第26話 めちゃ幸せ
聖君とお風呂を出て、リビングに行くと杏樹ちゃんがテレビを観ていた。杏樹ちゃんの横にはクロがいて、
「クロ、母さんに風呂入っていいって言ってきて」
と聖君が言うと、クロはワンって尻尾を振って2階に上がっていった。
「まさか、二人で入ってたの?」
杏樹ちゃんが目を点にして、聖君に聞いた。
「うん。いいじゃん。もう俺ら夫婦なんだしさ」
聖君は、まったく動じず、杏樹ちゃんにそう言った。
「どひゃ~~~~」
杏樹ちゃんは顔を赤くした。
「なんだよ。父さんと母さんも、じいちゃんとばあちゃんも、一緒に入ってるじゃんか」
「そ、そうだけど」
杏樹ちゃんは私を見た。私はなんだか恥ずかしくなって、目をそらしてしまった。
「あ、桃子ちゃん。布団、和室に敷いたからね」
聖君のお母さんがクロと下りてきてそう言った。その後ろから、お父さんも下りてきた。
「俺のは?」
聖君が聞くと、
「聖のも桃子ちゃんの隣に敷いたわよ」
と、聖君のお母さんがそう答えた。すると、
「ひょえ」
と、杏樹ちゃんが驚いていた。
「杏樹、何を驚いてるの?」
聖君のお母さんが聞くと、
「だって、一緒にお風呂に入っちゃうし、一緒の部屋で寝るっていうし」
と、杏樹ちゃんは顔を赤くしてそう言った。
「今さら何言ってるんだよ。聖は桃子ちゃんちでも、一緒の部屋で暮らしてるんだよ?」
聖君のお父さんがそう言うと、
「あ、そっか。そうだよね」
と杏樹ちゃんは、まだ納得いかないって顔をしながらそう言った。
「杏樹、俺らが結婚したってことを、まったく感じてなかったんじゃないの?」
聖君は髪をバスタオルで拭きながら、杏樹ちゃんに言った。
「え?」
杏樹ちゃんは、聖君に聞き返した。
「籍入れてから、ずっと俺、桃子ちゃんの家で暮らしてたから、俺と桃子ちゃんのことも、見てなかったわけだし。あ、ひまわりちゃんの方がよっぽど、俺と桃子ちゃんが結婚したこと、実感してるかも。俺のこと、お兄ちゃんって呼んでるし」
「ひまわりちゃんが?じゃあ、私も桃子ちゃんのこと、お姉ちゃんって呼んでもいいの?」
「いいも何も、お姉ちゃんじゃない」
聖君のお母さんはそう言うと、
「さ、お風呂入ってこようっと」
と言って、聖君のお父さんと、バスルームに向かっていった。
「そっか。もう、お姉ちゃんなんだ」
杏樹ちゃんが、つぶやいた。
「お前、遅すぎだよ。結婚してもう、ひと月たとうとしてるってのに」
聖君が笑いながらそう言うと、
「だって、桃子ちゃん、あまりうちに来なかったし、お兄ちゃんだって、ずっといなかったし」
と、杏樹ちゃんはすねた顔をした。
「そうか。もしかして、俺が桃子ちゃんの家に行っちゃって、寂しかったとか?」
聖君がそう聞くと、杏樹ちゃんは、すぐさま、
「それはない」
と答えていた。
「お前、素直じゃない!てんで素直じゃない!」
「え?だって、本当のことだもん」
聖君は、ぶーぶー言いながら、ドライヤーを持って、2階に上がっていった。私も、聖君のあとに続いた。
「どう思う?桃子ちゃん。杏樹、最近、特にああだよ。前の方がずっと素直だった」
聖君は、和室に入るとそう言ってきた。
「反抗期なのかもね」
と私が言うと、
「ええ?俺に対して?普通親にじゃない?なんで俺に?」
と、びっくりしながら聞いてきた。
「聖君、杏樹ちゃんにあれこれ、言い過ぎるから…とか?」
「俺が?」
「彼氏のこととか。あ、凪が女の子で大きくなってそんなだと、凪にもうるさがられちゃうかもよ?」
「え?」
聖君は一瞬、固まった。
「そ、そっか。それは嫌だな、俺…」
あ、聖君、かなり落ち込んじゃったみたいだ。どよ~~んってしてる。可愛いな~。
「でも、私がいるから」
「え?」
「凪にうるさがられても、杏樹ちゃんにうるさがられても、私は聖君のそばにいるよ?」
「…桃子ちゅわん」
聖君は私をむぎゅって抱きしめて、
「桃子ちゃんは、本当に優しいよね。桃子ちゃんが奥さんでよかった」
と、そう言って、すぐにまた離れ、
「あ、髪の毛、早くに乾かさないとね」
と、聖君はドライヤーのスイッチをいれると、私の髪を乾かし始めた。あれ、私の髪から乾かしてくれるんだ…。
ああ、なんだか、髪も洗ってくれちゃうし、今日はいたれり尽くせりだな…。
「ねえ、聖君」
しばらくは黙って、聖君の髪を触ったり乾かしてくれる優しさに、酔いしれていたが、私は聖君に話しかけた。
「ん?」
「私にもっと甘えていいって言ってたけど、聖君、もうすでにいっぱい、私にいろんなことしてくれてる」
「え?」
「髪、乾かしてくれるし、ぎゅって抱きしめてくれるし、お店からだって、すぐに帰ってきてくれたり、休みの日には一緒にいてくれたり」
「でも、それ、全部俺が、したいからしてるだけだけど?」
聖君は一回、ドライヤーを止めてそう言った。
「だけど、それ、とっても私嬉しいよ」
「もっといろいろと、望んでいいのに。ほしいものとかないの?それか、もっと早くに帰ってきて~~。寂しい~~、とか」
「ないよ。もう十分幸せ。これ以上望んだら、ばちが当たっちゃう」
「あたらないって」
「でもね、朝起きるでしょ?そうすると、聖君が横にいるの。聖君のぬくもりや、寝息を感じて起きるのって、すんごい贅沢だし、それだけでめちゃ幸せなの」
「…」
聖君は顔を赤くして、私の顔を黙って見ながら聞いていた。
「それに、結婚したってだけでももう、すんごい幸せなことだし、聖君、すごく大事に思ってくれてるってわかってるし、だから、これ以上望むことってないかな~」
「そうなんだ」
聖君は、ぼりって頭を掻いた。
「聖君は?何か私に望むことってあるの?」
「ううん。そのままで十分」
聖君はそう言ったあと、
「そうだな。しいて言うなら、たまにメールで、寂しい~~、早く会いたい~~とか、俺が帰ったら部屋で、抱きついてきて、寂しかった~~って言って甘えてくれると、嬉しいかも」
とそんなことを言った。
「そ、そんなの」
「え?」
「は、恥ずかしいもん」
「え?」
「恥ずかしいよ」
「なんで?」
「……。わ、わかった。じゃ、今度やってみる」
私が真っ赤になってそう言うと、聖君は私の顔を覗き込み、
「あ、真っ赤だ。すげえ、可愛い」
と言って、キスをしてきた。そして、そのまま、布団に押し倒されてしまった。
「桃子ちゃん、もう4ヶ月だよね」
「うん」
「もう、大丈夫かな」
「え?」
「お腹張るとか、痛いとかある?」
「ううん、ないけど」
「じゃあ、いい?」
え?
「で、でも、この部屋、鍵…」
「鍵なら閉めた」
いつの間に!
「お腹痛かったり、張ったりしたら、言ってね」
「うん」
あ、うんって言っちゃった。でも、もうすでに聖君の熱い目やキスで、とろけちゃってるよ、私。
聖君は、優しく私の髪をなでたり、頬をなでてくる。それから、おでこや鼻、耳にキスをしてくる。
やばい。さっきからときめいてるんだけど、それより何より今、私、めちゃくちゃ嬉しいかも。
「聖君」
「ん?」
聖君は私の首にキスをしたまま、返事をした。
「聖君」
「なあに?」
今度は顔をあげて、私の目を見て聞いてきた。
「あ、お腹痛いとか?」
「ううん…」
私は聖君の目を見つめた。
「何?どうしたの?」
「なんでもない」
「え?」
聖君は少しきょとんとした顔をした。ああ、そんな顔も可愛い。私は思わず、聖君の首に両腕をからませた。
聖君がそのまま顔を下げて、私にキスをしてきた。私は聖君の首から頭の方へと手をずらし、聖君の髪をなでた。まだ、半乾きだ。
聖君の頭から、徐々に背中へと手を移動させた。聖君の肩も背中も、前よりも広くなっているし、胸板も厚くなってる。それから聖君の腕を触った。筋肉質で、硬かった。そして私の頬をなでている聖君の手に触った。聖君は私の頬から手を離し、私の手をとって、指を絡めてきた。
「桃子ちゃんの手、好きだな、俺」
聖君が私の手の甲にキスをして、そう言った。
「私も、聖君の手も指も爪も好き」
「え?そうなの?」
「うん」
「…桃子ちゃん、さっきから目、色っぽい」
「え?」
「めっちゃ色っぽい」
「聖君もだよ?」
「俺も?」
「うん」
聖君はちょっと照れくさそうな顔をして、それから私の胸に顔をうずめてきた。
「あったかいし、やわらかい」
「…」
「両方ともまだ、俺のおっぱいだね」
聖君はそう言うと、胸にキスをしてくる。
「凪が生まれてきたら、桃子ちゃんのおっぱいは凪のものか~~。男の子だったら、俺、妬いちゃうかな」
聖君はそんなことを言ってきた。ああ、また可愛いこと言ってる。
「あ、思い出した」
聖君は突然そう言って、顔をあげた。
「何?」
「父さんの自叙伝に、書いてあった。母さんと俺、すげえ仲良くて恋人みたいで妬けるって。でも、聖、可愛いから許すって」
「ええ?」
聖君のお父さんも、そんな可愛いこと書いていたの?
「俺もそんなこと言うようになるのかな。でも、俺、凪が可愛いからって、許せるかな~。めっちゃ、やきもち妬いて、凪と桃子ちゃん、取り合ってそうな気もする」
「え~~?」
「桃子ちゅわん。凪ばっかり、可愛がらないでね。たまには、俺のこともかまってね、ちゃんと」
もう~~、また可愛いこと言ってるんだから。
「それ、私も今から言っておくね。もし凪が女の子だったら、聖君、凪ばかり可愛がらないで、ちゃんと私のことも可愛がってね」
「え?」
聖君が目を丸くした。あれ?変なこと言ったかな。
「か…」
か?もしかして、また、可愛いって言うのかな。
「感動~~~」
へ?
「桃子ちゃんが俺に、甘えてる~」
聖君はにへらって笑って、また胸に顔を思い切りうずめてきた。
「やべ~~、嬉しすぎ」
と胸に顔をうずめたまま、聖君が言ってる。
「桃子ちゃん、もっといっぱい甘えていいからね?」
聖君はまた顔をあげてそう言うと、とろけるような長いキスをしてきた。
ああ、やっぱり、聖君、私はもう、今のままで十分、幸せだよ…。めちゃくちゃ、幸せだよ。