていた。
「聖君、今日は大丈夫みたい。明日にするって」
私がそう言うと、聖君はほっとしていた。
菜摘は大丈夫なのかな。
大丈夫だよね。きっと、聖君が昨日葉君に話していたように、二人で心のうちをちゃんと話し合うよね。
菜摘だって、葉君だって、お互いが思いあっていて、泣いちゃうほど好きあっているんだもん。大丈夫。
なんて思いながら、私は他人事ながらも、ドキドキしていた。
ああ、ドキドキといえば、麦さんと桐太のほうはどうなったのかな。
なんだか、私の周りでは、いろんなことが起きているんだな。なんてまだまだ、私はドキドキしながらも、のんきに構えていた。