第57話 親友の悩み事
菜摘は、だいぶ楽になったって顔で、話し出した。
「葉君、なんて言うかな」
「え?」
「ばれちゃって、もしお父さんがお付き合いをもうやめなさいとか言ったら」
「そんなこと言いそうなの?」
「わかんないけど、二人きりで旅行に行ったことは、きっと怒られると思う」
「そっか~」
「どうして、桃子はお父さんに怒られなかったの?」
「旅行はばれてないよ。菜摘と蘭と行ったことになってるし」
「そうじゃなくって、結婚だよ。赤ちゃんができたってことは、そういうことを二人が経験したってことでしょ?それに対して、何も言わなかったのかなって」
「うん。何も」
「何も?」
「うん。なんか言ったっけな?やっぱり、何も言われてないな。それよりも、赤ちゃんを産むのかとか、結婚とかそういう話になったし」
「そっか。そうだよね。それをとやかく言ってる場合じゃなかったんだもんね」
「うん」
「…結婚か~。いいな~」
菜摘はぼんやりとどこか、遠くをみながらつぶやいた。
「私、葉君の隣にずっといたいんだ。でも、葉君はそう思っててくれてるのかわからないし、何かやりたいことも見つかるかもしれないでしょ?」
「葉君が?」
「うん。兄貴はさ、沖縄行きをやめた時点で、結婚や家族を持つことを、ちゃんと考えたみたいだし、それが兄貴の夢でもあったわけだから、桃子が赤ちゃんできても、逆に喜んじゃったじゃない?」
「うん」
「葉君は、きっと結婚なんて考えられないと思うよ。葉君、お母さんだけだし、早くにお母さんを楽させてあげたいって、ぽつりと言ってたことあったし」
「あ、そっか。母子家庭か~~」
「あ、なんだか、先が暗い」
「え?」
「私と葉君の未来、考えれば考えるほど、怖くなるよ」
私は何も言えなかった。大丈夫だよなんて、見え透いてるというか、あまりにも無責任でそんなことも言えなかったし、だからといって、そうだよねって同意もできなかった。
私は恵まれていたんだな。聖君はご両親が揃っているし、赤ちゃんができたことも結婚も、まったく反対されなかったし。逆に喜ばれ、歓迎され、励まされていたし。
聖君だって、すごく喜んでくれたし。
そうだよな~。私、ものすごく幸せ者なんだ。
「でもね」
「え?」
菜摘は、今度は下を向きながら、話し出した。
「ずっと隣にいたいって思ってるけど、私もまだまだ結婚とかは考えられないんだ」
「そりゃそうだよ。だって、まだ高校生だよ?私だって、赤ちゃんのことがなかったら、ぼんやりとした妄想だけで、聖君との結婚や生活をあこがれてるってだけだったよ、きっと」
「あこがれる?」
「聖君とずっと付き合っていたら、そうなることもあるかもなって、そんな感じ。でも、心の奥底では、聖君のお嫁さんになりたいなって思ってて、でもどこかで、なれるのかなって不安もあって…。って、そんな感じかな」
「うん。私もそんな感じかな」
「だよね。だってまだ、17歳なんだし。高校卒業して、大学かもしくは働いたとしても、それから何年かお付き合いして、それから結婚だよね」
「桃子はその辺を、すっとばしちゃって、もう結婚してすぐに出産だもんね」
「うん。いまだにまだ、どこかで夢見てるような感覚にもなるよ」
「そうだよね~~。実感できないでしょ?なかなか」
「うん。だけど、ず~~っと聖君と一緒にいたから、まだ奥さんっていうのには抵抗あるけど、聖君と一緒にいる、寄り添っているっていうのは、実感あるかな」
「どう?ずっと一緒にいるのって、どんななの?」
「え?」
私はつい、真っ赤になった。
「喧嘩とかにならないの?」
「喧嘩したことない」
「え~!じゃ、いっつもいちゃいちゃしてたり、とか?」
「う、うん」
「ずっと?いっつも?」
「二人きりでいるとね…」
「うっひゃ~~。あの兄貴がねえ!だって、みんなでいる時だって、葉君や基樹君とふざけてばかりで、桃子のことほっておくじゃない!あ、旅行の時には違ってたか」
「うん」
「でも、あれ、わざと桃子といたがってるのかと思ってたんだ」
「わざと?」
「私と葉君を二人にさせるために」
「なんでそんなことを?」
「葉君、あとから教えてくれたの。いろいろと兄貴に相談してたって。私が葉君をずっと怖がってたでしょ?それ、どうしたらいいかなって、まじに悩んでたみたいで」
「それで旅行で、葉君と菜摘を二人きりにさせたって思ってたの?」
「そう。そう仕向けてたのかなって思ってた」
「…。う~~ん、どうかな。実は作戦だったのかな。わかんないけど」
「え?作戦だったの?やっぱり兄貴、そう言ってた?」
「ううん。そういうことはまったく聖君から、聞いてないからわからないけど」
菜摘はしばらく黙り込んだ。それから私の顔を見ると、かなり興味津々って感じで聞いてきた。
「ねえ、桃子」
「え?」
な、何かな。
「兄貴って、二人っきりになるとどう変わるの?」
うわ。そういう質問か。答えにくいな~~。
「葉君も変わる?」
えい!逆に聞いてしまえ!
「優しくなるよ。いつも優しいけど、それが倍になるって感じかな」
「ふうん」
それって、どんななのかな?
「兄貴も?」
「え?うんとね…。聖君はいつも優しいからな~~」
「兄貴、桃子にはまじで弱いよね。それは今日も感じた」
「そ、そうかな」
「本当に桃子のほうが兄貴を尻にしきそうだよ」
「そうかな~~~。でも、聖君、けっこう強引なところもあるけどな」
「どんなところ?」
「どんなって、例えば」
あう。今、お風呂に一緒に入ることとかって、言いそうになっちゃった。これはさすがに、内緒にしておかないと!
「えっと、えっとね。えっと」
困った~~~。
「いつもからかって、私、笑われてる」
「それが強引とどう関係するの?」
「えっと。強引っていうか、自分の考えを曲げないというか、したいことを通すっていうか」
「ああ、そういうところはあるよね。自分を持ってるっていうか、ね?」
「うん」
あ、どうにか誤魔化せた。
「葉君はさ、あまり意思表示をしないんだよね」
「え?」
「これがしたい、ここに行きたい、いつ会おう、どこで会おう。そういうのを決めてるのは私なの」
「そうなの?」
「うん。聞かれることもあれば、私から誘うこともある」
「自分の気持ちは?葉君言わないの?」
「あまり言ってくれない。誕生日のプレゼントをあげても、ありがとうって言ってくれるけど、喜んでいるのかなってそれすら、わからないときがある」
「え、そうなんだ」
「兄貴は、みんなに桃子からのプレゼント、見せびらかしたりしてたよね」
「うん。マフラーや手袋でしょ?」
「そう。すごく喜んでるって、はたから見ててもわかったよ」
「うん。思い切り、顔に出るもん。それに、嬉しいってちゃんと言ってくれるし」
「そういうの、ないんだ、葉君。変なものあげちゃったかなとか、あとでいろいろと思っちゃった」
「何をあげたの?」
「桃子みたいに手作りはできないから、買ったもの。葉君、10月生まれなんだけど、去年はお財布をあげたの」
「使ってくれてるの?」
「うん、一応ね」
「だったら、喜んでいるんじゃない?」
「そうかな。義理で使ってたりしないかな」
「え?なんでそう思うの?」
「なんとなく」
「…」
菜摘の思い過ごしじゃないのかな~。喜ばないわけがないと思うし、彼女からのプレゼントを義理って考えたりするのかな。
「クリスマスはね、手袋をあげたの」
「手編み?」
「ううん。市販のもの」
「それは使ってくれてる?」
「…。2回くらい使ってたの見たことあるけど、兄貴みたいに見せびらかさないし、あまり喜んでなかったしな~~」
「…」
う~~ん。嬉しくないわけはないと思うんだけどな~~。
「ね、兄貴ってさ、桃子にちゃんと気持ち伝えたりする?」
「気持ち?」
「だから、好きとか、そういうこと言ってくれるの?」
「う、う~~ん」
しょっちゅう。
「言ってくれるよ」
しょっちゅうは心にとどめてみた。あとで、菜摘が聖君をひやかしても困るし。
「言うのか~~。あの兄貴が」
「言わなさそうに見える?」
「けっこう照れ屋っぽいじゃん。学校じゃ、あんだけクールだったし。あ、でもけっこう、あほっぽいところもあるけどさ」
「あほ?」
それは聖君に言わないであげよう。
「葉君が言わないのも、照れてるからじゃないの?」
「…そうかな。でもさ、ちょっとは言ってくれてもいいと思わない?」
「言わないの?まったく?」
「一回言われたくらいだよ」
「ええ?!じゃ、菜摘は言うの?」
「私は…、本当にふざけた感じで言ってる」
「ふざけた?」
聖君みたいにかな。大好きって言って、抱きついてみたり…とか?
「何か葉君がしてくれたとするじゃん。例えば、ドライブの時、私の好きな曲をかけてくれるとか。そんな時に、さりげなく、葉君ありがとう、だから好きって感じで言ってる」
「そうか。そうなんだ」
…甘えたりとかしてこないのかな。
「旅行に行ってから、変わらないの?葉君。二人きりでいる時、甘えてくるとか。じゃなきゃ、菜摘のほうが甘えるとか」
「甘えてこないよ!優しいけど、甘えたりはしないもん。私もふざけて、馬鹿なこと言って笑ったりとかしてるけど、そんなには甘えないかな」
「でも、ほら。旅行に行った二日目の朝、二人して手つないで食堂来てた。あれ、聖君、びっくりしてたよ」
「あ!あれは、私が」
「菜摘が?」
「なんとなく、手、つないでいたかったから。ああいうのは、葉君からしてこないもん。いまだに」
「…」
そっか。男の人でも、いろんなタイプの人がいるんだね。
「兄貴、甘えるの?」
ドキ!いけない。ここでばらしてしまっては。
「時々ね、本当に時々」
本当はしょっちゅう。
「どうやって甘えるの?」
ドキ~~~!なんて言ったらいいんだろう。まさか、桃子ちゅわわんって言って抱きついてくるなんて言えないし!
「えっと、えっとね。どんなってどんなかな」
「まさかさ~~。兄貴が赤ちゃん言葉は使わないよね」
う。前に使ってたことある。
「ないない!」
慌てて、私は首を横に振った。
「だよね。兄貴が桃子に甘えるなんて、想像もつかないよ」
「そ、そうだよね。あははは」
ああ、わざとらしい笑いになったかな。
「いちゃつくって、どんななんだろうな」
「え?」
「二人きりでいても、話はするけど、そんなにいちゃついたりしないんだもん」
「そう?仲良さそうだよ、見てて」
「そう見える?」
「うん。二人とも幸せそうに話してるよ?」
「葉君もそう見える?」
「見えるよ」
「そっか~~~」
「…菜摘から見て、そう見えないの?」
「うん、なんだか遠慮してるように見えるよ」
「…」
そうなの?
「兄貴が言ってたの、本当なの。まだ、お互いの心を探り合ってるようなところがあるもん」
「そうなんだ」
「兄貴にはないの?そういうの。ああ、兄貴はストレートっぽいもんね。ものの言い方もさ。今日だって、私ずばずば言われて、傷ついちゃったよ」
「き、傷ついてたの?」
「なんてね。あれ、兄貴だから平気。他の人に同じように言われてたら、頭にきちゃうけど」
「そっか~」
「桃子にはずばずば言いそうにないね、兄貴」
「うん。言われないよ。でも、内緒ごとは無しだよって、さんざん言われ続けられてて、なるべく言うようにしてる」
「例えば?」
「何で悩んでいるかとか、何を思っているかとか、そういうことも」
「素直に言いそうだもんね、桃子」
「そ、そっかな」
「でも、はじめは怖くなかった?こんなこと言って、呆れられないかなとか、嫌がられないかなとか」
「あった、あった!いっぱいあった!」
「やっぱり?それ、どうやって克服したの?」
「う、う~~ん。聖君が何を言っても、受け止めてくれるからかな。あ、でも、思い切り呆れられたり、笑われたりもしてるけどね」
「呆れられたり、笑われて傷つかないの?」
「私が?うん。傷つかないよ」
「そっか」
「うん」
「は~~~~~。どうしよう!」
菜摘はいきなり、頭を抱え込んだ。
「何が?」
私は、菜摘の顔を覗き込んだ。
「素直になるの怖いよ」
「うん、そうだよね」
「嫌われるのも怖いし、葉君がどう思っているのかを知るのも怖いの。私、臆病者だよね」
「でも、そんな菜摘、可愛いよ?」
「え~~!まさか。兄貴なんていらいらしてたじゃない」
「聖君は気が短いから」
「え?桃子にもそう?」
「なぜだか、私には気が長い」
「桃子は特別なんだな~~」
「葉君だって、きっと菜摘は特別だよ」
「そっかな~~~」
「そうだよ」
「あ~~~~。そういうのも聞くの怖い。本当にそう思っててくれてるかを知るのも怖い」
「わかる気もする」
「ほんと?」
「うん。人を好きになると、臆病になるよね」
「やっぱり?桃子もそう?今でも?」
「今?今はそうでもないけど」
「あ~~。余裕の言葉だ。さすが奥様だ」
「え?」
私はその言葉に反応して、真っ赤になった。
「まだ奥様って言葉には、慣れないよ~~~」
「あはは。本当だ。真っ赤になっちゃった。あ!奥様で思い出した。高校どうなった?」
「うん。まだ決まってないけど、なんとなく卒業できそうな雰囲気もあるんだ」
「え?ほんと?」
「まだ、わからないけどね」
「あ~~、一緒に卒業したいよ。っていっても、春には出産だよね」
「うん」
「あ~~~!桃子、お母さんになっちゃうんだね!」
「うん」
「なんだか、信じられない。もし私だったら、そんな現実受け止められるかな~」
「大丈夫だよ」
「え?なんで?」
「そうなったら、だって、受け止めるしかないんだもん」
「そっか。うわ~~。なんか、桃子がたくましく見える。もう母親の顔してるよね!」
「そう?そうかな。あ、でも、お腹に赤ちゃんがいると、赤ちゃんのためなら、がんばれるって、そんな気はしてくるかな」
菜摘がちょっと目を細め、優しい顔で私を見た。
「…いいお母さんになるよ、桃子は」
「ありがとう」
「それにいい奥さんにもなるよ。兄貴が羨ましいよ。私が男でも桃子をお嫁さんにする。それは、蘭も言ってたよ」
「え~~。私は菜摘みたいな子と付き合うな~。もし男だったら」
「私と?」
「菜摘、優しいし、明るいし、可愛いし、元気だし。彼女になったとしたら、自慢しちゃう。きっと葉君もそう思ってると思う」
「ありがとう、桃子!私か桃子のどっちかが男で、恋人同士ならよかったよね」
「そうしたら、葉君とお付き合いできなくなるよ」
「あ、そっか。そうしたら、桃子は兄貴と結婚もしてないか。じゃ、これでいいのか」
「うん。これでいいのだ」
「そんな漫画、あったよね。これでいいのだ~~。ああ、なんかそう言うと、気が楽になるね~~」
「うん、そうだね」
あははって笑いあって、菜摘は元気になった。
「よし。今日葉君に会ったら、いろいろと心のうちを話してみる。あ、二人きりで話したいから、もしかすると外の公園に行くかもしれない」
「うん、うちで落ち合ったら、外に行ってもいいんじゃないかな」
「うん。そうしてみる。ありがと、桃子」
ちょうどその時、一階からお母さんの呼ぶ声が聞こえた。私と菜摘はダイニングに行き、お昼を食べた。菜摘のお母さんは遠慮して、席を外してくれた。
それから、しばらくダイニングで学校の話や、友達の話で盛り上がり、私は2時10分前に、菜摘の家を出た。
菜摘が元気になって良かった。きっと葉君に会っても、ちゃんとお互いの気持ちを言い合えるよね。うん、きっと大丈夫。そんなことを思いながら私は、駅に向かった。