第31話 甘えん坊
翌日、朝7時に目が覚めた。く~~。聖君の可愛い寝息が聞こえた。あ。思い切り私に、抱きついて寝てる。ほんと、イルカが私になってるよな~~。
聖君の腕が体に絡まってて、動けず、そのまま聖君の顔を見ていた。可愛いな。相変わらず。
じ~~っと見ていると、いきなりパチって聖君が目を覚まし、にや~って笑った。
「?!」
もしや、起きてたとか?
「桃子ちゅわわん」
そう言うと、私を抱きしめてきて、目を閉じ、す~~って寝てしまった。
うわ。もしや寝ぼけてた?聖君はまた、くーかくーか寝てしまい、起きそうもない。いったい、どんな夢を見てるんだろう。
それにしても、長いまつげだな~。それにしても、腕、重いな~~。
そおっと、私の体の上にある、聖君の腕をどけた。聖君はそのまま、ごろんと後ろを向いてしまった。そして、タオルケットを今度は抱きしめている。
もしかして、何かに抱きついていないと、寝れないとか?
「ん~~~」
あ、なんか寝言言ってる?
「ぎゅ~~~~」
あ、ぎゅ~~って言ってる…。面白いな~~。
時計を見たら、7時を過ぎていた。起こすべきか、このまま寝かせてあげるべきか。
「…。あれ?」
聖君は、突然、こっちを向いた。
「あ、いた」
?
「おはよう、桃子ちゃん」
「おはよう」
「あ~~、びっくりした。桃子ちゃんのこと抱きしめてるつもりでいたら、タオルケットだったから。桃子ちゃん、どこかに行っちゃったのかと思った」
「…」
私だと思って、抱きしめてたんだ。
「なんだ~。桃子ちゃんのこと抱きしめてる夢みてたのにな」
そう言うと、聖君は私のことを抱き寄せた。
「抱きしめてたよ、ついさっきまで」
「え?」
「腕どけたら、勝手にごろんって向こう向いて、タオルケットを抱きしめちゃったの」
「俺?」
「うん。それで、ぎゅ~~って寝言で言ってた」
「まじ?」
「あ、その前に目、覚ましてたよ」
「いつ?」
「ついさっき」
「起きてないよ、俺」
「やっぱり?目を覚ましてにやって笑って、桃子ちゅわわんって言ってたけど、寝ぼけてたんだ」
「俺、そんなこと言った?まじで?」
「覚えてないの?」
「うん」
わ~。やっぱり、寝ぼけてたんだ。
「可愛い」
私は聖君に抱きついた。
「可愛いの?そんな俺が?」
「うん!可愛い!ぎゅ~~~」
私も声に出して、それから抱きしめてみた。あ、なんか幸せ感じる。聖君は抱きしめられるがままになっている。
「あ、なんかこうやって、抱きしめられるのいいな~~」
聖君はそう言うと、しばらくそのままでいた。
「やっぱ、俺の方が甘えん坊かな」
そうぼそって言うと、聖君は私を一回ぎゅって抱きしめて、
「もう、起きよう」
と私の髪にキスをして、起き上がった。そして、またさっさと着替えて、さっさと部屋を出て行った。
ほんと、寝起きいいよね…。
その日は、聖君、私、お母さんとでのんびりと準備をして、菊ちゃんも10時に来て、和やかに時が過ぎていた。
だが、突然朱実さんから電話がきて、具合が悪くなり、お休みすると言ってきた。
「どうしましょうか。私、5時からどうしても、用事があって、4時半ぎりぎりまでならいられるんですけど」
菊ちゃんがそう言った。
「いいのよ、菊ちゃん。いつものように3時までで」
聖君のお母さんがそう言った。
「あの、私もいますし、大丈夫だと思います」
と私も言ってみたが、その意見にはどうも、聖君が賛成しないようだった。
「桃子ちゃんは、無理しちゃ駄目だよ。朝から店、手伝ってもらったんだし」
「そうよね。あまり無茶して、具合悪くなっても大変だし」
聖君のお母さんまでが、そう言ってきた。
大丈夫なのにな、って思うんだけどな。
「そういえば、日曜はあいてるみたいだったな~、彼女」
聖君のお母さんが、独り言のようにそう言うと、
「電話で聞いてみるわ、待ってて」
と誰に言うでもなくそう言って、リビングに行ってしまった。
「誰にだ?桜さんかな」
聖君がそう言いながら、テーブルセッティングをし始めた。菊ちゃんもリビングのお母さんを気にしながらも、キッチンで野菜を切り出した。私はスコーンを焼く準備をした。
「大丈夫だって。3時に来てくれるって言ってたわ」
「誰が?」
お母さんの言葉に、聖君が聞いた。
「藤井紗枝さんよ」
「え?もう来てくれるの?」
「パン屋さんは、平日だし、ここでの仕事を早くに覚えたいから、伺いますって」
「へ~~、前向きだな~」
聖君が感心していた。
「誰?その子」
菊ちゃんが聖君に聞いた。
「9月の平日の昼間、来てくれるようになった子」
「バイトの子?」
「うん。だから、菊ちゃん、9月になったら、もうお店の方の手伝いはいいからね。今までまじで、ありがと!」
聖君がにこって笑って、菊ちゃんにそう言った。
「あ、そうなの?大学始まるまで、手伝えたのに、いいの?」
「うん。だって、夏休みずっと手伝ってもらっちゃって、悪いしさ」
「いいのに、そんな毎日ってわけでもなかったし、大丈夫なのに」
「うん。でも、大学の勉強とか、デートとか、いろいろと用事あるでしょ?」
「デート~~?どうせ、しないよ、私らは」
「そうなの?なんで?」
「だって、大学行くようになったら、毎日顔あわせるんだしさ」
「え?会えないの寂しくないの?」
「ないない!付き合った当初ならまだしも」
「あれ?そんなに部長とは長いの?付き合い」
聖君が菊ちゃんに聞くと、
「う~~ん、長いよ。丸2年だもん」
と菊ちゃんは答えた。
「え?じゃ、俺らと一緒くらいだ」
聖君は、ちょっと驚いてそう言うと、
「2年もたつと、そんなにひんぱんに会いたいなんて、思わなくなるでしょ?」
と菊ちゃんに言われていた。
「え?!」
聖君は、目を点にして私を見た。そして無言で、しばらく見つめ合い、聖君はぼりって頭を掻いて、視線をそらした。
「今、見つめあってなかった?何何?」
菊ちゃんにその様子を見られたようだ。
「いや、俺ら、いっつも一緒にいるよなって思って」
聖君はぼそってそう言うと、恥ずかしそうに目を伏せた。
「一緒にいない時がないくらい、一緒にいるもんね~」
その横で、聖君のお母さんがそう言うと、聖君は赤くなり、
「う、うっさいな。ほら、早くランチの準備でもしろよ」
とお母さんに言って、またテーブルセッティングをしだした。
私も顔がほてっていたけど、黙ってもくもくと、スコーンを焼く準備をした。菊ちゃんは、ちょっと聖君をひやかした後、キッチンに戻り、お母さんと一緒にランチの準備にとりかかっていた。
「藤井さんってどんな人なんですか?」
菊ちゃんが聞いた。
「まじめそうな子よ。聖と同じ年の」
お母さんが答えた。
それにプラスして、聖君が好きなんですとは言えないな。きっと、聖君のお母さんはそのへんを、わかっていないのかもしれない。
「これからもずっと平日、出てくれるんですか?良かったですね。聖君も大学始まるし」
菊ちゃんがそう言った。あ、そうか。聖君が大学行ったら、ほとんど会わなくなるのか、その藤井さんと、聖君は。ちょっとほっとしたりして…。
心変わりはしないよって、聖君に言われてるけど、でも、気になっちゃうものは気になっちゃう。
スコーンを焼き始めると、お母さんが、
「桃子ちゃん、休んでいていいわよ。また忙しくなったら、手伝ってもらうかもしれないけど、今は大丈夫だから」
と言ってくれたので、私はリビングに行った。
ソファーに座っていると、クロが来て、私の足元で寝転がった。クロは最近、私がリビングにいるとやってきて、足元で寝転がっている。もしかすると、足をあっためてくれてるのかもしれない。
私がクロをなでると、嬉しそうに尻尾を振る。可愛いな~~。
聖君も、頭をなでると、喜ぶかな、もしかして。今度してみようかな。
私はその場にあった、式場のパンフを見たり、テレビをつけて、ドラマを観たりした。編み物の道具は家に置いてきたので、こういう時、めちゃくちゃ暇だ。
すると、メールがその時、やってきた。携帯を開くと、花ちゃんだった。
>久しぶり。元気?もう夏休み終わるけど、宿題終わった?明日にでも桃ちゃんの家で、宿題一緒にやっちゃだめ?
う。明日か~。どっちにしても、来てもらうと私の部屋に入ってもらうことになるし、そうすると、聖君と暮らしてるのばれちゃうし、駄目かもしれないな。
>ごめんね。今、聖君のおうちにいて、お店の手伝いしてるの。明日もお手伝いすることになるから、宿題は一緒にできないんだ。
これは、事実といえば、事実。うそはついてないもんな。いいよね。
>あ、聖君の家に、泊まりで行くかもって言ってたもんね。そういえば、桃ちゃん、貧血で倒れたっていってたのは、もう治った?
>うん。もう元気になったよ。
>良かった。じゃ、今度会うのは2学期かな。宿題は、メグちゃんに聞いてみるよ。あ、メグちゃんといえば、すっかり聖君ファンになって、一人でお店に行っちゃってるみたいだよ。
>え?知らなかった。聖君言ってくれなかった。
>話しかけたこともないし、多分、聖君、もうメグちゃんのこと、忘れてるんじゃないかな。ただ、見れるだけでいいらしいよ。
ひょえ。片思いでいいっていうパターン?昔の私みたいだ。
待てよ、私だったら、一人でなんて、とてもじゃないけど、来れそうもないから、私より、すごいってことだよな。
それにしても、2学期か。私学校行けるのかな。校長先生からはまだ何も、言ってきてないみたいなんだけど。
みんなに会えるのかな。いきなり、やめさせられるのかな。学校…。なんだか、それを考えると、覚悟はできているとは言え、寂しいな。
あ。それに、大学が始まると、こんなに年がら年中聖君と一緒にいられなくなるのか。それも、寂しいな。
お昼になり、お店がめちゃ混んできて、私もキッチンに行き、手伝った。ようやく、いろんな作業をぱっとできるようになり、私も役に立てているようだ。
でもまだまだ、聖君のようなすごわざにはかなわない。ものすごくスムーズに動いてるし、手際がいい。菊ちゃんも、手際が良くて、指示を出されないでも、的確に動いている。
「お待たせしました」
聖君がテーブルに、ランチのセットを持って行った。キッチンからその様子を見ていると、いつもの極上の笑顔と、流れるような、手さばき。お皿ひとつ置くのも、美しいんだよね。いろんなことに気配りしているなっていうのが、わかるんだ。でも、それが自然で、笑顔も自然なの。すごいな~。
キッチンに戻ってきても、笑顔は絶やさない。菊ちゃんや、お母さんにもそのままの笑顔で接する。たまに、聖君目当ての子に接した後、キッチンで、
「は~~」
って疲れたって感じのため息をついてるけど、それも一瞬。また、いつもの聖君に戻る。
聖君のお母さんも、愚痴や不満を言っているのを聞いたことがない。たまに、聖君と冗談言い合ったり、聖君をからかってることはあっても、やっぱり明るくて、優しいお母さんなんだよね。
それに、バイトやパートさんに対しての配慮も絶妙。お母さんはお店の全体が見えてるみたいだ。
聖君は、私がキッチンにいて、菊ちゃんがホールに行ってる時、接近してくる。ちょっと、混みあっているのが落ち着いていて、余裕がある時なんて、べったりとすぐ隣に張り付いている。聖君のお母さんもそれに気がついているようだけど、何も言わない。
時々、すんごく小さい声で、甘えることもある。
「あ~~あ、疲れちゃった。桃子ちゅわん」
と言われた時は、さすがにとっさにお母さんの顔を見てしまった。
気づいているのか、気づいていないのか、お母さんはまったくこっちを向かないで、洗い物とかをしている。その水の音で聞こえないだろうと、聖君はふんでいるのかもしれないけど、けっこう聞こえてるんじゃないのかな~。
「腹も減った」
と言って、私が切っていたきゅうりと、ミニトマトをぱくっと食べてしまう。さすがにその時は、お母さんがすかさず、
「聖、つまみ食いは駄目」
と怒るけど、聖君は、は~いって言ってベロをぺろって出すけど、また隠れて食べてしまう。
なんだか、子どもみたいで、ほんと可愛いな。お店で極上の笑顔で、爽やかにお客さんと接してる聖君とは、別人になるよ。
ごくたまに、キッチンで聖君と二人きりになる時があるけど、その時は、待ってましたとばかりに、聖君は、私の腰に手を回してきて、ほっぺにキスまでしてくる。
「桃子ちゅわん、スコーンのいい匂いがする。美味しそう」
「た、食べないでね、ここで」
「く~~~!食べたいけど我慢、我慢」
なんて言って、聖君は目をぎゅってつむる。うわ。可愛すぎる。胸キュンだ。なんで、こうやって、私をドキドキさせたり、胸をキュンってさせるんだろうな、この人は。
誰かが、キッチンに戻ってくると、さりげなく、私からすっと離れ、何かの作業をしているように見せかけるのも、聖君は得意なんだよね。でも、私の方は、真っ赤になっていたりするから、もしかすると、お母さんあたりは、勘付いてるかもしれない。だって、真っ赤な私を見て、小声で、
「あら…?」
とか、お母さん言ってるし。でも、そのあと、何も聞いてこないんだよね…。
「桃子ちゃん、聖、そろそろお昼食べてね。リビングで食べる?」
「うん、そうする」
「桃子ちゃんは、そのあと、休んでいてね」
「はい」
お母さんから、そう言われ、私と聖君はリビングに行った。今日は聖君のお父さんは、朝からいない。日曜だけど、何かの打ち合わせがあるようだ。
「は~~~~、疲れた~」
聖君はそう言うと、リビングにいたクロに抱きついた。クロは聖君の顔をべろべろ舐め、尻尾を振っていた。
いいな~~。私も聖君に抱きつきたいし、甘えたい…。
は!そうか。そう思った時に抱きついたり、甘えたらいいのか。う。でも、いきなり?どうやって?二人きりでいて、もうすでに聖君が抱きついてきていたり、いちゃついてる時には、抱きつけるけど、こういう場面でいきなり甘えることが、いまだにできない。
で、でも、聖君、甘えて欲しいって言ってたし、絶対に嫌がったりしないだろうし。よし!甘えてみよう!
私はクロに抱きついてる聖君の背後に回った。それから、抱きつく心の準備をした。ドキドキしながら、両手を聖君の方に持っていきかけた時、
「はい、ランチ、持ってきたわよ」
と、聖君のお母さんが来てしまった。
私は慌てて、手をひっこめた。
「サンキュー」
聖君はクロから離れて、ランチのセットを受け取った。
「聖、クロだけじゃなくって、桃子ちゃんも聖に、甘えたいみたいよ?ちゃんと甘えさせてあげたら?」
ぎょえ!やっぱり見られてた!
「えっ?!」
聖君がすごく驚いていた。
「なな、なんで?」
なんでお母さん、わかるのって言いたいらしい。
「ねえ、桃子ちゃん。聖が、クロにばかり抱きついてるんじゃ、寂しいわよねえ?」
聖君のお母さんはそう言うと、さっさとお店に戻っていってしまった。
「ごめん、桃子ちゃん」
聖君は頭をぼりって掻いて、
「もしかして、今、すんごく寂しがってた?それ、母さんにわかっちゃったのかな」
と、不思議そうにそう聞いてきた。
「ううん、私が聖君の後ろで、どうしようかなって、戸惑っていたからだと思う」
「へ?」
「でも、あまり気にしないでいいよ。ほんと、いいから」
「よくないよ。何?戸惑ってたって、何?」
「どうやって、甘えようかとか、抱きついていいものかどうか、躊躇してたっていうか、そこをお母さんに見られちゃったの」
「…」
聖君が目を丸くした。あれ?どうして、そんな反応?そんなに驚くことだった?
「桃子ちゅわんってば!」
「え?」
「もう~~。躊躇なんてしたり、戸惑ったりしなくていいから!思い切り、抱きついてきていいんだからさ!」
聖君はそう言うと、がばっと私に抱きついてきた。
「でも、可愛い。そんな桃子ちゃんも…」
そう言うと、しばらく私に抱きついていたけど、ぱっといきなり体を離し、
「あれ?まさか、俺が桃子ちゃんに甘えさせないでいるのかな。俺って、甘えづらい?」
と暗い顔をして、聞いてきた。
「ううん。そんなことない」
きっと、誰にでもそうなんだ、私。父にだって、母にだって、甘えられないもの。
「じゃ、甘えていいからね!いつでも、大歓迎!!」
そう言うと、聖君は私にチュッてキスをして、いっただきま~~すと、手を合わせ、ご飯を食べだした。
「いただきます」
私も、聖君の隣に座って、食べだした。
「うめ!」
聖君がまた、嬉しそうに目を細めた。それから、私を見ると、にこって笑う。
「やっべ~~!」
「え?」
「俺、今、めちゃ幸せ」
「うん」
ああ、その笑顔がまた、超可愛い~。私も幸せだ~。そんな私たちの隣でクロも、嬉しそうに目を半分開けて、尻尾を振っていた。