第45話 彼の中身
聖君は、休憩も終わり、グラスを持ってお店に戻っていった。と思ったら、すぐにまた、リビングに来た。
「桃子ちゃん、お店に花ちゃん来てるよ。おいでよ」
「え?花ちゃん!?」
わ~~~。花ちゃん、ずっと会ってなかった。この前一緒に宿題をしようと言われたのも、断っちゃったし。
「花ちゃん」
私はお店に行き、花ちゃんのいるテーブルに行った。
「桃ちゃん、久しぶり~~」
花ちゃんと声にならない声で、きゃ~~って言って、両手を合わせて喜んだ。
「あ、メグちゃんも久しぶり~~」
メグちゃんともう一人、知らない女の子がいた。
「桃ちゃん、久しぶり。なんだか、ふっくらとしたね」
メグちゃんにそう言われた。ドキ~~。
「う、うん。ちょっと食べ過ぎてるかも、最近」
「幸せ太りでしょ~~。なにせ彼氏とずっと一緒にいるんだもんね」
花ちゃんにそう言われた。私は顔が、かっと熱くなってしまった。
「ねえ、桃ちゃん、胸も大きくなったんじゃない?」
ドキ~~。花ちゃん、するどい。
「ふ、太ったからかな」
まさか、妊娠しててなんて言えないし…。
「聖君の彼女ですよね?」
もう一人の子に言われた。
「え?はい」
いきなり聞かれて、びっくりしちゃった。誰かな?メグちゃんの友達?
「桃ちゃん、紹介するね。私の幼馴染の斉藤咲子ちゃん」
メグちゃんが紹介してくれた。
「よろしく。みんなからは、咲ちゃんって呼ばれてます」
「私は…え…、桃子です」
「はい、知ってます。桃ちゃんって私も呼んでいいですか?」
「はい」
「同じ年なんだから、敬語はやめようよ」
メグちゃんが咲ちゃんにそう言った。
「桃子ちゃん、何か飲む?」
聖君が私の方に来て、聞いてきた。
「ううん、ありがとう。さっきレモネード飲んだし、もういいよ」
「じゃ、なんか食う?おやつでもどう?あ、みんなもよかったら。そうだ。クッキーもらったのがあったんだ。今、持って来るよ。桃子ちゃんには、ホットミルク持ってくるからさ」
「うん、ありがとう」
みんなのところにはすでに、アイスティーや、ソーダが運ばれていた。
聖君は、キッチンに颯爽と戻って行った。
「聖君、今日もかっこいい」
「いいな~。桃子ちゃんって呼ばれてるんだ~~」
メグちゃんと、咲ちゃんがそう言った。
「私の顔は、覚えてもらえてなかったみたいだ。前に花ちゃんと来たんだけど、その時のこと、覚えてないみたいで」
メグちゃんは、そう小さな声で言った。
「何度か来てるから、覚えてるんじゃない?」
咲ちゃんも小声でそう言った。
「何度も?」
私が聞くと、
「うん。一回花ちゃんと来て、咲ちゃんも絶対に喜ぶと思って、連れてきたの。それから、もう3~4回は来てるよね?」
あ、そういえば、花ちゃんがそんなこと言ってたっけ。
「忙しいから、私は3回だけだよ。メグちゃんが一人で来た時もあったんでしょ?」
「あ、そうだった。咲ちゃん、あの時、締め切りの日で大変だったんだもんね」
「締め切り?」
私はなんの締め切りだろうと思い、聞いてみた。
「咲ちゃん、漫画描いてるんだよ。それも、聖君がモデルなんだ」
「え?」
聖君が漫画のモデル?
そのとき、聖君が、
「はい、お待たせ」
と言って、ホットミルクと、クッキーを持ってきた。
「みんなで食べて」
そう言って、聖君はにこりと笑い、キッチンに戻って行った。
「は~~~~~」
私以外の3人から、ため息が漏れた。見ると、目がハートになり、まだ聖君のことを見ている。
私はため息は漏れないものの、胸きゅんってなってたんだけど。
「なんであんなにかっこいいのかな」
「今日も最高だよね、笑顔」
「爽やかだよね~~」
「声も素敵」
3人で、そんな話をし始めた。
「あ、あの…。聖君がモデルの漫画って?」
私はどうしても気になり、聞いてみた。
「あ、あのね。今描いてる漫画、カフェで働くイケメンに、一目惚れしちゃうっていう女の子のお話なの」
「へ~~」
「このお店に来て、すぐに聖君をモデルにした漫画、描きたいって思って、描き出したんだ。まだ、連載2回目なんだけどね」
「え?連載?」
「そうなのよ。咲ちゃん、持ってる今週号見せたら?」
「あ、そうそう。今日出たばかりなんだ」
そう言うと咲ちゃんは、カバンをあけた。連載って、あれかな。何人かで集まって作ってるのかな。あ、高校の漫画研究会とかで、同人誌作ってるとか。
なんて思いながら、カバンから出されるのを待っていると、出てきたのは、週刊の少女漫画雑誌だった。それも、すごく有名で人気のある…。
「え?え?これに出てるの?」
私は思い切り、びっくりしてしまった。
「そう、これだよ。見てみて、桃ちゃん。聖君に似てると思わない?」
メグちゃんがそう言って、漫画をめくって見せてくれた。そこには、本当に聖君を少女漫画にしたらこうなるって感じの、男の子が載っていた。
「さ、咲ちゃん、漫画家さんなの?」
私が聞くと、
「うん。高校1年でデビューして、これが最初の連載漫画なんだ」
とにっこりと微笑みながらそう言った。
「す、すご~~い。こんなにメジャーな雑誌に載ってるなんて!」
「すごいよね~?」
花ちゃんも目を輝かせて、そう言った。
漫画の表紙のページを見た。漫画の題名は、「恋するカフェ」。どうやら、咲ちゃんのペンネームは、「夢見 照子」のようだ。ゆめみてるこって読んでいいんだよね、これ。
それから、漫画の中身を見た。主人公は、大人しそうな女の子。髪が長くて、二つに分けてる。って、どう見ても咲ちゃん自身だな、これ。咲ちゃんも髪を二つに分け、前髪は眉毛のラインで、まっすぐ切ってある。一見、大人しそうな女の子に見えるし。
カフェの名前は、「キャンディ・ドロップス」。ああ、雨のほうではなく、飴のほうにしたんだね。
そこで働いてる店員の名前は、木本聖一。これまた、近い!
そして、カフェは海のすぐ近くにあるという設定も同じだ。ただ、江ノ島って断定はしていないようだ。
「これ、この店知ってる人なら、わかるんじゃないの?」
花ちゃんがそう言った。
「そうそうわからないよ。ね?咲ちゃん」
メグちゃんがそう咲ちゃんをフォローしていた。
「でもこれ、女の子は、咲ちゃんをイメージしてない?」
「え?わかる?」
花ちゃんの言葉に、咲ちゃんは赤くなった。あ、やっぱりそうなんだ。
「一回目で、ちょっと悲しいことがあって、海を見に来た主人公の女の子が、雨にぬれちゃって、お店に雨宿りをするために入るんだ。そこで、優しくタオルを持ってきてくれたり、傘まで貸してくれるのが、聖一君で、主人公が一目惚れしちゃうの。そこまでが一回目」
「主人公の名前は?」
私が聞くと、
「椎名野乃ちゃんっていうの」
と咲ちゃんが教えてくれた。
「椎野桃子に似てる。もしかして、桃ちゃんの名前を変えたの?」
花ちゃんが聞いた。
「え?桃ちゃん、椎野桃子って言うの?」
咲ちゃんは驚いて聞いてきた。
「う、うん」
今は榎本なんだけども…。
「偶然!私、主人公の名前を、自分の名前に似せるのはさすがに恥ずかしいからやめて、可愛らしい名前にしようって考えてつけた名前だったんだ」
と、咲ちゃんが言った。
そうなんだ。すごい、偶然なんだ。
それから、漫画を読ませてもらった。
「あ、この笑顔も、話し方も、なんだか似てる」
私は漫画を読みながら、思わずそう言ってしまった。
「でしょ?」
メグちゃんが目を輝かせてそう言った。
「一回目、けっこう反響があって、聖一君、かっこいいですとか、こんなカフェがあったら行きたいですとか、そんな感想もいっぱいもらったんだ」
「へ~~」
「それで、今回、見て。最後に読者のページって言うのがあるんだけど、そこで、聖一ファンクラブっていうのが、できたんだよね。ここに漫画の感想を載せたり、実際に自分の周りにもいる、カフェやお店で働くイケメンのことを書いて送ってもらうように、これからしていくみたいなの」
そう言って、そのページを咲ちゃんは見せてくれた。
「わ~~、すごいね、まだ2回目なのに」
花ちゃんが感心した。
「ここに、本当に聖君のことが、手紙とかで来たら、面白いよね」
メグちゃんがそう言ってから、
「あ、私が送っちゃおうかな」
と、言い出した。
「駄目駄目。そういうの載って、また、女の子がいっぱい来るようになったら、困るもんね?桃ちゃん」
花ちゃんがそう言った。
「うん。それに、聖君もそういうの載せられたりするの、苦手って言うか、嫌がったりするかも」
私がそう言うと、メグちゃんも咲ちゃんも、暗い表情をした。
「この漫画のことも、聖君には内緒にしたほうがよくない?」
花ちゃんがそう小声で言った。
「うんうん。内緒のほうがいいよね」
メグちゃんもうなづいた。私と咲ちゃんもうなづいた。でも内心、私は聖君に内緒にしておくけど、漫画は買っちゃおう。桐太には見せちゃおうと、わくわくしていた。
それから、しばらく、ひそひそと私たちは、聖君のどこがかっこいいかを話していた。
「やっぱりね、お待たせしましたって言う時の笑顔が最高だよね」
メグちゃんがそう言った。
「私は、黙ってお皿を片付けたり、水をコップについで、メニューを持って、颯爽とお客さんのところに向かう時の顔も好きなんだ。すごく涼しい顔をしてるんだよね。あれ、かっこいいよ」
咲ちゃんがそう言った。私は横で、うんうんとうなづいていた。
「私はやっぱり、泳ぐ姿だよ。めちゃきれいなんだよね。桃ちゃん」
花ちゃんが私に言ってきた。
「うん。流れるように、泳ぐの。すんごいきれい」
私は大きくうなづきながら、そう言った。
「いいな~~。見てみたい」
メグちゃんと咲ちゃんがそう同時に言った。
「あ、今度、プールで泳ぐ聖一が、めちゃきれいに泳ぐっていうのを、漫画で描こうかな」
咲ちゃんがそう言うから、みんなでうんうんとうなづき、ぜひ描いてと頼み込んだ。
「聖君の癖とか、口癖って何?」
咲ちゃんが聞いてきた。
「漫画に描きたいんだよね~」
え?漫画に。きゃ~。それ、ちょっとわくわくドキドキ!
「えっとね、口癖はね、なんだろう」
私は考え込んだ。よく言う言葉。「桃子ちゅわわん」…。
却下。これはいくらなんでもね。まさか、漫画の中でかっこいい男の子に、「野乃ちゅわわん」とは言ってほしくないよね。
じゃ、何かな。「もう、桃子ちゃんってば」これもよく言うな。
…でもな~~。「もう、野乃ちゃんってば」これもなんだかな~~。かっこいい男の子から外れていくような気もするしな~。
あ、じゃ、あれだ。「く~~!」って言って、足をばたばたさせる…。な~~んてのも、かっこいいって感じじゃないね。
あ、あれれ?聖君ってもしや、かっこいいってキャラじゃないのかな?
「どんな癖や、口癖がある?」
また咲ちゃんに聞かれた。なんと手には、メモ帳と鉛筆を持っている。うわ。これって、取材?
「えっとね。でも、かっこいい口癖とか癖じゃないけど、いいのかな」
私がそう聞くと、咲ちゃんはそれでもいいって言ったから、なるべく、かっこ悪くないようなのを教えることにした。
「照れると頭を掻いたりするの。こんな感じで」
「へ~~、可愛い。照れたりするんだ」
メグちゃんが言った。咲ちゃんはメモっていた。
「それから、え~~と。あ、ご飯を食べると、必ず目を細めて、うめ!って言ったり、うめ~~ってうなったりしてる」
「へ~~、可愛い」
メグちゃんと花ちゃんが、同時にそう言って目をハートにさせた。咲ちゃんもメモしながら、目を輝かせている。
あ、そういうのって、可愛いってみんなも思うんだ。
「それから?」
咲ちゃんが身を乗り出し聞いてきた。
「そ、それから?」
何かあるかな。寝癖が可愛い。何かに抱きついていないと、眠れない。
ああ、却下。こんなこと言ったら、隣に寝てるのばればれだし、かっこいいイメージも崩れるかも。
じゃあ、寝起きも、寝つきもいい。ってこれもまた、一緒に寝てるのがばれる。
髪を豪快に洗って、そのあとの水が滴り落ちてるのが超色っぽい。
っていうのも、却下。だって、一緒にお風呂に入ってることがばれちゃう。
ああ、じゃあないよ、他に。う~~~~ん。
「えっとねえ。笑い上戸だな、そういえば。一回つぼにはまると、涙流して笑ってる」
「へ~~~」
「あ、それから、歌が上手!ステージで歌ったことあるけど、プロのミュージシャンみたいだった」
「え~~!見てみたかったな」
「でももう、ステージで歌わないって言ってた」
「残念」
3人が同時にそう言った。
「それから、料理もできるし、それから、運転もめちゃ、上手」
「へ~~~」
あれ、いろいろとかっこいいところ、出てきたじゃない。
「で、聖君の口癖は?口癖」
また咲ちゃんに、そう聞かれた。
「う、う~んと」
何があるかな~~。私が考え込んでいると、3人とも身を乗り出し、黙って私の言うことを、待っている。
「そうだな~~。口癖か~~。何があるかな~~。俺、いつもどんなこと言うかな~~」
私の横から、そう言う声が聞こえた。
え?
4人で、私の横を見た。テーブルの横にちょこんと座っている聖君がいた。
「うわ!」
花ちゃんが驚いて、そう叫んだ。咲ちゃんとメグちゃんは、真っ赤になってフリーズしていた。私は、
「ひょえ!」
と、声にならない声で驚き、これまた、フリーズしてしまった。
「桃子ちゃん、俺のことで、また、盛り上がってたのかな?」
う、うわ~~。
「これはね、片思いで盛り上がってたわけじゃないの。聖君の口癖って何?って聞かれたから」
私は正直に答えた。
「ふうん。で、なんで口癖を聞かれたの?」
聖君はまだ、しつこく聞いてくる。
「そ、それは、えっと」
私は困って下を向くと、私の手元にあった漫画を聖君がぱっと取ってしまった。
「あ!!!」
私たち4人が全員、慌てふためいた。
「恋するカフェ?キャンディ・ドロップス?木本聖一?」
ああ、見られた!咲ちゃんを見ると、真っ赤になっている。
「この子は、椎名野乃っていうの?へ~~~~~。まるで、俺や、桃子ちゃんみたいだね」
いや、主人公のモデルは、咲ちゃんなんだけども。
「で?俺の口癖は、この漫画の主人公が言っちゃったりするわけ?この漫画家と知り合い?夢見さんと」
聖君がそう私たちに聞いてきた。
「知り合いじゃなくて、その」
私は言っていいものかどうか、迷ったが、メグちゃんが、いきなり、
「その夢見さんってのは、ここにいる咲ちゃんなんです」
とばらしてしまった。
「め、メグちゃん…」
咲ちゃんは呆然とした。
「え?まじ?」
聖君は、目を丸くした。
「へ~~~!すげえ。俺、漫画家ってはじめて会った!」
聖君は感動してしまっている。
「す、すみません!私、勝手に聖君をモデルにしたり、この店も漫画に出したりして。こういうのは、やっぱり、ちゃんと断ってからじゃないと、駄目でしたよね」
咲ちゃんが、平謝りをしている。
「え?どうかな。俺がオーナーじゃないし、店のことは母さんに聞いて。あと、俺がモデルってのは、モデル料でももらおうかな」
聖君がそう言うと、咲ちゃんは、真っ赤になり、
「お、おいくらくらいですか?」
と小声で聞いた。
「え?じょ、冗談だよ。まじで受け取らないでってば。いいよ、いいよ。別に。名前も変えてあるし、これからは、どんどん俺と別のキャラクターにでもしていってくれたら、それでさ」
聖君は頭を掻きながらそう言った。
「え?聖君とは別の?」
咲ちゃんが暗く聞いた。
「うん。だって、俺のこと描いても、かっこよくなくなっていくよ?中身はてんでかっこよくないからさ。夢見さんだっけ?夢見さんの中の、かっこいいやつってのを描いたら、それでいいんじゃないの?」
聖君はそう言うと、私の方を見て、
「ねえ?俺の中身、かっこ悪いよね?」
と同意を求めてきた。
「えっと、かっこ悪くはないよ」
私はそう答え、
「で、でも、どっちかっていえば、かっこいいよりも可愛いから、やっぱり、咲ちゃんのイメージする、かっこいい男の子を描いたらいいと、私も思う」
と咲ちゃんに向かって言った。
「可愛い?」
咲ちゃんもメグちゃんも驚いた。花ちゃんですら、
「え?そうなの?かっこいいじゃん」
と、横で目を丸くしていた。当の聖君はと言うと、
「可愛いの?俺」
と赤くなりながら、キッチンに戻っていった。
それにしても、とうとう聖君は、少女漫画のモデルにまでなってしまったか。あ~~。すごすぎます。本当に…。