第22話 私はカメラマン
フワ…。何かが頬にかかる。フワフワしていて、くすぐったい。それからとても、落ちつく匂いがする。
「スウ~~~」
可愛い寝息が聞こえる。あ~~、この寝息も、なんだか安心するな~~。
ふと目が覚めた。目と鼻の先に聖君の顔があった。私の頬には聖君の髪の毛が、かかっていた。
わ!こんなに間近で寝ていたんだ。
あ~~~。可愛い。めっちゃ、可愛い。まつげ長いし、なんだか、まだまだ幼い子供のようにも見える。
は~~~~。しばらく、見惚れてしまう。
ちょっと聖君の手も、勝手につないでみる。大きい手だな。それにあったかい。それに爪の形綺麗だし、指も綺麗だ。
ああ~~~。めちゃくちゃ、幸せだな~~。
今度、凪の日記に貼るからと言って、いろんな聖君を写真に撮ろうかな。歯を磨いてるところ、寝ているところ、寝癖、おおあくび、食べてるところ、にこって微笑んでるところ、大笑いしてるところ、すねてるところ、真剣な顔も、目を細めて笑うところも。
あ~~~、聖君の写真集を作りたいくらいだ。こんなことを言ったら、また、変人扱いされちゃうかな~~。
「ん…」
あ、寝返りうっちゃった。顔向こうに向けちゃったよ。でも、寝癖が見れた。可愛い!
思わず、背中に顔をくっつけた。ああ、肩甲骨の形までが好き。
やっぱり、私、やばいよね~~。
「く~~~」
聖君、ぐっすり寝てる。後ろから抱きついちゃおうかな。そっと抱きしめてみようかな。
そ…。
ふわって、軽く聖君を後ろから抱きしめてみた。
うわ~~。幸せだ~~!!!
「んん?」
あ!起きちゃう?!聖君がまた、こっちを向いた。
あ、目、覚ましちゃった…。
「桃子ちゃん、おはよ…」
「おはよう」
ああ、まだ寝ぼけ顔だ~~。可愛いよ~~~。
「夢、見てた」
「え?どんな?」
「なんか変な夢」
「どんな?」
「…桃子ちゃんが、クロに変身して、俺の背中にのっかってくるっていうそんな夢。で、起きたら桃子ちゃんが、俺に抱きついてた」
「……そう…」
う~ん、複雑な夢だ。なぜ、私が私のまま抱きつかないで、クロに変身してるんだ?
「ずっと、俺に抱きついたまま寝てた?」
「ううん、抱きついたら、聖君起きちゃったの」
「そうなんだ」
聖君は、私を抱きしめると、
「もう!寝てるところを襲っちゃ駄目でしょ」
と、わけのわかんないことを言ってきた。
「襲ってないよ~~」
いや、でもな~。寝てるところが可愛いくて、抱きついちゃったから、これも襲ったことになるのかな~。
「あ~~。よく寝た。ところで、今日は何曜日だっけ?」
「木曜」
「ああ、そっか~。今日もバイトか~~」
疲れてるのかな。
「桃子ちゃん、もうすぐ学校始まるね」
「あ、まだ宿題が残ってた」
「今日の夜、見てあげるよ。何が残ってるの?」
「数学の問題集」
「ああ、それなら大丈夫」
「聖君、数学得意?」
「うん、俺、理数系だから」
「良かった~~」
「桃子ちゃんは、文科系?」
「うん。どっちかっていえばね」
「どっちかっていえば?じゃ、何が得意?」
「家庭科くらい」
「あ、そうか~~」
聖君はそう言うと、私の頭にキスをして、起き上がり、カーテンを開けた。
「うお!すげえいい天気。今日も暑そう!」
「聖君、今年は海で、泳げないね」
「う~~ん。今度早めに行って、泳ごうかな」
「ここからだと大変でしょ?江ノ島に泊まったら?」
「そうだね。つわりもおさまったし、俺の家に泊まるのも大丈夫かもね」
「え?私も?」
「…俺一人で、泊まらせようとしてた?」
「えっと、うん」
「俺にもう、実家に帰れって言うの?一人で?ひどい」
ええ?
「そんで、独身気分を味わいたいっていうんでしょ?たまには、一人にさせてくれよ、のびのび寝かせてくれよっていうんでしょ?」
なんで聖君、女言葉になってるんだろうか。
「聖君が、たまにはのんびりしたいかなって思って」
「俺が?まさか!」
「え?」
「桃子ちゃんと一緒じゃないと、もう寝れないよ、俺。一人じゃ寂しくって」
そう言うと、聖君は私を、ぎゅって抱きしめてきた。
「だから、一緒に俺んち、泊まろうね?なんなら、今日泊まる?」
「いいのかな、いきなりで」
「あ、そっか。まだ、ばあちゃんもじいちゃんもいるから、部屋がないし、布団もないか。俺のベッドに二人で寝るのは窮屈だしな~」
ちょっときょとんとして、聖君を見ていると、
「今日か、明日にじいちゃんたち帰るって言ってたから、土日にでも、泊まるか。ね?」
と聖君は可愛い笑顔で聞いてきた。
「うん。泊まるって、和室に?」
「うん。布団二つ並べて寝たほうがいいでしょ?あ、まさか、一人で和室に寝ようとしてないよね」
「もちろん」
「俺の隣で寝る気でいるよね?」
「もちろん」
「まじで?」
「うん。だって」
「だって?」
「聖君の隣で寝るの、落ち着くんだもん」
「俺、寝相悪くない?」
「うん。全然」
「そっか、良かった。じゃ、いびきとか」
「かいてないよ。いつも可愛い寝息がしてるけど」
「か、可愛い?」
「うん」
聖君は赤くなった。ああ、その顔も可愛いよ~~。
着替えが済むと、聖君は先に顔を洗いに行った。私はさっそく、写真にバチバチ撮ろうと思って、デジカメを持って一階に下りた。
キッチンには母がいて、ダイニングではもう、朝ごはんを済ませた父が、コーヒーを飲んでいた。
「おはよう、桃子」
「おはよう」
「昨日は楽しかったな~」
「うん、そうだね」
父は、まだ酔ってるかのように、にこにことしていた。
洗面所に行くと、聖君が歯を磨いていた。
チャンス!とばかりにデジカメで構えて、写真を撮ると、聖君が驚いた顔をして、
「何?なんで写真撮ってるの?」
と歯ブラシを口から出して、聞いてきた。
「凪の日記に貼るの、いろいろと撮ろうと思って」
「俺を?」
「うん」
「…い、いいけど、じゃ、明日は桃子ちゃんを撮るよ?」
「え?私はいいよ」
「駄目駄目!パパもママも撮って、日記に貼るの!」
そう聖君は言うと、口をゆすいだ。それから、顔をバシャバシャ洗うと、塗れた顔をあげた。
シャッターチャンス!カシャ!
「え?」
また聖君が驚いた。
「今、撮った?」
「あ、その顔も」
塗れた前髪を手であげるしぐさ、かっこいい!カシャ!
「…、えっと、そんなに撮られても」
「あ、いいの、気にしないで、普段の聖君を撮っておくんだから、普段どおりにしててくれてかまわないから」
「何それ。いきなり、桃子ちゃん、カメラマン?」
カシャ!今度はタオルで顔を拭くところ。それからちょっと照れた顔。
やばい!これは絶対に写真集ができる!
「あ~~。もういいよ~~。なんか照れくさくなってきた」
「じゃ、隠し撮りにする」
「え?何それ。怪しい」
「だって、いろんな聖君が撮りたいんだもん」
「だから、それって、桃子ちゃん用にするんでしょ?趣旨が違ってきてるって言ったじゃん」
「え~~~。だって…」
「…桃子ちゃん?」
「…」
上目遣いで聖君を見た。すると、聖君は、
「うわ。もしかして今、甘えてる?駄々こねてる?」
と聞いてきた。
「うん」
「か…」
か?
「可愛い~~~~」
聖君はそう言うと、むぎゅって抱きしめてきた。
あ、あれれ?なんでこうなるんだか。
「ちょっと、こんなところで、いちゃつかないでよ、朝っぱらから」
聖君の後ろにはいつの間にかひまわりがいて、冷ややかにそう言った。
「ひまわりちゃん、おはよう」
聖君はそう言いつつも、まだ私に抱きついていた。
「だから~~、お兄ちゃん」
「いいじゃん、新婚なんだもん。これくらい許してよ」
聖君はまだ、私に抱きついたまま、ひまわりにそう言った。
「もう~~、お兄ちゃん、なんだか、印象が変わってきた」
「え?どんなふうに?」
「…女の人と、いちゃついたり、甘えたりしないのかと思ってたから」
「あれ?そうなの?ああ、そういえば、ひまわりちゃんは、甘える男性嫌いだっけ?」
「うん」
わ。思い切り、うんってうなづいた。
「あはは。そのうちに、かんちゃんも甘えるようになるかもしれないのに」
聖君はやっと私から離れ、あはははって笑いながらダイニングに向かった。
「まさか、かんちゃんはけっこう、クールだよ~」
ひまわりは私の横で、ぼそってそう言った。
それはどうかな。聖君だって、甘えたり、いちゃついたりしないかとも思っていたし。かんちゃんだって、わかんないよな~。
聖君はダイニングに座ると、朝ごはんの用意をしている母に笑顔でなにやら、話しかけていた。父も着替えを済ませ、会社に行く準備を整え、ダイニングに来ると、しばらく聖君と話をして、それから、行ってきますと、家を出て行った。
聖君がうちで暮らすようになって、もうすぐ一月になるけど、もうすっかり我が家の家族の一員だなってそう思う。
聖君はたまに、客間に猫たちがいたりすると、ひょっこり客間に入り込み、遊んでいる。猫たちも、聖君にはなついている。
それから、時間があると、掃除の手伝いまでしている。母が、
「悪いからいいわよ、そんなことまでしてくれなくても」
と言うんだが
「あ、俺、家や店でも掃除よく手伝ってるから、大丈夫ですよ」
と、にっこりと答え、掃除の続きをする。
聖君は自分でも、俺は今すぐにでも一人で暮らせるくらい、家事をこなせると言っている。でも、
「一人じゃ暮らさないけどね。絶対に桃子ちゃんと暮らすしさ」
とそう付け加える。
そうか。家事ができる夫か~~。
それに、聖君は、区でやっている母親学級の、赤ちゃんのお風呂の入れ方を絶対に勉強しに行くと言い張っている。赤ちゃんをお風呂に入れるのは、絶対に俺の役目にするからね、と今から張り切っているくらいだ。
聖君は、本当に子煩悩になりそうだ。これって、もしや、理想の夫像なんじゃなかろうか。
私は宿題もあるので、今日は家にいることにした。
聖君を玄関で見送り、聖君は一人でれいんどろっぷすに行った。
玄関には母も見送りに出てくるから、まさか、いってらっしゃいのキスや、ハグはできない。それがちょっと、寂しいと言えば寂しい。
私は、その日、朝ごはんを美味しそうに食べる聖君、あくびをしている聖君、まだ寝癖のある聖君、しっぽを抱っこして、嬉しそうな聖君、掃除機をかける聖君、お皿を洗っている聖君、それだけの聖君を激写した。
今日早速、プリントアウトしよう。ああ、めちゃ楽しみだ。
これをアルバムにして、桐太にプレゼントするのもいいかもな。絶対に喜ぶな。でも、それを知った聖君は怒りそうだな。
いっぱいの写真を撮って、アルバムにすることを考えたら、私はわくわくでいっぱいになった。
きっと、凪も喜んでくれるよね?若いときのパパ、かっこいいってきっと言ってくれるね。
あ、そうか、年を重ねても、かっこいい聖君でいるんだっけね。
だけど、いいよね?ママがパパのファンでいても。それも、いいよね?
お腹に手を当て、小声で聞いてみた。この子はそんなママをあきれるのかな。それとも、そんなママでもいいよって言ってくれるかな。
しばらくは私はデジカメを持ち、聖君のことを追いかけるカメラマンになりそうだ。