表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/175

第29話 成長してる私

 いつの間にか、私も聖君と一緒に寝ていたようだ。妊婦って、やたらと眠くなるって、誰かが言ってたけど、本当かも。横になるとすぐ寝ちゃうような気がする。

 4時半、聖君の携帯のアラームがなった。と言っても、私の声だ。

「聖君、起きて」

 わ!私の声が聞こえる!と私がびっくりして、起きてしまった。


「ん~~~、起きなきゃ」

 聖君はそう言うと、枕の下の携帯を手にしてから目を覚まし、私を見た。

「あ。びっくりした。本物が横にいたんだっけ」

「え?」

「今まで、休憩中に寝ちゃうとき、桃子ちゃんの声で起されていたから。今日もそのつもりになってた」


「…私の声で、起きてたの?」

「うん。それにイルカに抱きつきながら、桃子ちゃんに抱きついてる気になって寝てたよ、いっつも」

 聖君はそう言うと、私の頬にキスをして、さっと起き上がった。

「あ~~、よく寝た。これで、どうにか、夜まで持ちそう」

 そう言うと、エアコンのスイッチを切り、

「桃子ちゃんも下に行くでしょ?」

と聞いてきた。


「うん。下に行く」

 私は聖君のあとに続いて、一階におりた。リビングでは、杏樹ちゃんがケーキを食べていた。

「何?そのケーキ」

「さっき、お客さんが持ってきたの。お兄ちゃんのファンの子みたい。まだ、多分いるよ。ご家族でどうぞって言うから、食べちゃった」


「俺のと桃子ちゃんのはっ?!」

「冷蔵庫に入ってるよ。そんなに慌てなくたって大丈夫だってば」

 杏樹ちゃんは、ちょっと呆れている。

「桃子ちゃん、そこに座ってて。俺、もらってくる」

 聖君は、そう言うとお店に行った。


「ケーキ持ってきたの、高校生か、大学生か、わかんないけど、たまに来るお客さんだよ」

 杏樹ちゃんが教えてくれた。

「そうなの?」

「旅行のお土産も、たまにくれるし。お兄ちゃん、前はそういうの受け取らなかったんだけど、最近は受け取るようになっちゃったから、いろいろと持ってくる人、増えたんだよね」


「そうなんだ」

「バレンタインとか、大変なことになりそうだな~」

「そうだよね」

「あ。でも、大丈夫。お兄ちゃん、桃子ちゃん一筋だし。あ、桃子ちゃんじゃないね。お姉ちゃんだね。えへへ。なんか照れくさくって、まだ呼べないや」

 杏樹ちゃんは、ちょっと恥ずかしそうに笑った。


「お待たせ、桃子ちゃん。あ、またホットミルクだけどいい?」

 聖君は、ケーキを二つと、ホットミルクとコーヒーを持って、やってきた。

「うん、ありがとう」

 聖君は、私の隣に座り、

「いっただっきま~~す」

と嬉しそうに、食べだした。


「あ、うまいじゃん」

 私も、ケーキを食べた。スポンジがやわらかくて、美味しかった。

「お兄ちゃん、これ持って来た人に会った?」

「うん。今、お礼言っておいた」


「いいの~?お兄ちゃんのファンだよね、どう見ても」

「ん~~~~。いつも二人で来るけど、今日は一人だったね」

 聖君は、特に気にせず、ばくばくと食べている。

「いっときに比べたら減ったけど、まだまだ来るよね、お兄ちゃん目当ての人」

「桃子ちゃんと結婚してるってわかったら、もっと減るよ」


「まだ、それ秘密にしておかないとならないの?いったいいつまで?」

「夏休みが終わって、桃子ちゃんの学校がどう対処するかがわかるまで」

「まだわかんないの?」

 杏樹ちゃんが私の方を見て、聞いてきた。

「まだみたい」

 私が答えると、杏樹ちゃんはちょっとため息をついた。


「友達にもまだ、言えないんだよね。私なんて彼氏にだって言ってないんだよ。早くお姉ちゃんができたって、自慢したいのにな」

「ひまわりちゃんも、友達に自慢したいらしいけど、なんで?」

「なんでって、だって、嬉しいんだもん」

「そうなんだ」


「桃子ちゃ、じゃなくって、お姉ちゃんだって、友達に結婚したこと、自慢したいでしょ?」

「私?」

 声が思わず、裏返ってしまった。

「したくないの?」

 杏樹ちゃんに聞かれた。


「えっと…。聖君が彼氏だっていうだけで、すんごい反響だったから、結婚したなんて知れたら、もっとすごいことになりそうで、ちょっと怖い」

「へ~~、お姉ちゃんの友達、お兄ちゃんが彼氏だっていうだけでも、そんなにさわぐんだ」

 さわぐなんてもんじゃない。車で迎えに来てくれたときなんて、どれだけの人が羨ましがって見に来たことか。


「うまかった。さ、仕事してくるか~」

 聖君は、お皿とマグカップを持って、立ち上がった。

「お兄ちゃんは、まったく、どうでもいいみたいだよね」

「え?何が?」

 聖君が聞き返した。


「結婚したこと、みんなに言いたくないの?」

「俺?言いたいし、自慢もしたいし、のろけまくりたいよ?」

「そう~~?」

「でも、結婚して一ヶ月たったし、落ち着いてきたかな。結婚した当初はもっと、聞いて聞いて~ってしゃべりまくりたかった」

「そうだったんだ。あ、そういえば、毎日にやついてたっけね。そっか~。ひと月して、落ち着いちゃったんだ」


「でもまだ、新婚だしラブラブだけどね。ね?桃子ちゃん」

 聖君は私の方を見て、にかって笑った。

「ら、ラブラブって」

 私は真っ赤になってしまった。

「そんなのわかってるよ、一緒にお風呂はいるくらいだもんね」

 杏樹ちゃんにそう言われ、私はもっと赤くなってしまった。


「あはは!桃子ちゃん、照れてる!」

 聖君は笑いながら、お店に行った。

「いつも、ああやって、私、からかわれてる…」

 ぼそって私がそう言うと、杏樹ちゃんに、

「だって、お姉ちゃん、可愛いんだもん。お兄ちゃんの気持ちもわからなくもないよ」

と、そんなことをいきなり言われた。


「え?」

「すぐに真っ赤になるし、お兄ちゃんがついからかっちゃうの、わかる気がするな。もし私が桃子ちゃんの彼氏なら、やっぱり、わざとからかって、真っ赤になってるのを見たいかも」

「…」

 さすが、兄妹だ。その感覚…。


 夜になり、パートさんと聖君に店を任せ、聖君のお母さんはリビングに来た。夕飯をお父さん、杏樹ちゃん、お母さんと一緒に食べ、少しお母さんはのんびりしていた。

「そうそう。9月からの昼のバイトの子が決まったわよ」

 聖君のお母さんがお茶をすすりながら、お父さんにそう言った。


「へえ。いつから来てもらうの?」

「8月いっぱいで今の仕事が終わるらしいから、9月になったら、すぐにでも来てもらおうかと思って。いい加減、麦ちゃんや、菊ちゃんに頼んでいるのも悪いじゃない?」

「そうだね。聖のサークルの仲間ってだけで、ずっと手伝っててくれたんだもんね」

 聖君のお父さんは、クロの背中をなでながらそう言った。


「昼間、食べに来ていた女の子ですか?」

 私がお母さんに聞くと、

「そう。高校生かと思ったら、聖と同じ年だったわ。藤井紗枝ちゃん」

と、にこりとしてそう言った。

「平日の昼間、働けるの?」

 杏樹ちゃんが聞いた。


「フリーターなんだって。でも、なんか他にも仕事してるって言ってたな」

「ダブルワーク?大変だね」

 聖君のお父さんがそう言った。

「そっちの方は、依頼があったらするみたいよ」

「依頼?」

 杏樹ちゃんが不思議そうに聞いた。

「オーラソーマって言ってたわよ」


「あ、知ってる!それ!その人できるの?」

「杏樹も、知ってる?あれでしょ?いろんな色のボトルで占いをするんでしょ?」

 聖君のお母さんが杏樹ちゃんに聞いた。

「私も、お店で見たことあります。占ってもらったことはないんですけど」

 私もそう言うと、聖君のお父さんだけが、

「何?それ。色で占い?カラーセラピーみたいなもの?」

と聞いてきた。


「説明が難しいから、今度本人から聞いてみたら?紗枝ちゃんのホームページがあって、そこにたまに依頼があるらしいわよ。だいたい、土日で受けてるみたいだから、平日はバイトしてるんですって」

「なるほどね~」

 聖君のお父さんが、相槌をうった。

「今は、パン屋さんでバイトしてるらしいけど、8月で閉店しちゃうんだって」

「あれまあ、じゃ、ちょうど次の仕事を探さないとならなかったわけだ」


 そうか。バイトするって決まっちゃったんだ。ああ、なんだか複雑。

「私、占ってもらおう~~」

 杏樹ちゃんがそう言った。

「お金取られるわよ。ああいうのって高いんでしょ?」

 聖君のお母さんが、杏樹ちゃんにそう言った。


「あ、そうか~。いくらくらいするのかな」

「なんてね、私もちょっと興味あるんだけどね」

 聖君のお母さんも嬉しそうに言った。

「何を占ってもらいたいの?くるみ」

 聖君のお父さんが聞いた。

「そうね~~。恋愛のこととか?」

「え?!」


「くすくす。うそよ、うそ。恋愛のことなんて今さら占ってもらっても、しょうがないじゃない」

「しょうがないってなんだよ、しょうがないって」

「あ、もしかしたら、すでに運命の人に出会ってて、その人と結ばれていますって言われるかも~~」

 聖君のお母さんが、声を弾ませてそう言うと、聖君のお父さんは、

「そんなの、占ってもらうまでもないじゃんか。だって、すでに出会ってるって、くるみはわかってるんだからさ」

と、ちょっとすねた感じでそう言った。


「ふふ。運命の人じゃなくって、天使に出会っちゃってますって言われたりしてね?」

「え?誰それ。あ、俺?」

 聖君のお母さんの言葉に、お父さんがちょっと顔を赤くして聞いた。

「そうよ、爽太よ。18年前、あ、もう19年前になるのかしらね」

「江ノ島の海で?」

「そう。海で…」


 う。なんだか、二人が見つめあって、二人の世界を作っている…。

「羽はえてたもん、あの時の爽太」

「はえてないって。それに頭にワッカもないよ」

「でも天使に見えたもの」

「くるみは迷い子みたいだったよ」


「迷い子?」

「そう、迷い子。自分の居場所を忘れてしまった、迷子の天使」

「…本当に迷子になってたよね、あの時。でも、自分の居場所を見つけ出せたんだ」

「ここ?れいんどろっぷすがそう?」

「ううん。爽太の隣」

 聖君のお母さんはそう言うと、聖君のお父さんの腕に、自分の腕を絡ませた。


 うわ。うわわ。私、ここにいていいのかな~。

「お姉ちゃん、私の部屋に行く?これ、始まると長いよ」

 杏樹ちゃんがそう言って、立ち上がった。

「う、うん」

 私も立ち上がった。た、助かった。


「あら、ごめんね。桃子ちゃん。つい二人の世界になっちゃった」

 聖君のお母さんが謝った。

「あ、ごめんごめん」

 聖君のお父さんも、頭を掻いた。


 私と杏樹ちゃんは、杏樹ちゃんの部屋に行った。杏樹ちゃんは、

「呆れたでしょ?今までお姉ちゃんがいる前では、あんなにいちゃつかなかったけど、もっといちゃついてる時もあるんだよ」

とベッドに座りながらそう言った。


「そうなの?!」

「夜、のどが渇いてお店のキッチンに行ったら、お店でピアノのジャズをかけて、二人で飲んでいたことがあって、お父さん、お母さんの後ろから抱きしめてた」

 ひょえ~~。

「思い切り、二人の世界だった。お店の照明も落としていたし…」

「そ、そうなんだ」


「お兄ちゃんも、二人がいちゃついてるの、何回か目撃したことあるけど、子どもの前でいい加減にしてくれとか、こんな夫婦には絶対にならないとか、言ってたんだよね。なのに今、お姉ちゃんにべったべただもんな~~」

「…」

 う。何も言えない…。


「あんなにいちゃつかれて、うっとうしくない?」

「え?!」

「お兄ちゃん」

「う、うん。うっとうしいって思ったことないけど」

「ふうん」

 杏樹ちゃんは、納得しないような顔をしていた。あ、この「ふうん」聖君に似てる…。


 私、抱きつかれても、甘えられても、嬉しいんだもん。全部聖君、可愛いし。

 なんて杏樹ちゃんに言ってもな~。呆れられちゃうだけだろうな~。

 それにしても、本当に聖君のご両親は、仲がいいんだ。驚きだ~。


 それからしばらく、杏樹ちゃんと話をしていた。彼氏の話や、受験が終わったら、バレンタインのチョコを作りたいって話を。

「お姉ちゃん、手伝ってもらってもいい?」

「うん、いいよ」

「やった!」

「でも、お母さんに言っても手伝ってくれると思うよ。そういうの絶対に、喜んでしてくれそうだよ?」

「え~~。お母さん、きっと張り切り過ぎちゃうもん」


「え?」

「それにやたらと凝ったものとか、作らされそう…」

「そうなの?」

「うん。私、シンプルなのでいいんだ。型に流し込むだけので」

「そうなんだ」


「なんか、あまり凝ったものって、引いちゃいそうじゃない?」

「そうかな」

「私、あまり重い女って思われたくないんだ」

「…」

 なるほど。杏樹ちゃんは杏樹ちゃんで、いろんな思いがあるんだな。


「お姉ちゃんは羨ましいな」

「へ?」

「お兄ちゃんにあんなに愛されてて」

 私は真っ赤になってしまった。

「でででも、聖君、杏樹ちゃんのことも」


「ああ、いいの。お兄ちゃんにじゃなくって、彼氏に愛されたいの、私は」

「へ?」

「難しいよね。あまりこっちが好きだってなっちゃうと、逃げちゃうって言うか、向こうが嫌になっちゃうじゃない?」

「そうかな?」


「べたべたされるの、好きじゃないみたいなんだよね」

「…そうなのかな」

「そういうところがいいんだけど、でも、難しいな」

「…嫌われるの、怖いよね」

「うん」


 杏樹ちゃんは、小さくうなづいた。

「お姉ちゃんも、そういう思いしたことある?」

「私はいっつもそう思ってる」

「え?!お兄ちゃんから嫌われるの怖いって?」

「うん」


「ひょえ~~。お兄ちゃんが、お姉ちゃん嫌うことなんて絶対にないよ。ありえないや」

「え?!」

「その逆は、あるかもなって思ってたけど、私」

「ええ?」

 私が聖君を嫌いになるってこと?それこそありえない。


「だって、お兄ちゃんの思いって、重くない?」

「全然!」

「あんなに一途で、健気で、いっつも桃子ちゃん、桃子ちゃんって言ってるんだよ?あんなにいっつも、そばにひっついていられたら、嫌にならない?」

「ぜ、全然。重いと思ったこともないし、嫌になったこともないよ」


「お兄ちゃんのどこが好きなの?」

「ぜ、全部…」

「嫌なところ、本当にないの?」

「ない…」

「信じられない」

 杏樹ちゃんは呆れた。


「そうかな。めちゃかっこいいし、優しいし。杏樹ちゃんにとっても、自慢のお兄さんなんじゃないの?」

「そうだけど。私、もしかしたら、クールな人がいいのかもしれない。お兄ちゃんって、前は女の子にクールだったじゃない?ああいうところ、けっこう好きだったって言うか、そういうところが、かっこいいなって思ってたから」


「そうなの?」

「すんごいモテルのに、寄せ付けないところ、すごいなって思ってたんだよね」

「そっか」

「女の子にでれでれになってるのって、どうも、お兄ちゃんじゃないみたいで」

 それ、もしかして、私といるときの聖君?


「そんなお兄ちゃん、なんか、ちょっとショックって言うか。だから、そんなお兄ちゃんを見て、お姉ちゃん、嫌にならないかなって思ってたんだよね」

「そ、そうなんだ」

「だって、お姉ちゃんも、あんなでれでれだって知らないで、好きになったんでしょ?はじめは、お兄ちゃんもああじゃなかったでしょ?」


「うん。全然違ってたよ。特に誰か、友達がいたりすると、友達とばかりさわいじゃって、ほっとかれてたし。あれはあれで、かなり寂しかったけど…」

「え?ほっとかれてたの?」

「うん」

「今は?」

「今?今は…。たとえば、菜摘や葉君といても、すぐそばにいてくれるかな」


「変わったんだね、お兄ちゃん」

「うん」

「そっか~~。クールなお兄ちゃんを、お姉ちゃんが変えたのか~~」

「そんなに、はじめもクールじゃなかったよ?」

「え?」


「優しかったよ。花火大会ではぐれた時も、下駄の鼻緒で怪我した時も、海で一人、ぽつんとなってた時も、いつも聖君が助けてくれた」

「付き合ってすぐのころ?」

「付き合う前の話」

「そうなの?」

「うん」


「お姉ちゃんは、その頃から特別だったのかな」

「そんなことないよ。誰にでも優しいよ」

「ううん。お客さんには笑顔だし、愛想もいいけど、でも、一線を引いてたよ、いつも。ここからは入ってくるな、みたいな線を引いてた。私の友達にも、一見愛想いいんだけど、距離を必ずおいていたし、誰かが困っていても、見てみぬふり、平気でしてたし」


「え?」

「冷めてたんだ。本当に仲良くなった男友達は大事にしてるなってわかってたけど、女の子には本当に冷めてたの。好きになった子ですら、近づかないで、どっか距離を置いてるっていうか、壁を作って接してる感じだったから」


「そういうの、わかってたの?杏樹ちゃん」

「うん。わかるよ。私や、お母さんに接するのと明らかに違うんだよね」

「杏樹ちゃんには、壁なんて作ってないもんね」

「うん。だから、お姉ちゃんのことはきっと、会った時から壁、作ってなかったんじゃないかな」


 私は、会ってからのことを思い出していた。蘭ちゃんと馬鹿やってた聖君。馬鹿はしてるけど、基樹君たちとふざけあってるのと一緒で、友達以上はならないようにって、線を引いてる感じはあったかもしれないな。


 菜摘にはいつも、話してもどっか、話がずれてたり、ちょっと何を話していいかわからないって感じもあったっけ。

 私のことは、まったく眼中になしって感じだったけど、でも、花火を見ていた時、すぐ隣で話しかけてきた聖君は、私の声が小さかったのもあるけど、本当に、すぐ横にいた。私の言う言葉を、耳を傾けて聴いてくれた。


 私がみんなとはぐれた時、本当に必死になって探してくれた。足を下駄で痛めてるのを知った時には、おんぶまでしてくれようとしてた。

 海で、一人になった時も、すごい速さで泳いで戻ってきてくれた。


 ああいう聖君を見て、私はいっつも聖君に迷惑をかけてばかりだって思ってた。だけど、聖君はそれを、迷惑だって思ったこと、一回もないみたいだった。

 あの時から、聖君は優しかった。壁を作られてるとか、一線を引かれてるって思ったことってなかった。聖君って、きっと誰にでも優しいんだって思ってた。聖君が冷めてるとか、クールだって感じたこともなかったし。


 付き合ってるふりをして、手をつないだっけ。あの時の手、今と一緒であったかかった。話し方も、桃子ちゃんって呼び方も、笑顔も、全部、今と同じで優しくって、あったかかった。


 あ、あれれ?本当に女の子にクールなの?苦手なの?そんなの聖君と会ってから、感じたことないよ。からかわれてるのかなとか、いつも笑われて、そう感じてたことはあったけど。


「お兄ちゃんって、いつからお姉ちゃんのこと、好きになったの?」

「さ、さあ?」

「さあって、知らないの?」

「私が聖君を好きだってことを知ってから、意識するようになったって言ってたけど」

「ふうん。そういえば、はじめは菜摘ちゃんのことが好きだったって、聞いたことあるけど、本当は、最初からお姉ちゃんが好きだったんじゃないのかな」


「え?」

「自分で気づかなかっただけで」

「…」

「お兄ちゃんって、抜けてそうだもん」

「……」


 杏樹ちゃんの言ってることに、まさかって思ってる私と、そうなのかなって思ってる私がいる。

 真相はわからない。聖君自身だって、わからないことかもしれない。

 ただ、ひとつ、まぎれもなくわかってること、それは、そう。やっぱり始まりは、私が聖君に一目惚れをしたこと。そして今でも、あの時と同じように、私は聖君に恋してるっていうこと…。これはまぎれもない事実。


 あの夏、一目惚れをした。あの時の自分に言いたい。好きになってもらえるわけがないと、地球の裏側まで落ち込んでいた私に。大丈夫。奇跡は起こるからね。

 そして、この恋は本物で、私ってばすんごい素敵な人に、恋しちゃったんだよ。だから、自信を持ってね。

 なんてね。やっぱり、今の私は、あの時の私よりも、前に進んでいるし、成長してるよね…。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ