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第33話 理想と現実

 カウンターに行き、私は藤井さんの横に座った。

「お疲れ様です」

 そう言うと、藤井さんはちょこっとだけ、微笑み、

「なんだか、今日は迷惑ばかりかけてしまってて、申し訳ないです」

と私に、小声で謝った。


「今も、くるみさんと話してて、初日なんだし、気にしないでって言われたんですけど」

 藤井さんは私に、思い切り敬語で話してくる。

「あの、藤井さんは私より、一個上なので、敬語じゃなくてもいいですよ」

 そう言うと、えって顔をして驚いていた。


「聖君は私と同じ年だって、今日聞いたけど、桃子さんも同じ年かと思ってました」

「いえ、一個下です。それに、聖君は同じ年だから、敬語じゃなくても大丈夫ですよ。それから、麦さんとか、朱実さんも、藤井さんと同じ年です」

「そうなんですか。みんな一緒の年なんだ。みんなしっかりしてて、大人っぽいから、年上だと思ってた」

 そう言うと、藤井さんは、はあってため息をもらした。


「実は今のバイト先でも、失敗ばかりで怒られてばかりいるの」

「大丈夫です。聖君も、聖君のお母さんも怒らないですよ。優しいから」

「そうだよね。今日もすごく優しいから、かえって悪い気がしちゃって。特に胸、触られちゃったけど、すんごく聖君、申し訳ないってなっちゃってて、悪かったな」


「…」

 そっか。あまり藤井さんは、気にしてなかったのか。

「ああ、なんで私、あんなところで、ぼおってしてたんだろう。間抜けだよね。もう、恥ずかしくて、穴があったら入りたいくらい」

 あ、やっぱりダメージ受けてた。


「だけど、あんなふうにきちんと謝ってくれたのは、嬉しかったな。聖君ってきっと、誠実な人だよね」

 藤井さんは、まっすぐ前を向いてそう言った。

「はい」

 私は、はいとしか言えなかった。


「ここに来たのは、今日で3回目なんだ」

「え?」

「一回目は偶然、友達と入ったんだけど、聖君がすごく素敵で、私、一目惚れしちゃって。だけど、一緒にいた友人が、他の客と話してる聖君を見て、絶対にもてるし、それを鼻にかけてるような男だから、やめておきなって言ったんだよね」


「え?」 

 ひど~~い、何も知らないくせに。あ、そこじゃなかった。一目惚れっていう方が、驚きのことでしょ。

「だけど、私、もう一回会ってみたくて、昨日、来てみたの。そしたら、やっぱりどう見ても、友達が言うように、女遊びしてるとか、鼻にかけてるとか、そんなふうには見えなくて」


「…」

 やっぱり、聖君に会いに来てたんだ。

「昨日は、もうすぐ昼のバイトも出れなくなるって言うし、私、門限とかあるから、そうそう夜、お店に来れないし、これからも会うには、ここでバイトするしかないかなって、思っちゃったんだ。だからつい、バイトしたいって言っちゃったんだよね」


 藤井さんはそう言うと、顔を赤らめた。

「まさか、いきなり今日から、バイトすることになるとは思ってなかったんだけど、でも、やっぱり聖君は、思っていたとおりだったな」

「え?」

「こうだろうなって思っていたとおりの人だった」


「こうだろうなって、どんな感じですか?」

 私が聞くと、ますます藤井さんは顔を赤らめた。

「優しくて、誠実で、大人の人」

 大人…。それは、どうだろう…。


「桃子ちゃんは、すごく仲がいいんだね。この店に来るようになって長いの?バイトじゃないんだよね。お客さんで来てたの?」

「え?えっと」

「さっき、驚いちゃった。鼻についたクリームを、手で取って、ぺろって舐めたの見て。あんなこと私されたら、卒倒しちゃうかも」


 そ、卒倒?!

「優しいよね。あ、だけど、ああいうところをもし友達が見たら、また言うかも。女慣れしてるとか、遊んでるとか」

「それはないです。聖君、どっちかって言うと、女の人苦手だから。お客さんには、お客さんだから、ちゃんと接してるけど、ふだんは、男友達とばかり、つるんでるって感じだし」


「え?そうなの?」

「はい。高校でも硬派で、女の子とは、話もあまりしなかったし」

「あ!もしかして同じ高校の、先輩と後輩?」

 藤井さんにそう聞かれた。


「いいえ、文化祭を見に行ったことがあって、その時、すごい女の子にクールだったんです」

「クール?」

「思いきりクール。話しかけられてもあまり話さないし、プレゼントとか絶対に受け取らないし」

「そうなの?そうは見えない、だって今だって、女の子とあんなに笑顔で話してるよ」


 後ろを向いて聖君を見てみたら、お客さんと笑顔で楽しそうに話をしていた。さっきとは違うお客さんで、まだ、高校生にも見える。

「あはは。それでサーフィンは無理でしょ」

 聖君は大笑いをしている。

「でしょ~!乗り物どころか、波乗りでも酔っちゃうって、どうよって思うよね~」

 女の子は、日に焼けてて、茶髪。耳にはピアスが3つもくっついてる。


「聖君はサーフィンしないんでしょ?」

「俺は潜るほうが好きだから」

「海の中って、そんなに魅力的?」

「最高だよ。一回潜ったら、もう虜になるね」


「え~~。私もダイビングしてみようかな」

「してみたら?けっこう簡単にライセンス取れるよ」

「でも、お金かかるよね」

「まあね」

 思い切り、タメ語だ。あの子達も常連なのかな。仲いいな。あ~~、知らなかったな。ずっとお店来てなかったし、聖君と仲のいい子、いっぱいいる。


「女の子とあんなふうに、仲良く話してるのに、クールだなんて信じられない」

 藤井さんが聖君を見ながら、またそう言った。

「最近はちょっと、変わったかも」

 私も聖君を見ながら、そう言った。


 ああ、あの聖君が二人きりになると、いきなり「桃子ちゅわわん」って言って、甘えてくるようには見えない。ほんと、見えないよね。私だって、そんなふうに甘えてくるなんて、前は思ってもみなかったし、聖君は甘えたり、いちゃつくようなことしないだろうなって、どこかでそう思っていたし。

 あ、でも、最初からメールは可愛かったっけ。だから、クールだの、硬派だのっていうのも、信じられなかったかな。


 じゃ、私は聖君をどう思っていたんだろう。

 そんなことを考えながら、ぼけっと聖君を眺めていた。すると、聖君と話している女の子が、私と藤井さんを指差して、聖君にぼそぼそと何かを話しかけていた。


 なんだろう。聖君もこっちを見た。

「あ、見てるの、ばれちゃった」

 藤井さんが慌てて、前を向いた。私も、一緒に前を向いた。

「私、聖君に、好きだってばれたら、困っちゃうから」

「へ?!」

 ドキ~~。それ、すでに私がばらした…。


「もう、バイトに来れなくなっちゃう」

 わ~~。もうばれちゃってるけど、どうしよう。

「好きだって、ばれたら、バイト雇ってもらえないよね」

「え、ど、どうかな」


「やめさせられるよね?」

「どうだろう」

「両思いになれるなんて、そんなの夢にも思ってないの。ただ、近くにいけて、仲良く話ができたら、それでいいんだ」

「…」

 昔の私のようだ。いや、私なんて、遠くからでも見ていられたらいい、くらいに思っていたかもしれない。


「多分、大丈夫だと思う。朱実さんもバイト、続けてるし、他にも聖君のこと好きだった人、バイトしていたし」

「え?朱実さんもなの?他にも、聖君を好きな人いるの?」

「う、うん」

 麦さんも、そうだったもんな…。


「もしかして、みんな聖君に近づきたくて、バイト始めたりしてるの?」

「みんながみんな、そうじゃないと思うけど…。でも、そんな人もいるかな」

「本当に?」

「お客さんでも、聖君目当ての人、いっぱいいるし」

「そうだよね」


 藤井さんは、黙って下を向いた。それから、またこっちを見ると、

「桃子ちゃんも、好きでしょ?聖君のこと」

と聞いてきた。

「え?」

 私は思わず、顔がほてってしまった。


「やっぱりね」

 ああ、赤くなったのがばれたんだ。

「見てて、わかったもん。鼻のクリームとってもらった時も、真っ赤になっていたし」

 あちゃ~~。しっかり見られていたか。


「あんなにかっこよくて、優しかったら好きになっちゃうよね」

「うん…」

「完璧だもんね。理想が服着て歩いてるようなものだもの」

「藤井さんの理想って、どんな人ですか?」


「優しくて、器が大きくて、大人で、顔立ちが綺麗で、笑顔がさわやかで、頭の回転とか速くて、運動神経も良くて、いろんなことをソツなくこなせる人かな」

「…あ、かなり聖君ぽいかも」

「でしょう?完璧当てはまるでしょ?」

 藤井さんは声が大きくなり、目が輝いた。


「聖君は、ほんとに、なんでもできちゃうんです。お料理もできるし、泳ぐのもすごく綺麗、車の運転も上手だし、勉強もできるし、歌もうまい。苦手なものなんてないでしょうっていうくらい」

「やっぱりね」

「それに、すごく頼りになるし、優しいし」

 私の言う言葉に、藤井さんはうんうんってうなづいていた。


「もろ、理想。理想のタイプ。でも、悲しいかな、そんな理想の人が自分を好いてくれるとは思っていないし、はじめから叶わない恋なんだよね…」

 そう言うと、藤井さんはふうってため息をした。

「でもいいの。片思いでも。そんな素敵な人にめぐり合えることなんて、一生のうち、一回か二回くらいしか、ないだろうし」


「もしかして、初恋ですか?」

 私がそう聞くと、

「ううん。いつも片思いで終わるパターンばかりなの。でも、ここまで完璧な人と出会ったことってないかも」

とまた、目を輝かせて藤井さんは言った。

「そ、そうなんですか」


 確かに、完璧かもしれないけど、でも、もう少し加えると、甘えん坊で、笑い上戸で、たまに意地悪でよくからかってきたりするし、病院嫌いで、血が苦手。注射が大嫌いで、絵が独創的。それから、何かに抱きついてないと寝れないとか、寂しがり屋だったりもするし、すごく子どもっぽいところもある。

 そこが可愛いんだけど、あ、それによく、にやけている。そこもひっくるめて、私は大好きなんだけど、どうかな。藤井さんの理想のうちに、そのへんは入るんだろうか。


 今いたお客さんが、みんな帰っていき、お店は誰もいなくなった。聖君はカウンターの私の横に座ってきて、

「ちょこっと休憩」

と言って、テーブルにうつぶせた。


「あの、私、何をしたらいいですか?」

 藤井さんが聞いた。

「ああ、今は客いないし、ゆっくりしてて。もう少ししたら、ディナーの準備入るの手伝ってもらってもいい?ところで、何時まで大丈夫なの?」


「えっと、門限があって、9時なんです」

「9時?あれ?どこから来てるんだっけ」

「藤沢です」

「じゃ、8時に出たら間に合う?夕飯は食べていく?」

「いえ、夕飯いらないって言わなかったから、多分、作ってあると思います」


「じゃ、8時近くまで、大丈夫かな。パートさん来てくれるんだけど、その間、母さんが休む時間なんだ。だから、ちょっとその間、ホールでの手伝いを頼みたいんだけど」

「はい、わかりました」

「だから、今のうちに30分くらい、休憩しておいてよ。俺も、客がいない間、ゆっくりさせてもらっちゃうからさ」

「はい」


 聖君はそう言うと、今度は小声で私に、

「今日はリビングや俺の部屋では、休めそうにないや。桃子ちゃんはどうする?リビング行ってる?」

と聞いてきた。

「私も、ここにいる」

 そう言うと、聖君はにこって嬉しそうに笑った。あ、もしかして、私がここにいるほうが、良かったのかな。


「さっきの子達も、常連さん?」

「え?高校生の子?」

「うん」

「そう。サーフィンしに来たり、泳ぎに来るみたいで、ちょくちょく夏の間、来ていたよ」

「夏の間だけ?」


「今年、たまたまこの店に来て、気に入ったらしいよ」

「聖君のことを?」

「え?あ~~。どうかな。やっぱ、そう思う?」

「うん。すごく嬉しそうに、楽しそうに話してたもの」

「そう?」


「聖君も」

「え?俺?!」

「大声で笑ってたでしょ?」

「…あれは、ノリをあわせてるって言うか…」

「あ、一人の子が私のほうを指差して、何か話してなかった?」


 私は気になり聞いてみた。

「ああ。カウンターにいる子たち、ずっと聖君を見てるけど、聖君のファンの子でしょ?って聞かれたんだ」

「え?」

 私の横で、藤井さんが驚いて声をあげた。


「でも、あの二人はバイトの子で、今、休憩時間なんだって答えたよ。な~んだって言ってたけどさ」

「バイトの子?私も?」

「…だよね。あれ?なんで俺そんなこと言っちゃったんだろ。バイトの子じゃないじゃんか、ねえ」

 聖君はそう言うと、頭をぼりって掻いた。


 う~~ん、なんだか複雑な気持ちになってきちゃったな。

「紗枝ちゃん、もう慣れてきた?」

 いきなり、聖君が私の隣の藤井さんのことを見ながら、聞いた。

「え?ま、まだです」

「そっか。ま、初日だもんね、しょうがないよね」


「すみません、私へまばかりしちゃってて」

「いいよ、いいよ。そんなの気にしないで。誰でも失敗はあるしさ。俺もたまにやるしさ」

「え?まさか、そんな失敗するとは思えません。完璧そうだもの」

「するよ。俺、完璧じゃないし」

「見えません、全然。なんでも完璧にできちゃいそうです」


「はは。きっとそのうち、ぼろが出るから。俺、バイトしてる桜さんって人になんて、今、けちょんけちょんに言われてるし。ね、桃子ちゃん」

「え?うん」

 そういえば、そうだっけ。子どもとか、ガキとか、言われてたっけな。

「信じられません」

 藤井さんは顔を赤らめてそう言った。好きなのばれたら困るって言ってたけど、これ、もう好きですって言ってるようなものじゃないのかな…。


「紗枝ちゃん、俺とタメでしょ?敬語使わないでもいいよ」

「え?」

「タメ口たたいて。そっちのほうが俺も、話しやすくなるし」

「はい」

 藤井さんは、まだ、はいって答えていた。そして、あって口に手をあてると、真っ赤になった。

「ま、いっか。徐々にで」


 聖君はそう言うと、目線を私にずらした。目は何かを訴えている。言葉にしないでも、なんとなくわかる。桃子ちゅわんって言って、甘えたいって感じだ。

 その時、カランってお客さんが入ってきて、聖君はすぐさま、席を立ち、

「いらっしゃいませ」

と笑顔で出迎えに行った。


「私も手伝ってくる」

 藤井さんはそう言うと、エプロンをして、キッチンに向かっていった。

 私は、そのままカウンターから聖君を見ていた。


 理想が服を着て歩いている…か。

 私から見た聖君は、理想ではない。理想とかタイプとか、そんなのもう、どうでもいい感じだ。

 とにかく、どんな聖君でも好きなんだ。これからも、もっと弱かったり、子どもぽかったり、いろんな聖君を見ることになるかもしれない。でも、それでも、私はそんな聖君も受け入れて、好きでいるんだろうなって思う。


 そこには、理想とかっていうのはない。ただ、目の前に聖君がいるだけだ。

 どんな聖君もやっぱり、聖君という存在には変わらないから、私はただ、その存在にずっと、恋をして、大好きでいるんだろうな。


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