第59話 情けなくても
聖君が先に、バスタオルで髪をごしごし拭きながら、バスルームを出て行った。そのちょっとあとに、私も出て行くと、ひまわりに、
「やっぱり、二人で入ってたんだ~~~!!!!!」
と叫ばれた。
「ひまわり、うるさいわよ」
キッチンで洗い物をしていた母が、そうひまわりに言った。
「だって、お母さん!お兄ちゃんとお姉ちゃん、一緒にお風呂に入ってた…」
「知ってるわよ。いいじゃないの。もう夫婦なんだから、ねえ?」
母がそう言うと、ひまわりは口をぱくぱくさせた。
「お母さんだって、お父さんと同棲してたとき、一緒にお風呂くらい入っていたわよ。ねえ?お父さん」
「まじで?!」
ひまわりがまた、おたけびをあげた。
「あ~、昔の話だから、もう覚えてないよ」
父がリビングからそう言った。
「あ、お先に入っちゃいました。すみません」
聖君が父にそう言うと、父は、
「ああ、いいよ、いいよ。気にしないで」
と明らかに顔を、ひきつらせながらそう言った。
「聖君、先に入ったのは気にしないで。お父さんは聖君が、桃子と一緒に入ったことで、ショックを受けてるだけだから」
母が小声で聖君に言った。
「え?!」
聖君の顔も、ひきつった。
私はその場にいづらくなり、さっさと2階にあがった。聖君も私のあとを、慌てて追ってきた。
部屋に入ると聖君は、
「お父さんに謝るとか、何か言ったほうがよかったかな」
とぼそって聞いてきた。
「え?謝る?」
「桃子ちゃんと一緒に入って、すみませんでした…とか」
「謝らないほうがいいと思うけど」
「じゃ、あのままほっといててよかったのかな?」
「お父さんを?いいと思うよ。ショックを受けてるってお母さんは言ってたけど、文句を言ってたわけじゃないし」
「そうだけど。やっぱ、やばかったかな~、一緒にお風呂は」
「じゃあ、明日から別々に入る?」
「嫌だ」
聖君はそう言うと、私をベッドに座らせ、私の髪を乾かし始めた。
なんだ。父に遠慮するのかと思ったら、まったくそんな気ないんじゃない。
「そういえば桃子ちゃん。菜摘と葉一、来た?」
「あ!そうだった!葉君が来て、外で話すからって、さっさとうちから出て行っちゃったんだけど、聖君が帰ってくるちょっと前に菜摘からメールがきたの」
「なんて?」
「玉砕って書いてあった」
「玉砕?」
聖君が目を丸くした。
「うん。玉砕ってどういうことだと思う?まさか、別れ話が出たわけじゃないよね?」
聖君は黙り込み、しばらくドライヤーで、私の髪を乾かし続けていた。それから、髪が乾くと、
「ごめん、桃子ちゃん。お風呂での続きはちょっと待ってもらっていい?」
と聞いてきた。
「え?」
「ごめんね。おあずけさせちゃって。でも、菜摘のことが気になるから電話してみる。いい?」
「うん、全然いいよ。私も気になる…」
ん?それにしても、おあずけってなんだ?
あ!!お風呂の続きって!きゃ~~、もう!何を言ってるのよ、聖君は。
私が赤くなってる横で、聖君は菜摘に電話をかけた。
「あ、菜摘?俺」
聖君、いつも「俺」って言ってるのかな。それだけで、菜摘も聖君だってわかっちゃうのかな。
「うん。そう。葉一のことで電話した。どうした?葉一とちゃんと話できた?」
聖君が、ものすごく優しい声でそう聞いた。
「…」
聖君は、菜摘の話を聞いているのか、しばらく黙っていた。
「家、これから行こうか?」
聖君はまた、優しくそう聞いた。表情も目も、すごく優しくなってる。
「うん。そっか。わかった。俺から、葉一に聞いてみようか?」
また、聖君は黙り込んだ。
「大丈夫だよ。そんなに思いつめるなって。葉一もちょっとさ、動揺してたのかもしれないし」
菜摘、落ち込んでるのかな。
「だけどさ、ここを通らないと前に進めないよ?ちゃんと葉一とも、向き合わなくちゃ。怖いのはわかるよ。すげえよくわかるよ」
ああ、菜摘、怖がってるんだ。
「わかるって。俺だってあったよ。失うのが怖いのも、嫌われるのが怖いのも、そういうの全部、俺だって経験してる」
え?聖君が…?誰に?
ああ、今まで好きになった子かな。好きになっても、何を話していいかわからなかったって、そう言ってたもんな~。
「もし、本当に別れるようなことが起きても、そんときは、また話も聞くし、思い切り俺の前で泣いていいから。なんなら、俺の胸も貸す…。あ、ちゃんとその前に、桃子ちゃんの了解だけは得ておくけど」
聖君はそう言ったあとに、私のほうを見て、
「いいよね?桃子ちゃん」
と言ってきた。
「うん。私の胸だって貸す」
私がそう言うと、聖君は、
「あはは。聞こえた?菜摘。桃子ちゃんの胸でも、思い切り泣いてもいいってさ」
と菜摘にまた、優しい声でそう言った。
「わかった。縁起でもないこと言って悪かったって。別れないよ。うん。大丈夫。でも、やっぱりさ、菜摘だって別れたくないんだろ?葉一のそばにいたいんだろ?だったら、もっと未来を明るくイメージして、うまくいくって信じてみたら?」
聖君の表情が少し変わった。さっきより目が輝いている。
「そうだよ。菜摘、知らないの?思考は現実化するよ。あまり悪いほうばっかり考えてないで、自分がこうなったらいいなってことを、思い描くようにするといいんだよ。ね?そんなに深刻にならないで。ね?わかった?」
聖君はそう言うと、またしばらく黙ってから、
「そういうことだよ。俺なんて、桃子ちゃんと一緒に早く暮らしたいなとか、桃子ちゃんと家族を持ちたいなとか、ずっと一緒にいたいなって思ってたら、こんなに早くにそれが叶っちゃったんだから」
と、笑いながらそう言った。
聖君は、心配そうに電話をしている聖君を見ている私に、にっこりと微笑んで、また話し出した。
「桃子ちゃんもそうだよ。なにせほら、桃子ちゃんは、妄想の達人だから。あはは!そうそう。時々、どっかに行っちゃってるじゃん。そういう時はたいてい、妄想の世界にいるよ」
私のこと?!
「うん、菜摘も、もっとこうなったらいいなってほうを、考えるようにして。それから、やっぱ俺、明日にでも葉一に会うからさ」
聖君はそう言うと、またすごく優しい表情になり、
「大丈夫だから。ね?今日はもう、お風呂にでもゆっくりはいって、寝ちゃうんだよ?考え込みすぎたりしないで。ね?わかった?」
と優しい声で、菜摘に言った。
「うん。そうだよ。菜摘は時々、悪いほうばっかり考えて、一人で思い悩んじゃう時あるけどさ。いい?自分がこうなったら嬉しいなってことだけ、思い描いて、あとはさっさと寝ちゃうんだよ?」
聖君はもう一回、念を押すようにそう言った。
「じゃあね。おやすみ」
聖君は最後に優しくそう言って、電話を切った。
は~~~。私は心の中で、ため息をついた。どうしてこうも聖君は、優しい言葉や優しい声で話をするのだろう。
今、きっと悩んで落ち込んでる菜摘には、申し訳ないけど、こんなに聖君から優しくしてもらってる菜摘が羨ましくもなった。
「菜摘、どうしてた?落ち込んでた?」
私は、携帯をしばらく黙りこんで眺めている聖君に聞いた。
「え?何?」
あ、かなり考え込んでいたんだな、聖君。菜摘には考え込まないようにって言っておきながら、自分は菜摘のことで、考え込んじゃってたんだろうか。
「菜摘、大丈夫だった?」
「うん。どうにか最後には、声も明るくなってたけど…」
「落ち込んでたの?」
「泣いてた」
「え?」
「あいつ、泣いてるくせに、泣いてないふりするんだ。でも、まるわかり…」
そう言った聖君の表情は、ちょっと辛そうな顔だ。やっぱり、菜摘が悲しんだり、泣いているのは、聖君には辛いことなんだね。
それは私もだ。いつも元気で明るい菜摘が泣いちゃうなんて…。こっちまで、胸が苦しくなってくる。
「はあ…」
聖君はため息をついてから、
「葉一のやつ、何を考えてるんだろうな、まったく」
とつぶやいた。
「葉君、菜摘になんて言ったの?」
「…菜摘との未来のことは、まだ考えられないし、もし、菜摘が結婚とかそういうことを思い描いているなら、それには答えられないかもしれないってさ」
「え?」
「もし、お父さんが旅行に一緒に行ったことを知って、自分らの付き合いを反対してきたり、自分らの未来のことを聞かれたとしたら、自分は、お父さんに、ちゃんと胸が張って、どうどうと未来のことについて話をする自信はないって」
「え?葉君、そんなこと言ったの?」
「らしいよ」
聖君は携帯を握り締め、頭をぼりって掻いて、
「桃子ちゃん、ごめん。おあずけ状態のままにしてて、申し訳ないんだけどさ、葉一にも電話していい?俺、このままじゃ、気持ちがすっきりしない」
「え?いいよ」
「ごめんね、桃子ちゃん」
う。そんなに謝られても…。私、そんなに、モノ欲しそうにしてたわけじゃないのにな。
「気持ちがすっきりしたら、思い切り桃子ちゃんのこと愛しちゃうから。もう、桃子ちゃんのことだけを思うようにするから。ね?もうちょっと待ってね?」
聖君はそう言うと、私のおでこにチュってキスをして、葉君に電話をかけた。
うわ。もう~~。どうしてそんな、顔から火が出ちゃいそうなこと言うかな~~。ああ、顔が熱い。って、恥ずかしがってる時じゃないよね。菜摘と葉君のことを考えたら。
「葉一?そう、俺」
あ、葉君にも、「俺」なんだ。
「葉一も暗いな、声…」
葉君も元気ないんだ。
「用件は、わかるよな?察しつくだろ?」
聖君は、菜摘の時と違って、表情が硬い。声もちょっと威圧的だ。
「今、菜摘と電話してた。…菜摘、泣いてた」
聖君はそう言うと、葉君の言葉を聞き、いきなり怒りだした。
「やっぱりじゃねえよ!菜摘が、泣くことわかっていて、泣かせるようなこと言うなよ!」
うわわ。怖いよ、聖君。
「関係ないってなんだよ。俺にとっても菜摘は大事なんだよ。大事な妹泣かされて、黙ってるわけないだろ!」
聖君、本気で怒ってる…。
「なんだよ。じゃあ、本音言ってみろよ。へんな言い訳してみろよな。今からお前のところ行って、ぶんなぐってやるからな!」
わあ。それも本気だ。脅しなんかじゃなさそうだ。聖君からものすごい、怒りのオーラを感じるよ。
「お前、菜摘のことどう思ってるんだよ」
聖君の声は低く重い。そして返事も聞かず、すぐに、
「なんで、未来のこととか、ちゃんと話し合おうとしないんだよ」
と葉君に、きつい口調で聞いた。それから、しばらく沈黙が続いた。
「え?菜摘?そうだよ。お前ともう別れなきゃならないかもって、そう言って泣いてたよ」
やっぱり、菜摘、そう思っていたんだ。
「お前もそう?別れようと思ってるの?」
聖君は葉君の答えを聞いて、重いため息をした。
「なんでそうんなるんだか。菜摘のこと嫌になった?そんなに菜摘との未来を考えるのが嫌なのかよ」
え?葉君、そうなの?!
「そんなわけじゃなかったら、どんなわけだよ。どんなわけがあって、菜摘との未来は考えられないだの、お父さんにどうどうと未来のことを話せないだの言うんだよ」
聖君は、しばらく黙った。そして、ちょっと驚きの表情を見せた。
「葉一、お前、泣いてるの?」
え?葉君が?!
聖君の顔を思い切り私が見ると、聖君も私を見た。私と目を合わせたまま、聖君はまた葉君に聞いた。
「泣いてる…?」
葉君から、返答があったのかないのか、しばらく聖君は黙り込み、それから私と視線を外し、
「なんだよ。泣くほど菜摘が好きなら、別れようとなんかするなよ」
と、辛そうにそう言った。
ああ、私まで胸が苦しい。菜摘も、葉君も泣いてるの?苦しんでるの?どうして?お互い好きあってるのに。
「だから、お前の本心は、菜摘とずっといたいってことだろ?別れたくなんかないんだろ?ただ、今のままじゃ未来が不透明で、不安ってことなんだろ?」
聖君の声が、ぐんと優しくなった。表情も優しい。
「それ、菜摘に話した?ただ、未来を考えられないとか、自信がないとか、それだけじゃなくて、本当は菜摘とずっといたいとか、そういうことも話した?」
聖君は葉君の返答を静かに聞いていた。
「もっと、胸のうち、話しちゃえよ。菜摘に呆れられるかもとか、嫌われるかもとか、そういうのわかるよ。だけど、今のままじゃ、お前の気持ちも何も伝わらないまま、菜摘だって苦しんで、別れることまで考えて、それで終わっちゃってもいいの?本当にそれで、別れるようなことになっても、お前、いいの?」
今度は、聖君、ものすごく切なそうな顔をしている。
「あのさ。嫌われるかもとか、呆れられるかもとか、そういうのはこっちが勝手に詮索してるにすぎないんだよ。そういうの、相手は思ってもみないかもしれないんだからさ。逆に、菜摘がお前のことすごく好きなのに、嫌われたらとか、呆れられたらとか、そういうの心配して、ちゃんと胸のうちを言ってくれなかったらどう?悲しくない?そういうの…」
聖君はそう言って、ちらっと私を見て、そしてまた視線を床に向けた。
「悲しいだろ?それ、同じことを菜摘も思うんじゃないかな」
聖君はしばらく黙り込んだ。
「うん。そうだな。ちゃんとまた、菜摘と話せよ」
聖君はそう言って、前髪をかきあげ、
「じゃ、もう切るよ。じゃあな」
と電話を切った。
「…」
電話を切ったあとも聖君は、しばらく携帯を握り締め、床を見つめていた。
「葉君、菜摘と話すって?」
「え?ああ、うん」
聖君はようやく携帯をテーブルに置くと、にこって笑いながら、
「ごめんね。お待たせ」
と言い、私を抱きしめてきた。
「葉君、泣いてたの?」
私は聖君の腕の中で、そう聞いた。
「うん、泣いてた。息遣いでわかった」
「菜摘と別れるかもしれないって思って、泣いてたの?」
「菜摘は自分に愛想つかして、離れていくだろうって勝手に思い込んで、泣いてた。馬鹿だよな」
そうだったんだ。
「俺らが結婚したことで、あいつ焦ったみたい。でもさ、この年で結婚したほうが異例なことなんだから、焦る必要なかったのにな」
「そうだね…」
そうか、聖君と私とのことで、考え込んじゃったのかな。
「あいつはさ、母子家庭だし、お母さんのことも守っていかなくちゃならないし、俺よりもやっぱり、いろいろと考えちゃうよね」
「うん」
「だけど、どうしても考え方が、暗いって言うか、後ろ向きって言うか」
「…」
「未来がまったく見えないのに、菜摘との未来まで考えられなかったってさ。そんな自分に菜摘はついてきてくれるのかとか、幸せにできるのかとか、好きでいてもらえるのかとか、考え込んじゃったみたい。で、菜摘が離れていくかもしれないって勝手に思って、深刻になってた」
「菜摘も葉君と別れることになるって、勝手に思い込んでいたんだよね?」
「うん」
そうか。二人して二人の未来に、思い切り不安を感じちゃったんだ。
「桃子ちゃん」
ぎゅって聖君が抱きしめてきた。
「何?」
「俺もわかるんだ。好きな子が、それもすげえ大事な子が、離れていったらどうしようって不安」
「え?」
「俺も何度も経験してるし、今だって、たまに怖くなる時あるし」
「え?え?それって私のこと?まさか」
「まさか、じゃないよ。桃子ちゃん以外にいるわけないじゃん」
「え~~~!」
「だから、葉一の気持ちもわかるっちゃ、わかるんだけどさ」
驚きだ。私が離れていく?ありえないよ。
「俺、自分でも自分がすげえ情けないやつだって、そう思う時があって、そんな時は、こんな俺なんて桃子ちゃんは愛想つかすんじゃないかなって、そう思うんだよね」
「へ?」
愛想つかす?私が?
「桃子ちゃん、俺の全部が好きって言ってくれるけど、こんな情けないところまで知ったら、さすがに嫌になるんじゃないのかとか、100年の恋も、冷めちゃうんじゃないかとか、そんなこと思って、勝手に暗くなってる時ある。だから葉一に、あれこれえらそうなこと言えないんだよね、本当はさ」
駄目だ。さっきから聖君の言ってることに、私は驚いちゃってて、頭が真っ白だ。
「俺ね、桃子ちゃん」
「え?え?」
聖君は私を抱きしめたまま、話し出した。抱きしめてるから、聖君の顔が見えなくて、どんな表情をしているのかがわからない。
「今でも情けないやつだって、知ってると思うけど、もっと情けないこと、暴露してもいい?」
「もっと情けない?」
「うん」
「…いいよ」
聖君は私を抱きしめる腕に、力を入れた。
「俺、さっきみたいに、思い切り手をふりほどかれるだけで、びくってする」
「え?」
あ、お風呂に入りに行く前?
「嫌われたり、嫌がられたのかって思って、一瞬、びくってした」
そうだったの?
「桃子ちゃんのことをさ、俺がからかったり、面白がってるって、そう思ってるよね?」
「うん。わざとからかって、私の反応を面白がってるなって思ってたよ。今もあるよね、そういうこと」
「あれはね、反応を見て安心してるんだ」
「え?」
安心って?
「桃子ちゃんが顔を赤くして、照れたり、恥ずかしがったりしてるのを見て、ああ、まだ俺のこと好きなんだなってさ。それで安心してる」
「…」
うそ。
「桃子ちゃんは、顔に出るから、いつも安心していられるんだけど、たまにそっけなかったりすると、あれ?俺もしかして、愛想つかされちゃったのかなって、不安になることもあって」
「え?え~~?!私がそっけないって?」
「メール来なかったり、寂しがってくれなかったり、甘えてくれなかったり」
「…。それは、その…」
「俺に遠慮してる?」
「うん…」
「やっぱり、遠慮してた?」
聖君は私の顔を見て、聞いてきた。
「うん。忙しいだろうなとか、こんなこと言っても迷惑かなとか、わがままかなとか、あれこれ考えちゃって、メールしたいのにできなかったり、会いたいのに言えなかったり、甘えたいのにできなかったりするの」
「そっか…」
聖君はそう言うと、また私を抱きしめ、
「これからは遠慮しないで。俺、まじで、たまに、嫌われたのかなって、勝手にそう思い込んで、暗くなっちゃう時あるからさ」
と、耳元でささやくように言った。
「うん」
「って、もしかして、今の聞いててすでに愛想つかしちゃった?」
「え?」
「俺のこともう、情けなさすぎるやつって思って、嫌になっちゃった?」
「…」
私はそんなわけないじゃないって思いながら、言葉にできず、ぎゅって聖君をただ抱きしめた。
「聖君もあるんだね。自信がなくなる時」
「あるよ、そりゃあ。俺、そんなに自分に自信ないしさ」
「え?ほんとに?」
「たまに、桃子ちゃんは俺のこと好きって言ってくれるけど、俺なんかのどこがいいわけ?って思っちゃう時もあるし」
信じられない。それ、私が思うことだよ。ああ、でも、そうなんだ。聖君でもそんなこと思うんだ。私と変わらないんだ。
「ああ、こんな小さい俺、情けない俺、暴露しちゃってよかったのかな」
聖君が情けない声を出した。
そんな聖君も可愛い。
「聖君」
「ん?」
私は聖君の顔を見た。あ、ちょっと、情けないって顔をしてるかも。でも、その顔も可愛い。
私は聖君の鼻の頭にキスをした。
「鼻?」
「聖君もよくしてくるでしょ?」
「え?ああ、うん」
まだ、情けないって顔をしてる。私は今度は、聖君の口唇にそっとキスをした。それから、またぎゅって抱きしめた。
「桃子ちゃん?」
「聖君、あのね」
「うん」
「あのね、もういいよね?」
「え?何が?」
聖君の声はきょとんとした声だ。
「おあずけ、待たなくてももういいよね?」
「あ…」
私がそう言うと、聖君は、
「もう、桃子ちゃんってば!」
と言って、思い切りにやけた顔になり、私をベッドに押し倒した。
「お腹張ってない?」
「うん」
「痛くない?」
「うん」
「桃子ちゅわん」
聖君はまた、甘えモードに変わった。
私は聖君を抱きしめた。情けなくても、弱くても、そんな聖君も愛しいよ。もっともっと好きになってるよ。
もし自信をなくしてしまっていたら、こうやって抱きしめるから。そして何度でも言うから。
「聖君」
「うん?」
「愛してるよ」
「え?」
「愛してるからね?」
「…」
聖君は目を真ん丸くさせて、私を見た。
「桃子ちゃんから、はじめて言った」
「え?」
「俺に愛してるって、はじめて…」
ああ、そうかも。だって、今まで恥ずかしくて言えなかった。
「俺も愛してるよ!桃子ちゃん」
聖君はそう言うと、熱い熱いキスをしてきた。
なんでかな。愛してるって、恥ずかしいって思わないで言えちゃったの。
ああ、きっとどんな聖君もめちゃくちゃ愛しいって、そう感じたからかな。