第27話 彼の実家
翌朝、聖君は6時に起きて、一人で一階におりていったようだ。私が目を覚ますと、隣にはいなかった。
「起こしてくれてもいいのに…」
ちょっと寂しくなった。でも、聖君のことだから、私が良く寝ていて、起こすのがかわいそうだって思ってくれたんだろうな。
着替えて一階に下りると、聖君はお父さんとすでに、カウンターで朝ごはんを食べていた。
「あら、桃子ちゃん、もっとゆっくり寝ていて良かったのに」
聖君のお母さんに言われた。
「いえ、もう7時ですし…」
聖君とお父さんは、海に行く準備万端だった。
「おはよう、桃子ちゃん。葉一が来たら海に行って来るよ。多分、9時頃には帰ってくると思う」
「え?そんなに早く?」
「だって、店の手伝いあるし。葉一なんて、ひと泳ぎしてから会社行くって言ってるし」
すごいな~。元気だな~~。
「あいつのところ、フレックスだから、遅く行ってもいいみたいなんだよね」
「ふうん…」
なんて話をしているところに、葉君がやってきた。
「お!葉一!さっそく泳ぎに行こう」
「お前の店の前に車、置いてもらってていいの?」
「いいよ、車で会社行くんだろ?」
「そっちの方が早くに着けるから」
葉君は、そう言いながら聖君とお店を出て行った。そのあとから、聖君のお父さんもついていった。
3人並んで歩いている後姿が、お店の窓から見えた。なんだか、友達が3人で歩いているみたいだ。
「聖君のお父さんって、若いですよね」
私がそう言うと、聖君のお母さんが、
「ああ、爽太、聖と親子に見られないことも多いものね」
とにこにこしながら、答えてくれた。
「兄弟とか?」
「そうね。それとか、先輩、後輩くらいの感じとかね」
そうだよね。親子には見えないよね。
「桃子ちゃん、カウンターに座っててね。今、朝食用意しちゃうから」
「すみません」
私はカウンターに座った。すると、クロが私の足元にすり寄ってきた。
「クロ、海に連れて行ってもらえなかったね。残念だね」
そう言うと、クロはくうんって鳴いた。
「でも、あとで杏樹が散歩に連れて行くから」
聖君のお母さんがそう言うと、クロは嬉しそうに尻尾を振った。
「桃子ちゃんの家には、猫がいるんでしょう?猫もすごく可愛いよって聖が言ってたのよね」
「はい。聖君、うちの猫たち、すごく気に入ってて、時々遊んでいます」
「ほんとにね~~。桃子ちゃんの家でもあの子、のほほんと能天気にやっていそうよねえ」
「我が家が前よりも、明るくなりました」
「聖がいるから?」
「はい。父も最近帰ってくるのが早くなったし、聖君ともよく楽しそうに話しているし」
「可愛がってもらってるのね~」
聖君のお母さんは、嬉しそうにそう言った。
杏樹ちゃんが起きてくると、朝ごはんをさっさと食べ、クロを連れて散歩に行った。
私は、お店の手伝いをしていた。聖君のお母さんは、鼻歌交じりに準備をしていた。
9時になると、聖君たちが帰ってきた。
「ただいま~~。あっち~~~!」
聖君たちは短パンとTシャツで、お店に入ってくると、
「葉一、中で着替えていけよ」
とやっぱり、短パンとTシャツ姿の葉君にそう言った。
「わりい」
葉君はそう言うと、リビングにあがっていった。その後ろから、聖君たちもあがっていき、着替えたり髪を乾かしたりしているようだった。
「おはようございます」
お店のドアを開け、麦さんが顔を出した。
「あら?麦ちゃん、今日バイト?今日は桜さんが来るはず」
「はい、あの、サーフィンをしてて、聖君たちと会って、お店に寄ったらって言われて、来ちゃいました」
「サーフィン?まあ、麦ちゃん、サーフィンするの?」
キッチンからホールの方へ、聖君のお母さんは出て行きながらそう聞いた。
「桐太の働いてるお店に行ったときに、店長さんに誘われて、それで今日、行ってみたんです」
「へえ~~。どうだった?」
「すんごく楽しかった。はまりそうです」
そんな話をホールでしていると、葉君が、白いシャツとスーツのズボンを履いて、現れた。まだネクタイと、上着は着ていなかった。
「じゃあ、聖、サンキューな」
葉君がそう言うと、聖君もお店に来て、
「おお、またな」
と葉君に軽く手を振った。
「いってらっしゃい」
聖君のお母さんと麦さんも、葉君に手を振って、見送った。
クロもいつの間にか、リビングから現れ、尻尾を振っていた。
「クロ、杏樹と散歩いったんだろ?杏樹は?」
「もう塾に行ったわよ」
「早いね」
聖君はそう言うと、キッチンに行き、水を一気に飲み干し、エプロンをつけた。聖君はさっきと違う、白のTシャツとジーンズ。それにエプロンは黒で、とてもシンプル。でも、そのシンプルさがかえって、聖君のかっこよさを引き出させる。
「麦ちゃんも何か食べるか、飲むかする?」
「うん、じゃ、アイスコーヒー」
「アイスコーヒーね」
聖君は、さっとグラスを出し、氷をいれ、アイスコーヒーをそそいだ。
「ミルクも、お砂糖もなしだよね?」
聖君が麦さんの座っているカウンターに、グラスを持っていった。
「ありがとう」
麦さんは受け取り、美味しそうにアイスコーヒーを飲んだ。
ブラックなんだ。大人だな~。
「桐太と仲良く、サーフィンしてたじゃん」
聖君がそう言うと、麦さんがアイスコーヒーでむせていた。
「あれは!別に仲良くしてたわけじゃ…。見ててわかったでしょ?言い合いしてたじゃない、ずっと」
「そうかな~。喧嘩するほど仲がいいって言うじゃん?あれだけ、ぽんぽん言い合えるのって、逆にすごいと思うけどな」
「気が合わないだけだから。勝手にへんなこと言わないで、聖君」
「そうかな~~」
聖君はしばらく、首をひねっていた。
もし、喧嘩するほど仲がいいんだとしても、桐太は聖君のこと、あきらめたり、忘れることはないと思うんだけどな~。とは言えない…。
10時になると、桜さんが来た。会うのはすごく久しぶりだ。
「あ、桃子ちゃん!」
桜さんがにこにこで、話しかけてきた。
「久しぶり、元気そうね~」
「はい」
「一回、店で倒れて、この夏は具合が悪かったって聞いたけど、もう元気そうだし、良かったわね。夏バテだったのかな?」
「え?あ、はい…」
うそをついてるようで、気が引けちゃうな。
「桃子ちゃん、桜さんも来たし、リビングで休んでいていいわよ」
聖君のお母さんにそう言われた。
「私、大丈夫です」
「またあとで、忙しくなってきたら、手伝ってもらうかもしれないし、今は休んでて」
聖君のお母さんが、にっこりとそう言うので、私はリビングに入っていった。
あ~~あ。なんだか、寂しい。
リビングのソファーにぽつりと座っていると、クロがやってきた。そしてちょこんと私の足元に、くっついて寝転がった。
寂しいの、わかっちゃったのかな。
足元にいるクロはあったかかった。リビングはエアコンが効いていて涼しいけど、足元がちょっと冷える感じがしていたから、ちょうどいいな。
なんて思っているうちに、うとうとと寝てしまったようだ。
足元がふわふわしてあったかいな~。クロってあったかいんだな~。それに優しい手だな~。それから優しいキス。
あれ?クロに手?それから唇に触れたの、何?
パチ。目が覚めると、目の前に聖君がいて、
「あ、ごめん、起こしちゃった?」
と聞いてきた。
「え?あれ?」
「桃子ちゃんがめちゃ可愛い寝顔で、寝てるもんだからつい」
「え?」
「あ、寝てていいよ。でもちゃんと、お腹はタオルケットかけててね。じゃあね」
「聖君?今、何時?お店は?」
「11時、これから開店する。ちょこっと桃子ちゃんのこと見に来たんだ。あとで昼、持って来るね」
「うん」
聖君はそう言うと、にこっと微笑んでお店に行った。
「クロじゃなかったんだね」
足元で丸くなってるクロにそう言うと、クロはこっちを見て、「何が?」って顔をした。
それにしても、可愛い寝顔だからついっていう、そのついって何だろう。つい、キスをしていたんだろうか。そう思ったら急に恥ずかしくなってきた。
あ、でもわかるな~。私も寝てる聖君、可愛くてキスしたり抱きしめたりしたくなるもんな~。
しばらくはぼ~ってしていた。それから少しすると、聖君のお父さんが、2階から下りてきた。
「あ~~~、眠い。目覚ましに濃いコーヒー入れてもらおう。桃子ちゃんも、何か飲み物持ってこようか?」
「はい、すみません」
聖君のお父さんはお店に行き、しばらくして戻ってきた。
「はい。桃子ちゃんにはホットミルクだってさ」
そう言って、テーブルに置いてくれた。
「あ~~、やっぱ聖は若いね。お店で元気に働いてるよ。朝、あれだけ泳ぎまくったっていうのに」
「そんなに泳いだんですか?」
「聖はね。葉一君と俺は、まあそこそこ泳いで、寝転がってただけだけどね」
「もしかして、浜辺に行ったとたん、わ~~って海まで走っていって、泳ぎまくったとか…?」
「あれ、さすが、よくわかってるじゃん。そのとおりだよ」
「目に浮かぶ」
「あはは。でしょ?」
聖君のお父さんは、リビングでくつろぎ、ゆっくりとコーヒーを飲んでいた。
「なんつうかさ、聖って本当に無邪気なんだよな」
「はい」
「天然無邪気」
「え?」
「あれがあいつ。で、知ってた?あれこれ考え出すと、頭痛がしたり、寝れなくなったり、オーバーヒートしちゃうんだよ。だからあいつは、考えないほうがいいね」
「オーバーヒート?」
「うん。たまに、無言になって、難しい顔をしてるときは、相当何か考え込んじゃってるとき。あれが続くと、体調も崩す。お腹壊したり、頭痛してみたり、夜、寝れなくなったり。わかりやすいって言えば、わかりやすいけどね」
「そうなんですか。寝れなくなったりしたの見たことないから、わかりませんでした。たいてい、私よりも先に、すぐに寝ちゃうから」
「あはは。そうなんだ」
「それになんか、毎日すごい元気で。朝も、起きたとたん、行動してるって感じで」
「桃子ちゃんといると、めちゃ元気だよね、あいつ」
「…私といるから?」
「そうだよ。まあ、もともとそういうやつだけどさ、桃子ちゃんといるとさらに元気になっちゃうよね」
「…そうなんですね」
あれ?でも私もそうか。聖君といて、いつも幸せで、満たされてて、落ち着いていられる。
ホットミルクを飲んで、ほっこりとした。聖君のお父さんのところに、クロは行ってしまい、聖君のお父さんはクロの背中をなでていた。
「そうだ。桃子ちゃん、これもう見た?」
聖君のお父さんは、結婚式場や、レストランなどのパンフレットを出した。
「これは?」
「この間、集めてきた。生まれてからってことにしても、早めに予約したほうがいいかなって思ってさ。いい時期だと、けっこう早くからうまっちゃうみたいだよ」
「そうなんですか」
「どんなところがいい?あ、着物着たいんだっけね。だったら、式場とか、神社ってのもあるよ。俺は、神父さんの前で誓ったけど、神主さんっていうのも、いいかもね」
「そうか。和装だと、そうなりますよね」
「それもいいよね。桃子ちゃん、白無垢、似合いそうだしさ」
「聖君の紋付はかまも、絶対にかっこいいですよね」
「…あれ?それが見たいとか?もしかして」
私は、あ、やばいって思って下を向いた。
「あはははは、そうなんだ。あはははは。聖がにやけるわけだ」
「え?」
「結婚式は、桃子ちゃんが、着物がいいって言うから、生まれてからにしようかと思ってって言いながら、めちゃにやけてたよ」
「そ、そうなんですか…」
「はははは。本当に桃子ちゃんは、聖にべた惚れなんだね」
そう言われて、真っ赤になってしまった。でも、そのとおりだ。いまだにべた惚れだ。
聖君のお父さんは2階に行き、クロもくっついていってしまった。
私はお店に行ってみた。すると、すごく混んでいて、待ってる人もいるくらいだった。
麦さんはとっくに帰ったあとのようだ。聖君一人でホールを回り、桜さんと聖君のお母さんが、キッチンでランチを作っていた。キッチンには洗い物が、たまりにたまっていた。
「手伝います」
「桃子ちゃん、ごめんね、助かるわ」
聖君のお母さんにそう言われ、私はエプロンをつけて、手伝いをした。
洗い物も終わり、食器も片付け、お客さんもランチを食べ終わり、のんびりと話をしだして、キッチンにも平和が訪れた。
「桃子ちゃん、カウンターに座って。今、ランチを持っていくわよ」
「ありがとうございます」
私はカウンターに座った。そのとき、一人の女の子がお店に入ってきた。高校生くらいの、なんだか可愛らしい女の子だ。
「いらっしゃいませ」
聖君が、にっこりと微笑んで出迎えた。その子は真っ赤になって、うつむいていた。
「今、カウンターしかあいてないんですけど、お客様は一人ですか?」
「はい」
「カウンターでもよろしいですか?」
「はい」
その子は、私の隣の隣の席に座った。それから、ほっとため息をつくと、ハンカチを出して汗を拭いていた。外、暑いんだろうな~。
聖君は、水とメニューを持ってきた。
「あ、ランチください」
その子がぽつりとそう言った。すごく小さい声だった。
「え?」
聖君は耳を傾け、聞きなおした。
「ランチ、お願いします」
その子は、ちょっと大きな声で、真っ赤になりながらそう言った。
「はい。ランチですね。ライスとパン、どちらにしますか?」
聖君はにこって最高の笑顔のまま聞いた。その子はおどおどしながら、
「ライスで」
と答えた。
「ライスですね?お飲み物は何にしますか?」
「え?」
「ランチだと、コーヒーか紅茶がついてるんですけど」
「あ、紅茶で」
「あったかいので?」
「いえ、冷たいので…」
その子は、また声が小さくなっていった。聖君は、顔をかなり近づけて、聞いていた。だからなのか、ますますその子は赤くなっていく。
「ミルクかレモンか、どっちにしますか?」
「え?」
「アイスティ、どっちがいいですか?」
聖君はにっこりとしながら、その子の顔を見ながら聞くと、その子は一瞬聖君の顔を見たが、またうつむき、
「レモン」
と小声で言った。
「レモン?」
「はい」
真っ赤になりながらうつむいて、その子は答えた。
なんだか、これ、デジャブ。どっかで見たような。
あ、私か。海の家で、聖君にカキ氷を頼んで、
「イチゴ」
と言ったのが聞こえなかったらしく、聞き返され、
「イチゴ」
ともう一回言ったら、
「イチゴ?」
とにっこりと答えてくれて、その笑顔に惚れたんだっけ。
わ、そのパターン?もしや。隣を見ると、その子は聖君がその場を去ったあとも、真っ赤になっていた。
それから、聖君がホールでお客さんに呼ばれ、テーブルに行くと、その女の子は目で聖君を追っていた。
聖君、目当て?それとも、今、恋に落ちたとか?!
聖君が言ってた。桃子ちゃんみたいに俺に、一目惚れする子はそうそういないって。だから安心してって。
そんなこと言ってたけど、いるじゃない。やっぱり…。聖君に話しかけられたり、笑顔を向けられるだけで真っ赤になる子。
その子を見ていると、聖君の方を見ながら、あきらかに目がハートになっている。
私も聖君のことを見た。ああ、確かに目がハートになるのわかるよ。最高の笑顔でいるもの。あの笑顔を自分に向けられたっていうだけで、くらくらしちゃうよね。
それに、ちょっとした仕草が、これまたかっこいい。あ、前髪かきあげた。あの癖も好き。
またカウンターの子を見てみた。まだ顔を赤らめていて、ふっとため息をついていた。
なんだか、聖君に出会った頃の自分を見ているみたいだった。