第19話 「愛してるよ」
聖君と、お店に戻ると、なんとお店の前に、聖君のお母さんとおばあさんが立っていた。
「あれ?」
聖君がそれに気がついた。
「聖!桃子ちゃん!」
聖君のお母さんが私たちに気がつき、駆けてきた。
「母さん?」
「もう何してたのよ、聖。あんまり遅いんで心配したじゃないの~!」
聖君のお母さんは怒っていた。
「ごめん」
聖君はすぐに素直に謝った。
「ごめんじゃないわよ。桃子ちゃんはまだ、安定期じゃないし、どうにかなっちゃったんじゃないかって、今、駅までお母さんと行こうとしていたところだったのよ!」
「ごめんなさい」
私も謝った。
「桃子ちゃんはいいのよ。それに、聖を追って行かせるように言ったのは私なんだし。でも、あんまり遅いから、あんなこと言わなきゃよかったって、そう後悔していたところだったの」
「母さんが、言ったって?」
「桃子ちゃん、すごく聖と麦ちゃんのこと、気にしていたから。行って、ちゃんと自分の気持ち言ってきたらって」
「母さん、もう暗くなってるんだし、それなのに桃子ちゃん一人、外に出すようなことしないでよ」
「そうなんだけど、それは本当にあとから反省したんだけど。でも、聖だって、桃子ちゃん一人置いていくようなことするから」
「うん。それは俺も、すごく反省した」
「まあまあ、とにかくお店の中に入りましょうよ。それからリビングに行って、お茶でも飲んでゆっくりしたら?」
聖君のおばあさんがそう言った。
私たちは、お店に入り、そのままリビングにあがった。
「桃子ちゃん、おうちに遅くなるって連絡入れたほうがよくない?お母さん、心配してるかもしれないわよ」
聖君のお母さんにそう言われ、私はあわてて、家に電話した。そうだった。母は、ひまわりのときも、帰りが遅くなると、やきもきしてたけど、今日だって、心配しちゃってるかもしれない。
電話をすると、すぐに母が出た。
「桃子?どこにいるの?」
「あ、まだ聖君の家にいるの」
「まだ?遅いじゃないの。心配したわよ」
「ごめんね。あとちょっとしたら帰るから」
「気をつけて帰ってきなさいよ、わかった?」
「うん」
私は電話を切った。やっぱり、心配していたんだな。
私、いろんな人に心配させてる。お腹に、凪もいるんだもん。もっと、慎重に行動しないといけないんだ。
「聖、麦ちゃんは?」
「うん、駅まで桃子ちゃんと送っていった」
「そう」
聖君のお母さんはそう言って、ちょっとほっとした顔をした。
「そういえば、水曜にここで結婚パーティをするんだって、お父さんが言ってたけど、桃子ちゃんのおうちの方は大丈夫なの?」
「あ、まだ母と父に水曜の夜、空いてるかどうか聞いてみないとわからないんですけど」
「そうよね~」
聖君のお母さんはそう言ってから、
「そうだ。聖、春香ちゃんも妊娠したんだってよ」
と、嬉しそうにそう言った。
「うん、桃子ちゃんから聞いた。すごいね。出産ラッシュになるね」
「そうですね、お母さん、孫とひ孫が生まれてくるなんて、すごいですよね」
聖君のお母さんは、おばあさんにそう言った。
「本当よ。春香はもうあきらめてたけど、妊娠できて、本当に良かったわよ」
みんなして、目をきらきらと輝かせた。その逆で私は、一気に眠気が襲ってきた。
「桃子ちゃん、もう帰ろうか。疲れちゃったでしょ?」
聖君がそんな私に気がつき、そう言ってくれた。
「そうよね、あまり遅くなると、桃子ちゃんの体に悪いわね」
聖君のお母さんもそう言ってくれた。
「じゃあ、水曜日にね、桃子ちゃん」
「はい」
「あ、昼間はその日、検診に行くから、夜になってからこっちに来るよ」
聖君がそう言うと、
「ええ、わかったわ」
聖君のお母さんは大きくうなづいた。
私は挨拶をして、家を出て車に乗り込んだ。聖君は、私の父の車に乗っていた。駐車場には2台、車が余裕で停められるので、父の車も停めることができた。
「じゃ、車出すよ。桃子ちゃん、寝ててもいいからね」
聖君は、優しくそう言ってくれた。
聖君の運転は、本当に上手で、乗っていると本当に気持ちがいい。
すう…。私はいつの間にか眠っていた。
遠くで、音楽が聞こえていた。それも、ものすごく心地のいい音楽だった。
家に着き、眠いまま、私は車を降りた。ぼけっとしてるから、聖君は駐車場に入れる前に、私を玄関まで支えて連れて行ってくれた。
「ただいま~」
私だけ、家に入り、聖君は車を停めにいった。
「おかえりなさい。桃子、眠そうじゃない?車で寝てたの?」
「うん、眠い。でも、シャワー浴びたい」
「今、誰も入ってないし、さっと浴びてらっしゃいよ」
「うん、そうする」
着替えを持って、バスルームに行った。聖君も家に入り、リビングに座っていた父と話し始めたようだ。
眠い。
眠い…。
あれ?でも、シャワー浴びて髪洗ったら、すっきりしてきちゃった。
私はそのあと、部屋に戻り、髪を乾かしていた。
「桃子ちゃん、俺もシャワー浴びてくるね」
聖君が着替えを取りに部屋に来た。
「うん」
「は~~~、俺も眠いや。そうだ。お父さんに水曜のこと話したら、ちょっと遅くなるかもしれないけど、パーティ出れそうだってさ。会社から直で、お店に行くから、先に行ってていいって」
「ほんと?良かった。あ、お母さんは?」
「全然OKだって言ってた」
「そっか~」
「あれれ?なんかすっきりしてない?眠かったんじゃないの?」
「シャワー浴びたら、目、冴えちゃった」
「そうなんだ。じゃ、俺も浴びてくるから」
「うん」
聖君は部屋を出て行った。
カバンから携帯を取り出すと、桐太からメールが来ていた。
>今日、麦女、店に出て、やたらと聖にくっついたりしてたけど、気にすることないぞ。
ああ、桐太ってば、ちゃんとそういうところ、見ててくれてるんだな。それに、いっつもこうやって、フォローのメールをくれる。
桐太はよく気がつくし、優しいし、面白いし、そんな桐太のことを知ったら、好きになっちゃう人いると思うんだけどな。あ、そういえば、桐太もモテるんだっけ。でも、最近は女の子の話をしたことないし、彼女もいないみたいだし、まさか、これからも聖君一筋でいくんじゃないだろうな…。どうなんだろう。
>Tシャツは、Mサイズのを取りおきしたから、今度持って行くよ。
>ありがとう。
>聖は?部屋に一緒にいるの?
>今、シャワー浴びてる。
>なんだ、シャワーは一緒に浴びないのか?
>浴びないよ!
>そうなんだ、なんか、いっつも一緒にいるイメージがあったのにな。
え~~。お風呂まで、一緒にひっついていったりしないもん。いや、聖君はもし、ひっついていったら、めちゃくちゃ喜びそうだけどさ。
髪を乾かし終わって、ぼけっとしていると、聖君が濡れた髪をバスタオルで拭きながら、部屋に来た。
「俺も、眠気覚めた~~」
聖君はそう言うと、ベッドに座り、ガ~~ッとドライヤーで髪を乾かし始めた。ああ、その横顔もかっこいい。うっとりと見ていると、
「もしや、俺に見惚れてるって顔?それ」
と聞いてきた。
「うん、聖君、かっこいい」
「あ、そう」
聖君は赤くなって、テレながらそう答えた。
聖君はドライヤーを置き、髪をとかすと、にこって笑ってきた。
「何?」
床のクッションに座っていた私を自分の横に座らせると、
「桃子ちゅわわん」
と思い切り甘えてきた。とうとう、桃子ちゅわわんになっちゃった。
「左のおっぱいは、俺のだよね?」
まだ言ってる。
「あ、そっか。生まれるまでは、両方とも俺専用じゃん!」
そう言うと、胸を触ってきたけど、私が思い切り聖君を抱きしめたから、聖君は、うわって倒れそうになっていた。
「な、何?もしかして、俺、襲われちゃうの?」
「違うよ~~」
「じゃ、何?」
「思い切り、抱きつきたくなっただけだから」
「え?」
「だって、今日は麦さんが抱きついてて、その間は私、抱きつけなかったし」
「ごめん」
「私から、こうやって、抱きついてもいいんだよね?」
「もちろん!」
「じゃあ、私からキスもしていいのかな」
「もっちろん。え?まさか、今まで、桃子ちゃんからキスしたくなったことあるの?」
「たまに…」
「なんだよ~~。それ、言ってくれたらよかったのに。俺ならいつでもOKなのにさ」
聖君はそう言うと、チュってキスをした。
「あ、そっか。俺からじゃなくて、桃子ちゃんからか。そんな、キスしていいかなんて俺に許可しないでも、遠慮なくいつでもいきなり、してきていいからね?」
「…うん」
「あ、でもなるべく人前はやめてね」
「え?しないよ。人前では~~」
「そ?今は、二人きりだから、いつでもいいよ」
う。そう言われると、しづらい。それに、聖君が、いつしてくれるかなって期待のまなざしで見ているし。
「い、いきなりだから、今するかもしれないし、しないかもしれないし、いつするかはわからないよ」
と、私は言ってみた。
「え?サプライズキッス?」
「うん」
「あ、なんか歌になりそうじゃない?サプライズキッス♪」
「…」
もう~~。なんでも、聖君にかかると、楽しいことになっちゃうんだから。
「あのね、聖君。私、今日思ったことがあるの」
「ん?何?」
「麦さん見てても思ったし、桐太もなんだけどね」
「うん」
「人って、本当はすごく優しくて、あったかいんじゃないかって」
聖君は、私のことを優しく見て、微笑んだ。
「だけど、心を閉ざしていると、そういう本当の顔が見えなくなっちゃうんじゃないかって。きっと、自分自身でも、本当の自分を知ることができないっていうか、見えないっていうか」
「うん」
「でもね、本当の自分を知っていくと、きっと自分をもっと好きになれるんじゃないかって思ったんだ」
「うん。そうかもしれないよね」
聖君はまだ、優しい目で私を見ている。
「私ね、聖君の家族ってもうみんな、心を開いていて、ありのままの姿でいて、優しくってあったかいって思うんだよね」
「うん。それは俺も思う」
「聖君のお母さんも、いっつもあったかい。お店に来る人は、そんなあったかい聖君のお母さんに会いに来てるんじゃないかって、思ったんだ」
「ああ、そういう人もけっこういるかもしれない」
「あ、もちろん、聖君目当ての人も多いだろうけど」
聖君はそこは、黙っていた。
「それでね、そういうの素敵だなって思ったの。それで、私もいつかお店をするなら、お客さんが癒されて、本当の自分になれるような、そんなお店にしたいなって、思ったんだ」
「それ、できるよ、絶対に」
聖君は、真剣なまなざしでそう言ってきた。
「できる?本当にそう思ってくれてるの?」
「もちろんだよ。だって、桃子ちゃんは、ここにこうしてるだけでも、あったかいし優しいし、ひだまりみたいだし、そのまんまでもう、人を癒しちゃう力を持ってるからさ」
「私が?」
「桃子ちゃんといると、あまり緊張しない。きっとみんなそうだ。桐太なんて、思い切り、桃子ちゃんに癒されまくってると思うし」
「桐太が?」
「桐太、今まで、女の子とも本気で付き合ったことないし、きっと、友達関係も、表面だけの付き合いだったと思うんだ」
「うん」
「でも、桃子ちゃんには心を開いているし、すごく自然体でいられて、楽で、安心しているんだと思うんだよね」
「そう見える?」
「うん。あいつ、桃子ちゃんといると、ほっとしてるもん。だから、会いにきたりするんだろうな」
「でも、桐太は、聖君に会いたくてお店に行ってるよ?」
「うん。そうなんだけどさ、それはわかってるんだけど」
聖君はボリッて頭を掻いた。
「どうも、友達としては受け止めるけど、それ以上は無理だから、俺に会いたくて来てるってわかっても、ついそっけなくしちゃうんだよね」
「それ、桐太も言ってた」
「なんて?」
「聖は冷たいって」
「それで?他にも何か言ってた?」
「そのそっけなさが、よくって、また会いに行っちゃうんだよねって」
「は?」
「桐太の場合は、そっけなく冷たくされても、いいらしいよ」
「…え?」
「だけど、実は友達として、大事にしてくれてるって知ってるから、安心なんだって」
「あ、よかった。友達としてってわかってくれてるんだ」
「いつ、俺のことが好きになってもいいって、思ってるけど。そんときは悪いな、桃子って言われてる」
「はあ?」
「それは困るって、言ってるけど、私」
「困るも何も、そういうことは起きないから、安心して、桃子ちゃん」
「うん」
聖君は私の髪をなで、それから優しい目で私の目を見て、
「俺や、桐太みたいにさ、桃子ちゃんがね、いるだけできっともう、みんな癒されていくと思うんだ」
「いるだけでいいの?」
「うん、そのまま、ありのままの桃子ちゃんでいてくれたら、それだけで俺も癒されてるよ」
「何もしなくていいってこと?」
「そうだよ。ただ、桃子ちゃんが桃子ちゃんらしくいてくれたら…」
「それだけで?」
「うん。だから、将来カフェをしたらね、お客さんはただ、そこにいる桃子ちゃんに会いに来て、癒されて帰っていくと思うんだ」
「ただ、会いに来るだけで?」
「だって、いつも桃子ちゃんは優しくて、あったかいから」
「…」
「それに触れるだけで、傷ついたり、落ち込んだり、疲れていたり、心を閉ざしてるお客さんも、ふわってあったかさを感じて、癒されるよ。絶対に」
「私が、そこに、いるだけで?」
「うん」
ああ、でもわかる。聖君が聖君のまま、こうしているだけでもう、私も安心してほっとできる。
「じゃあ、私は私でいれば、それでいいんだね?」
「そう。誰かになろうとしたり、人の目を気にしたり、誰かと比べたりしなくていい。ただ、桃子ちゃんは、桃子ちゃんでいたら、それでいいと思うよ」
ぎゅ!私は聖君に抱きついた。
「聖君も、聖君のままでいたら、それでいいよ」
「え?」
「おばあさんが言ってたの。聖は本当は優しい子だって。聖君のお母さんが、聖はクールで今まで女の子に冷たくしてたって話をしたら、おばあさん、びっくりしてた」
「ばあちゃんが?」
「だから、麦さんのこともね、ほっとけないって思うのも、人が幸せになるのを望むのも、それが本来の聖君なのかもしれないって、私も思ったんだ」
「え?」
「聖君は、もともと人の心を開かせたり、人の持っている力や優しさを引き出したりする力があると思うんだ」
「俺に?それは桃子ちゃんでしょ?」
「ううん。私は何もしてない。聖君はそういうのをずっと、してきたよ」
「俺が?」
「桐太にも。花ちゃんのお姉さんにも。ひまわりにも、葉君にだってそうだよ」
「…そうだったっけ」
「それに、私にも」
「桃子ちゃんにも?」
「聖君がいてくれたから、私どんどん強くなった。前を向いて歩いていけるようになった。それに」
「うん」
「自分を好きになれたの」
「…」
「コンプレックスだらけだった私のこと、聖君がいっつも、そのまんまでいいよって言ってくれたから、私、自分をだんだんと好きになっていけたの」
「…」
聖君は、抱きしめてた腕をゆるめて、私の顔を覗き込んだ。私と目が合うと、目を細めて、ちょっと照れくさそうな顔をした。でも、そのあとすごく優しく微笑むと、
「桃子ちゃんだって、どんな俺でも好きになってくれたじゃん」
と少しはにかみながらそう言った。
「うん。どんな聖君も大好き」
「俺も」
むぎゅ~~。また、聖君は私を抱きしめた。
「でもね」
「え?」
「でも、強くなってきたけど、まだ、聖君が思っているよりも、私弱いよ」
「え?」
また抱きしめてた腕をゆるめて、聖君は私の顔を見た。
「私ね、麦さんと聖君が抱き合ってるの見て、頭クラクラしてたし、足も一歩も動けなくなった」
「…」
聖君は、顔を曇らせた。
「ちょっとしたことで、まだ、不安になるの。聖君のこと疑ってるわけじゃないけど、辛くなるの」
「ごめん…」
「でも、こうやって抱きしめてくれたり、言葉にしてくれると、安心するの」
「言葉に?桃子ちゃんのことを愛してるって?」
「うん」
「そっか」
「だから、こうやって、抱きしめてね」
「うん」
「いつも、愛してるって言葉にしてね」
「うん」
そうしたら、安心していられるから。
それはもう、言葉にできなかった。だって、聖君がキスをしてきたから。
そして、私のことをまた、ぎゅって抱きしめると、
「愛してるよ。何万回でも言うよ。それに、毎日だって言うよ、俺。桃子ちゃんを愛してるよ。すんげえ愛してるよ」
そう、耳元でささやいてくれた。