第25話 甘えていいよ
麦さんが帰った後は、聖君とスコーンを焼いたり、ディナーのセットの準備を手伝った。朱実さんとは、あまり話したことはなかったが、すごくあっけらかんとした人で、桐太が気に入るのもわかる気がした。
なんていうのかな。男っぽいっていうのかな。竹を割ったような性格って、こんなだろうなってそう思えるような人だ。
夕飯は、リビングで聖君と、お父さんと杏樹ちゃんと食べた。杏樹ちゃんは夕方、水着の上にパーカーと短パンで、彼氏と帰ってきて、少しカウンターで彼とお茶をしていた。
それを、ホールの仕事をしながら、ちらちらと見ている聖君が面白かった。
夕飯の時に聖君は、あいつはどんなやつなんだとか、なんだか、ずいぶんと愛想のないやつだなとか、いろいろと杏樹ちゃんに言っていた。それを横で聞いていた聖君のお父さんは、苦笑いをして、
「聖、いいじゃんか。杏樹が好きなやつなんだから、それはそれで」
と聖君をなだめていた。
「ほんと、お兄ちゃん、うるさいよ。お兄ちゃんみたいにべらべら話したり、へらへらしないところが好きなんだから、それでいいじゃん」
杏樹ちゃんがそう言うと、聖君は思い切り、顔をひきつらせていた。
「男の人は、やっぱり、無口が一番だよ」
「なんだよ、それ。俺だって、おしゃべりなほうじゃないよ?特に女の人といるときは、クールで」
「桃子ちゃんの前では、すんごいにやけてる。てんで、クールじゃないよね?桃子ちゃん」
杏樹ちゃんが私にいきなり、ふってきた。
「え?えっと…」
「桃子ちゃんはね、そんな俺でもいいんだよっ!っていうか、そんな俺のことが好きなんだよっ!」
「そういうことを、いけしゃあしゃあと自分で言うところが、信じられない」
「うっせーな。いいだろ?本当のことなんだから」
「桃子ちゃん、本当の本当は、こんなにやけたやつ嫌いなんじゃないの?本当は、もう嫌になってきてたりしない?」
杏樹ちゃんにそう聞かれた。
「まさか、んなわけないじゃん!」
聖君が慌てて、私と杏樹ちゃんの間を割って入り、そう言った。
「うるさい、お兄ちゃんに聞いてない!」
杏樹ちゃんはそう言って、聖君を押しのけた。
なんで、杏樹ちゃんは、こんなかっこいいお兄ちゃんのことが、好きじゃないのかな~。私だったら、自慢のお兄ちゃんだよ。あ、でも友達に自慢してるっぽかったけどな~。あまり、聖君がうるさく口出しするから、反抗期なのかな~~。
「桃子ちゃん、なんで黙ってんの?」
聖君がちょっと、顔を青ざめて聞いてきた。
「本当のことを言いにくいんじゃないの?本当はあきれてるし、もうがっかりしてるし…なんて、お兄ちゃんに言うの、申し訳ないとか思って、黙ってたのかも。ね?桃子ちゃん」
「え?」
杏樹ちゃんの言葉に、聖君はさらに顔を青ざめた。
「…」
私は聖君が顔を青ざめてるのが、不思議だった。
「まさか」
「え?」
私のまさかって言葉に、やたらと反応している聖君がいる。
「あきれるわけがないし、嫌になるわけもないし…。どうして、こんなにかっこよくって素敵なお兄ちゃんなのに、杏樹ちゃんは、嫌がるのかが不思議で、今、ぼ~~って考えてたの」
「ええ~~?」
杏樹ちゃんが驚いた。
「だって、私、ず~~っと杏樹ちゃんが、羨ましかったし」
「私が?なんで?お兄ちゃんの妹だから?」
「ううん。聖君にいっぱい甘えて、大事にされてていいな~~って」
「え~~。甘えてないよ~~。甘ったれはお兄ちゃんのほうだもん。だから、桃子ちゃんもお兄ちゃんに甘えられないんだよ。もっと、お兄ちゃんに甘えたいんでしょ?本当は」
私は、こくっとうなづいたが、それを横で見ていた聖君が、目を点にして、青ざめていたので、慌てて首を横に振った。
「そ、そんなことない。聖君の方が甘ったれだなんて」
そう言いかけたが、あれ?もしかするとそうかもっていきなり思えてきて、私は黙り込んでしまった。
「あはははは。まあ、いいじゃんか。甘える聖も可愛いんだろ?桃子ちゃん。けっこう甘えられるのが好きなんじゃないの?」
「え?」
聖君のお父さんにそう言われ、なんて答えていいのかわからず、戸惑ってしまった。
「くるみも、俺が甘えるの喜ぶよ。なんつうの?母性本能って言うの?甘えさせてくれる男性のほうがいいっていう杏樹は、まだまだ子供なんだな、きっと」
「私が子供?お兄ちゃんはじゃあ、どうなるの?もっとガキじゃん」
「そうそう。男のほうが幼いものだよ。桃子ちゃんの方がしっかりしてるだろ?聖」
「…」
聖君は、ずっと黙っている。それから黙々と、夕飯を食べ、
「ごちそうさま」
と言うと、さっさとお茶碗を持って、お店に片付けに行ってしまった。
「あ、かなりのショックを受けたかな、あいつ」
聖君のお父さんがそう言った。
「ショック?」
「あいつ、桃子ちゃんがもっと俺に甘えてくれたらいいのにって、前に言ってたから。それが、実は自分が甘えん坊だから、桃子ちゃんが甘えられないんだってわかって、相当ショックだったんじゃないの?」
「そ、そんな。甘えられないのは、違う理由です」
「え?どんな?」
聖君のお父さんと、杏樹ちゃんが同時に聞いてきた。
「そ、それは、えっと。確かに、聖君が甘えてくるって言うのもあるのかもしれないけど、もし、聖君が甘えてこなくても、私から甘えられないっていうか、その…」
「だから、それはなんで?」
杏樹ちゃんが聞いてきた。
「あまり甘えん坊だと、嫌がられるかなとか、っていうか、もっと根本的に、甘えるのがよくわからないというか」
「は?」
杏樹ちゃんが目を丸くした。
「桃子ちゃん、お姉さんだっけ?家でご両親にあまり、甘えないで育ったんじゃないのかな?」
「はい。私、おばあちゃん子で、おばあちゃんは、私があれこれ甘える前に、いろんなことに気がついてくれてたんです。いっつも優しくって、だから、逆にわがまま言ったら悪いかなって、いつも思っちゃって」
「わがまま言ったり、甘える前に、構えちゃうのかな?こんなこと言ってもいいのかなとか、こんなに甘えたり、わがまま言ったら、悪いよねとか」
「あ、そうなんです。聖君に対しても、甘える前に考えたり、わがまま言って困らせたら悪いからって、先にそう思っちゃうんです」
「そんなこと思ったこと一回もないや、私」
杏樹ちゃんがそう言った。
「桃子ちゃんは、どっかでセーブするようになっちゃったんだね」
「え?」
「甘えるのをさ」
「…」
聖君のお父さんはそう言ってから、にっこりと笑って、
「くるみもそうだったっけな。でも、今はけっこう素直に甘えてくるかな」
とそんなことを言った。
「わ、またのろけ?」
杏樹ちゃんが嫌そうな顔をした。
「いいだろ~~?でも、くるみの場合は、あまり人の前では、俺に甘えてこないからな~~。きっと恥ずかしいんだろうな」
「じゃ、二人でいるときは?」
私が聞くと、聖君のお父さんは、
「すげえ、甘えんぼ」
とちょっとはにかみながら、そう言った。
え~~~。なんだか、想像つかない。聖君のお父さんの方がずっと年下だし、甘えん坊なのかと思ってた。
「そうかな。子供の前でも平気で、甘えてると思うけどな」
杏樹ちゃんがそう言うと、
「あはは、それを見て育ったから、お前は平気で誰にでも甘えるのか」
と、聖君のお父さんは笑って言った。
「桃子ちゃんも、ちょっとこんなこと言ったら、悪いかなって思ったとしても、甘えたりわがまま言ってごらん。聖、喜ぶと思うよ」
聖君のお父さんがそう言った。そういえば、そういうこと麦さんも言ってたっけな。
夕飯も終わり、聖君のお父さんは仕事が残ってるからと、自分の部屋に行ってしまい、杏樹ちゃんも自分の部屋に戻り、どうやら、彼氏と電話か、メールでもするようだった。
私はお店に行き、片付けの手伝いをした。その間に朱実さんと聖君のお母さんが夕飯をカウンターで食べた。
もうお客さんもみんな、帰ってしまい、朱実さんと聖君のお母さんの笑い声が、ホールに響いていた。
キッチンで聖君と、私は洗い物をしていた。聖君はずっと無言で、ホールとは正反対の、重い空気がキッチンには漂っていた。
「あのね」
あまりの重たい空気に、押しつぶされそうになり、私は口を開いた。
「聖君が甘えん坊だから、私、甘えられないんじゃないからね?」
私がそう言うと、聖君はお皿を洗っていた手を止めた。
「私、きっとどうやって甘えていいか、わからないんだと思う」
「え?」
聖君が私の方を見た。
「杏樹ちゃんが羨ましいって言ってたことあったでしょ?海で、聖君の背中にのっかったり、べったりとくっついたりしてて」
「ああ。そんなこと言ってたっけ」
「ああいうの、今でもなかなかできないと思うんだ、私」
「どうして?」
「わかんないけど…。恥ずかしいのもあるし、そういうことするのにも勇気いるし、聖君、嫌がらないかなとか、そういうことも瞬間思って、躊躇しちゃうし」
「俺が嫌がるわけないじゃん」
「そ、そうなんだけど…」
私が下を向いていると、聖君は水を出して、お皿を洗い出した。聖君が洗ったものを、私は丁寧に拭いていった。
聖君はやっぱり無言だった。それになんだか、私に目を合わせようとしない。
ああ、まだ落ち込んでいるのかな。どうしたら、聖君は、元気になるんだろうか。
お店の片付けも終わり、
「お疲れ様。さ、桃子ちゃん、お風呂入ってきて。お店エアコン効いてたし、ちょっと体冷えちゃったんじゃない?」
と、聖君のお母さんが言ってくれた。
「はい、それじゃ、入ってきます」
私はそう言って、着替えを取りに2階に行こうとすると、
「俺も一緒に入る」
と聖君が言い出した。
「ええっ?!!」
私は驚いて振り返ると、聖君は、思い切り真顔でいた。
「うちの風呂、バスタブでかいのはいいけど、すべりやすいし、母さん、俺がお腹にいたころ、すべっておぼれかけたり、転びそうになったって言ってたじゃん」
「ああ、そうそう。それで爽太に怒られて、一緒に入ることにして。でも、6ヶ月過ぎたくらいからよ。お腹大きくなると、安定感なくなるのよね」
聖君のお母さんが、そう答えた。
「桃子ちゃん、そそっかしいし、危なっかしいから、俺も入る」
え。冗談でしょ。と言いたいけど、聖君、真顔だよ!どうしよう。聖君のお母さん、なんとか言って!
「そうねえ。もし滑って転んだりしたら、ほんと、赤ちゃん、大変だし、一緒に入ったほうがいいかもねえ。桃子ちゃん、駅で転んで捻挫しちゃうくらいだし」
聖君のお母さんは、反対するどころか、賛成してるよ!
「だ、大丈夫です。まだ、お腹大きくないし」
「桃子ちゃん、聖と入っちゃってくれる?あともつかえてるし、そうするとこっちも助かるわ」
え、え~~~~~っ!!!
私はちょっとふらふらになりながら、2階に行き、着替えを持って下に下りようとした。すると、聖君の部屋から、かすかに、
「やっり~~」
という、聖君の喜びのつぶやきが聞こえた。
はっ!まさか、あの真顔も、あの危ないからという話も、作戦だったとか?!!
は、裸になるのも恥ずかしいけど、聖君の裸を見るのだって、恥ずかしい。
駄目だ~~。まさか、電気を真っ暗にしてくださいとも言えないし、まさか、目をつむっててとも言えないし。
今さらだけど、聖君とじゃなくて、杏樹ちゃんか、聖君のお母さんと入りますとも、言えないよね。
私が下に下りると、聖君も軽やかに階段を下りてきた。
「聖、出たら呼んでね。部屋にいるから。爽太と次に入りに行くからね」
聖君のお母さんはそう言うと、私にバスタオルを渡してくれて、
「じゃあ」
と言って、階段を上っていった。
クラ…。駄目だ。お母さんと入りますというわけには、やっぱりいかないようだ。だって、お母さんは、お父さんと一緒に入るんだから。
「桃子ちゃん、先入ってるからね」
聖君はそう言うと、さっさと洗面所に行ってしまった。そして、すごい速さで服を脱ぎ、さっさとお風呂に入ってしまった。
私はわざとゆっくりと服を脱いだ。それから、バスタオルで体を隠して入ろうかと思った。でも、絶対に聖君に怒られそうだから、フェイスタオルで体を隠しながらドアを開けた。
聖君はすでに、シャワーを浴びていた。
ああ!背中!聖君の背中が見える。だけじゃない!お尻も見えちゃう~~。
私は恥ずかしくって、後ろを向いて、聖君を見ないようにした。
「体、洗ってあげようか?」
「いい!」
私はとっさに、そう答えて、その場に固まっていた。
「風呂、あまり熱くないほうがいいよね?水足す?ちょっと熱いから」
「うん」
私はまだ、後ろを向いていた。
「後ろ、向いててもいいけど、桃子ちゃんのお尻、丸見えだよ?可愛いけどさ」
「わ~~~~!!!見ないで!あっちを向いてて!!」
「それは無理かも」
「なんで?」
私はその場にしゃがもうとしながら、そう聞いた。
「だって、俺が後ろ向いてたら、桃子ちゃんがすべって転びそうになったとき、助けられないじゃん」
「すべらないから、大丈夫…」
と言いかけたとき、しゃがもうとしていた足がつるってなって、思い切り、尻もちをついてしまった。
「痛い~~」
「ほら!もう~、危ないな。尻もちくらいで済んだから良かったけどさ」
聖君は私の方に来て、
「立てる?思い切りケツ打った?」
と聞いてきた。
「打った…」
「まったく、気をつけなきゃ駄目だよ」
「うん」
聖君が私の腕をつかんで、立たせてくれた。それから、そのまま背中に手を回すと、注意深く私を、椅子に座らせてくれた。
「背中洗ってあげるよ」
聖君はそう言うと、タオルに石鹸をつけて、私の背中を洗い出した。
「こ、こういうの、普通、逆じゃない?」
「え?」
「奥さんが旦那さんの背中を、洗ってあげたりしない?」
「じゃ、あとで洗って」
「え?」
「あ、やっぱ、いい。俺の背中洗ってる間に、転ばれても困るから」
聖君はすぐさま、そう言って、断ってきた。
「じゃあ、赤ちゃんが生まれてから、聖君の背中、洗うね」
「うん!」
聖君は、かなり嬉しそうに返事をした。そして、いきなり顔を前に突き出したかと思うと、
「あれ?やっぱりお腹、出てきてるんだね。服着てたら目立たなかったけど」
と言ってきた。
「うわ!見ないでってば!」
もう~~。
「え?なんで?いいじゃん。そのお腹には凪がいるんでしょ?恥ずかしがることないじゃん」
「そ、そうだけど」
「もっとでっかくなっていくんだよね。なんだか、信じられないな、そういうの」
聖君がそう言った。
そうだよね。もっと大きくなっていくんだ。生まれるときなんて、3千グラムくらいまで大きくなるんだもんね。
重いだろうな~~…。
私は自分のお腹を見ながら、手で触ってみた。うん、前よりも出てる。もしかすると、最近やたらと食べてるから、半分以上は脂肪かお肉になってるかもしれないんだけども。
「胸も大きくなったね。すげえ~~、今、何カップ?もっと大きくなるの?」
聖君はまた、上から私を見ながらそう言った。
「聖君、もう見ちゃ駄目!」
「え?なんで?いいじゃん」
「よくない!エッチ!スケベ親父!」
「な、なんでだよ~~。なんでスケベ親父なんだよ~~。ちぇ~~~」
聖君は私の背中をシャワーで流すと、ぶつくさ言いながら、バスタブに入ってしまった。
「なんだか、落ち込むな、俺」
まだぶつくさ言ってる。私はそのすきに、体を洗った。
ふと、聖君のぶつくさ言う声がしなくなって、静かになったから、聖君を見てみると、私のことをじ~~っと見ていた。
「聖君、見ないでってば」
「髪も、洗ってあげようか?」
「いい。自分でできるから。それよりも聖君も髪、洗うんでしょ?」
「俺はいいよ、あとで」
「でも、のぼせない?」
「うん。のぼせてきた」
「え?」
「だから、髪洗ってあげようか?」
「…」
しょうがないな~~。
私がうなづくと、聖君はバスタブから出て、シャワーで私の髪を濡らし、シャンプーで髪を優しく洗い出した。
「下向いてて、苦しくない?」
「大丈夫」
「お腹大きくなってきたら、苦しそうだね」
「そうかも」
「あ、このシャンプー、母さんのだけどいいのかな」
「え?」
「けっこう高いシャンプーだけど、ま、いっか。杏樹のは安物だし、こっちの使っちゃえ」
「……」
って、いいの?本当に。私なら杏樹ちゃんのでよかったのにな。
「赤ちゃん洗うのってどんなだろう」
聖君が突然言った。
「小さいし、ぐにゃぐにゃしてそう。落としたら大変だよね」
「そりゃそうだよ」
「やっぱり、しっかりと俺、母親学級に行くからね。あ、父親学級か」
「くす」
「何?」
「ううん。聖君っていいお父さんだし、いい旦那さんだなって思って」
「え?まじでそう思ってる?まじで?」
「うん」
どうしたのかな。いきなり声が弾んだけど。
「へ~~~~!びっくりだな。桃子ちゃん、俺のことちゃんと旦那さんだって思ってるんだね」
「え?」
「そっか~」
ああ、私さっき、いい旦那さんだって言ったっけ。きゃ~~~~。自分で言って自分で照れる!
「旦那さんか~~。いい響きだよね~~。ね、奥さん」
聖君は声がにやついていた。
シャンプーを洗い流し、リンスをすると、聖君と交代して私がバスタブに入った。聖君は、バシャバシャって豪快に髪を濡らすと、髪も豪快に洗い出した。
私にはすごく優しく洗ってくれてたのにな~。そういえば、顔を洗うのも豪快だったっけ。
はあ。それにしても、腕の筋肉とか、きれいだよね。髪が濡れてると、また色っぽいんだよね、聖君は。
って、やばい!見惚れてた。じっと聖君を見ちゃった。これじゃ、聖君のことエッチって言えないよ。
私はそう思って、慌てて後ろを向いた。
聖君の家のバスタブは本当に広い。余裕で、3人くらいは入れそうだ。
お風呂場には、観葉植物も置いてあり、広めの窓もある。窓の外にも緑があり、外からは見えないような、囲いがしてある。
とっても、のびのびとしていて、気持ちがいいお風呂だ。
「はあ。極楽~」
と、ちょっとそんなことを言ってみた。すると聖君が髪を洗い終えて、バスタブに入ってきて、同じことをつぶやいた。
「はあ~~。極楽」
そう言うと、聖君はにっこりと笑い、私のそばに来て、くっついてきた。
「やっと、桃子ちゃんと一緒にお風呂に入れた」
そういえば、かなり前から言ってたもんな~。旅行に行ったときも言ってたっけ。
聖君は私の後ろに回りこみ、後ろから抱きついてきた。
「凪~~。凪もお風呂入ると、なんかわかるのかな」
そう言って私のお腹に両腕を回してきて、触った。
「…」
やばい。お風呂の熱さでなく、どきどきしてのぼせそうだ。
「桃子ちゃん」
「ん?」
耳元で呼ばれてくすぐったかった。
「なんでも甘えていいから。まじで、俺が嫌がったり、困ったりするなんて考えなくていいよ」
「え?」
「どうやって甘えていいかわからないならさ、とりあえず、言いたいこと言ったり、してほしいこと言ったりして」
「…うん」
「俺、超能力者だったらよかった」
「は?」
いきなり何~~?
「そうしたら、桃子ちゃんが何を思ったり、望んでいるのか、わかるのにな」
「…」
もう、聖君、言うことが可愛すぎ!
「俺、けっこうそういうのぴんとこないし、言ってくれないとわからないことばっかだから、言っていいからね。どんどん言っていいからね」
「うん」
「俺も、こうやって、思い切りわがまま通してるんだからさ」
「え?」
「一緒に風呂に入るってこと。桃子ちゃん、相当困ってたし、嫌がってたけど」
わかってたの~~?
「でも、俺のわがまま通しちゃった。へへ」
へへって、もう~~。あ~~。そういうところが可愛いから、許しちゃうっていうか、はじめから怒ってもいないけど。
「怒った?それか呆れた?」
「怒ってもいないし、呆れてもいない。今、聖君って、本当に可愛いなって思っていたところ」
「まじで?」
「うん」
「あははは」
聖君は大笑いをすると、
「ね?だから桃子ちゃんもわがまま言ったり、甘えていいよ。俺、怒らないし呆れないし、きっと今の桃子ちゃんみたいに、桃子ちゃんのこと可愛いなって、そう思うだけだからさ」
「あ、そうか~」
「うん。で、もっと桃子ちゃんに惚れるかもしれないけど!」
聖君はそう言うと、後ろからぎゅって抱きしめてきた。
うわ。ドキってした~~。さっきから、ドキドキしてるよ~~~。
「愛してるよ、桃子ちゃん」
「うん、私も」
「私も?何?その先…」
「あ、愛してるよ…、聖君」
私の声は、最後、聞こえないくらい小さくなってしまった。
そうしたら、聖君は、
「ぎゅ~~~~!桃子ちゃん、照れてる?可愛い~~~」
とまた、私を抱きしめてきた。