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第58話 ヒロイン

 駅に着くとすでに、咲ちゃんがいた。

「あ、桃ちゃん!」

「ごめんね、待った?」

「ううん。大丈夫。こっちこそ暑いのに、呼び出しちゃってごめんね」


 それからすぐ近くのカフェに入った。

「今日も暑いね」

 咲ちゃんはそう言いながら、アイスティーを飲んで、

「この前、桃ちゃんに聞いたこと、いろいろと参考にして、これからのストーリー展開を考えてるんだ」

と話し出した。


「ね、早速、いろいろとまた聞いてもいい?」

 咲ちゃんはメモ帳を取り出した。

「うん」

「私、聖一は誰にでも優しいって設定にしようと思ったの。でも、お店での聖一は、営業用で、実はすごいクールなやつだったって、それも面白いなって思ってるんだ」


「え?聖君みたいに?」

「そう。そのギャップ、面白いじゃん」

「でも、本当の聖君はすごく優しいよ?」

「う~~~ん、それも面白いけど、主人公がね、どんどん聖一を変えていくっていうのもいいかなって思ってさ」

「私たちと逆だね」


「え?逆って?」

 咲ちゃんが、目を輝かせた。

「う、うん。私、聖君と出会った頃、すごく暗くって、考え方も後ろ向きだったの。自分のことも大嫌いだったし。だけど、聖君がそんな私でもいいよっていっつも言ってくれて、それで私、だんだんと自分のこと嫌いじゃなくなって、いろいろと前向きに考えられるようになったから」


「そのままの桃ちゃんでいいって、そういうこと?」

「うん。いっつも、そう言ってくれてた」

「へ~~~。そっか~~」

 咲ちゃんはメモを取る手が止まっていた。

「なんだか、いいね、そういうの」


 咲ちゃんはどこか遠くを見つめ、

「私もそんな彼が欲しいな~~」

とぽつりと言った。それから、はっと我に返ったように、メモを取り出した。

「う~~ん、どうしようかな。野乃が、いろいろと落ち込んでいて、それを聞いてあげて、そのままの野乃ちゃんでいいよって言ってあげて、野乃が変わっていくっていうのもいいかもな。でもそうすると、クールな聖一ってのは、変かもしれないし」


 咲ちゃんは、ぶつぶつ言いながら、メモ帳にぐるぐると鉛筆で円を書き出した。そのうちに円が真っ黒になり、

「うん。やっぱり、そうしよう」

といきなり、咲ちゃんはメモ帳のページをめくった。そして、さらさらと書き出した。


 何を書き出したのかと思ったら、聖一の性格と書いてあり、そこに箇条書きにずらずらと書き並べていた。

「やっぱり、優しいあったかい人って設定にする」

「うん」

「それで、どんどん野乃は聖一に惹かれていくの」

「うん」


「う~~ん。ただ、聖一がいつ野乃を好きになるかだよね~~」

「…」

「きっかけ、何かないかな。そうだ。聖君って、はじめは桃ちゃんのことが好きだったわけじゃなくて、自分を桃ちゃんが好きだって知って、意識し始めたんでしょ?」

「うん」


「そういうことにするのもいいかな~。ね、聖君には好きな人とか、彼女とかはいなかったの?」

「好きな子はいたよ」

「え?そうなの?その子とはどうなったの?」

「えっと。付き合えなかったんだ。いろいろとあって」

「ふられたの?ふったの?」


「う~~ん、ふったっていうか、とにかく付き合えない状況だったの」

「どんな状況?」

「実は、えっと」

 言ってもいいかな。聖君、麦さんにも自分から言ってたしな。

「好きな子が実は、実の妹だったの」


「え~~~?何それ!すんごいドラマチック」

 咲ちゃんは目を丸くした。

「うん」

「じゃ、それであきらめざるを得なくなって、桃ちゃんに心変わり?」

「う~~ん、私もよくわからないんだけど、私だけがその事実を知っちゃって。だから、聖君の相談役みたいになっていたの。それで、それから、まあ、いろいろとあって」


「…。桃ちゃんに癒されたって言ってたよね?じゃ、桃ちゃんの優しさとかそういうのに、惹かれていったんだね?」

「そうなのかな~?」

「なるほど。そうか~。あ!いいこと思いついた。聖一にはすごく好きな人がいた。だけど、その人には彼氏がいた。それで悩んだり、苦しんだりしていたのを、聖一を好きでいながら、野乃が話を聞いたりして、それでだんだんと聖一が野乃に惹かれていった」


 へ~~。こんなふうにストーリーを考えていくのかな。

「そうだな。1回、野乃が聖一から離れちゃうってのも有りかも」

「え?」

「聖一の好きな人が、彼と別れるとか、別れそうになるとかして、聖一とその人がくっつくかもしれないってなって、それを見ているのがつらくなって、離れていくの。野乃が離れてみて聖一が、野乃の存在のでかさに気づくの。どう?よくない?」


「うん。なんか聞いてて、バクバクした」

「え?どうして?」

「もし私だったら、やっぱり辛くて離れるかも」

「自分のこととして考えちゃったの?桃ちゃん」


「うん。あ、でもね、一回私も聖君から離れようとしたんだ」

「え?どうして?いつ?」

「聖君が、落ち込んだり悩んだりしてたのに、元気になって、私はもうそろそろ、聖君の相談役から降りる頃かなって、そう思って」


「それで自分から離れようとしたの?」

「うん。だって、もう一緒にいる意味もなくなるしって、勝手にそう思い込んで」

「そしたら、聖君はどうしたの?」

「何勝手にそんなこと思い込んでるのって、呆れたって言うか怒ったって言うか」


「え?」

「なんか聖君のほうは、私ともう付き合ってるって思っていたらしくって」

「ええ?」

「私、聖君から好きだって言われても、友達としてかなとか、そんなふうに受け取ってたの」

「なんで?」

 咲ちゃんがすごく不思議がった。


「だって、まさか聖君が私を好きになってくれるなんて、思ってもみなかったから」

「そんなに自信がなかったの?」

「なかったよ。もう見てるだけでもいいって、ずっと思ってたんだもん」

「そっか~~。でも、もし私が聖君から好きだって言われても、同じかもな~」

「え?咲ちゃんも?」


「うん。だってあんなに素敵な人が、まさか自分を好きになってくれるなんて思えないよね」

「だよね!そうだよね?」

「うん。特にすごい片思いしてたなら」

「そうなの。私、聖君が好きな子がいるなら、徹底的に応援しようって思ってたもの。自分の恋は一切あきらめて」

「へ~、そうなの?」


 咲ちゃんは、またメモを取り出して、さらさらと書き出した。見ると、野乃の性格と書いてある。

「桃ちゃんの性格、そのまま主人公に使える!」

「主人公は咲ちゃんじゃないの?」

「私、恋愛経験少ないし、それに今聞いてて、桃ちゃんの性格、すごくいいんだもん」


「よくないよ。すごい後ろ向きで、いつもいじけてたり落ち込んでいたり」

「それが変わっていったんでしょ?聖君に会って」

「うん」

「そういうのもいい!」

 咲ちゃん、思い切り興奮してるかも。


「やった~~。担当者にね、これからの展開を詳しく教えてってしつこく言われてたの。で、だいたいのことを言ったら、それじゃなんだか、不透明だし、話が膨らまないし、もっと具体的にしてって言われて。ああ、これで、なんだかすっきりした。桃ちゃん、ありがとう。これからすぐに担当者呼んで、話をするわ」


「え?うん」

 なんだか、すごいな。やっぱり漫画家って大変なんだ。

「ちょっと電話しちゃうね」

 咲ちゃんはその場で携帯を取り出し、電話をした。そして、今日すぐに会うことを約束していた。

「桃ちゃん、ありがとう。あ、ここのお金は私が出すね」


「いいよ、そんな」

「いいの、いいの。それに打ち合わせ代として、経費で落とせるかもしれないし」

「そうなんだ」

 経費?…。すごいな~~。もう咲ちゃんはしっかりと、仕事してるんだね。


「これから担当者さん、ここに来るけど、桃ちゃんも会う?」

「いい、いい。私はこれで帰るよ」

 その人からも、もし質問攻めにあったら、たまったもんじゃないし、私はさっさと帰ることにした。


「桃ちゃん」

 席を立とうとすると、咲ちゃんが、

「すごくいい恋愛をしているし、素敵な人と出会えたんだね。桃ちゃん、本当に漫画の主人公みたいで素敵」

と、驚くことを言った。


「私が?」

「うん」

「えっと、脇役じゃなくて?」

「まさか~~。あんな素敵な人と恋に落ちて、どんどん自分を変えていって、それはもう、すごいドラマチックなストーリーのヒロインだよ」


「ひ、ヒロイン?私が?」

「そうだよ。素敵だよ、羨ましいよ。私もそんな素敵な恋がしたいよ」

「…あ、ありがとう」

 私は顔を真っ赤にさせながら、そう言って、お店を出た。


 お店を出てからも、顔のほてりはおさまらなかった。私が主人公?ヒロイン?素敵な恋?

 うん。確かに素敵な人と出会った。それはすごい奇跡だって思う。そんな素敵な人と出会えただけでも奇跡なのに、その人に好きになってもらえたことも奇跡。

 それどころか、その人と結婚までして、お腹にはその人の子供がいる。これもすべて奇跡。

 じゃあ、私はものすごい奇跡の物語のヒロインなんだ。


 なんだか信じられない。だけどそうなんだ。だって、聖君と会ってからの私の日々は、いつでも輝いていて、奇跡の連続だもの。


 あ~~、なんだか胸がドキドキする。そうか。そんな素晴らしい毎日をずっと過ごしてきてたんだ。聖君と出会えたからだ。

 ああ、また聖君と出会えたことが、嬉しくてしかたなくなってる。

 今すぐにでも、聖君に会って、抱きつきたいくらいだ。


 家に帰った。母に6時に菜摘がくることを伝えた。でも多分、すぐに彼氏が迎えにくると思うからというのも伝えておいた。


 菜摘は6時ちょっと前に家に来た。

「お母さんに、どうして今日会ったのに、また桃子ちゃんの家に行くのって聞かれちゃった」

「そうなんだ」

 リビングで、小声で、菜摘は私に話してきた。

「宿題が終わってないからって、桃子に呼ばれたってうそついちゃった。ごめんね」

「ううん、いいけど」


「宿題は終わったの?桃子」

「うん。苦手な数学は聖君にみてもらちゃった」

「いいな~~。っていう私も葉君がみてくれたんだけどね」

「なんだ~」

 菜摘はちょっと緊張しているのか、時々ふうってため息をした。


 母が冷たいお茶を持ってやってきて、少し菜摘と話をした。それからまた、キッチンに夕飯を作りに戻っていった。

「あ~~、もうすぐ来るかな、葉君」

 菜摘が携帯を見ながら、そう言った。かなり緊張してる?もしかして。


 ピンポン…。チャイムが鳴った。

「来た!」

 菜摘は、慌てて立ち上がり、ソファーの角に足をぶつけていた。

「は~~い」

 キッチンのほうから、母が玄関に出て行った。


「あ、こんばんは。菜摘ちゃんの彼氏よね?」

 母が葉君に聞いていた。リビングから私と菜摘も玄関に行った。

「あ、菜摘。桃子ちゃん」

 葉君がそう言うと、自分はどうしたらいいものかと、ちょっと困っていた。


「あの、やっぱり外で葉君と話すので、もうこれで失礼します。すみませんでした。いきなりお邪魔しに来て」

 菜摘は、母にそう言うと、ぺこりとお辞儀をした。

「そう?うちでご飯食べていってもらってもいいけど、でも彼氏と二人きりのほうがいいかな?」

 母がそう言うと、菜摘も葉君も、返答に困ってしまっていた。


「じゃ、菜摘、またね」

 私は菜摘にそう言って、母の言葉に返事ができないでいる菜摘を助けた。

「あ、うん。またね。ありがとう、桃子」

 菜摘はそう言うと、葉君と玄関を出て行った。


「どうかしたの?うちで待ち合わせって。菜摘ちゃんのおうちじゃ、会えなかったとか?」

 母が聞いてきた。

「うん。ちょっといろいろとあって」

 私がそう言うと、母は、

「そう。まあ、いろいろなことがある、そんな年頃よね」

とわけの分からないことを言って、勝手に納得をしていた。


 菜摘、相当緊張してたけど、大丈夫かな?二人って、私から見たら、仲良く見えたし、菜摘は葉君に甘えてるようにも見えたんだけどな。

 

 夕飯を終え、私はお風呂に入ろうとしたが、母から、

「あら?聖君と入るんじゃないの?先に入ったら、聖君、怒っちゃうかもよ?」

と言われてしまった。

「え?あ、うん」

 母からそんなことを言われるのも、めちゃくちゃ恥ずかしい。私は顔が熱くなり、さっさとまた着替えを持って2階にあがった。


 部屋に入ると、ちょうどメールが来た。

「メールだよ」

 あ、聖君からだ。開けてみると、

>桃子ちゃん、もうすぐ帰るから、帰ったら一緒にお風呂はいろうね!もうちょっと待っててね(^▽^)

と書いてあった。

 あ、よかった。入らないで。もし入ってたら怒るよりも、めちゃくちゃ落ち込みそうだ。


 するとすぐにまた、メールが来た。

「あ、今度は菜摘」

>桃子~~~~。玉砕(><)

 え?玉砕?どういうこと?!

>桃子に会いたいけど、遅くなるとお母さんが心配するから家に帰るね。明日にでも会って、話を聞いてね。

>うん。わかった。


 すぐに私は返信した。ああ、何があったの?って聞きたいけど、どうしようかな。どきどき。玉砕って何?まさか、別れ話にでもなっちゃったとかじゃないよね。

 どうしよう。聖君にもメールで言ってみようかな。でも、もうすぐ帰ってくるし…。


 どうしようかと思っているうちに、チャイムが鳴った。聖君?私はドアを開け、下に下りていった。

「ただいま~~」

 ああ、なんだ。ひまわりか。私は途中まで下りかけた階段をまた上がり、部屋に入った。

「ただいま~~~!」

 あれ?聖君の声?!ドアを閉めようとしたら、声が聞こえてきた。


「あら、一緒になったの?」

 母の声もする。

「うん、門の前で。ね?お兄ちゃん」

「ひまわりはすぐにご飯でしょ?聖君はお風呂にはいっちゃう?」

「はいっ!お風呂にします!」

 聖君の元気に答える声が聞こえた。それから、ものすご~~いご機嫌な足取りで、階段を上ってきた。私はそっとドアを閉め、聖君が入ってくるのを待った。


「桃子ちゃん、ただいま」

 聖君がドアを開けたと同時に、私は抱きついた。

「お帰りなさ~~い!」

 びっくりしたかな?と思ったけど、聖君は、

「桃子ちゅわ~~~~ん!」

と思い切り、私を抱きしめてきた。


「なんだよ~~。寂しかったの?俺のことずっと待ってたの?」

「うん!」

 ほんと言うと、さっさとお風呂も入りそうになっていたけど。

「桃子ちゃんってば!!寂しがりなんだからっ!」

 聖君があまりにも嬉しそうだから、そういうことにしておこう。


「一緒にお風呂はいろうね!」

「もう入っちゃった」

「え?」

 あ、聖君が固まった。

「うそ…」

「うん。うそ」


「な、な、なんだよ~~~。桃子ちゃんの意地悪」

 聖君がまた、むぎゅって抱きしめてそう言った。面白い反応だな~。

「もし、本当に私が先に入っちゃってたらどうした?怒った?」

「口もきいてあげないくらい、怒った」

「ほんとに?」

「ほんと~~にっ」


 聖君は私から離れると、そそくさと、たんすの中から下着とTシャツとスエットを出し、

「さ、風呂いこう、風呂」

と私の手を取り、ドアを開けた。

「待って、私も着替え」

 私は聖君の手をふりほどいて、自分の着替えを取りに戻った。


 聖君は廊下で、呆然と立っていた。

「今、思い切り、ふりほどかなかった?手…」

「そう?」

 聖君はまだ、なんだか呆然としている。

「ちょっとショックだった、俺」


「え?どうして?」

「だって、すごい手のふりほどき方だったよ?」

 え~~。聖君、そのくらいで、ショックを受けちゃったの?ど、どうしたの~~?

「何かあった?」

「え?」


「お店で何かあったとか?」

「いや、別に」

「うそ。なんだか変だよ?」

「ちょっと、桃子ちゃんがいなかったから、寂しかっただけで」

「え?」


「休憩のときも、部屋で一人だったりしたし、それで、ちょっと…」

 うそ。本当に私がいなくて、寂しがってたの?

 私は右手に着替えを持ち、左手は聖君の腕にしがみつき、

「お風呂入りにいこう、聖君」

と言って、にこって笑ってみた。


「うん」

 聖君はようやく笑顔を取り戻し、二人で階段を下りた。

 ダイニングの横を通り、バスルームに行こうとすると、ひまわりが、

「あ、あれ?」

と、私たちを見て驚いていた。でも、そんなのおかまいなしに、聖君は私の手を取って、バスルームに入っていった。


 聖君の家のお風呂場よりも、うちのお風呂場は狭い。それに、バスタブも小さい。だけど、聖君はいつものように、背中を洗ってくれた。そして腕も。

「前は自分で洗えるからね」

と言うと、聖君は、

「やっぱり駄目か」

とぼそってつぶやいた。


「でも、俺まだ、体洗ってないし、このまま湯船に入れないし、暇なんだけど。何をしてたらいい?」

「え?」

「ここで突っ立ってる?」

「…」

 そうか。いつもなら、先にとっとと入って、自分の体を洗っちゃうんだっけ。今日は一緒に入ってきちゃったからな~。


「えっと」

「暇です、俺。暇だ~~~~~~。ああ、すげえ、ひま~~~~~っ」

 ああ。もう~。聖君、ほんとに子供みたいだよ。

「ね?だから洗ってあげるね?」

「え?」

 私に有無を言わさず、聖君はさっさとタオルに石鹸をつけ、私の肩やら胸を洗ってくる。


「く、くすぐったいよ~」

「桃子ちゃん、ん~~ってして」

「え?」

「だから、顔を上に向けて、ん~~ってしてて。首洗っちゃうから」

 聖君にそう言われて、ん~~って顔をあげた。

「げ…」


「げ?」

 げって何?

「すげ、可愛い。桃子ちゃん」

「…」

 もう~~~~。何を言ってるんだか。それに可愛いんだったら、聖君の「ん~~~」ってした顔のほうが可愛いかったよ。


「桃子ちゃん、スタンドアップ」

「え?なんで?」

「お腹洗えないから」

「…」

 私は椅子から立ち上がった。あれ?待って。この前椅子に座っていても、お腹洗えたよね?

 はっ。しまった!


 聖君はお腹を洗うと、そのまま太ももやら、ひざまで洗い出した。

「いい。足、自分で洗う」

「なんで?どうせだから洗うよ」

 え~~~~。でも、でも。それって…。

「お尻洗うの、忘れてたね」


 やっぱり~~~。

「お尻はいいから」

「なんで?」

「自分で洗う」

「駄目」


「駄目じゃない」

「駄目」

「なんで駄目なの?」

「だって、桃子ちゃんのお尻、めちゃ可愛いから」

 どういう理由?それ!


 きゃわ~~。だから、くすぐったいよ~~。

「洗えた。あと洗ってないところは?」

「いい。もう全部洗えた」

「じゃ、流すよ」

 聖君はシャワーで泡を流し、

「次は髪の毛ね」

と言って、シャンプーをラックから取った。


 ああ、とうとう全身洗っちゃったじゃないか。恥ずかしいのもとっくに超えちゃって、頭がくらくらしてるよ。


 聖君は私が椅子に座ろうとすると、後ろから抱きしめてきた。

「座れないよ」

「うん」

「聖君ってば」

「むぎゅ~~~」

 あ、またむぎゅ~って口で言ってるし。


「桃子ちゃんは俺のものだからね」

「え?」

「誰にも、渡さないから」

「?」

「ぜ~~ったいに渡さないから」

「どうしたの?」

「…籐也になんか、会わせてやるもんか」

「え?何かあったの?」

「なんでもない」


 こりゃ、何かあったみたいだな。それで変だったのか。

「聖君」

 私は、聖君の腕からするって抜けて、聖君のほうを見た。それから、聖君に抱きついた。

「こうやって、私を抱きしめるのも、私が抱きしめるのも、聖君だけだから」

「うん」

「聖君じゃなきゃ、嫌だから」

「う、うん」


 あれ?なんか困ってる?

「やばい。すっぱだかで抱き合ってると、俺、その気になる」

「え?!」

「今は、駄目だよね?」

「当たり前じゃない。ひまわりなんか、もし遅くにお風呂でたら、なんて言ってくるか。っていうか、二人で入ってるだけでも、なんて言われちゃうか…」


「じゃ、さっさとお風呂出て、部屋で…ね?」

「え?」

「お腹はってる?」

「ううん」

「じゃ、大丈夫だよね?」

「…」


 聖君はさっさと私を椅子に座らせ、髪を洗ってくれると、私と交代して椅子に座り、ものすごい勢いで自分の体も髪も、洗い出した。

 それから、バスタブに飛び込んでくると、

「あ、窮屈。でも、どうにか二人で入れるね」

と笑って言った。


「うん」

「この窮屈さもいいかも」

「え?」

「べったりとくっついていられるから」

「絶対に、私たちって…」

「バカップルでしょ?」


「うん」

「あはは」

 聖君はあははって、すごくさわやかに笑った。そこ、さわやかに笑うところかな~~。

 あ。私はなぜだか、いきなり思い出してしまった。菜摘。そうだった。聖君に話すの忘れてた。


 でも、聖君が後ろから抱きしめ、うなじにキスしてきたり、胸を触ってくるから、気が遠くなりそうになってて、菜摘のことを言えなくなってしまった。

「聖君…」

「ん?」

「それ以上は駄目だからね」


「…」

 って言ってるのに、なんで耳にキスしてくるかな。もう~~。

「聖君。そこから先は部屋で…」

「そっか!続きは部屋でか!」

 聖君はそう言うと、にこにこしながら、バスタブを出て、私の肩を抱き、お風呂場を出た。

 いつもながら、ほんと、わかりやすいな~~。ああ、こういうのって、あれかな、単純っていうのかな。もしや…。





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