第29話 成長してる私
いつの間にか、私も聖君と一緒に寝ていたようだ。妊婦って、やたらと眠くなるって、誰かが言ってたけど、本当かも。横になるとすぐ寝ちゃうような気がする。
4時半、聖君の携帯のアラームがなった。と言っても、私の声だ。
「聖君、起きて」
わ!私の声が聞こえる!と私がびっくりして、起きてしまった。
「ん~~~、起きなきゃ」
聖君はそう言うと、枕の下の携帯を手にしてから目を覚まし、私を見た。
「あ。びっくりした。本物が横にいたんだっけ」
「え?」
「今まで、休憩中に寝ちゃうとき、桃子ちゃんの声で起されていたから。今日もそのつもりになってた」
「…私の声で、起きてたの?」
「うん。それにイルカに抱きつきながら、桃子ちゃんに抱きついてる気になって寝てたよ、いっつも」
聖君はそう言うと、私の頬にキスをして、さっと起き上がった。
「あ~~、よく寝た。これで、どうにか、夜まで持ちそう」
そう言うと、エアコンのスイッチを切り、
「桃子ちゃんも下に行くでしょ?」
と聞いてきた。
「うん。下に行く」
私は聖君のあとに続いて、一階におりた。リビングでは、杏樹ちゃんがケーキを食べていた。
「何?そのケーキ」
「さっき、お客さんが持ってきたの。お兄ちゃんのファンの子みたい。まだ、多分いるよ。ご家族でどうぞって言うから、食べちゃった」
「俺のと桃子ちゃんのはっ?!」
「冷蔵庫に入ってるよ。そんなに慌てなくたって大丈夫だってば」
杏樹ちゃんは、ちょっと呆れている。
「桃子ちゃん、そこに座ってて。俺、もらってくる」
聖君は、そう言うとお店に行った。
「ケーキ持ってきたの、高校生か、大学生か、わかんないけど、たまに来るお客さんだよ」
杏樹ちゃんが教えてくれた。
「そうなの?」
「旅行のお土産も、たまにくれるし。お兄ちゃん、前はそういうの受け取らなかったんだけど、最近は受け取るようになっちゃったから、いろいろと持ってくる人、増えたんだよね」
「そうなんだ」
「バレンタインとか、大変なことになりそうだな~」
「そうだよね」
「あ。でも、大丈夫。お兄ちゃん、桃子ちゃん一筋だし。あ、桃子ちゃんじゃないね。お姉ちゃんだね。えへへ。なんか照れくさくって、まだ呼べないや」
杏樹ちゃんは、ちょっと恥ずかしそうに笑った。
「お待たせ、桃子ちゃん。あ、またホットミルクだけどいい?」
聖君は、ケーキを二つと、ホットミルクとコーヒーを持って、やってきた。
「うん、ありがとう」
聖君は、私の隣に座り、
「いっただっきま~~す」
と嬉しそうに、食べだした。
「あ、うまいじゃん」
私も、ケーキを食べた。スポンジがやわらかくて、美味しかった。
「お兄ちゃん、これ持って来た人に会った?」
「うん。今、お礼言っておいた」
「いいの~?お兄ちゃんのファンだよね、どう見ても」
「ん~~~~。いつも二人で来るけど、今日は一人だったね」
聖君は、特に気にせず、ばくばくと食べている。
「いっときに比べたら減ったけど、まだまだ来るよね、お兄ちゃん目当ての人」
「桃子ちゃんと結婚してるってわかったら、もっと減るよ」
「まだ、それ秘密にしておかないとならないの?いったいいつまで?」
「夏休みが終わって、桃子ちゃんの学校がどう対処するかがわかるまで」
「まだわかんないの?」
杏樹ちゃんが私の方を見て、聞いてきた。
「まだみたい」
私が答えると、杏樹ちゃんはちょっとため息をついた。
「友達にもまだ、言えないんだよね。私なんて彼氏にだって言ってないんだよ。早くお姉ちゃんができたって、自慢したいのにな」
「ひまわりちゃんも、友達に自慢したいらしいけど、なんで?」
「なんでって、だって、嬉しいんだもん」
「そうなんだ」
「桃子ちゃ、じゃなくって、お姉ちゃんだって、友達に結婚したこと、自慢したいでしょ?」
「私?」
声が思わず、裏返ってしまった。
「したくないの?」
杏樹ちゃんに聞かれた。
「えっと…。聖君が彼氏だっていうだけで、すんごい反響だったから、結婚したなんて知れたら、もっとすごいことになりそうで、ちょっと怖い」
「へ~~、お姉ちゃんの友達、お兄ちゃんが彼氏だっていうだけでも、そんなにさわぐんだ」
さわぐなんてもんじゃない。車で迎えに来てくれたときなんて、どれだけの人が羨ましがって見に来たことか。
「うまかった。さ、仕事してくるか~」
聖君は、お皿とマグカップを持って、立ち上がった。
「お兄ちゃんは、まったく、どうでもいいみたいだよね」
「え?何が?」
聖君が聞き返した。
「結婚したこと、みんなに言いたくないの?」
「俺?言いたいし、自慢もしたいし、のろけまくりたいよ?」
「そう~~?」
「でも、結婚して一ヶ月たったし、落ち着いてきたかな。結婚した当初はもっと、聞いて聞いて~ってしゃべりまくりたかった」
「そうだったんだ。あ、そういえば、毎日にやついてたっけね。そっか~。ひと月して、落ち着いちゃったんだ」
「でもまだ、新婚だしラブラブだけどね。ね?桃子ちゃん」
聖君は私の方を見て、にかって笑った。
「ら、ラブラブって」
私は真っ赤になってしまった。
「そんなのわかってるよ、一緒にお風呂はいるくらいだもんね」
杏樹ちゃんにそう言われ、私はもっと赤くなってしまった。
「あはは!桃子ちゃん、照れてる!」
聖君は笑いながら、お店に行った。
「いつも、ああやって、私、からかわれてる…」
ぼそって私がそう言うと、杏樹ちゃんに、
「だって、お姉ちゃん、可愛いんだもん。お兄ちゃんの気持ちもわからなくもないよ」
と、そんなことをいきなり言われた。
「え?」
「すぐに真っ赤になるし、お兄ちゃんがついからかっちゃうの、わかる気がするな。もし私が桃子ちゃんの彼氏なら、やっぱり、わざとからかって、真っ赤になってるのを見たいかも」
「…」
さすが、兄妹だ。その感覚…。
夜になり、パートさんと聖君に店を任せ、聖君のお母さんはリビングに来た。夕飯をお父さん、杏樹ちゃん、お母さんと一緒に食べ、少しお母さんはのんびりしていた。
「そうそう。9月からの昼のバイトの子が決まったわよ」
聖君のお母さんがお茶をすすりながら、お父さんにそう言った。
「へえ。いつから来てもらうの?」
「8月いっぱいで今の仕事が終わるらしいから、9月になったら、すぐにでも来てもらおうかと思って。いい加減、麦ちゃんや、菊ちゃんに頼んでいるのも悪いじゃない?」
「そうだね。聖のサークルの仲間ってだけで、ずっと手伝っててくれたんだもんね」
聖君のお父さんは、クロの背中をなでながらそう言った。
「昼間、食べに来ていた女の子ですか?」
私がお母さんに聞くと、
「そう。高校生かと思ったら、聖と同じ年だったわ。藤井紗枝ちゃん」
と、にこりとしてそう言った。
「平日の昼間、働けるの?」
杏樹ちゃんが聞いた。
「フリーターなんだって。でも、なんか他にも仕事してるって言ってたな」
「ダブルワーク?大変だね」
聖君のお父さんがそう言った。
「そっちの方は、依頼があったらするみたいよ」
「依頼?」
杏樹ちゃんが不思議そうに聞いた。
「オーラソーマって言ってたわよ」
「あ、知ってる!それ!その人できるの?」
「杏樹も、知ってる?あれでしょ?いろんな色のボトルで占いをするんでしょ?」
聖君のお母さんが杏樹ちゃんに聞いた。
「私も、お店で見たことあります。占ってもらったことはないんですけど」
私もそう言うと、聖君のお父さんだけが、
「何?それ。色で占い?カラーセラピーみたいなもの?」
と聞いてきた。
「説明が難しいから、今度本人から聞いてみたら?紗枝ちゃんのホームページがあって、そこにたまに依頼があるらしいわよ。だいたい、土日で受けてるみたいだから、平日はバイトしてるんですって」
「なるほどね~」
聖君のお父さんが、相槌をうった。
「今は、パン屋さんでバイトしてるらしいけど、8月で閉店しちゃうんだって」
「あれまあ、じゃ、ちょうど次の仕事を探さないとならなかったわけだ」
そうか。バイトするって決まっちゃったんだ。ああ、なんだか複雑。
「私、占ってもらおう~~」
杏樹ちゃんがそう言った。
「お金取られるわよ。ああいうのって高いんでしょ?」
聖君のお母さんが、杏樹ちゃんにそう言った。
「あ、そうか~。いくらくらいするのかな」
「なんてね、私もちょっと興味あるんだけどね」
聖君のお母さんも嬉しそうに言った。
「何を占ってもらいたいの?くるみ」
聖君のお父さんが聞いた。
「そうね~~。恋愛のこととか?」
「え?!」
「くすくす。うそよ、うそ。恋愛のことなんて今さら占ってもらっても、しょうがないじゃない」
「しょうがないってなんだよ、しょうがないって」
「あ、もしかしたら、すでに運命の人に出会ってて、その人と結ばれていますって言われるかも~~」
聖君のお母さんが、声を弾ませてそう言うと、聖君のお父さんは、
「そんなの、占ってもらうまでもないじゃんか。だって、すでに出会ってるって、くるみはわかってるんだからさ」
と、ちょっとすねた感じでそう言った。
「ふふ。運命の人じゃなくって、天使に出会っちゃってますって言われたりしてね?」
「え?誰それ。あ、俺?」
聖君のお母さんの言葉に、お父さんがちょっと顔を赤くして聞いた。
「そうよ、爽太よ。18年前、あ、もう19年前になるのかしらね」
「江ノ島の海で?」
「そう。海で…」
う。なんだか、二人が見つめあって、二人の世界を作っている…。
「羽はえてたもん、あの時の爽太」
「はえてないって。それに頭にワッカもないよ」
「でも天使に見えたもの」
「くるみは迷い子みたいだったよ」
「迷い子?」
「そう、迷い子。自分の居場所を忘れてしまった、迷子の天使」
「…本当に迷子になってたよね、あの時。でも、自分の居場所を見つけ出せたんだ」
「ここ?れいんどろっぷすがそう?」
「ううん。爽太の隣」
聖君のお母さんはそう言うと、聖君のお父さんの腕に、自分の腕を絡ませた。
うわ。うわわ。私、ここにいていいのかな~。
「お姉ちゃん、私の部屋に行く?これ、始まると長いよ」
杏樹ちゃんがそう言って、立ち上がった。
「う、うん」
私も立ち上がった。た、助かった。
「あら、ごめんね。桃子ちゃん。つい二人の世界になっちゃった」
聖君のお母さんが謝った。
「あ、ごめんごめん」
聖君のお父さんも、頭を掻いた。
私と杏樹ちゃんは、杏樹ちゃんの部屋に行った。杏樹ちゃんは、
「呆れたでしょ?今までお姉ちゃんがいる前では、あんなにいちゃつかなかったけど、もっといちゃついてる時もあるんだよ」
とベッドに座りながらそう言った。
「そうなの?!」
「夜、のどが渇いてお店のキッチンに行ったら、お店でピアノのジャズをかけて、二人で飲んでいたことがあって、お父さん、お母さんの後ろから抱きしめてた」
ひょえ~~。
「思い切り、二人の世界だった。お店の照明も落としていたし…」
「そ、そうなんだ」
「お兄ちゃんも、二人がいちゃついてるの、何回か目撃したことあるけど、子どもの前でいい加減にしてくれとか、こんな夫婦には絶対にならないとか、言ってたんだよね。なのに今、お姉ちゃんにべったべただもんな~~」
「…」
う。何も言えない…。
「あんなにいちゃつかれて、うっとうしくない?」
「え?!」
「お兄ちゃん」
「う、うん。うっとうしいって思ったことないけど」
「ふうん」
杏樹ちゃんは、納得しないような顔をしていた。あ、この「ふうん」聖君に似てる…。
私、抱きつかれても、甘えられても、嬉しいんだもん。全部聖君、可愛いし。
なんて杏樹ちゃんに言ってもな~。呆れられちゃうだけだろうな~。
それにしても、本当に聖君のご両親は、仲がいいんだ。驚きだ~。
それからしばらく、杏樹ちゃんと話をしていた。彼氏の話や、受験が終わったら、バレンタインのチョコを作りたいって話を。
「お姉ちゃん、手伝ってもらってもいい?」
「うん、いいよ」
「やった!」
「でも、お母さんに言っても手伝ってくれると思うよ。そういうの絶対に、喜んでしてくれそうだよ?」
「え~~。お母さん、きっと張り切り過ぎちゃうもん」
「え?」
「それにやたらと凝ったものとか、作らされそう…」
「そうなの?」
「うん。私、シンプルなのでいいんだ。型に流し込むだけので」
「そうなんだ」
「なんか、あまり凝ったものって、引いちゃいそうじゃない?」
「そうかな」
「私、あまり重い女って思われたくないんだ」
「…」
なるほど。杏樹ちゃんは杏樹ちゃんで、いろんな思いがあるんだな。
「お姉ちゃんは羨ましいな」
「へ?」
「お兄ちゃんにあんなに愛されてて」
私は真っ赤になってしまった。
「でででも、聖君、杏樹ちゃんのことも」
「ああ、いいの。お兄ちゃんにじゃなくって、彼氏に愛されたいの、私は」
「へ?」
「難しいよね。あまりこっちが好きだってなっちゃうと、逃げちゃうって言うか、向こうが嫌になっちゃうじゃない?」
「そうかな?」
「べたべたされるの、好きじゃないみたいなんだよね」
「…そうなのかな」
「そういうところがいいんだけど、でも、難しいな」
「…嫌われるの、怖いよね」
「うん」
杏樹ちゃんは、小さくうなづいた。
「お姉ちゃんも、そういう思いしたことある?」
「私はいっつもそう思ってる」
「え?!お兄ちゃんから嫌われるの怖いって?」
「うん」
「ひょえ~~。お兄ちゃんが、お姉ちゃん嫌うことなんて絶対にないよ。ありえないや」
「え?!」
「その逆は、あるかもなって思ってたけど、私」
「ええ?」
私が聖君を嫌いになるってこと?それこそありえない。
「だって、お兄ちゃんの思いって、重くない?」
「全然!」
「あんなに一途で、健気で、いっつも桃子ちゃん、桃子ちゃんって言ってるんだよ?あんなにいっつも、そばにひっついていられたら、嫌にならない?」
「ぜ、全然。重いと思ったこともないし、嫌になったこともないよ」
「お兄ちゃんのどこが好きなの?」
「ぜ、全部…」
「嫌なところ、本当にないの?」
「ない…」
「信じられない」
杏樹ちゃんは呆れた。
「そうかな。めちゃかっこいいし、優しいし。杏樹ちゃんにとっても、自慢のお兄さんなんじゃないの?」
「そうだけど。私、もしかしたら、クールな人がいいのかもしれない。お兄ちゃんって、前は女の子にクールだったじゃない?ああいうところ、けっこう好きだったって言うか、そういうところが、かっこいいなって思ってたから」
「そうなの?」
「すんごいモテルのに、寄せ付けないところ、すごいなって思ってたんだよね」
「そっか」
「女の子にでれでれになってるのって、どうも、お兄ちゃんじゃないみたいで」
それ、もしかして、私といるときの聖君?
「そんなお兄ちゃん、なんか、ちょっとショックって言うか。だから、そんなお兄ちゃんを見て、お姉ちゃん、嫌にならないかなって思ってたんだよね」
「そ、そうなんだ」
「だって、お姉ちゃんも、あんなでれでれだって知らないで、好きになったんでしょ?はじめは、お兄ちゃんもああじゃなかったでしょ?」
「うん。全然違ってたよ。特に誰か、友達がいたりすると、友達とばかりさわいじゃって、ほっとかれてたし。あれはあれで、かなり寂しかったけど…」
「え?ほっとかれてたの?」
「うん」
「今は?」
「今?今は…。たとえば、菜摘や葉君といても、すぐそばにいてくれるかな」
「変わったんだね、お兄ちゃん」
「うん」
「そっか~~。クールなお兄ちゃんを、お姉ちゃんが変えたのか~~」
「そんなに、はじめもクールじゃなかったよ?」
「え?」
「優しかったよ。花火大会ではぐれた時も、下駄の鼻緒で怪我した時も、海で一人、ぽつんとなってた時も、いつも聖君が助けてくれた」
「付き合ってすぐのころ?」
「付き合う前の話」
「そうなの?」
「うん」
「お姉ちゃんは、その頃から特別だったのかな」
「そんなことないよ。誰にでも優しいよ」
「ううん。お客さんには笑顔だし、愛想もいいけど、でも、一線を引いてたよ、いつも。ここからは入ってくるな、みたいな線を引いてた。私の友達にも、一見愛想いいんだけど、距離を必ずおいていたし、誰かが困っていても、見てみぬふり、平気でしてたし」
「え?」
「冷めてたんだ。本当に仲良くなった男友達は大事にしてるなってわかってたけど、女の子には本当に冷めてたの。好きになった子ですら、近づかないで、どっか距離を置いてるっていうか、壁を作って接してる感じだったから」
「そういうの、わかってたの?杏樹ちゃん」
「うん。わかるよ。私や、お母さんに接するのと明らかに違うんだよね」
「杏樹ちゃんには、壁なんて作ってないもんね」
「うん。だから、お姉ちゃんのことはきっと、会った時から壁、作ってなかったんじゃないかな」
私は、会ってからのことを思い出していた。蘭ちゃんと馬鹿やってた聖君。馬鹿はしてるけど、基樹君たちとふざけあってるのと一緒で、友達以上はならないようにって、線を引いてる感じはあったかもしれないな。
菜摘にはいつも、話してもどっか、話がずれてたり、ちょっと何を話していいかわからないって感じもあったっけ。
私のことは、まったく眼中になしって感じだったけど、でも、花火を見ていた時、すぐ隣で話しかけてきた聖君は、私の声が小さかったのもあるけど、本当に、すぐ横にいた。私の言う言葉を、耳を傾けて聴いてくれた。
私がみんなとはぐれた時、本当に必死になって探してくれた。足を下駄で痛めてるのを知った時には、おんぶまでしてくれようとしてた。
海で、一人になった時も、すごい速さで泳いで戻ってきてくれた。
ああいう聖君を見て、私はいっつも聖君に迷惑をかけてばかりだって思ってた。だけど、聖君はそれを、迷惑だって思ったこと、一回もないみたいだった。
あの時から、聖君は優しかった。壁を作られてるとか、一線を引かれてるって思ったことってなかった。聖君って、きっと誰にでも優しいんだって思ってた。聖君が冷めてるとか、クールだって感じたこともなかったし。
付き合ってるふりをして、手をつないだっけ。あの時の手、今と一緒であったかかった。話し方も、桃子ちゃんって呼び方も、笑顔も、全部、今と同じで優しくって、あったかかった。
あ、あれれ?本当に女の子にクールなの?苦手なの?そんなの聖君と会ってから、感じたことないよ。からかわれてるのかなとか、いつも笑われて、そう感じてたことはあったけど。
「お兄ちゃんって、いつからお姉ちゃんのこと、好きになったの?」
「さ、さあ?」
「さあって、知らないの?」
「私が聖君を好きだってことを知ってから、意識するようになったって言ってたけど」
「ふうん。そういえば、はじめは菜摘ちゃんのことが好きだったって、聞いたことあるけど、本当は、最初からお姉ちゃんが好きだったんじゃないのかな」
「え?」
「自分で気づかなかっただけで」
「…」
「お兄ちゃんって、抜けてそうだもん」
「……」
杏樹ちゃんの言ってることに、まさかって思ってる私と、そうなのかなって思ってる私がいる。
真相はわからない。聖君自身だって、わからないことかもしれない。
ただ、ひとつ、まぎれもなくわかってること、それは、そう。やっぱり始まりは、私が聖君に一目惚れをしたこと。そして今でも、あの時と同じように、私は聖君に恋してるっていうこと…。これはまぎれもない事実。
あの夏、一目惚れをした。あの時の自分に言いたい。好きになってもらえるわけがないと、地球の裏側まで落ち込んでいた私に。大丈夫。奇跡は起こるからね。
そして、この恋は本物で、私ってばすんごい素敵な人に、恋しちゃったんだよ。だから、自信を持ってね。
なんてね。やっぱり、今の私は、あの時の私よりも、前に進んでいるし、成長してるよね…。