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第39話 新たな恋の目覚め

 聖君とクロと、お店に帰った。それから朝ごはんを食べ、のんびりとコーヒーを飲んでいると、麦さんがやってきた。

「おはようございます」

 麦さんは、ちょっといつもより元気がない。


「あら、麦ちゃん、今日もサーフィンしてきたの?」

 聖君のお母さんが、キッチンから出てきてそう聞いた。

「はい」

「何か食べる?スコーンでも用意しようか?」

「あ、すみません。実は朝から何も食べてなくて」

「じゃ、今すぐに用意するから、カウンターにでもかけて待ってて」

 聖君のお母さんにそう言われ、麦さんは私の横に腰掛けた。


「桐太んとこ、手伝うことにしたの?麦ちゃん」

 聖君がコーヒーを飲みながら聞いた。

「うん、手伝うよ。だって、店長本当に大変そうだし、人足りてないみたいだから」

「そう」


 聖君はにこりと微笑んだ。それを見て、麦さんはちょっと暗い顔をした。

「あれ?どうしたの?悩み事?」

 聖君が気がついた。

「…ごめん、すごく聞きにくいこと聞いてもいい?桃子ちゃん」

「え?私?」

 な、なんだろう。聖君のこと?


「桐太がキスしたって言ってたの、あれって本当のこと?」

「あ、ああ、あれは…」

 困った。どう言っていいのかな。

「あ~~、すげえ悔しいよな。ずっと忘れてたのにな。むっちゃ悔しいよな」

 私よりも聖君のほうが、思い出して悔しがってる。


「本当のことなんだ。でも、なんで?桐太、聖君と桃子ちゃんが付き合ってるの知ってたの?知らなかったの?桐太、聖君の親友だって言ってたけど、なんで親友の彼女にそんなことするの?」

「えっと…。桐太、前は聖君と仲悪かったんだ…」

「え?だって親友なんでしょ?」


「中学の頃、いろいろとあってさ。それで喧嘩して、そのままあいつ引っ越しちゃって。それが去年、あることでまた会っちゃって。あいつまだ、俺のこと恨んでいたって言うか、憎んでいたって言うか」

 聖君が話し出した。

「え?」

 麦さんが驚いた。

「あ、桐太の閉じてた心を開いたのが、桃子ちゃんだの、聖君だの言ってたけど、何かそのへんと関係あるの?」

「まあね」


 聖君は、ごくんとコーヒーを飲み干し、マグカップをテーブルに置いた。

「桃子ちゃんが傷つくようなことをあいつがして、それを桃子ちゃんが許しちゃって、で、こんなに仲良くなっちゃってるってわけ。ね?」

「私が許したの?聖君でしょ?」

「俺?許してないよ。今でも、あいつが桃子ちゃんにキスしたってこと思い出すと、ふつふつと怒りがわいてくるから」


 え?そうなの?忘れちゃったんじゃないの?もう。

「あ~~~。俺以外のやつと、桃子ちゃんがキスをしたってことを考えただけでも、腹が立つ」

「え?」

「ムカ~~~~」

 あ、ムカ~~って口で言ってるし…。


「でも、聖君、私いきなり今、思い出したんだけど、他にもまだ…」

「え?」

 あ、やばい。これは言わないほうが。私は慌てて、口を押さえた。

「え?何?え?」

 聖君は私の顔のまん前まで顔を持ってきて、私に聞いた。

「もしかして、俺と桐太以外にも、キスしたやついるの?」

「…」

 やばい。黙っておけばよかった。っていうか、思いださなきゃいいものを、私ったら。


「誰?」

「でもね、6歳くらいの話だよ。小学校入学してすぐくらい」

「誰?まさか、そんときが桃子ちゃんのファーストキス…」

 私は黙って聖君を見ないでうなづいた。

「え…」

 聖君が固まったのがわかった。


「なんだ~。小学1年の話でしょ?私もファーストキスは幼稚園だよ。同じ園に通ってた、近所の子で、私、毎日のようにキスしまくってたらしいし」

 麦さんがそう言った。

「え?」

「結婚しようね~~、なんて約束もしてたらしい。小学校が違ってて、それ以来会ってもいないけど。そんなのキスに入らないよね?桃子ちゃん」

「うん!」

 私は思い切り、うなづいた。


「でも、俺、幼稚園でも小学校でも、遊んでた女の子いたけど、みんな戦いごっことかするような男みたいな女の子で、キスなんかしたこともないけど」

 聖君が言った。

「戦いごっこを女の子としてたの?」 

 麦さんが驚いていた。


「いや、男の友達としてて、その中に一人か二人、混ざって遊んでた女の子がいたってだけで…」

「ふうん、じゃ、好きな子とかいなかったの?」

「特にいない」

「じゃ、初恋っていつなの?聖君」

「え?えっと、多分、中学の時、付き合った子が…。あ、でもその子が俺のこと好きだからって、付き合っただけだし、俺が好きなわけじゃなかったから、いつかな?もしかすると、中学3年の時かな?」


「遅いね~。そうなんだ」

 麦さんが驚いていた。

「え、そうなの?」

 聖君は、驚かれて驚いていた。

「その子とは、キスしなかったの?」

 麦さんがいきなり、そんなことを聖君に聞いた。


「え?!しないよ。すぐに別れちゃったし」

「そうなの~~?じゃ、高校に入ってから?」

「何が?」

「聖君のファーストキス」

 麦さんがそう聞くと、聖君は一瞬たじろき、顔を赤くした。


「い、いいじゃん、なんでそんな話になってるの?俺、桃子ちゃんが誰とキスしたかを聞いてたのに。なんで俺?」

「いいじゃん~~。桃子ちゃんに聞くくらいなんだから、聖君も白状しなさい。まず、人のことを聞く前に、自分の話だよ」

 麦さんはわけのわからない理屈を言い出した。


「じゃ、人のこと聞く前に、麦ちゃんが言いなさい」

 聖君は負けずにそう言った。

「私は言ったでしょ?幼稚園の時だって」

「あ、そっか。でもそんなのキスに入らないって」

「だったら、桃子ちゃんだって、小学校一年のキスなんて、キスに入らないよ。聖君が聞きだすようなことじゃないでしょ?」

 ああ、麦さん、ナイスフォローなんだけど、実は私はさっきから、耳をふさぎたい思いだ。聖君のファーストキスの話は聞きたくないっ!誰としたかなんて、聞きたくないよ~。


 きっとそんなこと聞いたら、私は気にしちゃうよ。どんな子?とか、どんなシチュエーション?とか。でも、そんな具体的なことも絶対に聞きたくない。でも、きっと気になる。でも、聞いたところで、落ち込むだけ。


「…俺、中学の時に付き合った子以外に、付き合った子っていないからさ」

 聖君がぼそって言った。

「え?じゃ、あとは桃子ちゃんだけ?」

「そう」

 聖君は頭をぼりって掻いた。


「高校では思い切り硬派で、女の子寄せつけなかったし」

 あ、そういえば、そうだっけ。

「じゃ、ファーストキスは?」

「だから、桃子ちゃんだけだってば」

「え?!」

 麦さんが目を丸くした。


 私は今、耳を疑った。え?え?今、なんて言った?聖君。もう一回言って。

「ファーストキスの相手、桃子ちゃん?」

 麦さんが聞いた。

「そうだよ。なんでそんなに驚くんだよ。俺、ちゃんと付き合ったのって、高校2年がはじめて。そんなに遅くないだろ?」


 どひぇ~~~~~~。

 私はきっと、真っ赤になっていたにちがいない。

 わ、わ、私?!

 私の反応を見て、聖君が聞いてきた。

「なんで?俺ってもっと、女の子と付き合ってるように見えた?」

「え?」


 そ、そうだよね。高校では硬派で通ってて、女の子なんてほとんど話もしなかった聖君。中学でも一人の子と付き合ってたくらいで、女の子苦手だったんだもんね。

 トラウマになってたって言ってたし、ちゃんと付き合ったのは私が最初…。


 うわ~~~。そうなんだけど、そうなんだけど、なんか衝撃的!!!

「なんだよ。桃子ちゃんのファーストキスも、絶対に俺だって思ってたのに」

 聖君はどよよんって顔をしている。

「近所の男の子にいじめられて、泣いてたら、なぐさめてくれたの。それで、軽くチュってしてきただけで、犬にキスするようなものだから、ファーストキスになんて入らないよ」

 私は思わずその時の状況を、聖君に説明した。


「あ、幼馴染とかそんな感じ?」

 麦さんも、フォローをしてくれようとしてるのか、つとめて明るく聞いてくれた。

「ううん、近所に住んでた従兄弟のお兄ちゃん」

「なんだ、従兄弟」

と麦さんはさらに、明るく言いかけたけど、聖君が目をまんまるくして、

「まさか、幹男~~?」

とそう叫んだ。


「え?知ってる人なの?聖君」

「知ってるも何も。まじで?まじであいつ?」

 私はしまった~~って思った。でも、もう遅い。

「あいつがファーストキスの相手?あいつが~~~?」

 聖君の顔がみるみるうちに赤くなった。手はぶるぶると震えている。


「なんで?何かその人とあったの?聖君、そんなに怒るなんてびっくり」

 麦さんが、びっくりしていた。

「あったもなにも…。あいつ、桃子ちゃんはずっと、俺が守ってきたんだとか、君には渡さないとか、いろいろとそんなこと言って、それで…」

 聖君の眉間にしわが寄った。


「あ、でもね、今は彼女ができて、同棲してて。すんごく仲いいみたいで、うちにもまったく来なくなっちゃって」

 私は必死に聖君の怒りを、抑えようとした。

「…駄目だ。今日はすげえショックなことばっか、思い出す」

「え?」

「やべえ、落ち込んだ」


 聖君は、マグカップを持って、キッチンにとぼとぼと歩いていった。

 だ、大丈夫かな。

「聖君のライバルか~~。でも、桃子ちゃんは聖君一筋なんだから、いいじゃんね?」

 麦さんがそう言うと、はあってため息をついた。

「?」

 どうしたのかな。


「桃子ちゃんは、ほんと、聖君に愛されてて羨ましい」

「え?」

「聞いてくれる?ちょっと今、悩んでるんだ」

「はい、いいですけど」

 聖君のこと?私、ちゃんと聞いてあげられるかな。


「あのね、さっき、桐太、私のこと、本当に嫌がってたよね?」

「え?」

 桐太?

「私、心底嫌われてると思う?桃子ちゃんから見てどう思う?」

「心底じゃないですよ。っていうか、そんなに嫌ってないと思いますけど?」

「え?本当にそう見える?」

「はい。あの憎まれ口は、聖君にもよく言ってるし」


 麦さんは、うつむいて、またため息をついた。

「私、きっと今まで、桐太にきついこといっぱい言ってたんだよね」

「え?」

「きつい女だとか、思われてるよね」

「ど、どうしたんですか?」

 何か、傷つくことがあったのかな。


「昨日、海で足がつっちゃったの」

「あ、それ桐太から、聞きました」

「ほんと?なんて言ってた?」

「え、えっと。お礼も言われてないとか、なんとか、ぶつくさ言ってたけど」

「あ、お礼。そういえばしてないかも」

 麦さんはそう言うと、顔を青ざめさせた。


「もう、私って駄目だよね、ほんと」

「え?」

「あの時、驚いちゃったの。桐太があまりにも、男らしくって」

「へ?」

「いつもへらへらしてたし、軽いやつって思ってたのに、私がおぼれかけてたら、すごい勢いで助けに来て、力強くて、たのもしくて」


「桐太が?」

「びっくりでしょ?でも、それからなんだか、意識しちゃって」

「桐太を?」

「うん」

 私は耳を疑ってしまった。意識って、意識って、もしや男の人としてってこと?


「私まだ、前みたいにつっけんどんにものを言ったり、棘のある言葉を桐太に言っちゃうみたい。桐太からも、きつい言葉が返ってきて、その時はっと我に返るの。ああ、またやったって」

「もしかして、それでさっきは、黙り込んじゃったんですか?」

「うん、そう」

「…」


「もう駄目かな」

「え?何がですか?」

 麦さんがあまりにも、顔を沈ませて聞くから、私は心配になってきた。

「もう、桐太にいい印象は持たれないよね?私」

「え?」


「嫌われてるよね、絶対に」

「そ、そんなことは…」

 ないですとは、言い切れない。桐太、いつも麦さんのことで、私を励ましてくれてたし。それに、聖君を好きってことだけでも、桐太、あまりよく思ってないかもしれないな。


「は~~~~」

 麦さんは、思い切り重いため息をついた。私はなんて言っていいか、わからなかった。それに、桐太は、聖君のことが好き…。

「桐太って、やっぱり桃子ちゃんのこと、好きだよね」

「へ?」

 私じゃないよ!って言いたいけど、言えない…。


「絶対にそうだよね。すごく優しいもんね。桃子ちゃんが優しいからだよね。だから、私のことなんか、嫌いだよね」

 う、う~~ん、なんて言ったらいいものか。

 二人して、うつむいていると、そこに聖君が、

「はい、麦ちゃん。スコーン持って来たよ。飲み物はコーヒーでよかった?」

とスコーンを持ってやってきた。


「あ、ありがとう」

 麦さんは、あきらかにわかる作り笑いをして、聖君にお礼を言った。聖君も引きつり笑いをして、それから私を見ると、ぶ~たれた顔をして、キッチンに戻っていった。

 あ、あれ、相当へこんでるかも。ああ、あっちでも、こっちでも、へこんでる人だらけだ。


 スコーンを食べ終わると、麦さんは、

「じゃ、桐太の手伝いしてくるから、ごちそうさまでした」

とキッチンにいる聖君とお母さんに言って、お店を出て行った。


「聖、桐太の手伝いって?」

 お母さんが聖君に聞いた。

「ああ、桐太のバイト先の店長、ぎっくりやっちゃって、店が大変みたい」

「あら、まあ。気をつけないとね~」

 私もキッチンに、お手伝いをしにいくと、

「あの二人は、時間の問題だよな」

と聖君がつぶやいた。


「時間の問題?え?何が?」

 私が聞くと、

「くっつくのが」

と聖君が、お米をとぎながら、そう言った。

「くっつく?桐太と麦さん?」

「うん、仲いいじゃん」


「え~~。そう見えてたの?」

「あれ?気がつかなかった?桃子ちゃん。桐太、あれだけ、いろんなこと言える相手って、きっと麦ちゃんくらいだし、麦ちゃんだって、あれだけ遠慮なくものを言えるのは、桐太だけだろ?」

「…そ、そうかな?」

「もしね、そこにお互い気がつけば、きっと今の関係が変わると思うよ」

 すごいな。聖君はそんなものの見方をしていたんだ。


「そっか。じゃ、大丈夫だよね」

 私がそう聞くと、聖君は、

「何が?」

と聞いてきた。

「麦さんが、今、落ち込んでるけど、きっと桐太に伝わるよね」

「え?」


「麦さんの思い」

「え?え?どういうこと?まさか、麦ちゃん、桐太のこと?」

「うん。意識しちゃってるって言ってたよ」

「まじで?そりゃすげえ!」

 聖君は喜んだ。


「そっか~~。俺、断然、応援するけど」

「うん。あ、でも、あまり周りでとやかく言うのも、悪いかな」

「う、う~~ん、そっか。やっぱり見守っていくしかないかな」

「うん」


 聖君はそのあとも、そっか~。そっか~と嬉しそうにつぶやきながら、ランチの準備をしていた。

 私はスコーンの焼く準備や、ジャムを作っていた。聖君のお母さんは、外を掃きに行き、それから、お花をテーブルに飾りだした。


「水曜、秋の雑貨を見に行くのよね?聖」

 お母さんがそう言いながら、キッチンに戻ってくると、

「その時、カフェカーテンも見てきてくれない?汚れてきたし、そろそろ変えたいわ」

と聖君に頼んだ。

「ああ、そうだね。それも秋のイメージで見てくる?」

「うん、秋とか、冬に合いそうなのがいいわね」

「うん、了解」


 聖君はにこりと笑うと、また機嫌よさそうに、野菜をぱっぱと切り出した。ああ、良かった。すっかり機嫌がなおったみたいだ。

「それにしても、私も驚いちゃった」

 聖君のお母さんがそう言いながら、コンソメスープを作り出した。

「何が?」

 聖君はにこにこしながら、聞いた。


「聖のファーストキスの相手が、桃子ちゃんだったとはね」

 うひゃ~~~。聞かれてた!あ、そうか。店のテーブルセッティングをしながら、お母さん、しっかりと私たちの話を聞いていたんだ。

 聖君は何も言わず、またどよんって顔になってしまった。


「あ~~~~~~。そうだよ。俺のファーストキスは桃子ちゃんだよ。でも、桃子ちゃんは違うんだよ」

 あ~~。せっかく立ち直っていたのに。なんで思い出させちゃうかな。

「あら。そんな幼少の頃の話を持ち出すんなら、あなただって、桃子ちゃんよりも先にキスした相手いるわよ?」


「え?うそだ。俺、まったく記憶がない」

「そりゃそうでしょう。生まれてすぐに、私からも爽太からも、キスを何万回とされてたし、爽太のお父さんやお母さんもしていたし、それに杏樹が生まれたら、あなたが杏樹にキスしてたし」

「それ、思い切り身内じゃん」


「それじゃ、桃子ちゃんだって、従兄弟なんでしょ?思い切り身内じゃない」

「ちげえよ、従兄弟は」

 聖君は口をへの字にした。

「一緒よ、一緒。あ、でも聖、身内以外にもいたわよ、キスしてた子」

「誰だよ。でもどうせあれだろ?俺が赤ちゃんの頃の話だろ?」


「そうそう。一歳の頃、すぐ近くに住んでた、ひとつ上の女の子。よく遊びに来て、聖のこと可愛がってくれたのよね~」

「あ~~、そう~~~」

 聖君はもう、どうでもいいよって顔をして、そう答えていた。


 聖君のお母さんは、

「洗濯物干してくるから、ちょっとスープ見ててね」

と言って、家にあがっていった。

「へ~~い」

 聖君は気のない返事をして、ガスコンロの前に立った。


 私は聖君のそばにひっついた。

「何?桃子ちゃん」

 聖君は、私が隣に行くといつも、嬉しそうな顔をするのに、すごくつまらなさそうな顔をしている。

「なんか、すごくびっくり」

「何が?」


 まだ聖君の顔は、能面のように、無表情だ。

「だって、まさか、私だったなんて」

「何が?あ、俺のファーストキス?」

「うん」

「…嫌だった?」


「まさか。私、麦さんがしつこく聖君に聞いてる時、聞きたくないって内心、思ってたんだ」

「なんで?」

「だって、聖君がキスした相手の話なんて聞きたくなかったし」

「…」

 聖君は黙ったまま、スープをかき混ぜた。


「桃子ちゃんは自分だって、思わなかったの?」

「え?」

「俺のファーストキスの相手が、自分だって」

「うん。だって、聖君、なんか、慣れてるって言うか」

「え?」


「キス、全然平気でしてきたって言うか」

「俺が?」

「うん。だから、あの時は、女の子と付き合うのも慣れてるのかなとか、私、からかわれてるかなとか、ちょこっと思っちゃった」

「まじで?」

「うん」


「うそ。俺、だって、そんなすごいキスしてないよ?触れるか触れないかだったでしょ?」

「うん」

「…。それでなんで、慣れてるとか、からかってるって思ったの?」

「だって、付き合ってほんと、最初の頃だったし」

「ああ。あれはだってさ、桃子ちゃんが、俺が桃子ちゃんのこと好きなのを疑ってたから、キスしたら少しは信じるかと思って」


「…それでなの?」

「うん」

「…」

 それでいきなり、キス?それはそれで、唐突過ぎるというか…。

「だって、覚えてる?桃子ちゃん。俺が好きだって言っても、まったく信じてくれなかったこと」

「え?」


「全然、信じてくれなかったじゃん。俺、どうしたら信じるかなって思って、それで、あの時、キスするチャンスだったし、これでもう、俺ら付き合ってるんだって、いい加減信じてくれるだろうって思ったんだよ?」

「…そうか」

「うん」


 聖君はそう言うと、私のほっぺにチュってして、また、スープをかき混ぜた。

「あのさ」

「え?」

「やっぱり、小学校一年の頃のキスなんて、ないものだって思うことにするよ」

「うん」


「だから、桃子ちゃんのファーストキスの相手は、俺ね?」

「え?」

「ね?もう、そういうことにしちゃったから、俺」

 聖君はそう言うと、今度は私の唇にチュってしてきた。ああ、もう。可愛いことを言ってくれるんだから。

「うん」

 私はほてった顔を、両手で押さえながら、うなづいた。聖君はもう、すっかり機嫌がなおったようで、鼻歌を歌いながら、コンソメスープをかき混ぜていた。



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