第6話 新婚初夜(?)
聖君よりも先にシャワーを浴びた。出てくると、父も帰ってきていて、聖君はリビングで父と話をしていた。父は笑い声をあげながら、話していた。本当に、上機嫌だ。
ひまわりも、部屋から飛び出してきて、聖君の隣に座った。あっという間に、聖君の隣の席を取られてしまい、私はオタオタとしてしまった。
「あ、俺もシャワー浴びてきていいですか?」
「ああ、いいよ。いいよ」
父にそう言われて、聖君はシャワーを浴びに行った。
「なんだ~、いっぱい話がしたかったのに」
ひまわりがつぶやくと、
「だから、ひまわり、聖君だって疲れてるんだから、バイトがある日はなるべく休ませてあげなさい」
母が父にビールを持ってきてあげながら、ひまわりにそう言った。
「早く、聖君が、20歳になったらいいなあ」
父はそうつぶやき、ビールを飲んだ。
「これからも、大変だわね、聖君は」
母がそう言うと、父もひまわりも、なんで?っていう顔をした。
「だって、おじさんの相手や、小娘の話を聞かないとならないわけでしょ?うちにいると大変だわ」
「小娘ってだれ?!」
ひまわりが怒った。
「おじさんの相手ってというのはどういうことだ?聖君だって、いつも喜んで話を聞いているじゃないか」
父も、ちょっとむっとしていた。
「それにお母さんだって、聖君によく話しかけてるじゃない。そんなおばさんの相手だって、大変なんだからね!」
あわわわ。ひまわりと母が、喧嘩になりそう。
そこに聖君が、頭をバスタオルで拭きながらやってきた。
「お先に、すみません」
と、そう父に言ってぺこりとお辞儀をすると、聖君は、まったくこの場の状況を無視して、私に向かって、
「部屋行こう、桃子ちゃん」
と言い、私の腕をつかんだ。
「え?でも」
ひまわりも、父も母ですら、聖君と話がしたかったんじゃないのかな。
「それじゃ、おやすみなさい」
聖君はさわやかにそう言うと、階段を上りだした。
「あ、おやすみ、聖君」
父と母が後ろから声をかけた。ひまわりだけは、
「え~~?もう寝ちゃうの~~?」
と悲しがっていた。
私の部屋に入ると、ベッドに聖君は座り、髪を乾かし始めた。時々、大きなあくびをしながら。
「聖君、最近眠れてるの?」
「うん」
「ほんと?疲れてるんじゃないの?うちと聖君の家の往復もしていたし」
「大丈夫だよ。ただ、昨日は興奮して寝れなかっただけだから」
「興奮?」
「今日から桃子ちゃんの家に住むと思ったら、目が冴えちゃって」
「……」
そうだったんだ。
「桃子ちゃんも、髪、半乾きじゃん。ここに座って、乾かしてあげるから」
「え?うん」
私はベッドに座った。聖君はドライヤーで乾かしてくれた。
「ひまわり、まだ聖君と話したかったみたい」
「うん」
「お父さんも、話したがってたよ」
「聞こえてたよ。リビングから、ひまわりちゃんがさけんでるの」
そうか、聞こえてたんだ。あれだけ大きな声で言ってたら聞こえるか。
「ひまわりちゃんには悪いけど、俺、桃子ちゃんといたいんだもん」
「え?」
聖君はドライヤーを止め、後ろからガバっと抱きついてきた。
「わ!」
ドキドキ。もう、さっきから聖君、抱きついてばかりだ。
「母さんも父さんも、俺が結婚したこと、黙っててくれてるんだ。朱実ちゃんも、パートの人も、麦ちゃんや菊ちゃんにも内緒にしててくれてさ」
「……」
麦さんも、知らないんだな。
「だから、俺、店で話したくても話せなくって、じれったくって」
「へ?」
「本当は、俺、結婚したんです!今日から桃子ちゃんと暮らすんです!すげえ幸せ~~って、さけびたいくらいなのを、我慢しててさ」
「……」
子どもみたいだな…。
「でも、顔だけはずっと、にやついちゃってるんだけど」
「ずっと?」
「うん。ずっと。で、今日菊ちゃんにも、朱実ちゃんにも、どうしたのって聞かれたんだけど、理由言えないじゃん?うん、ちょっといいことがあってって、それしか言えなくってさ。それがじれったくって」
「…そ、そうなんだ」
「いいことって何?ってまた聞かれるんだけど、それはちょっと言えなくってって俺が言うと、もったいぶらないで教えてよってつっこまれて、俺、言いたくって言いたくって、その辺がけっこう辛くって」
「……」
「夜、店閉める頃、桐太が来たんだ。桐太も気を使って、桃子ちゃんの話はしないんだけど、俺が話したくてうずうずしてたんだよね。でもさ、ずっと菊ちゃん、いるんだもん。母さんと、今日のランチのメニューのレシピの話をしていてさ、俺、桐太に話聞いてほしかったのに」
どんな話をだろう……。
「あ~~~~~。思い切り、堂々と結婚したことをみんなに、話したい!!」
聖君はそう言うと、また、ドライヤーをつけて、私の髪を乾かし始めた。
面白いな~~。聖君って。
でも、わからなくもないかな。私もみんなに言いたい気もするもの。だけど、
「え~~。聖君と結婚なんて、信じられない」
とか、
「椎野さんには、もったいない」
とか、
「不釣合いだよ」
とか、言われそうで、そういうことを考えちゃうと、言うのやめておこうって思っちゃうんだよね。
「はい、乾いたよ」
聖君はドライヤーを止め、ブラシでとかしてそう言った。
「ありがとう」
あ~~。今日も、溶けそうになっちゃった。
「聖君はいいの?」
聖君の髪を、乾かしてあげようと思いながら、振り返ると、聖君はまたドライヤーのスイッチをいれ、ブォ~~っと勢いよく、自分の髪を乾かし始めた。
風で、髪が舞い上がってる。それを時々手で、くしゃくしゃってする。それから、前髪をかきあげる。その仕草が全部、ものすごく絵になる。
ほえ~~~~。かっこいい~~~。色っぽい~~。
あまりにも、綺麗で、思い切り見惚れてしまった。
聖君は、ドライヤーを止めると、ちょっとどこか一点を見つめながら、髪をとかし、ふっと視線を私に合わせた。
「あ…」
目が合って、私はびっくりしてしまい、真っ赤になった。
「え?どうして、真っ赤になってるの?」
「ほぇ?」
「……。どうかした?桃子ちゃん」
「なんでもない」
恥ずかしくなって、下を向くと、
「何?なんか妄想してたとか?」
と聞かれた。
「違うよ、妄想じゃないよ」
「じゃ、何?またどっかに行ってたんじゃないの?」
「違うよ。見惚れてただけだよ」
「俺に?」
コクコクとうなづくと、
「もう~。髪を乾かしてただけだよ。見惚れる箇所、どこにもないでしょ」
と、聖君は思い切り、照れていた。
だって、全部に見惚れちゃうんだもん。とは、口に出して言えない。
だけど、こうやってすぐそばで見ていても、聖君はかっこいいと思ってしまう。ひとつの仕草、ひとつの動作も、かっこいいんだよね。あれ、わざとかっこよく見せようとして、してるんじゃないよね。時々、色っぽくってドキってするし、思い切り可愛くって、キュンってするときもある。
「…そんな目で見ないでね」
「え?」
いきなり、何?そんな目って?
「今、俺が狼に変身しても、困るでしょ?この前見た出産の本にも載ってたじゃん。安定期までは、控えましょうってさ」
「え?」
もしかして、ものほしそうな目で見てた…とか?
「そんなに色っぽい目で見られたら、俺、困っちゃうよ」
「色っぽい?そんな目で見てないよ」
「見てた」
ぐるぐる首を横に振ると、
「まったく無意識なんだね。だから、ますます困っちゃうよね」
と聖君は頭を掻いた。でも、色っぽいのは聖君のほうだよ。
「あ、もしかして」
私がいきなり、そう言うと聖君が、何なに?って興味津々の顔で聞いてきた。
「聖君が色っぽくって、それを見てると、私、ものほしそうな目になっちゃうのかも」
「へ?!」
聖君の声が裏返った。
「俺が色っぽい?!」
「うん」
「……」
聖君の顔がひきつった。
「エッチ」
「え?なんで?どうして私がエッチになるの?色っぽいのは聖君」
「だから、それを見てものほしくなるなんて、エッチ。駄目だよ。お腹の子のことも考えてね、桃子ちゃん。俺のこと襲ってきたら、駄目なんだからね」
「襲わないよ~~!もう~~」
何を言ってるんだ、もう~~。
「ああ、危ない。俺、もう少しで、襲われちゃうところだった」
「だから、襲わないってば」
「そうか。羊の顔して狼なのは、桃子ちゃんのほうか」
「だから、狼じゃないってば!」
「きゃ!俺寝てる間に、襲われたらどうしよう」
「だから~~~!」
もう~~~~!!
口を尖らせて怒ると、聖君はあははははって、思い切り笑って、
「かっぱだ」
と私の顔を見て、また涙を流しながら笑っている。ああ。かっぱのぬいぐるみだっけ?似てるんだっけ?
「いいよ、もう。そうやって、笑ってたらいいじゃん」
そう言ってすねると、聖君はお腹をおさえ、
「腹いて~~~!似てる~~!似すぎだよ~~~~!」
と大笑いをしていた。
ああ、すねたりしてるけど、本当はめちゃくちゃ、幸せだ。聖君の笑い声も、聖君の笑顔も全部が嬉しい。
聖君は、しばらく笑っていたけど、笑うのがとまると、
「もう寝ようか、桃子ちゃん」
と言って、電気を消した。それから、エアコンのタイマーをいれ、二人でベッドに横になった。
「この布団じゃ、夜中暑いよね?それとも桃子ちゃんは、かけておいたほうがいいかな」
肌かけ布団のことを持って、聖君が聞いてきた。
「タオルケットだけでいいかも」
そう言うと、聖君は、バサっと肌かけ布団を、床に落っことし、タオルケットを私にかけてくれた。
「聖君は?お腹冷やさない?」
「うん。大丈夫。なんてったって、今日はTシャツに、パジャマも着てるし。でも暑くなって、夜中パジャマ脱いじゃうかも」
「いつもはTシャツとパンツだっけ?」
「うん、そう。でも、ほら、そんな格好で寝たら、桃子ちゃんに襲われちゃうから」
「襲わないから!」
「まじで?パンツも脱がしてこない?」
「脱がさないよ~~。もう~~~」
「あはははは。なんだ~~。ちょっと期待したのに」
「しないで!」
「あははは」
もう~~、絶対に私で遊んでいると思う。真っ赤だよ、私。
「めっちゃ桃子ちゃん、からかうと楽しい」
あ!やっぱり、遊んでた~~。
「めっちゃ、可愛いよね」
そう言うと、聖君は私にキスをしてきて、
「歯、思い切り磨いたから、平気だよね?」
と聞いてきた。
「え?うん。大丈夫」
そう言うと聖君は、またキスをしてきた。それも、長く、濃厚な…。
わ~~。溶けちゃうよ~~。
「おやすみ、奥さん」
聖君は、唇を離すと、今度は優しくおでこにキスをして、そう言った。
「お、おやすみなさい」
ああ、大変だ。聖君の胸に顔をうずめて、私は真っ赤になっていた。
嬉しいやら、照れくさいやら、ドキドキするやら、ふわふわするやら、うずうずするやら。
あ、このうずうずが、あれか。羊の皮をかぶってる、狼の方の感覚か。
キスだけじゃ、物足りないような、そんな気がしちゃうなんて、大変だ。でも、そうだよね、お腹の子のことも考えて、ここはぐっと我慢。
私はそう思いながら、聖君の胸に顔をうずめていた。
すう~~。それからほんの数分で、聖君の寝息が聞こえてきた。ああ、今日もやっぱり、寝つきがいい。あっという間に寝てしまった。
そっと寝顔を見た。は~~~~~。可愛いやら、かっこいいやら。その寝顔をしばらく眺めて、また幸せに浸り、それから私も目をつむった。
明日の朝になっても、聖君はここにいるんだ。
聖君の腕の中で、目が覚めるんだね。
イルカのぬいぐるみは、床におっこっていた。だって、聖君は私に抱きついてるから。必要ないもんね。
ああ、今、気がついた。今日は、もしかして、結婚して初めて二人で過ごす夜なんじゃないのかな。
っていうことは、新婚初夜?
なんて自分で思ってまた、私は思い切り照れてしまった。
聖君の腕の中で、ドキドキ、うずうずしながらも、知らない間に私は眠っていた。