第21話 結婚祝いパーティ
6時になり、ひまわりと母も一緒に車に乗り込み、れいんどろっぷすに行った。ひまわりはちょうど今日、バイトがお休みだった。昼間はかんちゃんとデートをしていたが、結婚祝いには参加するって張り切って、5時には家に帰ってきていた。
「かんちゃんも来たらよかったのに」
後部座席で母がひまわりに聞いた。
「誘ったんだよ。でも、恥ずかしいから行かないってさ」
と、ひまわりはちょっと寂しそうに答えた。
「杏樹、ひまわりちゃんに会えるの楽しみにしてるよ」
聖君が、バックミラー越しにひまわりを見てそう言うと
「私も楽しみ」
とひまわりはいきなり、元気になっていた。
れいんどろっぷすに着くと、すでにお店はにぎやかだった。葉君も桐太もいたし、会ったことのない人も数人いた。
「おお!聖~~、結婚おめでとう~!」
誰だかわからないけど、50代か60代くらいの男性が聖君の背中をばんばんとたたいていた。
「いてえよ。順おじさん、相変わらず元気だよね、ほんとに」
聖君がちょっと、困った顔をしていた。
「その子が桃子ちゃん?」
その人が聞いてきた。
「ああ、紹介する。桃子ちゃん、この人じいちゃんの弟で、順平おじさん。略して順おじさんでいいから」
「はじめまして!」
その人は私の手を取ると、ぶんぶん振った。これ、握手なんだよね。
「はじめまして」
私はぺこってお辞儀をした。このパワフルさ、聖君のおじいさんに似てる…。さすが兄弟だな。
「聖君、私たちにも奥さんを紹介して」
優しそうなおじいさんとおばあさんが、聖君にそう言って近寄ってきた。
「桃子ちゃん。この人たちは母さんのお母さんとお父さん」
「はじめまして、桃子です」
私はぺこりとお辞儀をした。
「はじめまして。くるみからは聞いていたけど、本当に可愛らしいわ~」
おばあさんが私を優しく見てそう言った。その横でおじいさんは、にこにこと微笑んでいた。
そうか~。聖君のおじいさんとおばあさんで、凪のひいおじいさんとひいおばあさんなんだ。
そこに、菜摘と菜摘のご両親がやってきた。
「桃子~~!」
「菜摘!」
「結婚おめでとう~~。これ、お花!」
「ありがとう~~」
すごく大きな花束を、菜摘がくれた。
「桃子ちゃん、おめでとう」
菜摘のお母さんがそう言ってくれた。
「梨果、稔!」
聖君のお母さんが、キッチンからいそいそと現れ、
「いらっしゃい~。あ、菜摘ちゃんも来てくれてありがとうね~~」
と、にこにこの笑顔で出迎えた。
「くるみ、おばあちゃんになっちゃうのね」
「そうよ~~。もうおばあちゃんよ」
聖君のお母さんと菜摘のお母さんは、それからしばらく楽しそうに話に花を咲かせていて、菜摘のお父さんはにこにこしながら、聖君に話しかけ、おめでとうと言って祝福していた。
「桃子ちゃん、ここに座ってゆっくりとして」
いつの間にか、後ろに聖君のお父さんがいて、そう優しく言ってくれた。
「はい、ありがとうございます」
私はカウンターの椅子に腰掛けた。
そこにすっと聖君がやってきて、
「父さん、これ勝手に持ち出してごめん」
と日記を返していた。
「ああ、いいよ、いいよ。桃子ちゃんも見たの?これ」
聖君のお父さんはにこにこしながら聞いてきた。
「はい、感動しました。それで、聖君と私たちも日記をつけようって話していたんです」
「そう、それ、いいかもね」
「父さん、見て。今日産婦人科いって、エコーの写真、もらってきたんだ」
「え?見せて!」
聖君のお父さんはエコーの写真を、嬉しそうに見た。
「これが凪ちゃんか~。可愛いね~~」
「可愛い?何がなんだかまだわかんないのに」
「そうだけど、でも確かに生きてるし、これからどんどん成長していくんだよ。すごいと思わない?」
聖君のお父さんがそう言うと、聖君は、
「そうだね。桃子ちゃんのお腹の中で、成長していくんだよね」
と目を細めてそう言った。
「よう!桃子、聖」
そこに桐太がやってきた。
「はい、これ。桃子にとっておいたTシャツ」
「ありがとう。いくら?」
「ああ、いい、いい。そのくらい、結婚祝いだと思ってとっておいて」
「いいの?ありがとう」
「あとこれ、聖にもTシャツ」
「え?俺に?」
聖君にも桐太はTシャツを渡した。白いさわやかなTシャツだった。
「もしかして、桃子ちゃんと色違いとか?」
聖君がそのTシャツを広げたから、私も私にくれたTシャツを広げた。でも、柄も何もまったく違うものだった。
「これこれ!聖のは俺のとおそろい」
桐太は自分が着ているTシャツを、指差した。あ、確かに。桐太のは黄色だけど、聖君のと同じ柄だ。
「え?お前とおそろい?」
聖君はちょっと嫌そうな顔をして、
「普通、桃子ちゃんとおそろいにしない?」
と桐太に聞いた。
「なんだよ!聖は俺とおそろいに決まってるじゃんか。なんか文句あるのかよ」
と桐太は怒ると、むっとした表情のまま聖君を見た。
「…なんだか、微妙」
聖君は桐太から、視線を外してぼそってそう言った。
「ひまわりちゃん!」
今までお店にいなかった杏樹ちゃんがお店に来て、ひまわりに飛びついた。
「杏樹ちゃん、久しぶり!いないからどうしたのかと思ったよ」
「うん、塾行って、ちょっと遅くなっちゃった」
「そっか~~。受験だもんね」
そう言いながら、二人はきゃいきゃいとはしゃぎだしていた。
「にぎやかだな」
葉君が聖君のところにやってきた。
「おう、葉一」
「桃子ちゃん、結婚おめでとう」
「ありがとう」
「なんか見ない間に、ふっくらとしたね?」
「うん。最近良く食べてて、太ってきちゃった」
「いいんじゃない?そのくらいのほうが」
「そうかな」
葉君とは久々に会ったな。なんだか社会人になったせいか、前よりもぐっと大人びて見える。スーツのせいもあるのかな。
「基樹にはまだ言ってないの?」
葉君が聖君に聞いた。
「うん、まだ。あいつ、あとで怒りそうな気もするけどさ」
「そっか。まあ、今日のパーティのことは、ずっと黙っておいてやるよ。あいつ、こういうの好きだから絶対に行きたかったって、駄々こねるに決まってるしさ」
「あはは、サンキュー、葉一」
二人はそのあとも、仲良く話をしだした。菜摘もやってきて、葉君と聖君の会話に参加していた。
私はというと、さっきから、交互に人が来て話をしていくので、聖君たちの中には入れないでいた。
「桃子ちゃん、つわりもう大丈夫?」
とか、
「桃子ちゃん、いつ生まれるの?」
とか、
「桃子ちゃん、聖のことをよろしくね」
とか…。
そのたびに、私は「はい」ってにっこりと答えていたが、みんな本当に、優しく声をかけてくれるので嬉しかった。
カラン…。お店のドアが開き、父が顔を出した。
「あ、お父さん!」
ひまわりがすぐに父に気がつき、声をかけた。母も、聖君のおじいさんやおばあさんと、ものすごい勢いで話が盛り上がっていたが、父に気がつき、自分のところに呼んでいた。
「やあ、やあ、はじめまして!桃子ちゃんのお父さんですか?」
聖君のおじいさんは父の手を取り、ぶんぶんと振った。ああ、さっきの順平おじさんと同じだ。さすが、兄弟だ。
父は、ちょっとびっくりしていたが、すぐににっこりと微笑み、聖君のおじいさんと話をしだした。
「これで全員集まったよね?」
聖君のお父さんがみんなに声をかけた。
「じゃ、これから乾杯をしたいから、みんなグラスを持ってくれる?」
いつの間にか、みんなのところにジュースやビールがつがれていた。聖君のお父さんが準備をしたようだった。
「今日は、みなさん、聖と桃子ちゃんのために集まってくれてありがとう」
聖君のお父さんがそう言うと、みんないっせいに黙って、グラスを持った。
「聖と桃子ちゃんの結婚を祝うのと同時に、無事赤ちゃんが生まれてくることも祈って、みんなで、かんぱ~~い!」
聖君のお父さんがそう言うと、みんなもいっせいに、
「かんぱ~~~い」
とグラスをそばにいた人とくっつけて、カチンカチンと音を鳴らした。
私は聖君とグラスを合わせ、音を鳴らした。聖君を見ると、ものすごく嬉しそうだった。
そこに、いろんな人がグラスを持ってきて、
「おめでとう」
と言って、祝福してくれた。
「ありがとう」
聖君は、めちゃくちゃ嬉しそうな顔をして答えた。
私にもみんな、おめでとうと言ってくれた。
「ありがとうございます」
私はみんなにそう言って、ぺこぺことお辞儀をした。
「桃子ちゃん、可愛いね~。聖にはもったいないな」
順おじさんがそう言って笑った。
「だろう?もったいないよな」
聖君のおじいさんもそう言った。私はそれを聞いて、思い切り首を横に振り、
「それ、逆です」
と二人に言った。
「逆って?」
聖君のおじいさんが聞いてきた。
「聖君が私にはもったいないんです」
私がそう言うと、
「あはははは。聖、思い切り惚れられちゃってるね!」
と聖君のおじいさんは、大笑いをした。
「え?何、何?」
いきなりそう言われ、聖君はびっくりしていた。
「幸せ者だね、お前はっていう話だよ」
聖君のおじいさんはそう言うと、聖君の背中をぽんぽんと叩いた。
「え?ああ、うん」
聖君はまだ、なんのことかなって顔をしながらも、うなづいていた。
テーブルには、たくさんのご馳走が並んだ。今日はたくさんの人がいるから、立食パーティになっていた。
菜摘のお父さんが、父に話しかけている。
「菜摘がいつもお世話になっています」
「いや、こちらこそ、桃子が菜摘ちゃんには、本当によくしてもらっていて、感謝しています」
「菜摘は聖の妹だから、桃子ちゃんとは姉妹になるんでしょうかねえ」
「ああ、そうですね!はははは。それに、聖君は3人の父親ができることになるんですねえ」
「3人の?…、ああ、そういえばそうですね!」
それから二人は、聖君のことで話が弾みだした。父は釣りにいった話、菜摘のお父さんは、自分の誕生日のときの、聖君からもらったプレゼントの話。そして二人して、聖君のことを思い切り褒めちぎっていた。
う~~ん、不思議な光景だ…。
当の本人の聖君はというと、葉君や菜摘、桐太とさっきから、思い切り笑ってはしゃいでいる。これは、いつもの光景だけど…。
私はというと、感動していた。ここにいる人はみんな、すごくあったかい。みんな笑顔で、みんな喜んで私たちを祝福してくれている。
素敵だな、なんて素敵な人たちなんだろう。
あっという間に時間は過ぎ、そろそろお開きにしようと聖君のお父さんが言った。それからみんな、私や聖君に一言ずつ声をかけ、帰っていった。
「じゃあな、聖。気をつけて運転しろよ」
「うん、わかってるよ」
私たち家族も、車に乗り込み、れいんどろっぷすをあとにした。
「あ~~、たらふく食べた~~」
「ひまわりは、いまだに花より団子ね」
母にそう言われたひまわりは、
「だって、いっつもれいんどろっぷすのご飯、美味しいんだもん」
と口を尖らせてそう言った。
「そうだな、美味しかったな~」
後部座席は、父、母、ひまわりが乗っていて、かなり窮屈そうな中、父がそう言った。父はお酒も飲んでいて、上機嫌だ。
「それにしても、もうこの車じゃ、凪ちゃんが生まれたら家族で乗れないわよね」
母がそう言うと、父が、
「それもそうだな。ワンボックスカーにでも買い換えるとするか?」
と、にこにこしながらそう言っているのが、バックミラー越しに見えた。
「それ、いいかも!それで、みんなで旅行とか行こうよ!温泉とかさ~~」
ひまわりが喜んでそう言うと、
「いいね~~。凪ちゃんも一緒に温泉か~~」
と父は、目尻を思い切り下げながらそう言った。
あれ?そういう光景を私、前に妄想していたっけ。聖君が浴衣を着ていて、父がいて、父は自分のひざの上に私の子供を乗っけて、喜んでいるっていう光景。
みんなで温泉旅行にいっているという、そんな妄想。それ、もしかして、叶っちゃうんだ。わあ!
「桃子ちゃん、どうしたの?」
聖君に聞かれた。
「え?」
「今、思い切りにやけてたよ」
「あ…」
見られてた。
「みんなでね、温泉旅行いいなって、ちょっと今、妄想していたところ」
「あはは。そうなんだ。うん、でもそうだね、楽しそうだよね」
聖君はそう言うと、幸せを思い切りかみしめていますっていう、そんな表情をしながら、運転を続けた。
そんな横顔を見て、私も幸せをかみしめていた。
後部座席では、ひまわりが、旅行にはかんちゃんも連れて行くと言って、それを父に反対され、ぶーぶー文句を言っていた。それを聞いてる母は、ただ笑っていた。
そんな会話すら、ものすごく幸せだなってそう思える。
家に着き、順番にシャワーを浴びた。聖君は順番を待っている間、リビングで父にエコーの写真を見せ、二人で盛り上がっていた。
私もひまわりの次にシャワーを浴びた。出てから、そのまま自分の部屋に行き、髪を乾かした。
髪が乾いた頃、聖君が部屋に来た。髪はまだ濡れていた。ドスンと聖君はベッドに座り、髪を乾かし始めた。それを私は、黙って眺めていた。
聖君は鼻歌を歌いながら、髪を乾かしている。髪が乾くと聖君は、ドライヤーもブラシもほっぽりだし、
「桃子ちゅわわん」
と言って、私を抱きしめてきた。
「なあに?」
「俺らって、幸せ者だよね」
「うん」
「今日、めちゃくちゃ俺、嬉しかったよ」
「…私も」
「本当に?」
「うん。ずっと感動してたよ」
「感動?」
聖君は抱きしめてる腕を緩め、私の顔を見た。
「みんなあったかくって、素敵な人ばかりだなって、すごく嬉しくて感動してたの」
「そうだね」
聖君は私にキスをして、またぎゅって抱きしめた。
私はその腕に抱かれたまま、目をつむった。聖君のにおいがして、聖君のぬくもりがあったかくって、すごくすごく幸せで…。
聖君が麦さんに、言っていたのを思い出した。自分だけが幸せでいいのかなって。本当に私も、ものすごく幸せで、今、苦しんでいる人や、自分が不幸だって感じている人たちが、幸せになったらいいなって、そんな思いがこみ上げてくる。
聖君とベッドに寝転がり、しばらく今日のパーティの話をしていた。それからいきなり聖君は起き上がると、
「そうだ!ノートもらったんだ。それに早速今日から日記を書こうよ」
と言い出した。
「ノート?」
「母さんが、凪に日記を書きたいって言ったら、可愛いノートがあるからってくれたんだ」
聖君はカバンから、そのノートを取り出した。
「本当だ、可愛い」
綺麗な黄緑色のノートで、葉っぱの模様がかいてあるノートだった。
「じゃあ、エコーの写真も貼ろうね」
私は糊を机の引き出しから出して、ノートの1ページ目に貼った。
その下に、聖君が今日の日付や、メッセージを書いた。そして、今日の結婚祝いのパーティの様子を書き、ノートを私に渡して、
「この下には、桃子ちゃんからのメッセージを書いて」
とそう言った。
なんて書こう。聖君からのメッセージは、こう書かれていた。
~凪、パパだよ。これが凪のこの世で一番最初の写真。これから凪は、ママのお腹の中で、どんどん大きく成長していくんだよ。それがパパは楽しみだし、凪が生まれてくる日も、ものすごく楽しみ。今もこれからも、いっぱい愛しちゃうからね!~
聖君らしいな~。
~凪へ。今日からパパと、日記をつけていきます。今日は結婚祝いのパーティをしてもらったんだ。みんなすっごくあったかくって、いい人たちで、凪が生まれてくるのを、みんなが楽しみにしているし、喜んでいたよ。だから、凪は何も心配しないで、元気に生まれておいでね。みんながもう凪のことを、愛しているからね~
隣で聖君が私のメッセージを見ていた。書き終わると、私のほっぺにチュッてしてきて、
「桃子ちゃんらしいね」
と言って微笑んだ。
凪、こんなに幸せなのはもしかしたら、あなたのおかげかもしれない。ありがとう。これからね、生まれるまでの間にも、このノートに、凪への感謝の言葉をいっぱい書いていくよ。
私は日記、一枚目の最後に、
~凪、ありがとう。ママの幸せはあなたのおかげ。ママより~
と付け加えた。