第30話 出会った頃から
トントン。杏樹ちゃんの部屋をノックして、聖君が、
「桃子ちゃん、いる?」
と聞いてきた。私はドアを開けた。
「今、飯、食い終わった。お風呂はいろっ」
「へ?」
「へ?じゃなくって、風呂」
聖君はそう言うと、私の手をとった。
「お兄ちゃん。桃子ちゃんとは私が一緒に入るよ」
「え?」
聖君は一瞬、杏樹ちゃんをぎらっと睨んだ。うわっ。こわ…。
「杏樹じゃ、桃子ちゃんがすべってこけた時に、助けられないだろ?」
「桃子ちゃん、そんなドジするわけないじゃない」
「昨日、足すべらせてケツ打ってた」
「え?」
「それに駅で捻挫とかしちゃうし」
「…」
杏樹ちゃんが黙り込んだ。
「そっか。助けられなかったら、お腹の子、大変だもんね。うん、お兄ちゃん、一緒に入ってあげたほうがいいよ」
あ。杏樹ちゃんも言い含められてる~。
いや、待てよ。もしかして、私ってそんなにドジに思われてるの?
じゃなくって、本当にドジなの?
聖君と着替えを持って、お風呂に入りに行った。今日もまた、聖君が先にとっとと入ってシャワーを浴びていた。
私はあとから、もそもそと服を脱ぎ、こっそりと入っていった。こっそりと入っても、関係ないんだけどね。
「体、洗ってあげようか?」
って入ったとたん、言われちゃうし…。
「いい。自分で洗う」
「ちぇ」
ちぇって何。ちぇって…。
聖君はさっさとシャワーで、石鹸の泡を流して、バスタブに入った。私はそのあと、体を洗い出した。
「そういえば、あの昼間に来てた子、9月からバイトに入るってさ」
聖君はバスタブで、私の方をじっと見ながらそう言ってきた。
「それ、お母さんから聞いた。それより、あっち向いてて。恥ずかしいから」
私がそう言うと、聖君はくるって後ろを向いた。あれ?今日はやけに素直。
「あ。駄目じゃん。これじゃなんのために、一緒に俺が入ってるんだか、意味なくなるよ。桃子ちゃんのこと守るためだったんだ」
聖君は、またこっちを向いた。
「椅子に座ってるし、ここではこけないから」
「じゃ、洗い終わったら教えてね」
「うん」
聖君はまた、後ろを向いた。
「聖君と同じ年なんだってね」
私は体を洗いながら、聖君に話しかけた。
「え?」
「バイトに来る子」
「あ~~。なんつったけな、名前」
「藤井紗枝さん」
「あ、そうそう。よくすぐに覚えられるね」
「うん。聖君は覚えられないの?」
「一回聞いただけじゃ、なかなかね」
「私の名前も?」
「え?」
「私の名前をはじめて聞いた時も、覚えられなかった?」
聖君はくるってこっちを向くと、
「すぐに覚えたよ。だって、桃子ちゃん、名前がぴったりだったから」
「え?」
「椎野桃子ですって言われた時、ああ、名前とぴったりの子だなって思ったんだよね。それ、今でも覚えてるよ、俺」
「そうだったの?でも、そんなこと一言も言ってなかったよ。むしろ私の名前なんか、興味ないって感じだったもん」
「俺が?」
「蘭や菜摘の名前には、興味持ってたのに」
「そうだった?」
「うん。私が椎野の椎っていう字を、葉君に聞かれて説明してたら、聖君、そっぽ向いてたよ」
「だって、椎野桃子って言われてすぐに、その漢字浮かんだから、教えてもらわなくても、わかっちゃたし」
「…」
そ、そうだったの?今の今まで、あの時、聖君は私になんて興味ないんだって思い込んでいたよ。
「……」
聖君がまた、私をじっと見ていた。
「あ、向こうを向いててってば」
「桃子ちゃん、色白いよね」
う。私が言ったことは無視?
「聖君が真っ黒なんだよ」
「桃子ちゃんの足、何センチ?」
「足?サイズのこと?23だけど」
「小さい」
「そうかな。女の子なら、このくらいでしょ?」
「杏樹、24あるよ」
「ひまわりも24あるけど…」
「やっぱ、小さいじゃん」
「…」
「身長は?伸びたよね」
「4月に測った時は、154センチあったかな」
「え?まじで?それ、けっこう伸びたんじゃない?」
「うん」
「……。可愛いよね」
「へ?」
いきなり何~~?
「さっきから、桃子ちゃんって可愛いなって思ってさ」
「…」
あわわ。顔がほてるよ。
「あ、真っ赤だ。すげ、胸のほうまで赤くなってるよ?」
「もう~~、見ないでってば。洗えないじゃん」
聖君はようやく後ろを向いた。私はさっさと洗って、石鹸を洗い流した。
「髪は洗ってあげるね」
聖君はそう言うと、バスタブを出てきた。
「自分で洗えるよ」
「いいよ。洗ってあげる」
う~~ん、結局は髪を洗ってもらう時、裸、見られちゃうんだよね。
「桃子ちゃん、髪、伸びたね。どこまで伸ばすの?」
「もうちょっとしたら、切るよ」
「そうなの?」
「長いと、収拾つかなくなるもん」
「最近また、ポニーテールだよね」
「暑いから」
「あ、そっか~」
駄目だ。聖君の手、優しいんだもん。とろけちゃいそうだ。それに、ドキドキしてる。
「桃子ちゃんのうなじ、色っぽいよね」
「へ?」
うわ。何をいきなり言ってるの~~。
「肩の幅は小さいね」
「なで肩だから」
「あ、そうか~」
シャンプーが終わり、リンスもしてくれて、私は聖君と場所を交代した。
バスタブに入って、聖君を見ていた。今日もまた、豪快にわしわしと髪を洗っている。
途中で手を止めて、聖君がこっちを見た。
「なんだ。桃子ちゃんだって、俺のこと見てるじゃん」
ああ。ばれた。私は慌てて、後ろを向いた。ついセクシーで見とれてしまってた。
聖君はさっさと髪を洗い終え、バスタブに入ってきた。そしてまた私の後ろに回りこみ、後ろから抱きついてきた。
「桃子ちゅわわん」
そう言って、首にキスをしてくる。わ~~~、くすぐったいよ。
「藤井さんって、聖君のこと好きだよ。どうするの?」
「どうもしないけど、なんで?」
「どうもしないの?」
「うん。俺には奥さんがいますって言って、おしまい」
「え?結婚してるって言っちゃうの?」
「そのうちね。今はまだ言えないから、彼女がいますって言うしかないけど」
「…」
「心配してるの?」
「ううん…」
聖君はぎゅって抱きしめていた腕に、力を入れた。
「大丈夫だよ。心変わりはしないから」
「うん」
杏樹ちゃんの言葉を思い出していた。お兄ちゃんがお姉ちゃんを、嫌いになるわけないじゃんっていう言葉…。
「聖君、大好きだからね」
聖君の腕に私の手を重ねて、そう言った。聖君は私の首にまたキスをした。
「俺も、愛してるよ」
ふわ…。聖君の優しさに包まれる。
お風呂から出て、2階にあがった。聖君が部屋でパソコンをいじりたいと言うから、聖君の部屋に入った。そして、ベッドに座り、二人で髪を乾かしあいっこした。
それから聖君は机に向かうとパソコンを開き、デジカメのデータを移していた。
「今日、海で撮った写真、日記に貼ろうと思って」
聖君はそう言うと、写真を2~3枚プリントアウトした。
「お父さんと一緒に写ってるね。あ、葉君とも撮ったの?」
「うん。凪も生まれたら、一緒に海に行こうって書くんだ」
「…いいね、それ」
「あと、これも」
もう一枚、写真が出てきた。
「あ!私が昼寝しちゃった時の?」
ひどい!いつの間に?あ、あの時だ。私に思わず、キスしちゃったって言ってたあの時。
「可愛いでしょ?」
「こんなの貼ったら嫌だよ」
「なんで?可愛いじゃん」
「可愛くない!」
「ちぇ~~。じゃ、貼らないけど、俺が持っておこうっと」
そう言うと、聖君は、机の引き出しを開けた。ちらりと覗くと、何枚か写真が入っていた。
「あ。それ、全部、私の?」
「うん!」
聖君は嬉しそうに、写真を閉まった。
「俺のコレクションね」
「ええ?!」
「たまに休憩の時、見てるんだ」
「…」
「受験の最中も、しょっちゅう見てた」
「私の写真を?」
「うん。だって、会えなかったじゃん」
うそ。ひょえ~~。聖君が、そんなことしてたなんて、信じられない。
「めちゃくちゃ、会いたかったんだよね、受験勉強してた時。桃子ちゃん、電話もくれないし、メールもくれないし、すげえ寂しかったな」
え~~~~!!!
「桃子ちゃんが風邪引いて、店に来なくなった時も、俺、へこたれたのなんのって」
「そうだったの?」
「そうだよ。会いたいよってメールしたじゃん、俺」
「う、うん」
そうか。ああいうの、本気のメールなんだ。聖君に遠慮して、あの頃メールしなかったけど、聖君はメール、ほしがってたんだな~。
ベッドに座って、にこにこしながら日記を書いている聖君を見ていた。聖君って、どれくらい私のこと好きなんだろうか、なんて考えながら。
前に言われたことがある。桃子ちゃんが思ってる以上に、俺、桃子ちゃんのこと好きだよって。
ああ、そういえば、俺の想いの方が強い?温度差がある?俺ってうっとうしい?って聞かれたこともあったっけ。あれは、幹男君に抱きつかれていたところを、見られちゃったあとだ。
温度差?そんなのあるわけがない。それにうっとうしいと、思うわけもない。それどころか、聖君が私をそんなに好きだってこと、信じられないくらいだったし。
でも嬉しかった。そう言ってもらえたのは、本当に嬉しかった。
だけど、今でも私の想いの方が上かもって思ってしまうのは、なんでかな。自信の無さかな。それとも、それだけ好きってことかな。
「あのね、杏樹ちゃんは聖君が、クールだった頃の方が好きみたいだよ?」
「え?何、突然」
聖君がこっちを向いた。
「さっき、杏樹ちゃんの部屋で、そんな話をしていたの」
「クールな俺って?」
聖君は椅子から立ち上がり、隣に座ってきた。
「女の子にクールだったって。お客さんにも、愛想はいいけど、一線を引いていて、ここから先は入れさせないみたいな、そんなクールさがあったって。それがかっこよかったんだって」
「俺?」
「でも今は、女の子にでれでれだから、嫌なんだって。私にも聞かれちゃった。でれでれでのお兄ちゃん、嫌にならないかって」
「え?!」
「嫌にならないって答えたけど。そうしたら、驚いてた」
「…」
聖君は黙り込んだ。
「最初の頃は、あんなでれでれじゃなかったでしょって、聞かれちゃった」
「最初?出会った頃ってこと?」
「うん。もっとクールだったでしょって。でも、聖君、はじめから優しかったよね?」
「え?」
「花火大会ではぐれた時も、すごく必死で探してくれたし、下駄の鼻緒ですりむけた足も、心配してくれたり、おんぶしてくれようとしたり」
「ああ、そうだったね」
聖君はちょっと、昔を思い出すように、目線をあげた。
「それに、海で沖に一人で残されちゃった時も、すごい速さで泳いで戻ってきてくれたし」
「うん、そうだったよね」
「ね?優しかったよ。それに、私の声、小さかったのに、耳を傾けて聴いてくれた」
「そりゃ、無視するわけにもいかないし」
「でもいつも、いつの間にか、すぐそばに来てて、私の声、聴いてくれたよ」
「…そうだね。そうだよね、そういえば」
聖君はそう言ったきり、黙り込んで何かを考えていた。
「杏樹、他にもなんか言ってた?」
「え?」
「俺のこと。一線を引いてるってこと以外にも」
「女の子に対して?えっと、壁を作ってるとか、冷めてるとか言ってた。好きな子にですら、そうしてたって」
「ふうん…」
聖君は気の無い返事をした。そしてまた、どこかを見つめて考えている。
「あいつ、よく見てるな、そういうの」
「自分やお母さんと接するのと、明らかに違うから、わかってたみたいだよ」
「俺が?」
「うん」
「…そうかもな」
「え?」
「俺、トラウマあって。中学くらいからかな。女の子ってどう接していいかわかんなくなったんだよね。なんつうか、怖いっていうか。何考えてるかわからないっていうか」
「…トラウマ?」
「集団だと特に怖い。けっこう責められたりもしたし、女の子に優しくしたら責められて、仲良くしても、責められて」
「なんで?」
「自分に気があるって思われちゃうみたいで。あとで、付き合ってって言われた時、ふっちゃったら、けちょんけちょんに言われたり、泣かれたりしたからさ。なんか、仲良くするのも、優しくするのも、怖くなったんだよね」
「そうだったんだ。もてちゃうのも、大変なんだね」
「…うん。だからかな。いつの間にか、女の子に対して、防御反応ができたって言うか、これ以上は近寄らせないって、そんな線を引いてたかもしれないな、自分のほうから」
「…」
「っていうかさ、俺のほうが近寄らないようにしてたかもな」
「そうなんだ」
「好きな子に対してもそうかな。何を話していいかもわかんなかったし。あ、聖君って、つまらないって言われちゃったのも、けっこう俺、傷として残ってたのかな」
ああ、中学の時に付き合ってたっていう子…。
そうだよね。聖君だって、そんなこと言われたら、傷ついて、そのあと女の子と付き合うの、怖くなっちゃうよね。
「だから、別にクールなわけじゃないんだ、本当は、単なる怖がりってだけで」
「え?」
「傷つくのも、責められるのも、傷つけるのも、怖いんだよ。だから、深入りしないよう、近づかない、近づかせない。あれ?結局俺も一緒か。桐太とさ」
「え?」
「桐太の場合は、本気にならないで、遊ぶって方を選んだわけだけど。俺の場合は、本気にならないように、近づかないように、自分で制御してたんだ…。一緒だよね。結局は俺自身が、傷つきたくなかったんだ」
「……でも、私、そんな壁も、クールさも、感じたこと無いよ?」
「うん、そうだよね。それ、俺も今、思い返してたんだけど、桃子ちゃんには最初から、一線も引いてなきゃ、怖がったりもしなかったなって思ってさ」
「あ、それを考えてたの?」
「うん。どうしてだったんだろうなって。でも、もしかしたら、桃子ちゃん、声小さかったし、そばによらないと聞こえなかったし、それで、知らぬ間に、桃子ちゃんのすぐそばまで俺、行っちゃってたんだなって思ってさ」
「え?」
どういうこと?
「他の子は、そんなに近寄らなくても会話ができる。だから、相手との距離をとることができる。これ以上は近づかないとか、近づかせないとか、そんな線を引くこともできる。でも、桃子ちゃんとは距離がとれなかったんだ。きっと最初から」
「取れなかった?」
「うん。距離取る前に、ぐぐって近寄っちゃったんだ。きっと」
「私に?」
「そう。そうしたら、あったかかった」
「え?!」
「怖がる必要もなかったし、構える必要もなかった。あったかくって、最初から、俺、桃子ちゃんのすぐそばに平気でいられたんだ」
「……」
「そっか~。そうだよね、今頃俺、それに気がついたよ」
「私のそばってあったかいの?」
「うん…。それにも最初の頃には、気づけなかったんだな、俺」
「菜摘が好きだったから?」
「…どうかな。菜摘は元気がよくって、見ててきらきらしててまぶしかった。きっと恋してるって俺、思っちゃったけど、近づけなかったよ」
「どうして?」
「警戒して。本当の自分も出せなかったし」
「…私には?」
「最初から、素の俺でいられたよね。そういえば」
「そうだったの?」
「俺、覚えてるよ。すごく印象に残ってるんだ。あの花火大会で、桃子ちゃんが最後の花火なのに、俺のこと見てた…」
「ああ、あの時。聖君に見とれてたから」
「あはは。俺、まさか俺に見とれてるって思ってなかったし、どうして花火を見ないで、俺を見てるんだろうなって思ったんだよね。でも、すぐ隣に桃子ちゃんがいて、俺のこと見てて、俺は花火見てて、それだけなんだけど、あの時、すごく優しい気持ちになってて」
「え?」
「花火もきれいだったし、横にいる桃子ちゃんも、なんかあったかかったし」
「私?」
「うん。あの時、それに気づいてなかったな。もう癒されてたのにな、俺」
「私に?」
「うん」
癒されてた?
「あのあと、桃子ちゃんとはぐれて、俺、まじであせったんだ。後ろにいるだろうって思ってた桃子ちゃんが、振り返ったらいなかったから。すげえあせって、みんなに言って、あわてて探しまくって」
「…」
「なんで、ちゃんとずっとそばにいなかったんだろうとか、今頃心細くて、泣いてないかなとか、変なやつに連れて行かれてやしないかなとか、あれこれ考えちゃって、顔面蒼白で必死で探した」
「そうだったの?知らなかった」
「なんか、男と一緒にいたじゃん」
「あ。声をかけてきたんだっけ、あの時」
「俺、やべえってあせったよ。桃子ちゃんに手、出すなよって」
「え?」
「あの時、すげえ大事だって思ったんだ」
「私のこと?」
「うん、とっさに思ってた。守らなきゃって。不安そうな顔の桃子ちゃんも、俺を見て、すげえ安心した顔をした桃子ちゃんも、今でも鮮明に覚えてる。だから、海でも、桃子ちゃん一人で沖に置いてきちゃって、あわてて引き戻した。やべえ、今頃泣いているかもとか、また変なやつにからまれてないかなとか」
「…すごい速さで泳いできてくれたよね」
「うん、あの時も、必死」
「…」
「そっか。俺、もうあの頃から、桃子ちゃんが大事だったんだな~」
「…」
ああ。信じられないこと言ってる。聖君。
「責任感かと思った」
「え?」
「花火大会。私のこと忘れて、さっさと葉君たちのところに行っちゃったから、置いていった責任感だけで、必死になってくれたんだと思ってた」
「責任?」
「私のこと、置いてくくらいだから、別にどうも思ってくれてないなって、そう感じてたし」
「俺が?」
「うん」
「…」
「海でも、花火大会のことがあったから、それで戻ってきてくれたんだって思ってた。やっぱり、責任感で」
「何の?」
「何のって、わかんないけど」
「葉一もいたし、基樹もいた。あいつらに頼むこともできたけど、俺、とっさに動いてたよ。我先にってさ」
「…」
「もう頭で考えるよりも、先に行動してた。そういえば、あの時、菜摘のこと好きなのに、桃子ちゃんのことしか、頭に無かったよな」
「え?」
「なんだか、必死だったもんな。桃子ちゃんがいないってだけで、俺、必死」
「…」
「海でもね、俺が行ったら、桃子ちゃん、すげえほっとした顔したんだ。ああ、良かったって思ったよ。その顔を見て、俺のほうがほっとした。桃子ちゃんのところに行くまでは、やべえ、離れなきゃよかった、また、やっちまったって思ってた」
「…」
「そうか。やっぱり、あの頃から、俺、桃子ちゃんのそばにいたいって、思っていたんだな。すげえな。それに気づかない俺、かなりの間抜けだね」
「え?」
「でも、途中でちゃんと気づけて良かったよ。俺、桃子ちゃんのこと好きで、大事だって、まじで気づけて良かった」
「聖君?」
「ん?」
「本当に、あの頃から、大事に思ってくれてたの?」
「みたいだね」
聖君はにこりと笑うと、ぎゅって抱きしめてきた。
「すんげえ、好き!」
「え?」
「そっか~。桃子ちゃんも俺に出会ってすぐに恋に落ちてたけど、俺もなんじゃん」
「え?え?」
「桃子ちゃんのあったかいオーラに、俺、あの頃から、無意識のうちに、まいっちゃってるんだよ」
「…私の?」
「うん。きっと心の奥底で、このあったかい空気の中に、ずっといたい、そばにいたい、離れたくないって、思ってたんだよ。だから、そばから離れると、必死だったのかもしれない」
聖君の言葉、一つ一つが信じられなかった。あの時、片思いしてた。完璧、片思いで、なにも思われてないと思っていたのに、違ったの?
「ぎゅ~~」
聖君はまた、口に出してそう言うと、私のことを抱きしめた。
「やっぱさ、運命的な出会いだったんだね。出会うべきして出会ったんだよ、俺ら」
って、そんな可愛いことを言ってくれた。ああ、聖君、可愛すぎるよ。私も、思い切り聖君を、抱きしめた。
そうか。今頃私も気がついたよ、聖君。あの頃から、聖君は優しくて、私を大事に思ってくれてたんだ。何かあると、すぐに助けに来た。私のヒーローだったんだね。