第23話 くびったけ
聖君のおじいさんとおばあさんが伊豆に帰り、私と聖君は、聖君の家に泊まりに行くことになった。2~3泊できるくらいの用意をして、朝、聖君と一緒に車でれいんどろっぷすに行った。
その日も天気は良くて、暑かった。すっかりつわりもおさまり、暑さが続くというのに、私は食欲もあり、最近、調子がいい。聖君も夏バテなんてしたことないでしょうっていうくらい、夏だろうがなんだろうが、とても元気だ。
「もう、8月も終わるし、夏も終わりだよな」
運転しながら聖君はぼそっとそう言った。
「あまり、夏、満喫できなかったね、聖君」
「俺?俺は潜りにも行けたし、合宿にだって泊まりで行ったし、夏を満喫できていないのは、桃子ちゃんのほうでしょ?」
聖君は私をちらっと見てそう言った。
「私は別に…。そんなに夏、得意なほうじゃないし」
「そっか」
聖君は「そっか」と言ったきり、黙り込んだ。何か、考え事をしてるんだろうか。
「大学、9月の半ばまで夏休みなんだ。でも、高校はもうすぐ始まるんだよね」
「うん。退学にならなければね」
また聖君は黙り込んだ。
「夏休みがあけたら、結果がわかるのかな」
「結果?」
「私が退学になるのかどうか」
「そうだね」
聖君、心配してるのかな。
「でも、退学にならなかったら、朝早くに出て、夕方帰ってくるんだよね」
「え?うん」
「俺も、桃子ちゃんの起きる時間には起きるけど」
「?」
「桃子ちゃんの方が早くに、出かけることになるんだね」
「うん」
あ、あれれ?なんか、寂しがってない?聖君。ため息ついてるよ。
「夏休みっていいよな~~。桃子ちゃんといられる時間が長くってさ」
「…」
「あ、よそう。今日はずっと桃子ちゃんといられるんだし、そんな先のこと考えて暗くなるの」
え~~~~?暗くなるも何も、一緒に暮らしてるのに?
ひょえ~~。なんだか、もしかすると聖君、私が思っている以上に私と一緒にいられる時間を、喜んでくれてるの?
お店に着くと、聖君のお母さんはにこにこしながら出迎えてくれた。
「桃子ちゃん、体調はどう?」
「すごく元気です」
「そう、良かったわ~~。あ、聖、桃子ちゃんの荷物は2階に持っていってあげてね」
「うん」
聖君はそう言うと、2階にあがっていった。私は、聖君のお母さんに言われて、カウンターに座った。
「桃子ちゃんはゆっくりしてていいわよ」
「でも、何かお手伝い…」
「いいの、いいの。ゆっくりしててね」
安定期って4ヶ月くらいから?だとしたら、もう大丈夫なんだけどな。
「あの、家でももう、夕飯のお手伝いとかしてるんです。だから、お手伝い、何かできると思うんですけど」
「…そう?じゃ、お願いしようかしら。野菜切るのを手伝ってくれる?」
「はい」
私はエプロンをつけ、キッチンに行った。
「あれ?桃子ちゃん、キッチンに入るの?」
聖君がお店の方にやってきて、そう聞いた。
「うん。ちょっとなら、手伝えるから」
「そっか。でもあまり、無理しないでね」
「うん」
クロが、リビングにいたのか、聖君と一緒にお店にやってきて、聖君の足元でじゃれついていた。
「父さんいないの?」
聖君がクロに聞いた。
「打ち合わせで出てるわよ」
聖君のお母さんがそう答えた。
「杏樹は塾?」
「今日は塾ないけど、デート」
「え?!デート~~?」
「海に泳ぎに行ってる。朝早くに出て行ったわよ」
「海?まさか、彼氏と二人で?」
「いいじゃないのよ。もう中3なんだし、二人で行っても」
「う~~~~~~~ん」
聖君は難しい顔をして、うなりだした。
「まったく、爽太よりうるさいんだから。これじゃ、凪ちゃんが女の子だったら、大変だわね」
聖君のお母さんが、呆れたって顔をしてそう言った。
「え?あ~~~~、そうじゃん!女の子だったら、いつか、彼氏とか連れてきたり、デートとか行っちゃったり、それどころか、結婚とか!子供ができましたとか!そんなことがあるんじゃんか~~~!!!」
聖君は顔を青くして、頭を抱えた。
「何を言ってるのかしらね?聖だって、まだ高校生の桃子ちゃんに、手をだしたりしたくせに」
うわ!聖君のお母さんが、そんなことを言うとは思わなかった。私は思わず、真っ赤になり、聖君は、目を点にして黙り込んだ。
「こ、高校生。凪が高校生で、妊娠したりしたらどうしよう」
聖君、考え込んでいたのは、そこ?お母さんじゃないけれど、それ、自分のこと思い切り棚にあげてるよって言いたいよ、ほんとに。
「おはようございま~~す」
すごく元気に麦さんが、お店に入ってきた。あ、今日は麦さんがバイトの日なのか。
「あ…」
麦さんは私のことを見ると、少し顔を赤くした。え?どうして?
「桃子ちゃん、お手伝いに来たの?」
「はい」
「そっか~。じゃ、今日はお店にずっといるの?」
「え?はい」
「じゃあ、あとで、話を聞いてくれるかな」
「?」
「あ、時間があったらでいいんだけど」
「はい」
話?ああ、もしかして妹さんのことかな?
麦さんはエプロンをつけると、聖君と一緒に店の掃除を始めた。
「今日も混むかな~。外めっちゃ暑いから、涼みに来そうだよね」
麦さんは、聖君に話しかけた。
「うん。あ、そういえば、海、潜りに行ったんでしょ?菊ちゃんたちと」
「うん。楽しかったよ。天気も良かったし、海、綺麗だった」
「そっか~~」
「聖君も来ればよかったのに。水曜、定休日だったじゃない」
「あ、ああ。でも、いろいろと用事があったから」
「そうなの?ああ、そっか。デートか」
「うん」
聖君はうんって思い切りうなづいた。水曜はデートというより、検診だったんだけどな。
デートか。そういえば、デートらしいデートもしていないかも、最近。
「来月も一回、潜りに行こうかって話があるんだけど、どうする?聖君」
「俺?う~~ん、店あるしな~~」
「休めないの?」
「う~~ん、ちょっとね」
聖君はそう言うと、外の掃除をしに出て行ってしまった。
そういうの、私に遠慮してるのかな。それとも、本当にお店を休むことができないんだろうか。
私は野菜も切り終え、スコーンの手伝いを始めた。麦さんは一人で、テーブルセッティングをしていた。
「外、あっち~~~」
外の掃除を終えた聖君が、大きな声でそう言いながら入ってくると、キッチンまで来て、水をコップに入れ、飲み干した。
「秋の模様替え、どうする?母さん」
聖君が聖君のお母さんに聞いた。
「そうね~。今年の秋は何色で統一しようかしら」
わあ、なんだかそういうのを聞いているだけでわくわくしてくる。
「桃子ちゃんは秋って、何色のイメージ?」
聖君がいきなり私に聞いてきた。
「え?えっと~~。銀杏の黄色とか、サツマイモの紫とか…」
「サツマイモ?いいわね!そうだ、聖。今年は和でいかない?」
聖君のお母さんが目を輝かせて、そう言った。
「和?」
聖君の目が点になった。
「ちょっと和の模様が入ったものにして、ランチも和にしたり、サツマイモのデザートにしたり」
「栗もいいですよね!」
それを聞いていた麦さんが、話に加わってきた。
「栗のデザートもうまそう!」
聖君ものってきた。
「9月は、お月見にかけて、ウサギの模様の入った和のランチョンマットとかどうかしら」
「可愛いかも」
麦さんが喜んだ。
「じゃあ、そういうのがあるかどうか、雑貨屋に行って、探してみないとな」
聖君が目を輝かせて言った。ああ、前にも雑貨屋で、わくわくしながら買い物していたっけ。
「一緒に行かない?聖君」
麦さんがそう提案した。でも、聖君は、
「え?ああ…。でも、桃子ちゃんと行こうかな」
と、頭を掻きながら、そう言った。
「そうか、そうよね。彼女と一緒に行きたいわよね」
麦さんは、ちょっとがっかりした顔でつぶやいた。
「でも、桃子ちゃん、大丈夫なの?」
聖君のお母さんが聞いてきた。
「あ、はい。私だったら全然。それに暇ですし」
私がそう言うと、聖君のお母さんはほっとした顔をして、
「じゃ、桃子ちゃん、聖、お願いね」
とにっこりと笑った。
嬉しいな。役に立てられるし、聖君とデートもできる。
あ、聖君はもしかして、私に気を使って、麦さんと行くのを断ったのかな。
11時、お店を開店させると、すぐに一組のお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ」
聖君がにっこりと微笑んで出迎えると、入ってきたお客さんは真っ赤になっていた。
そのお客さんは、大学生か、高校生か、お化粧が派手で、ミニスカートをはき、露出度の高いタンクトップを着ている。
「こちらにどうぞ」
聖君は窓際の席を案内した。それから麦さんがメニューと水を持っていった。
聖君は、キッチンに来て、ランチの手伝いを始めた。麦さんは、
「ランチ二つ」
と、オーダーをしにキッチンに来て、すごく小声で、
「あの二人、聖君目当て。あとで、聖君を呼んでくださいって言われたよ」
と聖君に言った。
「ええ?」
聖君目当て?
「またか~~」
聖君は頭をぼりって掻いた。また?またってことは、前にもあったの?
「さあて、どうしようかな~~」
聖君はぼそってそう言うと、ランチのセットを持ってテーブルに向かった。
「お待たせしました」
私と麦さんは、キッチンからこっそりとどうするのかを見ていた。聖君は、いつもの笑顔でランチのセットをテーブルに置いた。
「こんにちは~。聖君。この前も来たんだけど、覚えてるかな?」
二人のうちの一人がそう言った。
「えっと、すみません。毎日違うお客さんがたくさん来るから、覚えてなくて」
「え~~。覚えてないの?なんだ~~。でも、今日覚えてね。ここ、定休日水曜でしょ?一緒に海に行かない?」
「すみません、定休日はいろいろと店の買い物とかがあって、それなりに忙しいんですよ」
聖君の笑顔はずっと一緒で、さわやかなままだ。
「忙しいんだ、大変だよね。聖君って大学生なんでしょ?」
「はい」
「夏休みの間、バイトなの?それじゃデートもできないじゃない」
「あ、もしかして彼女いないとか?こんなかっこよかったら、それはないよね~」
聖君はそれを聞くと、にっこりとまた最高の笑顔を作り、
「彼女いますよ。それに毎日のように会えてるんで、デートも必要ないくらいなんです」
とテレもせず、そう言い切った。
「え?」
それを聞いていたお客さんの方が、真っ白になっていた。
「そ、そうなの?そうだよね、彼女くらいいるよね~~」
お客さんは二人して、笑っていたけど、相当なショックを受けてるようで、目が死んでいた。
「あら~~、聖、また最高の笑顔で、ばっさりと切ったわね」
「え?」
聖君のお母さんもキッチンから聖君をのぞき、そう言った。
「ほんと、聖君はシャイなくせに、ああいうことはちゃんと言いますよね」
麦さんも聖君のお母さんの言うことにうなづきながら、そう言った。
「そうなのよね。最近、誰にでも優しいし、ちゃんと受け答えてはいるんだけどね。でも、ああやって、ばしって断るところは前と変わらないわね」
「はあ…」
私が力なくそう答えると、
「桃子ちゃん、だから安心していいわよ。あの子目当ての子もああやって、聖からばしって言われると、もうこなくなっちゃうから」
と聖君のお母さんは、優しくそう言ってくれた。
「でも、それじゃ、お客さんが減る…」
「うちのお店のファンだけが残ってくれるから、それでいいのよ」
聖君のお母さんはそう言うと、にっこりと笑った。
「桃子ちゃん、麦さんもいるし、あとは大丈夫だから、リビングで休んでていいわよ」
聖君のお母さんにそう言われ、私はリビングにあがった。
リビングには、聖君のお父さんがいて、どうやらリビングで仕事をしていたようだ。お父さんの後ろには、クロが寝そべっていた。
「あ、こんにちは」
「桃子ちゃん、いらっしゃい。今日泊まっていくんだって?」
「はい」
「ああ、ごめんね、今、仕事の資料がそのへんに散らばってて。今、片付けるね」
「いいです、続けてください。私、上で休んでいます」
「うん、聖の部屋で、エアコンつけて涼んでるといいよ」
「はい」
私は2階にあがり、聖君の部屋に入った。
ああ、聖君の匂いがする。エアコンをつけ、ベッドに座った。
なんだか、ここって懐かしいな。よく、聖君の部屋に来ると、こうやってベッドに座って聖君と話をしたっけ。
聖君は、パソコンを持ってくると言いながらも、結局我が家には持ってこなかった。パソコンを使いたいときには、母のを借りてダイニングでしているが、ほとんどうちで、パソコンをすることはなかった。なにしろ、うちにいる時には、父や母、それかひまわりと話しているか、でなければ、私の部屋で私にひっついてるかで、パソコンを開く時間すらない感じだし。
きっと、バイトをしに来てるときの、休憩時間にこの部屋でパソコンを開いてるんだろうな~。
そう思うと、なんだか、我が家では聖君のプライベートの時間がまったくないんじゃないかって気がして、申し訳ないような気持ちになる。
それに、水曜日だって、もっと自由にしたいんじゃないのかな。葉君や、基樹君とどこか遊びに行ったり、サークルにだって行きたいんじゃないのかな。
本棚のところに行き、聖君の高校の卒業アルバムを取り出し、めくってみた。
ああ、そういえば、今日もデジカメ持ってきてるけど、お店じゃお客さんもいるし、撮りにくいな。
なんて思いながら、私はしばらく、ベッドの上に座り、アルバムを眺めていた。
文化祭で聖君が歌っているのが、ドアップで写っていた。めちゃ、かっこいい。それからクラス写真。聖君は真顔で写っている。
それから体育祭。聖君が思い切り走っている姿が写っている。そして、球技大会では、聖君がバスケでシュートをしている姿。それに、修学旅行では友達と、大きな口を開けて笑っている姿。
なんだか、この卒業アルバム、聖君の写真がやけに多い。多分、アルバム委員さんが、聖君のファンだったんだろうな~。
いいな。これ、私の家に持って行っちゃだめかな。このバスケをしてる聖君もかっこいいし、真顔の聖君もかっこいい。
聖君のベッドにドスンと寝転がってみた。そしてイルカのぬいぐるみを抱きしめた。
「いいね、君はずっと聖君に抱きしめられてたんでしょう?」
とイルカに言ってから、はたと気がついた。
「そうか。今は、私が抱きしめられて寝てるんだっけ」
自分でそう言ってから、顔から火がでたように熱くなった。
聖君の部屋、落ち着く。私の部屋もピンクのカーテンをやめて、ベージュにしたから、少しはましになったけど、それでもまだ、ここまでシックじゃないし、聖君は落ち着かないんじゃないのかな。私の部屋にも、何枚か、海の写真を貼ってみようかな。
聖君の机の上を見た。一個の写真たてにはイルカの写真。そしてもう一個には、私との写真が入っている。いつだっけか、海で二人で撮った写真だ。菜摘が撮ってくれたんだよね。私ってば、顔が真っ赤だ。これ、日に焼けてるからじゃなくって、聖君に肩を抱かれてるから、赤くなってるんだと思う。
ああ、こんな写真を聖君は、いつも見てるんだな~~。そう思うと、なんだか恥ずかしい。
机の引き出しには何が入ってるんだろうか。でも、覗き見をするのは悪い気がして、開けるのをやめた。
今度は机の椅子に座ってみた。そして、机にうつぶせてみた。
ここにこうやって座って、勉強とかしてるんだよね。そんなことをして、ぼ~~っと聖君の部屋にいると、聖君のお父さんが部屋までやってきた。
「桃子ちゃん、お昼リビングに用意したから、一緒に食べちゃおうか」
「はい。今、おります」
私は、聖君の部屋を出て、一階におりた。リビングのテーブルには、二人分のご飯の用意がしてあって、聖君のお父さんがにこにこしながら、座っている。
「いただきます」
私がテーブルの前に座ると、聖君のお父さんが元気にそう言って、食べ出した。
「うめ~」
聖君のお父さんがそう言った。ああ、聖君にそっくりだ。
「明日、朝、聖、泳ぎに行くんだって?葉一君も誘うって言ってたけど、俺も誘われたよ」
「そうなんですか?」
「うん、桃子ちゃんは?って、海なんて暑いし、行かないほうがいいね」
「私はお店の手伝いをします」
「え?でも、体…」
「もう大丈夫です」
「そっか。もう安定期かな?」
「はい」
私はつわりが終わったとたん、食欲が出てきて、お昼ご飯もしっかりとたいらげた。
「日記はつけてるの?」
「はい、毎日。昨日は聖君の写真もいっぱい撮ったから、それも貼りました」
「あはは、それ、聞いたよ。桃子ちゃん、俺の写真バチバチ撮りまくるんだよ、まいっちゃうよって照れながら、あいつ言ってたよ」
「え?そうなんですか?」
「それから、今日、一緒に店に来れるのも、楽しみにしてたな」
「今日?」
「あいつさ~~、店閉めたら、ダッシュで桃子ちゃんの家に行っちゃうんだよ。俺やくるみが話をしようと思っても、明日ねって言ってさ」
「え、そうなんですか?」
「杏樹なんて、勉強教えてもらえないって、ぶつくさ言ってた。まあ、塾の講師に聞いたりしてるから、どうにかなってるみたいだけどね」
「知りませんでした」
「そうなの?」
「水曜も、お店のものを一緒に買いに行く予定になったんですけど、いいんでしょうか?」
「え?何が?」
聖君のお父さんは、きょとんとした。
「聖君のプライベートの時間、今、ないですよね。家族との時間もそんなになくなってるのに、いいのかな、私に気を使ってもらって」
「桃子ちゃんに気を使ってる?あいつが?」
「はい。麦さんが一緒に買いに行こうって、さっき、誘ったんです。でも、私と行くからって断って…。サークルの活動も、行けてないし、海だって、私のつわりがおさまるまで、行くの我慢してくれたんですよね」
「あはははははは」
聖君のお父さんが、大笑いをした。
「え?」
なんで笑われたかがわからず、私が戸惑っていると、
「それ、桃子ちゃんの思い違いもいいとこ!」
と、聖君のお父さんは、まだ笑いながら、私にそう言った。
「思い違いって?」
え?なんか私、変なこと言ったのかな。
「あいつ、別に桃子ちゃんに気を使ってるわけじゃないよ。それに、海に行くのも、我慢してないしさ」
「え?」
「店閉めて、さっさと車に乗って桃子ちゃんの家に行くのだって、桃子ちゃんに早くに会いたいからだし、休みの日に桃子ちゃんと出かけるのだって、桃子ちゃんといたいからだろうし、海に行かないのだって、ただ単に、桃子ちゃんといるほうがあいつにとって、嬉しいからだよ」
聖君のお父さんはそう言うと、目を細めて、
「あいつね、まじで、桃子ちゃんのことしか、今、頭にないから」
とそう言った。
「私のことしか?」
え~~~!
「あ、あと凪ちゃんのことかな」
「…」
「たまに、客がいなくなって、リビングでコーヒー飲みながら、ぼそって言うんだよ、桃子ちゃん、今、何してるかな~~とか」
「え?!」
「俺が聞き返すと、驚かれる。どうやら、思い切り、独り言みたいだね。たまに、電話かけようか、メールしようか、悩んでいるときもある」
「でも、バイトに行ってる間に、電話やメール来たことないですけど」
「そう。携帯開けて、ため息ついてるもん。ああ、またメールも来てないや。桃子ちゃんは、俺がいなくても寂しくないのかなって、ぼやいてる。だから、メールもうてないでいるみたい。今度、早く帰ってきて~~とか、寂しい~~っていうメールでも、送ってやって」
どひゃ~~~~。知らなかった!よく帰ってきてから、会えなくて寂しかった?とか聞いてくるけど、そうか、そういうの、もっと私が言ったり、メールしたほうがいいのか…。
「桃子ちゃんさ、あいつが桃子ちゃんにべった惚れなの知らないでしょう」
「へ?」
べった惚れ?!
「もしかして、桃子ちゃん、自分の方が聖のことを好きでいて、自分の想いの方が、でかいとか思ってない?」
「う…。はい、思っているかも。相当自分で呆れるくらい、聖君が好きだなって思います」
「でも、聖の方もすげえから」
「すげえ?」
「桃子ちゃんに、めちゃくちゃ、くびったけ」
「くびったけ?!!!!!」
「あはは。やっぱりびっくりした?くるみと言ってるんだ。付き合って何年にもなるし、結婚までして、一緒に暮らしてても、あんなに桃子ちゃんに惚れまくってるなんてすごいよねって」
「…」
え?え?え?
「でもまあ、俺とくるみも、いつまでもラブラブだけどね。なんてこんなこと言ったら、くるみに怒られるな」
「…」
うわ。今、聖君のお父さん、思い切りにやけた。その表情、聖君と似てる。
でも、驚きだ。聖君が私に、くびったけ?
惚れまくってる?
え~~~!!!
顔から火が出た。顔が思い切り熱いよ~~。
「俺が、いろいろとばらしちゃったってことは、内緒ね、桃子ちゃん」
聖君のお父さんがそう言うと、私にウインクをした。私は真っ赤になりながら、こくこくとうなづいた。