第40話 夫婦
夜、8時過ぎに桐太がお店に夕飯を食べに来た。
「あ~、疲れた」
桐太はめずらしく、へとへとだって顔をしている。
「桃子、これ、ストラップ」
私は聖君とカウンターで夕飯を食べていた。もう他のお客さんはみんな帰ってしまっていて、お母さんとパートさんが、片づけをしている。
「桐太、もうラストオーダー終わってるよ」
聖君は、夕飯の煮込みシチューの肉をほおばりながら、そう言った。
「うまそ~~、それ」
桐太は、聖君の言うことをまったく無視している。
「大丈夫よ、あと一人分くらいあるから。煮込みシチュー持っていくわね」
聖君のお母さんは、キッチンからこっちを見てそう言った。
「え?俺のもあるんすか?」
桐太は喜んだ。
聖君のお母さんは、すぐに桐太に夕飯を持ってきてあげていた。
「いただきま~~す」
桐太はそう言うと、がつがつと食べだした。相当お腹、すいてたんだろうな~。
「このストラップ、亀?」
私はもらったストラップを袋から取り出し、桐太に聞いた。
「そう。直接ハワイから買い付けたものだから、そうそう日本で手に入らないよ」
「そうなんだ~~」
可愛いピンクの亀のストラップだ。
「あ、聖にもあげるよ、ついでに」
そう言うと、桐太は、ポケットからストラップを出した。
あ、やっぱり、ついでとか言って、あげてるし。でも、本当はそっちがメインで、私のが、ついでなんだよね。
「ほい」
聖君に手渡すと聖君は、え?って驚いていた。
「桃子ちゃんとお揃いじゃん。めっずらしい」
あ、本当だ。桐太とお揃いじゃないんだ。
「聖のはブルー。俺のはグリーン」
桐太は自分の携帯を出した。それには、ちゃっかりグリーンの亀のストラップがついていた。
「なんだよ、やっぱりお前とお揃いなんじゃんか」
「いいだろ!もらえるだけ、ありがたいと思え」
「お前、いっつも上から目線な」
聖君は口を尖らせて、そう言った。
「う、いいじゃんか。とにかく!桃子ともお揃いにしてやったんだから、ちゃんとつけろよな」
「わ~~ったよ」
聖君はちょっと、うるさそうにそう返事をした。
「麦ちゃんにはあげた?」
聖君が聞いた。
「ああ、あげたよ。今日のお礼に。ただ働きしてくれたんだから、これくらいはな」
「何色あげたの?」
「黄色」
「そう。喜んでた?」
「俺とお揃いって言ったら、嫌がってた」
「え?」
「でも、聖にも色違いをあげるって言ったら、喜んでた」
「そうなんだ、はは…」
聖君は苦笑いをしていた。
「麦さん、どうだった?今日、なんか変だった?」
「え?なんで桃子知ってるの?」
「変だったの?」
「うん、店の手伝いしてる時も、俺がいつもみたいに麦女につっこみを入れても、反応薄いし、黙って何も答えてこないこともあったし。何?あれ、もしかして、体調よくなかったとか?」
「ううん、違うと思うよ」
「じゃ、なんだよ?」
桐太は、身を乗り出し、聞いてきた。
「桐太の言うことに、傷つくこともあるみたいだから、桐太、もっと言葉に気をつけたほうがいいよ」
「え?なんだよ、それ!傷つくこと言ってくるのは、あいつのほうだろ?桃子も傷ついてたじゃん」
「それはもう昔の話」
「昔?ついこの間の話だろ?どうしちゃったんだよ」
桐太にそういえば、麦さんと話をしたこととか、言ってなかったっけか。
「桃子ちゃん、麦ちゃんの相談ごととか乗ってあげてるんだよ、今」
「え?相談事~~?何か悩みでもあるのか、あいつが」
「家族のこととか、ずっといろいろと抱えてたみたいだよ?でも、最近、家族とも打ち解けたみたいだけど」
私がそう言うと、桐太は驚きながら、
「もしかして、そういうの、桃子が聞いてあげて、あいつ、変わったの?」
と私に聞いた。
「私っていうより、聖君のほうがもっと、相談にのってあげてたけど」
「え?」
今度は桐太は、聖君のほうを見た。
「あ~~。でも、癒したのは、桃子ちゃんじゃないの?」
「そうかな」
聖君だと思うんだけどな。
「あいつ、そんなに悩んでるようなことあったんだ」
「気になる?」
桐太の言葉に、聖君が聞いた。
「え?まさか!ただ、あんなやつにでも、悩みなんてあるんだなって思っただけだよ」
「桐太ってば、麦さんのこと悪く言いすぎだよ」
私が言うと、桐太は顔を引きつらせた。
「ほんと、桃子、変わったな。麦女のことで、悩んでいたのにな」
桐太の言葉に、聖君が反応した。
「桃子ちゃん、そんなに麦ちゃんのこと、気にしてたんだ」
「そりゃ、そうだろ?お前がやたらと、麦女に優しくしてたりしたから。桃子、夢の中で、麦女とお前がどっかに行っちゃう夢までみたんだよ?知らないの?」
「し、知らない」
聖君が今度は、顔を引きつらせた。
「お前、なんで知らないの?」
「お前こそ、なんで知ってるんだよ」
「桃子、聖には言わなかったのか?」
「なんで、桃子ちゃん、こいつには話して、俺には言わないんだよっ!」
「ごめんなさい」
聖君に私は謝った。
「あほか!お前には言いにくいから、俺に相談したんだろ?なあ?桃子」
私は、うなづくこともできず、黙り込んだ。ちらっと聖君を見ると、目が何かを訴えている。ちょっと、寂しそうな、悲しそうな目だ。
きっと、「なんで俺に言ってくれないんだよ~」って言ってるんだ。
「で、でも、もう、麦さんのことは、気にしてないから。それより、桐太。麦さんは、今まで桐太に傷つくこといっぱい言ったかもしれないって、反省してたし、桐太ももう、麦さんのこと悪く言うの、やめたほうがいいよ」
私がそう言うと、桐太は、
「…。わかってるよ。あいつが俺に、毒づいたこと言わないんだったら、俺も言わねえよ」
と、素直にそう言った。
それを横で聞いていた聖君は、複雑な顔をしていた。
「なんで、桃子ちゃんの言うことは、素直に聞くんだ?なんなんだ、お前と桃子ちゃんは…」
「だから、親友だって。な?」
桐太はそう言うと、綺麗にご飯をたいらげ、
「ごちそうさまでした~~」
と、大満足して、手を合わせた。そして、アイスコーヒーをぐびぐびと飲み干すと、
「じゃ、これ、夕飯代。桃子、またな」
と言って、さっさとお店を出て行ってしまった。
「なんなんだ。あいつは、本当に」
聖君はぶつくさ言いながら、桐太や自分の食べた食器を、キッチンに運んだ。
私はまだ、ご飯を食べ終わってなくて、それからも一人でカウンターで、ご飯を食べていた。
聖君は、コーヒーとホットミルクを持って、カウンターに来ると、また私の横に座った。
「はい、桃子ちゃん」
ホットミルクのマグカップを、私の前に置き、自分のコーヒーにミルクを入れて、飲みだした。
「は~~あ」
聖君は、大きなため息をついた。
「どうしたの?」
疲れたのかな。
「桐太のやつ、桃子ちゃんになつきすぎだよな」
へ?
「やたら、なついてるだろ?俺の奥さんだってこと、ちゃんとわかってるのかな」
聖君はぼそってそう言った。
奥さん!?あ、また反応して、顔がほてってしまう。
「あ、ここにも、自覚してない人がいたか」
聖君はそうぽつりと言うと、今度が小さくため息をついた。
「早く、どうどうと、俺の奥さんなんだって、宣言したい」
「え?」
「そうしたらきっと、江ノ島界隈で、れいんどろっぷすの看板息子が、結婚したって噂は、あっという間に広がるだろうな」
うひゃ~~。
「そうしたら、もっと桃子ちゃんとべたべたできるようになるね」
「え?」
「だって、夫婦なんだよ?」
「う、うん」
もっとべたべたって、どんななの?もう十分にべたついてる気がしてるんだけど。
「そうしたら、桐太なんて、桃子ちゃんの半径、5メートル以内に入れさせないのに」
5メートル?どんだけ、距離が伸びちゃったんだ。
「桃子ちゅわん。早く飯食って、お風呂はいろっ」
もう甘えん坊モード?いくら小声とはいえ、キッチンにはお母さんやパートさんもいるのに。
「ね?」
聖君は思い切り、私に顔を近づけた。そして、鼻の頭にキスをした。
あ~~、まいってしまう。ほんと、なんでそんな可愛い笑顔を向けてくるのか。
聖君は、コーヒーを飲みながらも、私が食べ終わるのを、今か今かと期待してるのがわかる。
「ねえ、聖君、私って小型犬に似てるんでしょ?」
「え?うん」
聖君は何をいきなり言ってるんだって顔で、うなづいた。
「聖君も犬に似てるよね。中型犬か、大型犬」
「え?」
「そうだな。柴犬とか、似てるかな」
「見た目が?」
「ううん。なんか、今の聖君、ご飯を目の前に出されて、待てって言われてる犬みたいで」
「え?」
聖君はしばらく黙り込むと、
「あ~~、そのご飯ってもしかして、桃子ちゃんのこと?」
と聞いてきた。そして、
「もう~~、桃子ちゃんってば、エッチ」
とわけのわからないことを言い、思い切りにやけていた。
ところで、最近、お店やリビングに、聖君のお母さんとお父さんがいると、二人でいちゃついてることがあって困る。
私がいようが、聖君や杏樹ちゃんがいようが、おかまいなしだ。さすがにパートさんや、バイトの子がいると、しないけど。
前はきっと、私がいると、遠慮をしてたんだろうな。でも、その遠慮がなくなったようで、私は困ってしまっている。
聖君と杏樹ちゃんは、また始まったよって、呆れた顔で見ていたり、まったく無視をしている。
「く~~る~~み。そろそろ風呂、入ろうか」
パートさんが帰っていったのを確認した後、聖君のお父さんが、お店に来てお母さんにそう言った。
「もうちょっとで、片付けが終わるから、待っててね」
とお母さんが、お父さんのほっぺにキスをするのを、しっかりと目撃してしまった。
あわわ。やばい。私も食べ終わったし、さっさとリビングにでも行こう。と、私は聖君の腕をひっぱったが、聖君はまったく動じず、
「父さん、俺らが先に入っちゃうから」
と、お父さんにそう言った。
「そうか。じゃあ、店の片付けでも手伝おうかな」
聖君のお父さんはそう言うと、キッチンのお母さんのもとに行き、後ろから抱き付いていた。
「もう、爽太。邪魔するなら、あっちに行ってて」
「邪魔しにきたんじゃなくて、手伝いにきたんだよ」
「じゃあ、手伝ってよ」
「もう少し、抱きしめてからね」
聖君のお父さんはそう言うと、お母さんにべったりとくっついていた。私は、リビングに行きかけたが、しばらくその光景をつい、眺めてしまった。
「桃子ちゃん、風呂入りに行こう」
聖君にそう言われ、
「う、うん」
と慌てて、家にあがった。
聖君とお風呂に入り、背中を洗ってもらいながら、
「聖君のお父さんとお母さんって、ほんとに仲いいよね」
とそう言ってみた。
「ああ、あれ?もうずっとだよ。俺も杏樹も慣れてるけど、さすがに桃子ちゃんはびっくりした?」
「うん」
「そうだよね。桃子ちゃんちじゃ、絶対に見かけない光景だよね」
「うん。うちの両親、話すことだって、少なくなってるもん」
「え?そうなの?そうは見えないよ。いつも、仲よさそうにしてるじゃん」
「それが、聖君マジックなの。聖君がいるとなぜだか、家族全員が仲良くなってる。だから、今頃は、また冷めた夫婦に戻ってるかもよ」
「え?そうなの?冷めた夫婦なの?」
「多分、そうだと思うよ」
「それは寂しいね。俺らはずっと、あつあつのラブラブのバカップルでいようね」
「聖君のご両親みたいに?」
「ううん、あれよりもあつあつのべたべた」
どんななの?あれよりもべたべたって。
「聖君、だから、胸は自分で洗うってば」
「なんで?」
「駄目」
「だから、なんで?」
「う、うずうずしちゃうから、駄目」
私はそう言って、胸を隠した。
「…それで駄目なの?なんだ」
聖君はそう言ってから、小さな声で、
「桃子ちゃんってば、エッチ」
とつぶやいた。
「もう~~~~。聖君が洗おうとしたりするからでしょ?バスタブつかってて!」
そう言うと、聖君はバスタブにつかりにいった。あ、今日はなぜか、素直だ。
それにしても、まるで「ハウス」と言われ、自分の小屋にでも入っていく犬みたいだよな。
「ババンババンバンバン。あ~ビバノノ♪」
いきなり聖君がバスタブにつかりながら、天井を見て歌いだした。
「な、何その歌」
「あ~~、じいちゃんと風呂入ると、歌うんだよね。この歌」
「そうなんだ」
「いい湯っだな♪」
あ、また歌いだした。相当今日はご機嫌なの?私の方は見ないで、天井を見ながら歌ってるけど。
「桃子ちゃん」
「え?何?」
「もしさ~、もしだよ」
「うん」
「もしも、突然、桃子ちゃんがびっくりするくらい、すんげえかっこいい男が現れて、桃子ちゃんにプロポーズしたらどうする?」
「へ?」
「なんかさ、もうかっこよすぎて、どうしようってくらいのやつが、桃子ちゃんに惚れちゃって、結婚してくださいとか言ってきたら、俺ほっぽって、そっちに行く?」
「は?」
私は目が点になった。なんなんだ、その質問。それに機嫌よく、歌ってたんじゃないの?
「じゃあ、聖君は、すんごく綺麗な人が、結婚してくださいって言ったら、私のことほって、その人のほうに行く?」
「俺?まさか」
「本当に?すんごく綺麗なんだよ?」
「桃子ちゃんも、綺麗だよ」
聖君はそう言って、しばらく私のことを黙ってみてから、
「あ、そうだった。俺が質問してたんだ。なんで、俺が答えて、満足しちゃったんだろう。で、桃子ちゃんはどうなの?」
「もし、かっこよすぎてどうしよう~~~って人が現れたら?」
「うん」
私は聖君を見た。ああ、今日もかっこいいな。バスタブのふちに両腕を組んで乗せ、腕の上に顔を乗せ、私をじっと見ている。かっこいいっていうか、可愛いかな。その表情は。
「えっとね」
私は、その顔に見とれてしまって、目を離せなくなってしまった。
「うん」
聖君は、私の返答を待っていた。
「結婚してくださいって言われたら?」
「うん」
私は聖君にプロポーズされるところを想像した。
「どこで?」
「え?」
「どこでプロポーズするの?」
「ああ、どこがいい?そうだな。たとえば、満天の星空の下とか?」
「なんてプロポーズするの?」
「う~~ん、桃子ちゃんはなんて言われたい?」
「私?」
そうだな。なんて言って欲しいかな。
「わかんない。結婚してくださいとか、それだけでもいいかな」
「じゃ、それ。満天の星空の下で、すんげえかっこいいやつが、桃子ちゃん、結婚してくださいって言ってるの」
ああ。そこは、浜辺がいいかな。ハワイか、どこかの南の国で、二人きりでいて、気持ちのいい風が吹いていたりして。ああ、ロマンチック。
そして、日に焼けた聖君が、私をじっと見て、
「桃子ちゃん、結婚しよう」
クラ。今、想像しただけでも、クラってきた。
「桃子ちゃん!どっか行ってる?」
「え?」
私はぼんやりとしながら、聖君を見た。
「今、妄想してた?どんなかっこいいやつだよ。そんなにうっとりするくらいのやつ、イメージしてたの?」
聖君は口を尖らせ、そう言ってきた。
「うん」
私はうっとりしながら、うなづいた。
「じゃ、桃子ちゃんはなんて答えたんだよっ」
「私?あまりにもうっとりしてて、答えてない。でも、こくんってうなづいたかな」
「プロポーズを受けたってこと?」
「うん」
「ひで~~。俺は、どんな女の人が結婚してくださいって言ってきても、断るのに!」
「あ、やだな、聖君」
「何がっ」
「かっこよすぎる男の人なんて、聖君以外に、この世に存在するわけないじゃない」
「へ?」
「聖君をイメージしたに、決まってるじゃない」
私はそう言うと、ぼんやりとまた、聖君を見つめた。
「俺?」
「うん」
「俺がプロポーズしてるところを、妄想してた?」
「うん」
「なんだよ、それ。俺、もうプロポーズだったら、したじゃん」
「そうだよね」
私は一気に顔がほてってしまった。
「え?なんで照れてるの?」
「もう、プロポーズもされてたんだって思ったら、急に顔が…」
「…」
聖君は黙り込んだ。それから、下をむいて照れくさそうな顔をして、ぼそって独り言を言った。どうやら、
「かっこよすぎるやつって、俺以外に、この世にいないのか~~」
とつぶやいたみたいだ。そして、思い切りにやけていた。
私は体を洗い終えた。聖君はまた、髪を洗ってくれた。それから、私はバスタブに入った。聖君はさっきから、ずっとにやけた顔をしている。
バスタブに聖君が入ってくると、後ろから抱きしめ、
「く~~~」
と喜んでいる。
「何?どうしたの?」
「結婚しようね?」
「え?もうしてるよ」
「もう一回言ってみたかったんだってば」
「…」
「結婚しよう。そして、ずっと一緒にいよう」
「うん」
「桃子ちゃん、愛してるよ」
「うん」
「桃子ちゃん、すげ~好き」
「…」
どうしちゃったのかな。
「あ~~、いろんな言葉で言ってみても、足りない」
「何が?」
「言い足りない」
「え?」
「他にある?俺の気持ちを表現できる言葉って」
「…へ?」
「桃子ちゃん、俺のこと好き?」
「うん」
「どんくらい?」
「え、えっと。言葉じゃ言えないよ。すんご~~~く大好きだから」
私がそう言うと、聖君はまたぎゅって抱きしめた腕に力をいれ、
「俺も…」
と耳元で言って耳にキスをした。
もうすでに、べたべたで、あつあつの夫婦をしてるんだろうなって、そんなことを私は思って、聖君の腕の中でうっとりとしていた。