第41話 同士
翌朝、いつものように私と聖君と、そして聖君のお母さんとで、お店の準備をした。10時になると、桜さんがバイトにやってきた。そしてまた、いつのもようにお店をあけた。
11時、早々とランチのお客さんがふた組、お店に入ってきた。ひと組は、近所の奥様たちかな。3人で窓際の席についた。ふた組目、女子大生だろうな。ちょっとお嬢様っぽい感じの二人組みだった。
奥様ですら、聖君を見ると、顔を赤らめるのがわかる。そしてちょっとの会話を、楽しんでいる。女子大生は、どうやら初めて来店したらしい。聖君がお水とメニューを持っていき、キッチンに行ってる間、かっこよかったね~と顔を赤くさせた。
私は、スコーンの焼く準備も終わり、カウンターでちょっとのんびりとしていた。聖君のお母さんがホットレモネードを作ってくれて、それをほっとしながら、飲んでいた。
カラン…。ドアが開いた。振り返ると、制服を着た女の子が立っていた。あ、聖君の行ってた高校の制服だ。
「いらっしゃいませ。あれ?」
聖君もその制服に気がついたのかな。
「聖先輩、お久しぶりです」
あ。そうじゃなくて、知り合いか~~。
「久しぶりじゃん、どうしたの?」
「あの、今いいですか?」
「ああ、いいけど」
聖君はその子をカウンターに座らせ、その横に座った。私は、聖君の隣で、話を聞いちゃっていいものかどうか、戸惑っていた。
「何?」
聖君が聞いた。桜さんが気をきかして、その子に水を持ってきた。
「すみません」
その子は、水を一口飲んで、聖君のほうを見た。
「文化祭、ゲストで来て貰えないかと思って」
「あ、やっぱ、その話か」
聖君は、頭を掻いた。
「みんなすごく期待してます。卒業式の日、文化祭なら来れるかもって言ってましたよね?」
「うん」
「またステージしてもらえませんか?」
「それはしない」
「え?なんでですか?」
「だって、バンドのやつら、集まれないでしょ?」
「今の軽音の子と一緒じゃ、駄目ですか?」
「うん。っていうか、練習にも行けないと思うよ?」
「忙しいんですか?」
「うん」
聖君は淡々と答えていた。
この子はもしかすると、文化祭実行委員会か何かの子なのかな。
「もう文化祭の準備、始まったの?」
「はい。それで今日も、学校行ってきた帰りなんです」
「え?こんなに早く?」
「はい。聖先輩を文化祭に出すよう、その説得を私が任されちゃって。他のみんなはまだ、学校で話し合ってます」
「あちゃ~~。くじ運悪いね。そんな役まわりなんてさ」
「いえ。どっちかっていうと、私がその役をかってでたところもあるから」
「え?」
「聖先輩に会いたかったし」
その子の頬が、ぽっと赤くなった。
「え~~と、確か栗田さん。彼氏いたよね?」
「…いいえ」
「あ、あれ?いるって言ってなかった?」
「いるって言ったら聖先輩、話をしてくれるかなって思ったから、ずっと嘘ついてました」
「へ?」
聖君は驚いていた。
「それから、また栗ちゃんって呼んでください」
「あ、ああ。え~~、でもなあ」
聖君はちょっと困っていた。
「あ、そうだ。文化祭で歌う曲も、私たち考えてて」
「俺が?」
「はい」
「ちょ、待って待って。まじで俺出れないって。遊びに行くくらいならできるけど、ステージはやらないから」
「一曲だけでも」
「歌わない」
「でも」
「ごめん、まじで悪いけど、断るよ」
聖君は一歩も譲らないって感じだ。
「…そうですか」
栗田さんって人は、がっくりと肩を落とした。
「まあ、せっかく来てくれたんだし、なんか食っていってよ。腹減ってるでしょ?」
「はい…」
「ランチセットでいいかな」
「はい」
すっかり、栗田さんは、力をなくしてしまったようだ。声もささやくような、小さな声になってしまった。
「母さん、ランチ、カウンターにひとつね」
聖君はキッチンに行き、オーダーした。そしてまた、カウンターに戻ってくると、
「飲み物は何がいい?」
と栗田さんに聞いた。
「あ、アイスコーヒーで」
「了解。先に持ってきていいよね?今、持ってくるから」
聖君はそう言うと、またキッチンに行った。
「はあ」
栗田さんは、思い切りため息をついた。きっと聖君に、文化祭に出てもらえると思いながら、やってきたんだろうな。携帯をとりだし、メールを打っているけど、駄目だったって報告でもしているのかな。
「はい、アイスコーヒー」
聖君が、栗田さんに持ってきた。
「あの、先輩」
「ん?」
「文化祭、見に来てもらえるんですよね」
「ああ、行けると思うけど」
「そうですか。じゃ、来る前に連絡ください。いろいろと私、案内します」
「え?いいよ。多分、基樹とか葉一と行くから、俺らで、勝手にぶらつくだろうし」
「え?」
「栗田さん、忙しいでしょ?実行委員って基樹もしてたけど、大変そうじゃん」
「でも…」
栗田さんは、顔を暗くしてうつむいた。
「え~~とさ、今いる軽音のやつらで、盛り上げることしてみたら?」
「…」
栗田さんは何も言わなかった。
「じゃ、俺、仕事あるし、ゆっくりしてって」
「あの…」
「え?」
「あの、あとでまた、話できますか?」
「何の?」
「私、先輩と同じ大学行こうと思ってます。それでいろいろと聞きたいことがあって」
「そうなんだ。うん、いいけど」
「じゃ、仕事の合間でいいので、話させてください」
「うん」
聖君は、ホールに戻り、お客さんにランチのセットを持っていったり、飲み物を持っていったり、あれこれ動き回りだした。その姿を、アイスコーヒーを飲みながら、栗田さんは見ていた。
ああ、今日もまた、聖君を好きな子がやってきちゃったのか。
ランチのセットを桜さんが持ってきた。
「お待たせしました」
それから、私に、
「桃子ちゃんも食べる?このあと混みそうだから、今のうちに食べたほうがいいかもって、くるみさんが言ってたよ」
と声をかけてくれた。
「あ、じゃあ、今食べちゃいます」
私がそう言うと、桜さんは颯爽とキッチンに戻っていった。
「綺麗な人だな~~」
栗田さんがつぶやいたのが聞こえた。思わず私が栗田さんを見ると、栗田さんは恥ずかしそうにうつむいた。
「綺麗な人ですよね」
私は無視してるのも悪い気がして、そう話しかけた。
「や、やっぱりそう思いますか?聖先輩より年上かな」
「…20歳だって言ってました。あ、もう21歳になったかな」
「そうなんだ」
栗田さんは、また大きなため息をつき、ランチを食べだした。
「あんなに綺麗な人が、いつもそばにいるんですね。まさか、あの人が彼女かな。だったら、太刀打ちできないな」
「え?」
「聖先輩とすごく似合ってる。美男美女のカップルだ」
ず~~~ん。今、何かがずっしりと、頭の上から落ちてきたような…。そ、そうだよね。桜さんなら、お似合いだよね。もし、私が彼女だって知ったら、太刀打ちできないなんて思わないよね。なんで、この子がって思うよね。
って、彼女じゃないし。もう、奥さんだし…。
「嘘ついてまで、聖先輩の近くにいようとしたんです。でも、馬鹿でした。先輩後輩の仲は、どうやったって進展しなかったし」
「…そ、そうなんですか…」
こ、困ったな。なんか、私にいろいろと話されてもな…。
「あ、あの、聞いてもらえますか?」
「え?」
「なんだか、すごく共感をえてもらえそうでっていうか、なんか聞いてくれそうっていうか」
「私?」
「はい。話しやすいっていうか、立場が近そうっていうか」
「…」
それはもしや、私も聖君目当てで来てて、片思いをしてるふうに見えるからってことかな。
「聞いてもらえますか?」
「わ、私でよければ」
目を潤ませながらそう言ってくるから、つい、そう言ってしまった。
「私、入学式で一目惚れしたんです」
「え?」
「聖先輩、入学式の手伝いをしてたんですけど、ずっと爽やかに笑ってて、あの笑顔の素敵な人は誰って、私のクラスの女子の間でも、持ち切りになってて」
それはすごい。
「でも、だんだんと聖先輩は、硬派で女の子と話をしないってのを知っていって、私、どうやったら近づけるかなってずっと、思ってたんです」
「…」
「文化祭、来たことありますか?あ、うちの学校の先輩ですか?もしかして」
「いいえ」
「じゃ、この店によく来てるんですか?この店で聖先輩のこと、知ったんですか?」
「いえ、私、2年前に海の家で聖君がバイトしてるのを見て、一目惚れして」
あ、しまった。一目惚れしたってことばらしちゃった。
「やっぱり?なんだか、そんな感じがしました。なんていうか、同じ匂いがしたっていうか」
それ、どんな匂い…?
「2年前ですか。私ももう、聖先輩を好きになって、2年が過ぎました。あ、失礼ですけど、聖先輩と同じ年?」
「いいえ、ひとつ下です」
「え?じゃあ私とタメ?」
「高校3年ですか?」
「はい、あ。じゃ、敬語じゃなくてもいいかな」
「うん」
「海の家でバイトしてたの、私も知ってる。私も行ったもん、会いに。でも、先輩、その頃私のこと知らなかったし、客と店員でしかなかったんだよね」
「そうなんだ」
「文化祭に先輩が出て、それを1年の時見たんだけど、2年になって、文化祭委員をしたら近づけるかもって思って、それで委員になったの」
聖君に近づくために…。
「でも、聖先輩、あまり女子とは話さないって知ってたし。だけど、彼氏がいるってわかると、わりかし、話をしてくれるよって、委員の先輩が話してるのを聞いたから、私、それで嘘ついちゃったんだ」
「彼氏いるって?」
「馬鹿だよね。でも、話をしてくれるようになったんだ」
「そっか~」
「だけど、先輩後輩の仲だけで終わったし、告白すらできなかった。聖先輩には彼女がいるって、噂になってたし」
「…」
「だけどね、また文化祭の委員をしたら、聖先輩に会えるって思っていたし、その時には嘘もつかないで、素直に自分の気持ちを告げようって思ってたんだ」
「だから、さっき正直に?」
「あ、聞こえてた?」
「ごめん、盗み聞きするつもりはなかったんだけど」
「…。あの、お名前は?」
「私?え、えっと、桃子」
やばい。榎本桃子って言いそうになっちゃった。すっかり私、榎本桃子が定着してるんだな。
「桃子ちゃん?あ、私は栗ちゃんでいいよ」
「うん」
「桃子ちゃんは、2年前に出会ってから、お店に来るようになったの?」
「う、うん。あと、一緒に海に行った友達が、聖君の友達とも仲良くなって。最初の頃は6人で行動していたんだ」
「え?6人で行動って?」
「海いったり花火見たり、カラオケ行ったり」
「グループ交際?」
「ううん、そういうんじゃなくて。なんか、盛り上がっちゃって、しばらくは6人でよく出かけてたの」
「いいな~~。そういうの…。聖先輩と花火見たなんて、超羨ましい」
栗ちゃんは本当に、羨ましがった。
「聖先輩って、どこかいつも壁作ってて、これ以上は仲良くなれないみたいなところがあったんだよね」
「え?」
「それは女の子の誰に対しても。だから、ちょっとでもあの笑顔を向けてもらえたら、それだけで満足してたんだ。みんながそうだった」
「あの笑顔…?」
「そう、あの笑顔。桃子ちゃんもあの笑顔向けられたら、きゅ~~んってならない?」
「なるっ」
思わず、鼻がふくらんでしまった。
「でしょ~~?なるよね。あの笑顔、向けられただけでもう、何もいらないってぐらいになるよね」
「うん!」
「委員をやってても、あの笑顔を向けてもらえることは少なくて、貴重だったの。でも、男子と騒いでる時に見せる笑顔を、遠目から見れるだけでも、どきどきしてたんだ」
「そ、そうなんだ」
それもなんだか、わかる気がする。
「だけどね、卒業しちゃって、もう聖先輩のこと遠くからも見れなくなっちゃって、あとは文化祭にかけるしかないって、ずっと思ってたんだ」
栗ちゃんはそう言うと、はあってため息をついた。
「もっと近づきたいとか、あの笑顔をもっと見たいとか、そう思ってたんだけど、この店にくる勇気もずっとなくって」
「そ、そうなんだ」
「桃子ちゃんは、ちょくちょくお店に来てるの?」
「ううん。私は客じゃなくて、お手伝いで来てるの」
「え?バイト?」
「ううん。お手伝い」
「なんのお手伝いなの?」
「スコーンを焼いたりとか。私、ケーキ焼くのも好きだし」
「そうなんだ」
栗ちゃんは、またため息をついた。
「すごいな。そうやって聖先輩の役に立ってるんだね。私なんて、お店のバイトも考えたんだけど、勇気が出なくって」
「うん、それもわかるな」
「え?」
「私も話すことすら、なかなかできなかったし」
「そうか。やっぱりそんなものかな、みんな」
「うん」
「はあ。聖先輩、素敵過ぎるし、話しかけるのもいつも、どきどきしちゃうよね」
「うん」
「私、ずっと彼氏がいるって嘘もついてたから、好きだっていうのがばれないよう、平然とした顔で話すようにしてきたんだけど」
「そうなの?」
「無理があるんだよね。だから、あまり話もできなかったっていうか。話してると、どうしても顔がほてってくるから。だって、あの目で見られただけで、心臓どきどきになっちゃうし」
「そうなんだ。私だけじゃないんだ、やっぱり」
「桃子ちゃんも?」
「うん」
「聖先輩、かっこよすぎるよね」
「うん」
私はまた、思い切りうなづいた。
「桃子ちゃん」
聖君がその時、やってきた。
「え?何?」
ドキ~~。いきなり話しかけられ、思わずどきってしちゃった。
「何飲む?ランチのあとの飲み物」
「えっと、ホットミルクでいいよ」
「わかった」
聖君はそう言ってから、私と栗ちゃんを交互に見て、
「なんで仲良くなってるの?もともとの知り合いだった?」
と聞いてきた。
「ううん、今日はじめて会った」
私がそう言うと、
「なんか今、話盛り上がってなかった?何の話?」
と聖君が聞いてきた。
「な、なんでもないです、先輩」
栗ちゃんは赤くなりながら、そう言った。
「何?桃子ちゃん、俺の悪口?」
「え~!まさか。その逆…」
と言いそうになり、私は口を手で押さえた。
「逆ってことは、あれかな?もしかして、片思い話で花が咲いたかな?また」
聖君は、私にそんなことを言ってきた。
「また、って?」
「確かこの前は、紗枝ちゃんと盛り上がってたよね?片思いをしている同士って感じで」
聖君は、なぜかすごく、カツゼツよく言ってくる。
「え、そうだっけ?」
私がとぼけると、聖君はちょっと斜めに構え、腕を組み、
「桃子ちゃん、そういうのやめてね。まるで自分も俺に片思いしてる一人、みたいな振りするの」
と、目を細めてそう言った。
「え?違うの?桃子ちゃん。桃子ちゃんの好きな人って、今、違う人なの?それとも、もう振られちゃってるとか?」
「栗田さん。いや、栗ちゃん。どうして、桃子ちゃんと俺が両思いだってほうには、考えられないのかな」
聖君は、栗ちゃんに向かって、腕を組んだまま話しかけた。
「え?!」
栗ちゃんの目がまんまるになった。
「りょ、両思い?ってことは、桃子ちゃんが彼女?」
「そう、そういうこと。それにしても、なんで桃子ちゃん、俺のこと好きだって子とすぐに、仲良くなっちゃうんだか。ま、いいけどね」
聖君はそう言うと、さっさとキッチンに戻っていった。
き、気まずい空気が今、流れている。ど、どうしよう。私はちらりと栗ちゃんのほうを見た。すると、
「羨ましい。聖先輩の彼女なんだ」
と栗ちゃんは言ってから、
「あ、じゃあ私、失礼なこといっぱい言ったかな?」
と私に謝ってきた。
「ううん、全然」
私は首を横に振った。
「じゃ、桃子ちゃんの思いに、聖先輩が答えてくれたんだ」
栗ちゃんは、まじめな顔をして、そう聞いてきた。
「うん」
「それでもしかして、すごく先輩に大事にされてる?」
「え?」
「そういう話を、噂で聞いたことがあって。彼女と仲がよくて、大事にしてるみたいだよって。あのクールで硬派な先輩がって」
「そ、そんな噂があるの?」
「…なんか、納得できた」
「え?どうして?」
「桃子ちゃんだったら、聖先輩、大事にするだろうなって」
「え?」
「それに、なんだか、ちょっと」
栗ちゃんはそう言うと、黙り込んだ。なんだか、がっかりしちゃった、とか?こんなのが彼女で、とか?
「嬉しいっていうか、桃子ちゃんが彼女なら、あきらめがつくし、応援できるっていうか」
「え?」
「私と同じように聖先輩に一目惚れして、片思いして、その思いが通じて、実ったんだって思ったら、ちょっと自分のことみたいで、嬉しいな」
じ~~ん。なんでそんなふうに思えるの?栗ちゃんって、ものすごくいい子!
「あの桜さんって人だったら、太刀打ちはできないって思うけど。やっぱり、聖先輩みたいな人は、私には遠い人なんだって、そう思って、がっくりしてたと思うんだ」
「うん」
「でも、桃子ちゃんなら、なんだか、私もまた新しい恋、頑張ってみようかな。その時には、思いを伝えて、恋を実らせたいなって、そう思えるもん」
「私だと?」
「あはは。不思議。彼女に会ったら、ショックを受けたり、悲しい思いをするだろうなって思っていたのに」
「え?」
「いさぎよく、あきらめられそう」
「…」
驚きだ。どうして?どうして、いさぎよくあきらめられるの?
栗ちゃんは、席を立った。
「聖先輩」
聖君を呼ぶと、レジに行き、会計を済ませ、
「文化祭、遊びに来てくださいね。ぜひ、桃子ちゃんも一緒に」
と笑って言った。
「うん、行くよ、一緒に」
「それと、大学のこと、もう一回考えてみます」
「え?」
「私しつこく、聖先輩のこと追いかけていこうと思ってたんです。でも、桃子ちゃんみたいな彼女がいるなら、追いかけていっても無駄だなって思って」
「うん、そうだね。栗ちゃんは、栗ちゃんで、素敵な人が現れるよ」
「…聖先輩、桃子ちゃんと付き合って、どのくらいになるんですか?」
「もう3年目」
「そんなに長く?」
「うん」
「一途に思ってるんですか?」
「うん」
わあ、聖君ってば、うなづいてる。
「それに大事にしてますよね?すごく」
「そう見えた?」
「はい」
「うん、大事にしてるよ」
わ~~。そんなことも言ってるし。顔がほてってきた。
「…ずっとこれからも、仲良くしてください」
「うん、ありがと」
聖君はにっこりと微笑んだ。
「あ、その顔。その顔に私、やられました。桃子ちゃんも、その顔に恋しちゃったんですね」
「へ?」
聖君が目を点にした。
「さっき言ってました。聖先輩の笑顔に胸きゅんだって。今でも」
「桃子ちゃんが?」
「はい。聖先輩、すごく愛されちゃってますよね?」
「…」
聖君は真っ赤になり、頭を掻いた。
「わ、いつもクールな先輩でも、照れることあるんですね」
「う、そういうこと言わないでくれる?もっと、照れる」
聖君はそうぼそって言うと、栗ちゃんにレシートを渡し、
「文化祭実行委員のみんなには、聖は昔のかっこよさも、何もなくなっちゃってましたって伝えといて」
と笑って言った。
「え?」
「ただのにやけ顔の、つまんない男になったから、ステージにあがっても、前のようなパフォーマンスはできないと思いますって。こっちから願い下げしましたってさ」
「そ、そんなこと言えないです。今も変わらずかっこいいです。あ、でも、昔のようなクールさは、確かに消えた気はしますけど」
栗ちゃんがそう言うと、
「でしょ?だから、もうあんなステージ期待されてもできないから。ごめんね」
と謝った。
「…先輩には先輩の、新しい世界があって、忙しいし、出られそうもないですって言っておきます」
「うん」
栗ちゃんは、私ににこって微笑んで、お店を出て行った。
「も~~もこちゃん」
聖君が私のすぐ横に来て、
「ああやって、一気に片思いしてる頃に戻るのは、もう無しだよ。今はもう、奥さんなんだからね?」
と耳元でささやいた。
「ごめんなさい」
私は謝ったけど、でも、いさぎよくあきらめた栗ちゃんを尊敬しちゃうって、そんなことをずっと思っていた。