第24話 ラブラブ
お昼ご飯がすむと、聖君のお父さんは、さっきまでばら撒いていた書類を茶封筒に入れ、
「さ、またちょっと出てくるよ。くるみに言っておいてもらえる?夕方には戻るって」
と言って、クロの背中をなで、玄関から出て行った。
それからテレビを観ながら、クロの背中をなでていると、聖君が自分のお昼とコーヒーを持ってリビングに来た。
「あれ?父さんは?」
「さっき、出て行ったよ。夕方には戻るって、お母さんに伝えてって言ってた」
「そう。わかった。俺から母さんには言っとく」
聖君はどかって座ると、
「あ~~、腹減った~~」
と言って、いただきますと元気に食べ出した。
「うめ!」
ああ、さっきのお父さんと同じ表情をして食べてるよ。可愛いな~。
「麦さんは?」
「カウンターで食べてる。なんで?」
「ううん。いつも聖君だけはリビングで食べるの?」
「あ~~、カウンターでバイトの子と食べるときもあるし、父さんがリビングにいるときは、リビングに来て、一緒に食べたりもするし、いろいろかな」
「ふうん」
「今日は、桃子ちゃんがこっちにいるから、俺もこっち」
「え?」
聖君はそう言うと、にこっと微笑んだ。うわ。可愛いな~、もう。
聖君は、ご飯をきれいにたいらげると、美味しそうにコーヒーを飲み、
「ご馳走様でした~~」
と、にこにこしながら言った。
「なんか、聖君、ご機嫌だね。いいことあったの?」
「え?」
聖君が目を丸くしてこっちを向いた。
「何その質問…」
「え?私、変なこと聞いた?」
「俺がご機嫌なのは、桃子ちゃんと一緒にいるからに決まってるじゃん」
「…」
一気に顔が熱くなった。ああ、こんなこと言われたら、前なら、また冗談ばかり言ってからかって~~って言い返すところだけど、さっきのお父さんの、私にくびったけって話を聞いちゃってるから、これも本気で言ってるのかもっていう気になっちゃう。
「あ、真っ赤だ。あははは、可愛い」
ああ、笑われた~。やっぱり、からかわれてるだけ?と思っていると、
「桃子ちゅわん」
「え?」
聖君がいきなり、抱きついて甘えてきた。
「あのさ~、今日、俺んちに泊まるじゃん」
「うん」
「一緒に風呂、入ろうね」
「どひぇ?」
「どひぇ?何そのリアクション…」
「だ、だって、そんなの恥ずかしいし、お母さんやお父さんになんて思われるか」
「夫婦なんだからいいじゃん。それに、父さんと母さんも一緒に入ってるんだから、どうも思わないよ」
私はそう言われたけど、首をぐるぐる横に振った。
「なんで~~?なんでだよ~~~」
聖君が思い切り、駄々をこねている。
「恥ずかしいもん」
「なんで?」
「恥ずかしいものは、恥ずかしいから、駄目。絶対に駄目」
「え~~~」
聖君はそう言うと、また抱きしめてきた。
「桃子ちゃんちじゃさ、俺も遠慮してたけどさ、うちなら、風呂も大きいし、一緒に入れるって俺、すげえ楽しみにしてたのにな~」
きゃ~~、そんなこと言われても。
「ま、いっか」
聖君が突然、開き直ったのかそう言った。
あれ?簡単にあきらめてくれたな。もっと駄々こねるかと思ってたのにな。
「夜になったら、桃子ちゃんの気も変わるかもしれないしね」
聖君はそう言うと、私に思い切りキスをしてきた。うわ。なんなんだ、その夜になったら気が変わるかもって言うのは~~。
私は真っ赤になりながら、聖君に抱きついていた。なにしろ、聖君は力が抜けるようなキスをしているから。
「あ…」
あ?今の、誰の声?
聖君もその声に気がつき、唇を離すと後ろを向いた。
「麦ちゃん?」
わあ。麦さんに見られた~~!聖君も慌てて、私から離れて座りなおした。
「い、いつからいた?」
「今…。リビングでは、あまりいちゃつかないでくれないかな。誰が入ってくるかもわからないんだし」
麦さんは、冷ややかにそう言うと、聖君の食べたものをトレイに乗せ、お店に戻っていった。
「どひゃ。見られた。やばい。これからは、俺の部屋に行ってから、いちゃつこうね」
聖君がめずらしく、真っ赤になってそう言った。ひまわりに見られても、けっこう落ち着いていたのに、麦さんだと違うのかな。
「ああ。キス以上、しないでよかった」
ええ?何?何をしようとしてたの~~!
聖君は時計を見ると、
「もうちょっと休んでいられるかな。桃子ちゃん、部屋行こう」
と言って、立ち上がった。
「キス以上は、部屋に行っても無しだよ?」
私が立つ前にそう言うと、
「え?そうか。そうだよね、昼間から駄目だよね、やっぱ」
と聖君は、ちょっとがっかりした顔でそう言った。
私たちが階段をあがると、後ろからクロもくっついてきた。
「クロ、もしかして、監視役?」
と聖君は言いながら、クロも部屋に入れた。クロは嬉しそうに尻尾を振りながら、部屋に入った。
「さっきね、聖君の高校の卒業アルバム見ていたんだ」
私がそう言って、本棚からアルバムを取り出すと、
「ああ、そういえば、本棚に閉まってあったんだっけ。俺、もらってから、ちゃんと見てないんだよね」
と、聖君は、まったく興味なしって感じでそう言った。
「聖君、いっぱい写ってるよ」
「そうなの?」
「本当に見てないんだね」
「うん」
そういうものなのかな。高校の思い出のものなのに。
「このアルバム、家に持っていってもいい?」
「桃子ちゃんの家?なんで?」
「だって、ここに写ってる聖君、かっこいいんだもん」
「…」
聖君が赤くなった。
「あ、待って、待って。今の顔、デジカメに撮っておくから、もう一回」
私が慌てて、カバンからデジカメを取り出し、構えると、
「もう無理です。だいいち、さっきどんな顔をしてたかも、忘れちゃったよ、俺」
と、かなり無表情な顔で言われてしまった。
「なんだ。残念」
私ががっかりしていると、聖君はくすって笑った。そして抱きついてくると、
「桃子ちゅわわん」
と甘えてきた。
「なあに?」
「キス以上は駄目だけど、キスはいいんだよね?」
「え?」
聖君は私がいいと言う前に、キスをしてきた。それから、またぎゅって抱きしめると、
「来週の水曜、楽しみだね」
と耳元でささやいた。
「お店のものを買いに行くんだよね。私も楽しみ」
「ひっさびさのデートだもんね」
「え?」
「どこに行く?新百合丘に雑貨屋あるかな」
「…」
「それとも、車出してどこかに行く?」
「デートを楽しみにしててくれてるの?聖君」
「え?そうだよ、当たり前じゃん」
「麦さんに断ったのは、私に気を使ってじゃなくって」
「え?ああ、麦ちゃんに一緒に行こうって言われたときのこと?」
「うん」
「桃子ちゃんとデートに行きたいからに決まってるじゃん」
やっぱり、聖君のお父さんが言ってたとおり。
「桃子ちゃん、なんか目、潤んでない?」
「嬉しくって」
「へ?」
「聖君が、私と一緒にいる時間を大事にしてくれたり、喜んでくれてるのが」
「…」
聖君は目を細めると、
「なんだよ~~。そんなの当たり前じゃん。そんな当たり前のことで、桃子ちゃん、感動して泣かないでってば」
と抱きしめてきた。
「ほんと、桃子ちゃん、めっちゃ可愛いんだから。だから、俺、今でも桃子ちゃんにまいってるんだよな~」
「え?」
「ぎゅ~~~」
あ、ぎゅ~って言いながら、抱きしめてる。
「もう少しこうやって、抱きしめていたい」
「うん」
「でも、店行かなくっちゃ。休憩時間も終わりだ」
「何か、私も手伝うよ」
「じゃ、スコーン焼くの手伝って」
「うん」
私は聖君のあとに続いて、一階に下りた。クロも尻尾を振りながらついてきた。
クロは監視役?なんて言ってたけど、聖君が私を抱きしめてる間、クロは嬉しそうに尻尾を振って、ちょこんと座ってたよ。
私と聖君が仲がいいと、クロも嬉しいみたいだ。
お店に行くと、朱実さんがいた。聖君は、朱実さんに挨拶をして、それからエプロンをつけ、キッチンに入った。私もエプロンをつけ、キッチンに行くと、後ろから麦さんに声をかけられた。
「手伝いに入るの?桃子ちゃん」
麦さんは、朱実さんと交代で、もうバイトはあがりの時間みたいだ。
「スコーン焼くのを手伝おうかと思って」
そう言うと、聖君のお母さんが、
「大丈夫よ、聖と私でやっちゃえるから」
と、私に言ってきた。
聖君を見ると、うんってうなづいていた。
「じゃあ、カウンターで話をしてもいいかな、桃子ちゃん」
「はい」
私と麦さんがカウンターに座ると、聖君のお母さんが、私にはホットミルク、麦さんにはコーヒーを持ってきた。
「あ、ありがとうございます」
麦さんと私は、お礼を言って、しばらく黙ってそれぞれの飲み物を飲んでいた。
「あのね」
麦さんは、私の方を向かず、まん前を向きながら、話し出した。
「妹に、聖君に言われたように、私の気持ちをそのまんま、言ってみたんだ」
「え?」
「本当は、仲良くなれたらいいなって思ってた。でも、意地っ張りでできなかった。それに、母と父の離婚はショックだったし、前の父親のことは好きだったし、だから、なかなか、再婚しても、前の父親のことを忘れられなかったって」
「…」
麦さんは、黙って、コーヒーカップを持ち、コーヒーを飲むと、それをゆっくりとお皿に置き、
「美味しい。れいんどろっぷすのコーヒーは、本当に美味しい。あ、でも、桃子ちゃんはコーヒー嫌いなの?あまり飲んでるところをみないけど」
と聞いてきた。
「いえ。本当はカフェオレの甘いのが好きで。でも、今ちょっとコーヒーが苦手で、ホットミルクを飲んでるんです」
「苦手?」
「はい、ちょっと」
まさか、お腹の赤ちゃんによくないからとは、言えないもんな。
「そう…」
麦さんはそう言うと、また前を向いて、それから、
「妹、泣いちゃったんだ」
と、優しい表情で話を続けた。
「泣いた?どうしてですか?」
私が聞くと、麦さんは私の方を向き、
「あの子、お父さんが大好きで、お父さんを取られたみたいに思っちゃったんだって。でも、大好きだから、お父さんは困らせたくない。それでお母さんとは仲いい振りをして、影で悪く言って…。でもね、本当は私と一緒。家族ができたこと、心の奥では、喜びたかったし、私とも仲良くしたかったんだって」
と、そう正直に話してくれた。
「…そうなんですか」
「だけど、私が冷たかったから、ずっと寂しい、悲しい思いをしてきたみたい」
「…」
「私が心を開いて、本当のことを言ったら、妹も心を開いてくれた。泣いて、本当のことを言ってくれて嬉しいって言ってくれたんだ」
「良かったですね」
「うん。聖君と桃子ちゃんのおかげだよ」
「私?私は何も…」
「ううん。もし、妹にもっと嫌われて傷ついても、聖君や桃子ちゃんがなぐさめてくれるんだろうなって思えたから、勇気出せたの」
麦さんの目は、潤んでいた。私まで、感動して泣いてしまった。
「桃子ちゃん、なんで泣いてるの?」
「えっと、嬉しくってかな?」
「え?どうして嬉しいの?」
「だって、麦さんが勇気を出せたり、妹さんが心を開いてくれたりしたこと、嬉しいし、それに、私、麦さんの役に立てたんだって思ったら、嬉しいし」
「ええ?そんなことで泣いてくれてるの?」
「お、おかしいですよね。よく、聖君にも笑われます」
「おかしくはないけど…」
麦さんはそう言うと、慌てて上を向いて、涙が流れるのを止めていた。
「な、泣いてもいいですよ?」
「え?」
「私も泣いちゃってるし、大丈夫です。今、お客さんもいないし」
「あ、本当だ」
麦さんは後ろを向いて、お客がいないことを確認していた。そして、私の方を向くと、
「ふふ」
と笑ってから、ボロっと涙を流した。
「桃子ちゃんって、面白い。でも、聖君が言うとおり、あったかいよね」
ボロボロと涙を流して、麦さんはしばらく肩をすぼめて泣いていた。
「ほいっ」
後ろから聖君が来て、ハンドタオルを麦さんに渡した。
「え?あ、聖君」
麦さんが顔を上げた。
「母さんが、渡してこいってさ。あと、もっと声上げて泣きたかったら、いつでもリビングに行って泣いていいって」
聖君は麦さんに優しくそう言うと、麦さんの背中をぽんとたたいた。
それから、私に向かって、
「はい。桃子ちゃんはティッシュね。鼻水出るくらい、泣いちゃうでしょ?どうせ」
と、にかって笑って、ティッシュの箱を私の前に置いた。
「そ、そんなに泣かないよ~~」
「あはは。でもすでに、鼻出てるし」
そう言われ、慌ててティッシュで鼻をかむと、
「ね?役に立ったでしょ?」
と聖君は顔を近づけそう言って、私の頭をくしゃってなでた。
聖君がキッチンに戻ると、麦さんは小さな声で、
「聖君は、本当に桃子ちゃんが好きだよね」
とそう言った。
「え?」
「桃子ちゃんのことよく見てるし、大事にしてるなって、本当にそう思う」
「…」
なんて言っていいかわからず、私は黙っていた。
「私も、私のことを大事に思ってくれる人、見つけるんだ」
「…」
「あ、でも、桃子ちゃんを見てると、大事に思われてるだけじゃないんだよね」
「え?」
「大事に思ってる。聖君と桃子ちゃんは、大事に思い合ってる。相手のことをちゃんと考えて、いっつも行動してるって、そんなふうに見える」
「そ、そうですか?」
「うん。聖君は、桃子ちゃんにもっと甘えてほしいって言ってるし、桃子ちゃんは、聖君を思いやって、わがまま言わないでいるし」
「そ、そんなことないです。私わがままです」
「そうかな~。もうちょっと甘えたり、わがまま言ってもいいくらいかなって、思うけどな」
驚いた。いっつも私に棘のある言葉を言っていた麦さんと、同一人物とは思えないほどだ。
「桐太って、桃子ちゃんには優しいじゃない?」
「え?はい」
「それって、桃子ちゃんが桐太に優しいからなのよね」
「え?」
「桃子ちゃんのほうが、ちゃんと桐太に心を開いてるからなんだよね」
「…そのへんは、よくわかんないです。どっちが先に心を開いたかなんて。でも、聖君が桐太のいろんな思いを聞いて、受け止めたから、それで桐太は、心を開けたんじゃないかって私は思ってるんです」
「聖君が?でも、聖君は桃子ちゃんが心を開かせたって」
「…そんなことないんですけどね」
私がそう言うと、麦さんはくすって笑って、
「なんだか、不思議なカップルよね」
と私にそう言った。
「それにしても、ラブラブよね。さっき、びっくりしちゃった」
「え?」
「リビングに行ったら、キスしてるんだもん」
わあ。そうだった。見られちゃったんだ。
「いいな。私も、早くに彼氏、欲しくなっちゃった。うん、やっぱり、彼、見つけよう。一人身は寂しいわ」
麦さんはそう言うと、またにっこりと私に微笑み、そして、コーヒーを飲み干すと席を立った。
「じゃあ、桃子ちゃん、今日は話せてよかった。ありがとうね」
麦さんは私にそう言ってから、コーヒーカップを持ってキッチンに行き、
「それじゃ、お先に失礼します」
と元気に言って、お店を出て行った。