第50話 帰る日
「あら、早かったのね。二人とも」
聖君のお母さんがお店に来た。
「おはようございます」
「おはよ!母さんの分も今、作っちゃうよ。杏樹ももう起きてくるよね?」
「あの子は、今日からもう塾もないし、まだ寝てるんじゃない?爽太が今、顔洗ってるから、そろそろ来るわ。爽太の分も作ってもらってもいい?」
「了解~~」
聖君は自分の食べた食器を持って、キッチンに行った。お母さんは、水を一杯飲むと、
「桃子ちゃん、今日、何時頃帰るの?」
と聞いてきた。
「11時頃出ようかって聖君とも、今話してました」
「11時?良かった。じゃ、スコーン焼くから、おうちに持っていってね」
「ありがとうございます」
聖君のお母さんは、聖君の横でスコーンを焼く準備を始めた。二人でなにやら、楽しそうに話をしている。ここから見ていても、親子には見えないくらい、お母さんは若いし綺麗だ。聖君、お母さんとも仲いいよね…。
私は食べ終わると、食器を片付けにいき、
「洗濯してきますね」
と言って、家にあがった。
「あ!朝食作り終わったら、手伝いに行くから!」
聖君がそう、私に声をかけてくれた。
もし二人だけで暮らすことになっても、聖君は家事をほとんどしてくれちゃうんじゃないだろうか。お母さんが忙しい時、どうやら、お父さんと聖君で、洗濯やら掃除やらをしているようだし。
洗濯を手伝うといっても、洗濯機にほうりこむだけだし、たいしたことないんだけどな…。
私は洗濯物をいれ、洗剤をいれ、洗濯機のスイッチを押すと、リビングに行った。そしてソファーに座った。
あ~、このリビングのソファーに座ってのんびりするのも、あとちょっとか。
「おはよう~。お姉ちゃん」
杏樹ちゃんが大きなあくびをしながら、階段を下りてきた。
「あ、おはよう」
「お姉ちゃん、今日帰っちゃうんだっけ?」
「うん」
「あ~~~ん。今日から塾ないし、やっとお姉ちゃんといろいろ遊べると思ってたのにな」
「げ!杏樹起きてたの?」
聖君が、リビングに来て、杏樹ちゃんに言った。
「何よっ!起きてちゃいけない?」
「いや、そうじゃなくって。朝食、杏樹の分、作ってないから。ちょい待ってて、作ってくるよ」
「うん」
聖君はお店に行きかけ、
「桃子ちゃん、洗濯物の重いものは、俺が2階に運ぶからね」
と私に言い、それからお店に行った。
ああ、そっか。手伝うっていうのは、そういうことか。
「聖君、時々、朝ご飯作ってくれるの?」
「うん。お店が休みの日は、お兄ちゃんかお父さんが作ってるよ。それから、夕飯も作ることも多いし」
「へ~~。だから、あんなにいろんなものが作れるのね」
「お母さんだと、お店に出すものしか作らないのよね。でも、お兄ちゃん、いろんなもの作ってくれるから、楽しいよ」
「いろんなもの?」
「中華も、和食も、カレーもいっつも工夫して作ってくれる」
「…完璧だ」
「え?」
「聖君」
「そうだね。結婚したらいい旦那さんになるよね」
杏樹ちゃんはそう言ったあと、
「あ。そうか。もう結婚してるんだっけ。お兄ちゃんっていい旦那になってる?」
と私に聞いてきた。
「うん!」
私が思い切りうなづくと、
「きっと、お姉ちゃんがいいお嫁さんなんだよね」
とそう言った。
それはどうだろう。私は首をかしげた。何しろ、ほとんどの家事もしていないし、っていうか、あまりさせてもらえないし。
聖君、本当になんでもできちゃうんだもん。私、なんの役にも立ってないような気がするよ。
「おはよう、杏樹、桃子ちゃん」
聖君のお父さんがめちゃ、爽やかな顔で下りてきた。それにしても、聖君のお父さんも、かっこいいよね。
「おはようございます」
「あ、お父さんの分の朝ご飯もまだかもよ~~」
杏樹ちゃんが、そう言うと、
「じゃ、自分で作っちゃうよ」
と聖君のお父さんは、お店に行きかけた。
「あ、聖君、お父さんのも作ってると思います」
私の言葉で、聖君のお父さんは立ち止まり、振り向いて、
「桃子ちゃん、今日帰るんだっけ?」
と聞いてきた。
「はい」
「そっか~~。寂しくなるな~。娘が一人増えて、俺、毎日わくわくしてたから」
「え?」
「寂しくなるな~~」
聖君のお父さんは本当に肩を落とし、とぼとぼとお店に行った。
「そんなに寂しがらなくても、杏樹ちゃんもいるんだし。私なんかいたって、特に何をするわけでもないし、いてもいなくても変わらない気がするんだけど」
私がぼそってそう言うと、
「何言ってるの?お父さんもお母さんも、私だって、お姉ちゃんがいてくれて、どれだけ癒されたか。いるだけで、ほわんって気持ちにさせてもらえて、お姉ちゃんの存在ってどれだけ、でかいか!」
と、杏樹ちゃんは力説してくれた。
「え?」
そんなに?なんだか、恥ずかしいけど嬉しいな。
聖君が朝飯できたって、杏樹ちゃんを呼びに来て、杏樹ちゃんがお店に行くと、私の横に座った。
「洗濯物まだできてない?」
「うん、まだ」
「じゃ、それまで、桃子ちゃんとのんびりしてよう~~っと」
聖君はそう言うと、べたって私にひっついた。
「お父さんが私が帰るの、寂しいって言ってた」
「ああ、母さんも寂しがってたよ」
「嬉しいな」
「へ?」
「寂しがってもらえるの…」
「んなの当たり前じゃん。もう家族の一員なんだし」
「そっか…」
私も聖君に抱きついた。
「クロも寂しがるな~~。桃子ちゃんにめちゃ、なついてたし」
「え?」
「クロも、桃子ちゃんに癒されてたからな~」
「逆でしょ?いつも私の足元に来て、足をあっためてくれたり、癒してくれてたよ?」
「ああ、あれ?ちゃうちゃう。クロ、桃子ちゃんのそばだと、めちゃ安心するみたいだよ。わかるんだよ。桃子ちゃんのあったかさが」
「…」
そうかな。私は首をかしげた。
「あれ?自分ではそう思えないの?でも、俺だって、桃子ちゃんのそばあったかいし、ほわんって癒されるし、クロだってそうだよ、絶対に」
聖君がそう言って、私のほっぺにキスをしてきた。
ほわん…。さっき、杏樹ちゃんも言ってたっけ。
「く~~ん」
「あ、クロ」
クロがお店からやってくると、私の足元に寝転がった。
「ね?」
「え?」
「クロの顔見て。めっちゃ安心しきってるし、脱力してて、ちょっとあほ面でしょ?」
あほ面は失礼だよ。
「あ!じゃ、俺も今のクロみたいに、あほ面になってるのかな?」
「え?」
「だからでへへとか、無意識に言っちゃってるのかな、俺」
「無意識だったんだね。でへへって」
「むぎゅ~~」
あ、また抱きついてきた。
「桃子ちゃん、自分の力にそろそろ気づいて」
「私の力?」
「癒しの力」
「…ほわんってするっていうやつ?」
「そう、それ。そばにいるだけで、ほっとするんだ。なんつうの?平和で温和で、穏やかになれるんだよ」
「…世界が平和になるのに、貢献できてるのかな。なんて、おおげさだね」
「おおげさじゃないって!それだよ、それ!桃子ちゃんのそばにいるだけで、争いごとも、消えちゃいそうだもん」
「そうかな」
「そうだよ。だから、桃子ちゃんが俺の彼女だって知った子も、桃子ちゃんと仲良くなってるし、あれは、まじで俺、すげえなっていっつも思う」
「仲良くなってるのかな?ただ、一緒に聖君のどこがかっこいいかとか、可愛いかとか話してるだけで」
「だから、そこがすごいんだってば。そんときって、あれでしょ?俺の彼女なんだっていう、そんな意識消えてるよね」
「あ、そうかも」
「…それはそれで、俺には複雑なことだけどね。ま、いっか。それでみんなと仲良くなってるんだから。あ、でもあれはやめてね」
「なに?」
「聖君のこと独り占めにしたら、悪いかなとか、そういうことを考え出すの」
「うん、それはもうしない」
「ほんと?」
「聖君の胸は、私専用でいてほしいって、思い知っちゃったから」
「あ、そっか」
聖君は頭をぼりって掻いた。
「どひゃ!」
杏樹ちゃんがリビングに来て、私たちを見て、そう声を上げた。
「もう、お店じゃお父さんとお母さんがいちゃついてるし、家じゃお兄ちゃんたちがいちゃついてるし、嫌になっちゃう。あ~、私も今日、彼氏と会ってこよう~~~」
杏樹ちゃんはそう言うと、2階に上がっていこうとした。
「母さんたち、店でいちゃついてるの?」
聖君が杏樹ちゃんに声をかけた。
「うん。お父さんが昨日の夢は、くるみと結婚式を挙げた夢だったよ、とか。新婚旅行に二人っきりで、いつか行こうね、とか。そんなことを言いながら、キッチンでいちゃいちゃいちゃいちゃ。自分の部屋でしてほしいよ。あ、お兄ちゃんたちもだけどねっ」
「新婚旅行?!」
聖君は、そこにくいついたらしい。
「あ、そっか。父さんたちもまだなのか。そっか~~。桃子ちゃん、どうする?新婚旅行!凪生まれたら、3人で行く?それか、もう安定期だし、今のうちに行く?」
「私の話、ちゃんと聞いてた?!」
杏樹ちゃんが、聖君に向かって大きな声をあげた。
「聞いてたよ。だから、父さんたちが、新婚旅行に行ってないって話でしょ?」
「違う!いちゃつくのは自分の部屋でしてって話!」
「いいじゃんか~~。杏樹も彼といちゃついてきたら?ほれ、行った行った。これから桃子ちゃんと、新婚旅行の話するんだから、お前、邪魔だよ」
「むっか~~~~!むかつく~~~~!」
杏樹ちゃんはそう言いながら、わざと、足音を響かせ、ドカドカと2階に上がっていった。
「かわいそうかも、杏樹ちゃん」
「いいんだよ。どうせ、彼氏といちゃつくようになって、俺らの前でも、いちゃいちゃするようになるんだから」
「え?」
「今の俺らみたいに」
「…」
「さて、で、どうする?新婚旅行」
「あ、う~~ん。でも、学校もし行けるとしたら、そんなに休めないかな」
「あ、そっか~」
聖君はしばらく黙り込み、
「高校がどうなるか、その結果しだいってことだよね」
とちょっとため息混じりにつぶやいた。
「そうだね」
「もう、さっさと結果出してほしいよね」
「うん」
「ま、いっか。悩んでも答えは出ないし。そろそろ洗濯できたね。干しに行こうか」
「うん」
さすが、切り替えが早い。
それにしても、聖君のお父さんも、お母さんの夢見たりしてるんだね。
杏樹ちゃんは、10時半頃、おしゃれをして、
「デートに行ってきます」
と言い、家を出て行った。
私と聖君のお母さんは、掃除をしたり、あとはのんびりとリビングでテレビを観ていた。聖君はお父さんと、筋トレしたり、話をしたり、親子の時間を楽しんでいた。
「あ、もう11時になるわね」
お母さんが時計を見て、
「聖!もう11時になるわよ」
と2階にいる聖君を呼んだ。
「へ~~い、今荷物持って、下に行く」
聖君の声が2階から聞こえた。
荷物を持ってきた聖君とお店に行くと、お店のドアの前に人が立っていて、クロが異常に興奮して、尻尾を振りまくっていた。
「あれ?」
聖君が気がつき、ドアを開けにいった。
「籐也?どうしたの?」
「ワンワン!」
「ごめん、クロ、ユキは家に置いてきたよ」
その男の子が、お店に入ってきながら、クロに話しかけた。
ああ、クロの彼女のご主人様か~~。本当だ。なんとかってアイドルに似てる…。って、あの子じゃん!花ちゃんが好きなアイドル!うわ~~。ほんとに似てるよ!
「今日店、あるよね?これから開店だよね?」
「今日は定休日だよ」
「まじで?」
「水曜だから」
「が~~~ん」
あ、相当ショックを受けてるな。
「でもいいよ。せっかくだし、お茶でもしてけば?ランチは用意できないけど、あ、スコーンなら、焼いてたな、母さん」
聖君はリビングのお母さんに、聞きに行った。
クロはまだ、彼のまわりを回ったり、くんくんと匂いを嗅いだりしている。
「ごめんね、クロ」
男の子は、クロの背中をなでながら、また謝った。男の子って言うのも、変かな。同じ年なんだもんね。
バチ。あ、目が合った。どうしようかな。
「あの…。クロの彼女の、飼い主なんですよ…ね?」
わかりきっていることを、聞いてしまった。
「もしかして、聖さんの妹さん?」
「え?私?」
違うと言いかけたけど、いきなり近寄ってきて、
「俺、玉木藤也っていうんだ。よろしく!わ~~、すげえ可愛い!聖さん、絶対にお前には会わせないとか言ってたけど、そうか。思い切り俺好みだからか!会ったら絶対に俺が、惚れちゃうってわかってたんだな。ちきしょう」
と手を握って言ってきた。
うわわわわ。どうしよう。人違いだし、そんなこと言われても、困る。
「籐也!何してるんだよ。その手を離せ!」
聖君が走ってきて、私の手を握っていた籐也君の手を、ばりって引き剥がした。
「聖さん!今まで会わせてもらえなかったの、わかりました」
「え?」
聖君の顔が固まった。
「そりゃ、俺、ちゃらんぽらんに見えるかもしれないけど、でも、聖さんの妹さんを泣かせることはしないですから、交際許してもらえないですか?」
「は?」
聖君の顔がひきつった。
「俺、一目惚れしました。思い切りタイプです!あ、名前聞いてなかった」
「誰のこと言ってるの?お前」
「え?だから、妹さん」
籐也君は、私を指差した。
「桃子ちゃんのこと?」
「桃子ちゃんっていうんだ、名前も可愛い」
「妹じゃない!俺の彼女!!だから絶対、手、出すな!!!」
聖君は、すごく怖い顔をして藤也君をどなりつけた。
「彼女?」
「そうだよっ」
まだ、聖君は藤也君を睨んでいる。
「…聖さん、彼女いないって」
「言ってないよ」
「そう聞いた」
「誰に?」
「えっと、誰だっけな。女嫌いだから、聖には気をつけろって」
「誰がそんなこと?!!!」
「サーフィンしてる、聖さんの中学からの親友」
「桐太?」
「あ!そうそう。ユキの散歩してる時、会ったことがあって」
「あいつ~~~~~。今度会ったらとっちめてやる!それより、桃子ちゃんに惚れても、無駄だから、きっぱりすっぱり今すぐに、あきらめるように」
「…」
藤也君は、しばらく黙り込み、
「初めてだったのにな。直感でぴぴってきたの。こんなに思いきりタイプの子って、今まで会ったことなかった」
とつぶやいた。
「何か言った?」
聖君は、聞こえてただろうに、わざとそんな聞き方をしているようだ。
「こんなに女の子女の子してて可愛い子、今、そうそういないじゃないっすか。いったいどこで見つけたんですか?聖さん」
「…教えない」
「じゃ、いいです。桃子ちゃんに聞くから」
「だ~~~!海の家でバイトしてた時にだよっ」
「ナンパしたんすか?!」
「ちげえよ!桃子ちゃんが一目惚れしちゃったの」
「誰に?」
「俺に」
「…逆ナンっすか?見かけによらず」
「ちげえよっ!お前、もう帰る?」
「あら、スコーン焼けたし、紅茶も用意したわよ。えっと、お名前なんだっけ?」
ちょうどいいタイミングで、お母さんが現れた。
「藤也です」
「藤也君ね。どうぞ、ここに座って食べて。カウンターでごめんね。テーブルはセッティングも何もしてないから」
「あ、いいっす。すみません。いただきます」
「スコーンセット、おひとつ。伝票書いておくから」
聖君が冷たくそう言った。
「聖、いいじゃないの。今日は聖のおごりで」
お母さんが、聖君が書こうとしていた伝票を、さっさと片付けた。
「なんで俺?!」
「クロちゃんの彼女の、飼い主さんでしょ?あ、じゃあ、クロのおごりでいいわ」
「クロの?クロ払えるの?」
聖君が聞くと、嬉しそうにクロは尻尾を振った。
「クロの一回分のおやつ、差し引いとくから」
聖君がそう言うと、クロはきょとんとした顔をしていた。
「まったく聖は…。それよりもいいの?時間」
お母さんが呆れたって顔で、聖君に聞いた。
「あ、そっか」
「桃子ちゃん、スコーンとジャム、持っていってね」
「はい、ありがとうございます」
私はお母さんから、まだあったかいスコーンと、ジャムを受け取った。
「高校のこと、早く決まるといいわね。決まったら連絡ちょうだいね、聖」
「うん」
「じゃ、荷物車に入れたりしてくるから、桃子ちゃん、もうちょっと待ってて」
聖君はそう言うと、家にあがっていった。
「…どっか、行くの?」
藤也君が私に聞いてきた。
「私の家」
「桃子ちゃんの家、遠いの?」
「ううん。そうでもないけど。ちょっとの間、聖君の家に泊まっていたの」
「え?」
「お店のお手伝いしたり」
「あ、そうなんだ。なんだ~~。もっと早くに来てたら良かった。じゃ、もう店に来ることもない?」
「うん。あまり」
「がっくり」
藤也君って、話し方がちょっと聖君に似てるかも。がっくりとか、口にして言っちゃうところとか。
「あ、家遠くないんだよね?どこ?」
「新百合ヶ丘」
「遠いじゃん!」
また藤也君はうなだれた。
「あ、でもさ。良かったら、ライブに来てよ。藤沢のライブハウスで、ライブやるんだ。これ、チケット。友達と一緒にさ。できれば、聖さんとじゃないほうが嬉しいけど」
そう言われても、絶対に行くって言ったらついてくるか、行っちゃ駄目って言いそうだな。聖君。
「藤也君、高校3年でしょ?受験は?」
「卒業したらデビュー、決まってるんだ」
「え?デビュー?」
「うん。スカウトされてさ。まあ、それがきっかけで、彼女と別れちゃったんだけど。あ、桃子ちゃんって今、いくつなの?」
「高校3年」
「え?そうだったの?俺、てっきり年下かと思ってた。じゃ、受験?」
「ううん。私は…、まだ決まってないけど」
「進路決まってないの?もしかして、いきなりお嫁さんになりたいのとか、言わないよね?」
「え?ど、どうして?!」
何か、勘付いちゃった?
「なんか、言いそうじゃん。そういうのに憧れてる女の子って感じだよ」
藤也君はそう言うと、スコーンをばくばくと食べだした。
「そう見えるのか~」
そういえば、藤井さんも似たようなことを言ってたような…。
「デビューなんかして、どうなるかわかんない俺が言うのもなんだけどさ、卒業後のことは考えていたほうがいいと思うよ」
スコーンをひとつ食べ終わると、籐也君は、私にそう言ってきた。
「どうして?」
お説教かな~~。
「だって、卒業後なんにも決まってない彼女なんて、うっとおしいっていうか、もしかして、俺と結婚とか考えてるのかって思うと、重いんじゃないかな、聖さん」
「…」
中身は、聖君と全然違う。
「だから、なんか一応進路をさ」
「お前、そんなこと話してるんなら、とっとと帰っていいぞ」
後ろから、聖君が、話に割り込んできた。
「なんだ、聞いてたんすか?聖さん」
「残念だったな。重いなんて、絶対に思わないから、俺。それに、桃子ちゃん、卒業したらまじで俺の、お嫁さんになるの。うちで暮らすか、桃子ちゃんの家で暮らすか、まだ決まってないけどさ」
聖君は、クールに話を続けた。
「え?!あはは。まさか、そんなこと二人で話してるんですか?おままごとじゃあるまいし」
藤也君が馬鹿にしたように笑っているところに、聖君のお父さんがやってきて、
「聖、これ、桃子ちゃんのお父さんに持っていって。酒なんだけどさ、けっこうお酒好きみたいだし。またいつか、飲みましょう、店にも遊びに来てくださいって、伝えといてよ」
とお酒のビンを持って、やってきた。
「うん、わかった」
聖君はそれを受け取り、カウンターに置いた。
「桃子ちゃん。まじで寂しくなるよ。ね、月に一回でいいから、こっちにも泊まりに来て。俺もくるみも杏樹も、そうしてくれるとすごく嬉しいから」
「はい」
「店の手伝いじゃなくていいからね。ただ、のんびりしにきていいからさ」
「でも、それじゃ悪いです」
「いいんだって。家族なんだからさ」
「そうよ、桃子ちゃん。いつでも、来てね」
聖君のお母さんも、そう言ってくれた。
カウンターに座って、スコーンを食べていた籐也君が小声で、まじ?ってつぶやいたのが聞こえた。聖君が、籐也君に、
「わかった?お前が言うように、おままごとじゃないんだよ。まじで、俺ら結婚してるの」
と、言った後、慌てて、
「いや、結婚するの」
と言い直していた。
「なんか、信じられない」
藤也君はそう言うと、
「ああ、絶対にこの子だって、インスピレーション来たのにな。なんで聖さんの彼女なんだよ」
とまだ、ぼやいていた。