第55話 やんちゃ
翌朝、すっかり聖君は元気になっていた。7時前には起きていて、私の目が覚めるとすでに、着替えも済ませていて、
「おはよう、桃子ちゃん。先に下に下りてるよ」
と言って、部屋をさっさと出て行ってしまった。
「聖君、元気だ…」
いつもの聖君だ。
そして、私はいつもの私で、ベッドでしばらくぼ~~ってしてから、着替えをして一階に下りた。
起きたばかりの母もいて、朝食の準備を始めていた。その横で聖君も、手伝いをしている。
「聖君、もう大丈夫なの?」
「はい、もう全然元気になりました」
母の質問に、聖君はめっちゃ元気に答えていた。
「ほんとだ。すっかりいつもの聖君だわね」
聖君は鼻歌交じりで朝食の手伝いを済ませ、食卓にあれこれ運び出した。その頃、父が起きてきた。
「やあ、おはよう。聖君、元気そうだね」
「あ、おはようございます。昨日はすみませんでした。俺、さっさと寝ちゃって」
「ああ、いいんだよ。ゆっくり眠れたかい?」
「はい、もう、ぐっすり」
「そうだ。お酒をありがとうと、お父さんに伝えておいてもらえないか」
「あ、はい。伝えておきます」
父も、聖君も食卓に着いた。私も顔を洗って髪をとかし、聖君の隣に座った。ひまわりだけは、まだ寝ているようだ。
「今日もバイトよね?聖君」
母がお茶を淹れながら、聖君に聞いた。
「あ、はい」
「何時から?」
「今日は、11時からです」
「お母さん、聖君がこっちに来ちゃって、朝の準備大変じゃない?」
私が聞くと、聖君は、
「ああ、大丈夫。杏樹、塾もうないから、朝、手伝うって言ってたし」
と、にっこりとして言った。
「受験生なのに?」
「午前中だけだから、大丈夫だよ」
「そっか」
なんだか、申し訳ないな。本当は私が、あっちに泊まってたほうがいいんだろうな。私だって手伝えるし。
「夏休み終わるまで、私、泊まっていたらよかったよね」
「うん。でもあと4日だけじゃん」
「そうなんだけど」
「聖君、桃子の高校の話は桃子から聞いた?」
母も食卓に着き、話し出した。
「あ、はい」
「明日か明後日の午前中、高校に行こうかと思ってるんだけど、聖君、お店の前に行けるかしら」
「あ、はい。どうにかなると思います」
「じゃ、今日校長に電話して、日にちを決めるわね」
「はい」
「多分、桃子、大丈夫って気はするんだけどね。ね?お父さん」
「う~~ん、そうだな。何しろ、今のPTA会長が、強いみたいだしな」
父が新聞を読むのをやめて、母の質問に答えた。
「強いって?」
「うん。まあ、会ってみるとわかるわよ。って、私も会ったことはないんだけどね。校長がものすごく頼りになるって言ってたから、相当なものよ」
「でも、前にお願いしにいった時には、反対されるようなことを校長、言ってなかった?」
私が聞くと、
「それがね、PTA会長にだけ、校長が報告したでしょ?そうしたら、どうにか椎野さんを、卒業できるようにしてあげたいですねって、そう言ってくれたらしいのよ」
「新しく変わったんだっけ?会長って」
「そう。前のPTA会長は、考えも古くて、頭も固かったらしいけどね。新しい会長はとにかく、いろんな新しいことを取り入れようとしたり、どんどん改革していこうとする人みたいね。良かったわよね、桃子。ラッキーだったわよ」
「そうだね。でも、結果がまだわからないし」
「大丈夫だよ、桃子ちゃん。そういう人となら、きっとうまくいく。俺も一緒についていくし、大舟に乗ったつもりで、安心してていいよ」
聖君がにっこりと笑って言った。ああ、聖君って、本当に前向きだ。
「そうそう!お母さんだっているんだし、大丈夫よ」
母もまた、頼もしいもんな~~。
「おはよう~~」
2階から、ひまわりが元気に下りてきた。
「あら、ひまわり、早いじゃないの」
「だって、お兄ちゃんがいるんだもん!お母さん、私にも朝ごはん」
「はいはい」
母は席を立ち、キッチンに行った。父は朝ごはんを終え、お茶をすすりながら、
「ひまわりは、すっかり聖君がお兄ちゃんになっちゃってるんだな~」
とそんなことを言った。
「そりゃ、そうだよ~~ん。頼りになるお兄ちゃんなんだもん」
ひまわりは席に着いて、朝ごはんを食べ終わった聖君に、
「ね、昨日言ったこと、お兄ちゃん、覚えてるよね?」
と聞いた。
「うん、覚えてるよ。ひまわりちゃんが、ご飯食べ終わったら、相談にのるよ」
と聖君はにっこりと笑って、答えていた。
あ、いつものさわやか笑顔だ。本当にいつもの、聖君だ。
「わ~~い。じゃ、もう少し待っててね」
聖君はお茶を飲み、ごちそうさまと言うと、洗面所に行き、髪をとかしたり、ヒゲをそったりしているようだ。
私は聖君より、食べるのが遅いから、いつも、残って食べることになってしまう。
「桃子は、どこにも今日行かないんでしょ?」
母が聞いてきた。
「う~ん、もしかしたら、午後、友達とお茶するかも」
「あら、そうなの?今日も暑そうだから、帽子かぶっていきなさいよ」
「うん」
「でも、お店はエアコンきいてるから、カーディガンは持っていきなさい」
「うん、わかってるよ」
「お姉ちゃん、お腹、ちょっと出てきたんじゃない?」
「わかる?ゴムのスカートやパンツじゃないと、もうきつくてはけないんだ」
「顔もふっくらとしてきたね」
「やっぱり?」
ひまわりに言われて、ショックを受けていると、
「でも、そのくらいふっくらしてても、お姉ちゃん、可愛いけど」
と、ひまわりがめずらしいことを言った。
「可愛い?」
「うん。けっこう、そのくらいふっくらしてるほうが、あってるかも」
え~~~。複雑…。
朝ごはんも終わり、聖君はリビングで、ひまわりとあれこれ話をしている。
私は携帯で、咲ちゃんにメールを送った。
>今日の午後、あいてます。いきなり今日でもいいかな?
5分もしないうちに返事が来た。
>全然、あいてる!時間とってくれてありがとう。新百合の駅で待ち合わせでいい?2時ごろでもいいかな?
>うん、いいよ。2時に新百合ね。
そう返事を送り、菜摘にも、
>今日、こっちに戻ってきたよ。
とメールした。菜摘からはすぐには、返事は来なかった。
聖君は本当に元気で、ひまわりの話にげらげら笑ったりしている。昨日、
「桃子ちゅわわん」
って、弱々しい声を出していた人とは思えないほどだ。
「お兄ちゃんが教えてくれたもの、参考にしてみるね。ありがとう」
「どういたしまして」
ひまわりは、嬉しそうに2階にあがっていった。
「は~~、今日も外、暑そうだね。桃子ちゃん、午後出るなら、気をつけてね」
「うん」
聖君はソファーから立ち上がると、窓から外を見て、伸びをした。それから、庭にしっぽがいるのを見つけ、
「ちょっと庭でしっぽと遊んでくるね」
とうきうきの顔で、出て行ってしまった。あれは、しばらく戻ってこないな。
私は2階にあがった。聖君の着替えや下着を、タンスにしまい、私のものも片付けた。一緒に暮らしだした頃は、聖君のパンツなんて、恥ずかしくて触れもしなかったのが、聖君の家で、聖君の洗濯物は全部、私がたたんでいたから、まったく恥ずかしがることもなくなってしまった。
聖君って、パンツもシンプルなんだな。黒か紺って決めてるみたいだ。パンツ姿の聖君も、見慣れちゃったしな~。
っていうか、一緒にお風呂も入ってるんだから、すっぱだかの聖君も見てるんだけどっ。ただ、すっぱだかの聖君のことを、凝視はできない。あ、髪を洗う時の聖君は、いつも椅子に座ってて、ちゃんとタオルで隠しててくれてるし。
でも、お尻は見ちゃったことある。お尻まで綺麗だって、思わず思っちゃったの。でもでも、見てるのをばれちゃって、すんごい恥ずかしい思いをしたんだ。
「あ、俺のお尻見てた?」
って、聞いてくるんだもん。
「え?!見てない」
って慌てて答えたけど、私ってば、真っ赤になっちゃって、
「桃子ちゃんのエッチ」
って言われちゃったんだよね。
ずるいよね。聖君なんていっつも、私のお尻見て、可愛いって言ってみたり、それで隠すと、
「なんで隠すの」
って怒ってみたり…。
そ、そうだ。思い出した。私、お尻の両側の同じ位置に、ほくろがあるって、聖君が教えてくれたんだった。小さいからあまり、目立たないらしいけど。前に私が、聖君の耳の裏のほくろを見つけて、喜んでいたら、聖君も、私のほくろを見つけて喜んだって言ってたけど、どうやら、お尻のほくろだったようだ。
私の体を拭いてくれてる時、
「ここと、ここ!」
って言って、私のお尻をつっついてきたんだよね。
「な、何?何?」
なんでお尻、つつかれたの?ってびっくりしたら、
「ほくろがあるの、知ってた?」
って聞いてきたから、すんごい驚いちゃって。
「知らない。お尻にほくろ?」
「あ、やっぱり知らなかった?小さいし、見えづらい位置だし。じゃ、やっぱり俺だけかな?知ってるの」
「え?え~~~!」
「同じところにあるんだよ。右と左」
「え?本当に?」
「うん、すげえ可愛いんだ」
可愛い~~~?うきゃ~~。恥ずかしい!
「桃子ちゃん、他にもけっこうあるよね、ほくろ」
「え?うん、そうだけど」
お尻は知らなかった。
「じゃ、太ももにあるのは?」
「え?あ、左の?」
「そうそう、ここ」
聖君が、私の左のももを指差した。
「それは知ってる。けっこう目立つし」
「だよね。じゃ、背中のは?」
「知らない。見えないもん」
「ここだよ。肩甲骨の下あたり」
聖君は、指でつついた。
「それから、ここ」
「うなじ?」
聖君はうなじも、指先で触って教えてくれた。
「ここのは、すげえ色っぽいの」
「う、もういいよ。めちゃくちゃ、恥ずかしくなってきた」
「そう?じゃ、胸にあるのは?」
「だから、もういいってば~~~」
「真っ赤だ!あははは!」
そうだった。あの時もからかわれてたんだった。思い出しただけでも、顔が熱くなる。
ガチャ。
「あれ?桃子ちゃん、俺の着替えしまってくれたの?って、なんで真っ赤なの?」
「ううん、なんでもない」
「もう、エッチ~。俺のパンツでも見てたんじゃないの?」
「違うよ~~~。思い出してただけだよ~~」
「何を?」
「な、なんでもない」
「もう、エッチ~~。そんなこと思い出さないでよ、朝っぱらから」
また、オネエ言葉?もう、こうやってからかってくるんだから。
「なんだと思ってるの?!」
「え?そんなの言えない。きゃっ」
聖君が、両手で顔を隠した。
「絶対に、違うから!聖君が今、想像してるのと、絶対に違う!」
「え?じゃ、何?」
「…。前に聖君が」
「うん」
「私の体、拭いてる時」
「うん」
「ほくろの位置、教えてくれて」
「ああ。お尻のとか?」
「それを思い出して」
「もう~~~。やっぱり、エッチ!」
「なんで?だったら、聖君がエッチなんだよ。ああやって、教えたりして」
「だって、いきなりそんな時のこと、思い出してたんでしょ?」
「う…」
「ああ、そうだった。桃子ちゃん、知ってた?左のおっぱいの下、ここらへんにも小さいのがある」
聖君が、私の胸の下を指で押さえた。
「え?ここにも?」
「あれ?知らなかった?やっぱり自分だと、見えない位置になるのかな」
うわ~~。もしかして、ほくろの位置全部、覚えちゃってるとか?
私が真っ赤になっていると、聖君はチュってキスをしてきた。
「桃子ちゃん、真っ赤。可愛い~~」
あ、またからかってる!
聖君は私が、もう!って怒ろうとしたら、またキスをしてきて、口をふさがれてしまった。
うわわ。なんで、そんなに濃厚なキスを、朝からしてくるの?
それに、さっきほくろの位置にあった手が、どうして胸に移動してるの?
駄目だ~~~。それ以上は!
「ひ、聖君」
どうにか、聖君の唇から離れ、
「それ以上は駄目だってば」
と、胸にあった手も払いのけた。
「うずうずしちゃうから?」
「そうだよ」
「…」
聖君はまた、胸に触ってきた。
「駄目だってば!」
「ちぇ」
ちぇじゃない~~~。
「おあずけか~~」
「そ、そうだよ、こんな朝っぱらから」
「夜なら平気?」
「へ?!」
「駄目?」
「う…」
そんな甘えた目で見られたら、断りにくい。それに、もう私も、うずうずしちゃったし。
「わ、わかんない。夜のお腹の具合によって」
「俺の?」
「私の!」
「あ、そっか。張ったりしてなかったらってことか」
「そうだよ」
「はい。夜の桃子ちゃんのお腹の具合によってですね。了解です」
なんで敬語?
「しょうがない。今はこれで我慢する」
聖君は、またキスをしてきた。それもまた、濃厚な…。ああ、何がこれで我慢するだよ~~。これでも、うずうずしちゃうんだってば。
あ、ほら、ベッドに倒されちゃった。やばい。このままだと、抵抗できなくなる。今、我慢するって言ったばかりでしょ。
「桃子ちゃん」
あ、やっとこ唇離してくれた。
「キス、またうまくなってる」
「え?!」
なななな、何を言ってるの~~~?濃厚なのをしてくるのは、聖君のほう!
うわ。だから、そんな熱い目で見てこないでってば。
「桃子ちゃん、色っぽすぎるってば、その目。もしかして、挑発してる?」
「し、してないっ」
「してるよね?」
「してない~~~」
あ~~。また、キスしてきた~~。挑発もしてないし、色っぽいのは聖君のほう~~~!
だ、駄目だ。ほら、力が抜けた。聖君のキス、体が全部、溶けちゃいそうだよ。
ぎゅ。聖君が私を抱きしめた。それから、しばらく黙って動かなくなった。
「ただいま、本能と理性が戦ってます」
「は?」
「かなり本能が優勢」
「え?」
「う~~、待て待て、俺。夜まで我慢っ!」
解説してるの~~?
「どうにか、理性が勝つ模様です」
「…」
「俺はね。でも、桃子ちゃんの本能が勝ったら、俺の理性は奪われちゃうかも」
「私の本能も勝たないから、大丈夫っ」
「そうなの?残念」
もう~~~。
聖君は起き上がると、
「あ~~~。もう、桃子ちゃんにもう少しで、犯されるところだった。朝っぱらから」
とわけのわかんないことを言って、恥ずかしがっている。
「もう!そう思ってたのは、私のほうだよ!」
「え?まじで?俺に犯されちゃうかと思ってた?」
「もう~~~!」
聖君の背中をべちってたたいた。
「いてっ!」
聖君は痛がってから、あははって笑って、
「本当は、新婚だもん。朝でも昼でも、夜でもいちゃついてたいよ、俺は」
と、私の耳元でささやいた。
うわうわ。そんなことを耳元で言わないで。あ~~、顔がほてりまくる!
「でも、今日は一緒に風呂も入れるし、それを楽しみに、仕事がんばってくるね」
聖君はにっこりとさわやかに笑って、そう言った。ああ、言ってる内容と、笑顔がちょっとだけ、ギャップがあるっていうか、なんていうか。そんなさわやかな笑顔で、言うようなことじゃない気がするけど。
聖君は、それからもにこにこしながら、母の掃除の手伝いをしていた。すっかり元気の聖君は、さわやか青年のようにも見えて、実はやんちゃな男の子なんだなって、そんなことを思いながら、私は聖君の笑顔を見ていた。
結局私は、やんちゃな聖君も大好きなんだな~~~。困ったもんだ。